you're forever to me >> 14-1


【 心象スケッチ 】



「全員揃ったし、そろそろ始めますか。昨日の夜だけど。まず、全員テレビは見れたか?」
 ジュネスの始業時刻は24時間営業の食品売り場を除き午前9時。各々用事があるだろうと、花村が気を使って午前中に集合というかなりアバウトな時間設定をしたにも拘らず、10時前には全員が揃い話を始めた。内容は勿論、昨日映ったマヨナカテレビについてである。
「見た見た!人映った!」
「私も見たよ」
 最初の内はテレビを見れなかった里中も、これまで試さずにいたという天城もちゃんと昨日のマヨナカテレビを見たようだ。
「映っていた人に誰か心当たりは?」
 悠の問いに、うーんと一同が首をひねる。
「顔がわかんなかったからなんとも…アレ、男だったよね?高校生っぽい?明らかに中学生よりは大きいよね」
「私も、あんな風に映ったんだ…あれ、でも待って。被害者の共通点って“1件目の事件に関係する女性”じゃなかったっけ?」
 天城の指摘に、花村が悔しがるように舌打ちする。かなり正確に打ち出した推理があっさりと覆って早くも振り出しへ戻った様相だ。
「だと思ったんだけどな…でもまだ、映ってたのが誰なのかハッキリしてない」
「確か私の時は、事件に遭った夜から、見え方が変わったんだよね?」
「ああ。その前の日の雨の夜には天城って分からなかった程度の見え方だったんだ。それが次の日には…つまりいなくなった日の夜だな、急に鮮明になったんだ。なんかどっか見たことのない建物の中、うろついてるように見えたぜ。その辺の記憶、残ってない?」
 悠しか知らない事実だが、テレビの映像は、天城が実際にテレビの中へ落ちた先の様子と全く同一だった。しかも映像を見た限りでは天城は暫くその中を歩き回っていたように見えた。
「うーん…言われてみれば歩き回ってたような記憶もあるような…でもそれが夢で見たものなのか現実だったのかわからないの」
 テレビに入る前後の出来事と一緒に、その辺りの雰囲気のようなものでも何か覚えていてもよさそうだが、天城は困ったように首をひねるばかりである。
 精神へのダメージによって記憶の混乱が起こり、前後関係がわからなくなるとは天界側の見解だが、混乱は普通時間経過と共に落ち着いてくるものだ。落ち着けば記憶が正常な状態になり、状況を思い出すはずだが天城にその兆しは無い。記憶そのものが損なわれているのだとすれば、霧が精神だけではなく記憶へも直接影響を及ぼしている可能性も出てくる。事態はもっと深刻かもしれない。
 話している間に天城は昨日の映像と自分との違いに気づいた。
「でも、昨日見えた男の人、はっきり映らなかったんでしょ?それなら、あの男の人…」
「まだ失踪していない」
 天城が失踪したとされる4月16日の夜のテレビにははっきりと姿形が映り、その前日は昨日見たような何処の誰かだか全く分からない映り方しかしていなかった。失踪の前後に見え方が変わるのはどうやら確定しても良さそうだ。悠の推測に天城も同調する。
「うん、可能性高いと思う。誰かが分かれば、被害に遭う前に先回り出来るんじゃないかな?」
「ああ…先回りできれば注意を促せる。そしたら天城みたいな不可解な失踪なんてせずに済む。それに、もし仮に天城の件が誘拐だったとして…テレビに映った誰かを張ってたら、怪しそうな人間も発見できっかも。ハァ…けど、とりあえずもう一晩くらい様子を見てみるしかないな…不幸か幸いか今日の晩も雨だし」
 日中は雨が降らないようだが、すでにどんよりと曇る空は夕方以降から降り出す雨を予告しているようだ。そんな空模様を見上げ、花村は憂鬱そうな表情でそれとなく今日の深夜の予定を申し伝えた。
「オホンッ…えー、ってことはつまり、ワタシの推理が正しければ…映像は粗く、確かな事は言えないが、あれはどうも男子生徒だと思われる。しかしそれだと、これまでに立てた予測とは食い違う…個人の特定がまだできないので、つまりは、もう少し見てみるしかない!」
「全部今言ったじゃねーか」
「う、うっさいな!」
 里中の、良いように取りあげれば場の総括へ、花村が即座に突っ込む。確かに里中による新たな意見は存在せず、そのまま過ぎだ。
「んふふ…ぷぷ、あは、あーははは!!」
 天城が突然、もうこれ以上こらえきれないといった風に大笑いを始め、悠と花村はそんな天城の様子に目を見張った。その横で里中が諦めたようにため息を吐いた。
「おっかしい、千枝!あははは、どうしよ!ツボ、ツボに…!」
 どの辺がツボに入ったのか、天城のはっちゃけた笑い声は止まらない。一見儚そうな天城の外見を吹っ飛ばすかのような勢いのいい笑い声はいっそ聞いていて爽快でもある。人は見かけによらない…名言だと悠は思った。
「出たよ…」
「ごめ、ごめええーんふふふ」
「なるほどな…天城って、実はこういう感じか…」
 花村も気が抜けたように天城を見やった。何もそこまで笑うところかと言いたげな視線だが、言及はしない方がいいと判断したようだ。この笑いを止める有効な手立てを見出せないのだろう。
「つか、映ったあの男の子、どっかで見た気すんだよねー…それも、つい最近…」
 笑い続ける天城を放置して、里中が頭の中でずっと引っ掛かっていた記憶を口にすると、花村もそれに頷いた。
「あ、里中も思うか?そーなんだよ、実は俺も昨日から考えてたんだけどさ…ま、とにかく今夜テレビチェックな。んでまた明日、みんなで考えようぜ」
 日を追う毎に映像から得られる情報の量も増える。今までのパターンからすると昨夜の内容より今夜の映像の方がきっと分かる部分も多くなるだろう。
「ぷぷ…」
「ぬわったく、いつまで、笑ってんのサ!!この“爆笑大魔王”がっ!!」
「あははは、千枝うまーい!」
 箸が転んでもおかしい年頃の状態と化した天城が、元に戻るまでそれから暫くかかったが、とにかく話し合いは終わり、二、三の世間話を挟んで解散の運びとなった。

 里中と天城は沖奈まで買い物に出るというので悠と花村はそれを見送った。その場に残った二人はかなり早めの昼食を取りつつ、昨日悠が電話口で花村に頼んだ件、つまり携帯電話の操作方法を教えて貰うことになった。
「そうそう、ケーバンとかメルアドは基本赤外線で飛ばせば楽に登録できるかんな。んじゃあ次はメールのやり方」
 契約時に決められていたメールアドレスを変更し、その情報を花村の携帯電話へ、赤外線通信機能を使って送受信――前回教えて貰った操作のおさらいからスタートして、メールのやりとりやらネットへの繋ぎ方やら音楽の聴き方入れ方などを、悠は花村から順番に教わっていく。操作方法といってもある程度パターンが決まっているので、最初は煩雑そうに思えた入力だったが、覚えていけば案外それぞれの手順は単純なものだ。花村の教え方が丁寧で上手いおかげもあって、昼下がりには使用するであろう大体の機能の操作方法は理解できた。
「お、もう完璧じゃね?」
 悠から受信したメールを見て、花村がうんうん頷く。
「せっかくだし記念にお前からのメール第一号、暫く保護ろっと」
「ほご、ろ?」
「ああ、メールの内容を保護できんだよ。メールも電話の着信履歴と同じでな、一定数越えたら古いヤツから消えてくんだけど、勝手に消えて欲しくないメールを、こう、選択して…保護すると、消えずに残るんだ」
 実際に操作をやってみせながら、花村は悠に保護機能の説明をする。
「まあ、保護できる件数は受信件数に比べりゃかなり少ないけど、お前のこのケータイ、受信ボックスに置いとける件数べらぼうに多いし、当分は消える心配ねえだろ。不安ならこれだけは消したくねえっつーメールだけ逐一保護っていきゃいい」
「消したくないメール…例えば、どんな?」
「いや、それはお前の基準で判断するこったろ。まあ俺ならー、彼女からのデレデレメールとか来たらソッコー保護るけどな」
 花村としては例え話の一環のつもりだったのだろうが、花村の口から今まで聞かなかった単語が零れ、悠は目を丸くして訊き出す。
「彼女、いるのか?」
「オイ、わかってて訊くなよ!」
「え、俺知らないし」
 花村の学校での交友関係を見る限りは“彼女”に該当するような親しい女子生徒はいないようだが、ちゃんと花村自身の口から聞いたことは無かったし、悠が“知らない”のは至って曲がり無い素直な事実だ。
「いたら今日だって遊びに行ってるわ!俺の悲しい願望ってことぐらい察してくれよ…」
「願望なんだ」
「そりゃそーだろー、セーシュン時代に女の子と付き合いたい願望があるぐらい、健全な男子高校生なら当たり前だろ?」
「…そうなんだ」
 現代の男子高校生の願望を初めて知り、現代の男子高校生のふりをしているだけの悠はそう返事をするのが精一杯示せる反応だった。
「え、おま…そうなんだ、って、なんでそこ、傍観に入っちゃってるわけ?」
「いや…考えた事、無かったから」
 天使に異性と付き合いたい感情など備えられていない。そもそも性別自体が飾りのようなもので、能力に大きな差異は無い。形式上男性型と女性型に分かれているのは人間界で活動する際に必要だから、とされている。知識として天界の住人以外の生命体は繁殖の為、男性と女性、雄と雌に分かれ、高次生命体である人や人に近しい動物は必要とあらばそこに恋愛感情が働くのを理解しているだけである。
「ウッソだろ!?じゃあお前、今まで彼女いなかったとか?」
「うん」
「なんでだよ!?お前程のイケメンが女子に手ぇ出さねー手はねーだろ!」
「そう言われても」
 天使には恋愛感情が不要で行動まで至らないから、とは言えず、これ以上どう返事したものか迷っていると、花村が呆れた表情を浮かべた。
「いやお前の価値観にケチつけるつもりはさらさらないけどさ…せっかくの超イケメンが勿体ねー。お前なら食いまくりも夢じゃねーだろうにさー」
「食い、まくり?なに、それ?」
 煽り調子で軽く言われたが、意味が分からず悠が真顔で問うと、花村は何故か慌てた。
「あ、いや、その…違うから!お前がそういう風に見えるとかじゃないから!断じてねーから!ゴメン、真面目にしか見えねーから怖い顔しないで!」
 どういうわけか、謝罪までしてくる。どうやら悠が怒っている様に見えたらしい。そんなにも変な意味なのだろうかと見当してみたが想像がつかない。
「ああもう、俺余計なことばっか言ってるし…ゴメン、お前がこの手の話無理だったらもう言わねーから」
「いや無理とか…そういうんじゃなくて、単に花村の話についていけてないだけ。俺疎いから」
「う、疎いの?」
 悠が黙って頷くと、花村は信じられないように悠の顔を見つめたが、真っ直ぐに花村を見つめ返す悠の顔はからかっている風には見えなかった。
「勝手に誤解してたのか、俺。お前、すげーモテる要素が一杯あるからさ…もう色んな体験しちゃってるのかと」
「モテる…持つの?何を?体験って?」
「…それすらも、素で言ってる?」
 問いかけに悠が再び頷くと、花村はまた穴が開くくらい悠の顔を見る。
「同じ男子高校生とは思えねぇ…こんな煩悩ゼロの澄んだ目、俺は未だかつて見たこと無ぇわ。こんなヤツが、この世に存在するなんて…俺今修行僧になっちまいたい気分だ」
 ちょっと拝んでいいですかと言いながら、すでに悠へと手を合わせて拝む花村の心境や如何に――神の御使いである天使は、人にとって聖者という位置付けになるよう古来から刷り込まれているが、一般天使の間では聖者でもなんでもない。ただ神の為に身を尽くす使い走りに過ぎず、与えられた任務を神の意向に沿うよう遂行するのに悩んだり苦しんだりもする。その辺は人と何ら変わりない。ただ天使の場合、生きる為に人には備わる様々な欲求は、天使自身が与り知らぬ内に去勢されていて、そこだけに焦点を当てると人から見れば天使は“煩悩が無い”状態に見えるだけだ。
「なんか安心した。俺の中ではお前ってどんどこ先に行ってるように見えて、実は全然そうじゃなかったの」
 悠に向かって合わせる手はそのままで、何故か花村がほっとした表情を浮かべた。心なしか嬉しそうにも見える。
「反対に訊きたい。俺のどの辺でそう思ったのか。…というか、先に行くって、何の先を指してるんだ?」
 彼女が欲しいと言い出した経緯から読み取るに、恋愛に関するあれこれを話しているのは間違いないだろうが、悠には花村から発信される言葉の意味が大半分からないのでいよいよ質問一辺倒になってしまい、会話が成り立たなくなっている。
「いや…うん、もう止めよう、この話。俺がうっかりヘンなことを吹き込んで、お前にヘンな目で見られたくない」
 花村には悠のどこまでが素で、どこまでがはぐらかし目的の質問なのか読めなかった。ただこれ以上この話をするのは雰囲気的に良くない気がした。もっと話したいが、今は引くべきだと。
 人の根本的な欲の一つである恋愛の話をすればもっと相手をよく知れる、相手の意外な価値観がわかる、あわよくば本性だって見えるかも…と、この近しくなった友人への興味がほんの僅か行き過ぎて暴きたくなった。複数の異性ととっかえひっかえ不埒に付き合うことを意味する“食いまくり”で悠の見えない部分が引き出せるかな…といたずら程度の気持ちで発してみたが、引き出すどころか意味さえ知らなさそうという、斜め上を行く結果だった。
 花村から見て悠は、非の打ち所がない美人だ。鋭くも優しくも変化するアーモンド型の切れ長の目、スっと真っ直ぐ筋の通った鼻、厚過ぎず薄過ぎず口角が僅かに上がった品の良い唇、シャープだけど細すぎない顎と輪郭、引き締まっているが白磁のように色が抜けているせいかすべらかな印象を与える頬は吹き出物知らず、黒ではなく灰色ぽくて光の加減によっては銀色にも見える髪、長い手足に見合ったバランスのいい体躯…全部、とにかく全部だ。同じ男子高校生、いやそれどころか、同じ人には思えぬような浮世離れした造形をしていると思う。
 今まで“美人”とは、花村にとっては単に外見が自分好みに目を引く女性に対して使っていた単語だった。しかし新たにできた友人の悠を間近で観察するようになり、その意味に加え、美しい人とはずっとその対象を見ていたいと思う気持ちに辿りついた。遠目からだとやたら格好良いヤツだなオイと簡単な羨望だけで済まされていたが、至近距離だと美しさのインパクトが半端でなく、目が離せない。異性をジロジロ見ていると文句が飛んでくるか変態認定を受ける恐れがあるが、同性だから遠慮なく観察できる。男に対して美しいと感じるのは不適当な形容詞だと思っていたが、悠の造形はそれを覆すに相応しいものだ。だからといって見た目が女性的ではなく、主にしっかりとした肩幅や手足の骨格等から男が生来から持ち合わせる雄々しさもしっかり同居している。
 さぞモテるだろうに、むしろ周りが放っておくはずがないのに――実際、学校内でも移動する度かなりの注目を浴びている、が、まだみんな様子見といったところか――当の本人曰く、そういった事象に疎いという。無敵とも言える見た目を備えながら、まだ色恋に縁がないなんて奇跡に近い。
 勉強ができて親切でちっとも偉ぶらないで、恋愛方面にはまっさらで真っ白で天然ボケの混じる浮世離れした美人、現時点での悠に対する花村の評価である。
 せっかく仲良くなった、思いの他素朴で親身になってくれるこの友人には自分から離れて欲しくない。悠がついていけない話を続ける意味は最早無くなったので花村は話を戻した。
「つか、なんでこんな話になってんだ…メールの保護からかよ。ま、そういうわけだから、お前が消えて欲しくないって思った内容のメールは保護すれば消えねーで済むからな」
「うんわかった…ん?」
 回り道が壮大だったが、メールについてはこれで話が終わり…の前に、悠は一つ思い出した。こんな話へ流れる前、花村が何気なくとった行動だ。
「どうした?」
「そういや花村…彼女からのメールなら保護するって言った割に、何で俺の練習メール保護したんだ?」
「んえ!?それ突っ込むか!?」
「いや、疑問に思ったから。たった一行のメールなんて保護する価値ないのにどうしてかなって」
「いや、これは実演がてらだろ?お前に操作方法見せる為に」
「でも暫く保護するって」
「あー…えーっと…ホラ、後々の話のタネってヤツ?お前が送った最初のメールってこんなんだったんだぜーって、懐かしの気分が味わえたり?俺のケータイ、お前のよりは大分受信ボックスの容量すくねーし、気がついたら古いメールじゃんじゃん消えてくからさ…それで」
「ああ、なるほどな。全然大した内容じゃないけどな」
 言い訳が苦しいか?花村は内心どぎまぎしたが、悠がそれ以上追究してくる様子は無かった。花村にしても悠から送られたメールを保護したのは悠にそのやり方を実演するのが目的で、何の気なしの動作だった。それは間違いない。だけど、その保護をすぐに解こうという気にはならなかった。悠から届いた初めてのメールが他の雑多なメールに押し流されて消えるのが惜しい、と思ったからだ。滅多に保護などしないがこのメールは特別だと思ったんだから…と、別につけなくてもいい理由を付加して残す選択をする。
「じゃ、以上で授業はおしまいだな」
「すごく分かりやすかった。俺の為に時間取ってくれてありがとう」
「ど、どうってことねーよ!わかんねえことあったらいつでも言えよ。いっくらでも教えっからさ」
「うん。ありがとう花村」
 悠は自身の良さを全く自覚していない、花村は本気でそう思った。たった今、向けられた笑顔の屈託の無さは、何を差し出しても得難いまばゆさが存在していた。
 それを今自分だけが受けている貴重さを、花村は後になって気づくのであった。


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2014/08/02

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