you're forever to me >> 11-2


「晴れたと思ったら、また雨とかなー…ヤになるわ」
「今晩には止むし、明日には晴れるだろ」
 焼きそばパンをかじりながら花村がぼやいた。明日からは5月の大型連休、通称ゴールデンウイークが始まる。天城が登校するようになり、里中と天城はまた昼食を一緒にとるようになったので、悠と花村は再び二人でお昼を過ごすようになった。
「俺バイトで半分以上潰れてんの。っていうか、今年は間にこうやって…今日みたいに平日が挟まってっからゴールデンウイークって感じがしねーな」
「うん…」
 毎日を神の為に、勤勉に働いてきた悠にとっては休みという概念が余りよく理解できないので、適当に返事するしかない。ただ人の姿で過ごすようになって、身体の疲労がどういったものかは体感するようになったので、連続して動きたくないと思う時はある。
「それにもうすぐ中間テストだしなー…もう憂鬱過ぎるぜ」
「花村って、成績は?」
「訊かないでくれ…毎度壊滅的数値を叩き出してるこの俺に!」
「そうなのか」
「そういうお前はどうなんだよ…って、そうだ、訊くまでもなかったな。授業中、散々お前に助けて貰ってんだし」
 転校生だからか何なのかよくわからないが、悠はよく授業中に指名されて答えを求められる。そしてそのとばっちりを食うのがすぐ近くにいる後ろの席の花村だったり隣の席の里中だったりする。花村と里中は自力で答える気があるのか無いのか、考えるよりも先に、大抵悠に解答を訊いてくる。教えた答えは今のところ外したことがないのですっかり当てにされているようだ。
「なあ、折り入って、頼みがあんだけど…」
「何?」
「今日放課後、試験勉強付き合ってくんね?数学と英語、このままだと赤点必至なんだ!ヤマ張ってくれ頼む!」
「ヤマ、は?」
 本日のクエスチョンワードが出ました、“やまはって”とはどういう意味でしょう?…と悠の頭の中でクイズ大会が発生したが、花村はそんな悠の疑問など知る由も無いのでお構いなく拝み倒し続ける。
「範囲全部なんてやってらんねえし、このとーり!」
「うん、まあ…勉強に付き合うのは構わない」
「おっしゃあ!これで赤点は免れる!サンキュ鳴上!」

+++

 放課後になり、悠は花村と共に図書館へやって来た。混み合う程ではないが、試験が近いこともあり、利用者はそれなりにいる。手頃な席へ座り、教科書とノートを開く。悠のノートに比べて花村のノートは、かなり白い。
「どっちからする?」
「あー…どっちでもいいけど、じゃあ…数学から」
「わかった。どの辺がわからない?」
「…全体的に、です」
 範囲が広過ぎる花村の回答に、悠は固まった。本人が得点を壊滅的数値と自称するだけはある。埒が明かないので教科書をめくりながら解き方が分からない数式を指示してもらうことにした。
「えっと、その…このページ全部」
 気まずそうにテスト範囲の始まりから早速全部指定され、悠はいよいよ困惑した。花村の申告する“分からない”がどの程度なのかにもよるが、英語まで手をつけるどころか、数学の半分だけでタイムアップになりそうだ。しかし始めないと進まないので、とりあえずレクチャーを開始した。

 “やまはって”がどうしても気になったので、花村が問題を解いてる間を利用して調べてみることにした。幸いここは図書館なのだから辞書は山のようにある。あ、“やま”って、この“山”と同じでいいのか?と気づいて悠はまず“山”を辞書で引いてみた。
 単語“やま”ひとつでも、いくつもの意味がある。ずらずら並べられている意味をずっとずっと辿っていき、最後の方でお目当ての意味を見つけた。
 偶然の的中をあてにした予想。山勘。
 花村が言ったのはこれだと分かったのは、記載されていた「試験の―が外れる」という例文のおかげだ。なるほど、確かに教科担当の先生から言われた範囲はかなり広いので、その全部が試験に出ることは無いだろう。出そうな問題を絞ってそれを重点的に勉強した方が効率がいい。しかしながら悠が人間界で定期テストとやらを受けるのは初めてだ。傾向などわかるわけがない。むしろ自分以外の、花村を含めた生徒の方が詳しいはずである。
 辞書を本棚にしまい、悠は席へと戻った。花村はまだ問題を解き続けている。計算式を書き込んでいるノートを見ると、自分が教えた部分以外の数式もある。思った以上に進んでいるようだった。
「…と。あ、ここまで出来たから、答え合わせしてくんね?」
「…………合ってる。やればできるんだな」
 開始直後の心配はどこへやら。各単元、1問目とその応用問題のみ丁寧に教え、以降は少しの要点を言うだけで応用問題を発展させた問題まで解いていくではないか。花村は飲み込みが抜群に早い。教えてくれと頼み込んだ不安げな表情は演技だったに違いないと邪推してしまうぐらいである。これなら今日中に数学の範囲は何とかなりそうだ。
「へへ、そうでもねーよ。お前の教え方がいいんだって。あ、先生、次お願いしまっす」
「よしきた」
 クマ以外から先生と言われ、何だか悠は張り切ってしまう。人に教えて、それを理解して貰うのはかなり楽しい。天界でずっと、そして人間界に来てからも真面目に勉学に励んでいた甲斐があるというものだ。

 なんだかんだで、数学の範囲は終了し、英語も少しだけ入ることができた。学年が上がって最初の試験だから範囲が狭めで助かった、とは花村の情報。学期末にもう一度あるテストはもっと膨大になるらしい。
 帰り道、悠は花村に訊いた。
「ちょっと説明した程度なのに、あんなにスラスラ解けるんなら、授業を普通に聞いてるだけで十分間に合うんじゃないか?」
「あー、ダメダメ。俺昔っから数学と英語は苦手意識が先に来ちまって、授業聞いてもムダ!って、蓋しちゃうんだよ。もうコレは治らんね」
「勿体無い」
「我ながら、そう思う」
「なら聞く努力をしてみたらいいじゃないか」
「それができたら苦労しませんて…そもそも俺、勉強自体苦手だし。あーでも、お前に教わるのは結構楽しかったかも。解き方がスルスル頭ん中に入ってくの」
「俺も教えるの楽しかった…けど、授業と同じ説明だぞ。なんで授業は聞けなくて、俺の説明なら聞けるんだ?」
 教科書に載っている問題の、公式に当てはめて解いていく手順の説明内容なんて、そんなに大差はない。
「んなの、向いてる視線に決まってんじゃん?」
「どういうこと?」
「先生はクラスの全員を相手にしてるんだから、俺一人が聞いてなくても授業は成り立つだろ?でも教える側お前と教わる側俺一人だけだったら、俺が聞かなかったら不毛の時間になるだけだ。だから俺はお前の説明聞いて必死こいて問題解いたわけよ」
「ようするに教える相手が誰であれ、自分に視線が向いていないと本領を発揮しないんだな」
「相手が誰でもいいってわけじゃねえよ。俺成績良くねーから、俺よりも頭のいいヤツならいっぱいいるだろーけど…長時間そばにいられるヤツとか、逆にジュネスの息子と一緒にいてくれるってなったら、その」
「途端に限られてくると」
「むしろ、現時点ではお前一択でした」
「なるほど」
「世話かけて面目ない」
 花村が大袈裟に頭を垂れる。
「それはいいけど…もし俺がいなかったらどうするつもりだったんだ?」
「テスト前に補習アンド追試コースが確定していました。いやー泣けるね俺!」
 そこまで分かっているのに何故勉強する気になれないのか、悠には全く理解不能だ。努力を美徳とする天使と、とかく天才を持ち上げる傾向にある人との差なのか。
「お前とだったら頑張ろうって気になれんだ!だからテスト前は一緒に勉強してくれたらひっじょーにありがたい」
 花村が悠に拘る理由もいまいちピンと来ない。確かに学校内外問わず、悠と過ごす時間は4月当初に比べるとかなり増えているが、花村はクラスメイトとも上手くやっているし、他のクラスにも教科書等物の貸し借りができる友人がいるようだ。
 テレビの中に落ち、意識不明となった花村の心の中を覗いて、花村は簡単に誰かに頼ろうとする人ではないと把握した。その後、悠は力になれることがあればなりたいと申し出たが、微妙にはぐらかされた気がする。
 なのに今回の試験勉強については、明確に、悠に教えて欲しいと指名してきた。悠がいなかったら勉強などしないと。本当に困っているのなら他の誰かを頼ればいいのに、それはしないとも言い切った。花村に、自分が必要とされるのは何故なのか分からなかった。一体何を気に入られたのだろうか。
 理由はどうあれ、頼ってくれるのは嬉しい。花村が自分を必要としてくれている感覚に、今なら天城に頼られていたい里中の気持ちが分かる気がする。
「それで花村のやる気が出るんなら」
「やった、じゃあ約束な!あ、都合悪い時は蹴ってくれていいから」
 嬉しそうに笑う花村を見ると、悠の方も嬉しくなって出来る限りの希望は叶えたいと思ってしまうから不思議だ。花村自身の徳というものだろうか。
「やー、これで俺の残りの高校生活は安泰だわー」
「あ…」
「ん?どうかしたか?」
「いや…なんでもない」
 花村の高校生活とは次の学年を含め、およそ2年間を指すのだろう。しかし悠の高校生活はもう1年も無い。最後まで花村の勉強に付き合うことは不可能だ。
 自分が居なくなった後、仮の家族や友人たちはどう思うのだろうか。今のところどういった理由で天界に引き上げさせるのかも不明である。天界お得意の記憶操作が施されるかもしれない。
 天使は人の生活を人に知られること無く裏から支える存在。それが神が示す意思である限り、忠実に遂行するだけだ。揺ぎ無かった思考に初めて――少しは自分の存在が人の記憶に残ってくれたら嬉しいのにと――自ら横槍を入れた瞬間だった。

+++

「今日未明、稲羽北にある稲羽信用金庫のATMが、重機で壊され奪われる事件がありました。現場に乗り捨てられていた重機は――」
 悠と菜々子は堂島の帰宅を待ちながら、ニュースを見ていた。朝の内に今日は定時上がりではないことを聞いていたので夕食は済ませている。
「――非常に短い間に犯行を終えて逃走しており、警察では…」
 ローカルニュースで警察という単語を聞けば、それは稲羽警察署の案件となり、堂島の関わる仕事となる場合がある。
「…遅いね、お父さん」
 堂島の帰宅が遅いのは、このニュースの一件のせいかもしれない。悠がそう思った時、電話がかかってきた。菜々子が立ち上がって電話の受話器をとる。
「もしもし、お父さん?うん、だいじょうぶ」
 相手は堂島のようだ。このタイミングでの電話の内容は恐らく仕事で帰宅が遅くなる連絡だろう。
「…うん…うん………うん……」
 普段よりも会話が長い。菜々子の声が段々小さくなっていくのを聞き、嫌な予感しかしない。
「…分かった」
 菜々子がコードレスの受話器を悠の所へ持ってきた。
「でんわ、代わってって。……お休み、取れなくなったって」
 やっとの思いで搾り出したような、か細い声で悠に告げた後、菜々子は寝室へ駆け込んでしまった。菜々子が気になったが、とりあえず堂島の話を聞かなければならない。悠は受話器を耳に当てる。
「代わりました」
「悠か。悪いが今日遅くなる、戸締りして先に寝てくれ」
「はい、わかりました」
「それと、4日と5日の休みの件なんだが…実は若いのが一人、身体壊してな…抱えている事件の内容からいくと、穴は空けられん…俺が出るしか無さそうだ」
「そうですか…」
 堂島の済まなさそうな口調に、悠は反論せず了承するほか無い。
「すまんな、急な事で…菜々子は…どんな風だ?」
「正直…見ていられません」
 悠に堂島を責めるつもりは無かったが、菜々子の気持ちを考えると最後まで聞き分けのいいふりはできなかった。受話器の向こうから、堂島のため息が聞こえてきた。父として約束を守れないのは辛いことだろう。
「…そうか。悪いが気にしてやってくれ…じゃあな」
 堂島側から通話が切れるのを待って、悠は通話状態を終了させ、受話器を元の位置に戻した。連休が始まろうとしていたまさにその時の、突然のキャンセル。とても楽しみにしていた分、菜々子のショックも大きいだろう。菜々子が駆け込んだ寝室の方を見て、悠もため息をついた。


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2014/04/26

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