you're forever to me >> 4-1


【 準 備 段 階 】



 1日目の夜見たような夢は見る事なく、悠はすっと目覚めた。それはよかったとしても、ローテーブルに打ち付けた頭が痛い。触るとうっすら腫れている感触がする。人として暮らすのは何かと大変だという実感がこんな形になってわいてきた。
 身支度を整えて一階に下りると、昨日と同じく菜々子が朝御飯を作ってくれていた。それにお礼を言いつつ居間のテレビの縦幅を確認すると、やはりクマの脅威的な胸囲だか胴囲だか首回りだかは通りそうに無い。そうなると他で大きなテレビを探さなければならない。しかも幾つか条件がある。即ちクマの身体が通れるような大きさのテレビ(最低でも50インチは必要と思われる、もっとスムーズに出入りするならそれ以上)、人目無くテレビに出入りできる位置、人の姿の状態で怪しまれずに訪問できる場所だ。
 テレビの画面内に人が進入するなんて普通有り得ない。そんな異常事態を目撃されては騒ぎになるのは明白なので、他人に知られること無く進入できる位置にあるテレビを探すのが第一。そしてもう一つの条件として、人の姿で出入りできる場所に目的のものが無くてはならない。
 上級ではない所謂一般階級に所属する天使には制約がある。人間界の自然物については天使の姿でいるとすり抜ける事ができるが、人工物或いは人の手で加工された自然物で境界を作られているものについては進入ができないのである。例を挙げれば、天使の姿でいると雨で濡れることは無いし自然に生えている木にはぶつからないが、建物の壁を自由に通り抜けするといった事は不可能。木製の作業テーブルで天使の姿のままであったクマが頭を打ち付けたのは、人の手によって加工されているものだからである。
 そしてこの事情がもしそのままテレビの画面にも当てはまるのであれば、天使の姿でテレビの画面に触れても、何も起こらないかもしれない。まだ試していないので何とも言えないし、天使という人から見れば超常現象そのものが、テレビ画面に入り込むなどという超常現象を受け付けないというのも変な話ではあるが。
 以上3つの条件を満たすようなテレビが本当にあるのか、悠は見通しと心当たりの無さを心配したが、意外にも結構すぐに見つかったのである。それも割りと近場で。

 今日は朝から雨だ。これからは6時限目まで授業がある。授業が終わってもなお降り続いている。授業を聞きつつ、どの辺りから調べてみようかあれこれシミュレーションしてみたが、頭の中で考えるだけではイメージが浮かびにくい。そもそも人間界に関して悠はまだまだ無知だ。焦って考えの無いまま突っ走っても空回りに終わるだろう…そう思ってテレビ探しを一旦頭の中心から退けて暫くはこの近所の把握から始めよう、空からではなく自分の足で歩いて八十稲羽の地を知る方がいいかもしれない。
 考えがまとまったところで、帰り支度を始めた時、花村がどことなく神妙な面持ちで悠の前に立った。
「よ、よう。あのさ」
 花村がぎこちなく悠にしゃべりかけてきた。ちゃんと知り合ったのは昨日だが、昨日の時点で物怖じすることなく悠に接してきた花村だったが今日はやけに、特に目元と口元が固い。
「どうした?」
「や、その、大した事じゃないんだけど…実は俺、昨日、テレビで…あ、やっぱその…今度でいいや。あはは…」
 笑い声を出しているのに表情が笑っていない。元気を取り繕おうとして明らかに空回っている様子だ。
「テレビ、何かあったのか?」
「花村ー、ウワサ聞いた?事件の第一発見者って、小西先輩らしいって」
 悠が花村に訊ねるのと、里中が悠と花村に対して話題をふってきたのは同じタイミングだった。新たな情報がもたらされて二人の意識はそちらへ向かう。
 事件の第一発見者とはすなわち、山野アナの遺体を直に見てしまったという事。平和な日本に住む人々は人の亡骸にお目にかかる機会は少ない。生命活動を停止させた人の姿は見た目が綺麗であっても、どこか異形のものに見えてしまい、慣れていなければ少なからずショックを受けてしまうだろう。
「だから元気なかったのかな…今日、学校来てないっぽいし」
 花村がため息交じりで小西を案じた。昨日の会話の中で、花村が小西に好意の類を抱いているのは見て取れたので、ショッキングな出来事に遭遇してしまった小西の事を純粋に心配しているのだろう。
「あれ?雪子、今日も家の手伝い?」
「今、ちょっと大変だから…ごめんね」
 3人が話をしている横で、帰り支度を済ませた天城が席を立ち、会話に加わる事なく足早に教室を出て行った。表情が目に見えて暗い。
「なんか天城、今日とっくべつ、テンション低くね?」
「忙しそうだよね、最近…」
 普段から天城と仲のよさそうな里中が敢えて自分たちの会話の中に誘わなかったのは、本当に家業が大変なのだろう。悠にはどういった理由で大変なのかはわからなかったが。
「ところでさ、昨日の夜…試した?」
 里中が本題とばかりに二人に訊ねる。そう言えば朝の登校途中、雨の中傘を差さずにやって来た里中が悠の傘の中に飛び込んできたが、その時にもこの話題を出そうとしていた。結局もっとゆっくりと話したい内容だったのでその時は流れたのだが。
 内容は勿論、ジュネスのフードコートで里中から聞いた、マヨナカテレビのことである。
「エッ…?や、まあその…お前はどうだったんだよ」
 花村が一瞬だけ戸惑いの表情を見せる。それは授業が終わって悠に話し掛けてきたものと似ているような気がした。
「それがぜーんぜん。何にも映んなかった。やっぱ単なるウワサだよね。期待して損しちゃった」
「そ、そっか」
「で、花村は?」
 里中が期待を込めて花村に視線を向けると、花村は里中の視線を避けるように目を泳がせた。
「いや、その…俺は……そもそも、試すの、忘れてたってーか…」
「ちょっと、試すだけは試してよ。話になんないじゃん。まあ、結果はアレだったけど」
「ハハ…ま、何も無かったってんならわざわざ試さなくてよかったぜ。てか、お前はどうだった?試した?」
 花村が悠に話をふる。ここで悠がマヨナカテレビが映って、しかも身体が画面の中に引っ張り込まれそうになった、などと言い出せば二人はどう思うだろうか。食いついてくるだろうか、それとも信じられずに笑って流されて終了だろうか。
 里中は空振り、花村に至っては試しもしていないので、恐らく自分の身に起こったことを説明しても信用するとは思えない。しかし事は場のイレギュラーに通じる件なので、万が一でも体験したことを信じられて、場のイレギュラーへと近づくようなきっかけを与えるような事になっては由々しき事態になりかねない。そう考えると、二人に答えるべき内容が決まった。
「試したけど、特に何も映らなかった」
 嘘も方便。昨日辞書で拾った言葉を早速実践する事になろうとは。
 天使は嘘をつかない。神に対してありのままを伝えるのが役割なのだから嘘をつく必要性がない。ついたところで相手は万能を有する存在なのだから騙せるわけがない。波風を立てないようにする為とはいえ、生まれて初めてついた嘘に後ろめたくなり、悠はなんだか居心地が悪くなった。
「ふうん、そっか。鳴上君も何も見えなかったんだね。ガセネタで決定かな、コレは」
 里中はマヨナカテレビの真偽を早々に結論付けたようだ。その横で、花村が悠の表情をじっと見ている。見定められているような花村の視線に、悠は内心動揺する。言った嘘が花村にばれているのだろうか。嘘をついた時の自分の表情がどんな風だったのか確認のしようが無い今、花村から何も問い質されない事を祈るばかりだった。
「あ、そうだ、テレビで思い出した」
 里中が上手い具合に違う話題を出した。花村の視線が悠から外れる。悠は心底ほっとしたが、表情には出さないよう注意を払い、怪しまれないように里中へ視線を飛ばした。
「そう言えばウチ、テレビ大きいの買おうかって話してんだ」
「へぇ。今買い替えすげー多いからな。なんなら、帰り見てくか?ウチの店、品揃え強化月間だし」
「見てく見てく!親、家電疎いし、早く大画面でカンフー映画見たい!チョアー、ハイッ!」
「だいぶデカいのまであるぜ。人間が軽くくぐれそうなヤツとかな」
 花村の言葉に一瞬悠はドキっとした。まさかとは思うが、さっきは里中の手前マヨナカテレビを見なかったと言っていたが、本当は花村もマヨナカテレビを見ていて、自分と同じようにテレビ画面に引き込まれる体験をしたのではないかと勘ぐる。しかし花村は悠ではなく里中を見ながら話を続けていたので偶然一致した内容だろう。
 とにかく、大きなテレビが展示されているというジュネスの家電売り場は、テレビの中へ進入する為の候補になるかもしれないと、悠も二人に同行する事にした。


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2013/11/16

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