積木の汽車(未完) |
幸せというものは、地道な努力と自分の気持ちの持ち様でいくらでも築くことができる。物や金があるだけがそうじゃないということは誰だって知っていて、反面、家族や友人や恋人が揃っていたとしても言動次第では満たされないことに気づく。 積み上げて形作ることは案外簡単だ。他人にとってはどうということもないことを、自分がそれをいいと思えば、そこに幸せは生まれる。 そして、壊れるのも酷く簡単だ。積木を積む手を止めて他のことに気を取られ、その方向へ振り返った瞬間、力の入っていない自分の手が後方の積木の一角に当たればいとも容易く崩れていく。それが高くて立派なほど、崩れ方は凄まじい。 そう、ただひとつの出来事で、呆気なく無に帰る。 俺の場合、それまでは気づくことはなかったが――自分が思っていた以上に、積木を高く高く積んでいたらしい。 それゆえ喪失感が著しくて今はもう積む気力を失ってしまった。 いや、違う。そんな次元ですまない。 他人の積木までも崩してしまった自分に、これ以上積む資格など無え。 二度と、無えんだ―― *** 2007年9月末〜10月頭の頃 ここ暫く、やけに目覚めがいい。普段なら予鈴と同時に正門をくくれば早い方で、大抵出席を取り終わった頃教室に到着する。 それがどうだ。今日なんか目覚ましが鳴り終わる前に覚醒完了だ。ま、鳴らしちまっている時点で隣の部屋から文句が飛んできてるんだがな。 *** 10月3日昼。 昼休み、パンをかじろうとしていたその時、桐条がC組にやって来た。 「今日、幾月さんから話があるそうだ。学校から帰ったら作戦室へ集合。明彦にも伝えて欲しい」 「ああ、わかった。内容は聞いてないのか?」 「直接は聞いていないが、実はここ何日か、街中で暴れているシャドウを察知したんだ。恐らくそのことについてだろう」 「ふうん、そうか」 「規模は今まで相手してきたものと変わりなさそうだが、まあ詳しい話は帰ってからする。じゃ、伝えたぞ」 「わかった」 前のドアから出た桐条と入れ替わりに、購買部から飯を買いこんできたアキが後ろのドアから教室へ戻ってきた。すぐに俺の座る席の前の椅子をひっくり返す。 「ん、今美鶴が来ていたみたいだが?」 買ってきたものを広げながらアキが辛うじて視界に捉えた桐条の姿を見て俺に聞く。 「帰ったら作戦室に集合だ。桐条いわく街中にシャドウが出てるらしい」 「お、街にか。久しぶりだな。タルタロス以外でやり合うのは」 「まだ決まっちゃいねえ。先走んな」 「シャドウ反応が出ているんなら間違いないだろう。どんなヤツか楽しみだ」 「ったく、遠足に行くわけじゃねえんだぞ」 「俺は散歩であろうが遠足であろうが思いっきり楽しむ主義だ。楽しみながら強くなれるなんて最高の娯楽だぜ。それに、お前と一緒なら負ける気はこれっぽっちもしないからな」 「言ってろ」 アキのこの性格が過激なんだか能天気なんだか未だにわからない。けどコイツがシャドウ討伐を遊びで考えようが真剣に捉えようが本心はどっちだっていいと思っている。ただ俺はコイツのフォローをし続けて、コイツが少しでも傷つかなけりゃそれでいいんだ。いちいち考えるのもバカらしくなりパンを黙々と頬張った。 *** 寮に戻って程なく、幾月さんがやって来た。そのまま早速作戦室へ移動し、今回のシャドウについての話を聞く。 「実はここ暫く、ポートアイランド駅付近にシャドウが現れているようなんだ。今のところ大きな被害は出ていないようなんだけど、念の為この3日間条君に索敵して貰ったんだ。桐条君」 「はい。場所はポートアイランド駅近辺の住宅地、数は1体で魔術師タイプ。規模は普段私たちがタルタロス内で相手している程度だが、初めて索敵した日に比べて昨日一昨日で少し反応が大きくなっている。それが少し気になるから油断は禁物だ」 桐条の説明が一旦途切れたところで幾月さんがひとつ頷き、予定を発表する。 「今日もう一度調べてもらって、それで具体的な戦略を練ろうと思う。明日出撃の予定だからそのつもりでいて欲しい」 「なんだ、明日ですか。別に俺は今日でも準備オーケーですよ。と、いうかいつでも」 「まあまあ真田君、明日には嫌でも出てもらうんだから、さらに万全の体制で挑めるように今日はゆっくり休んでくれ」 「でも今の桐条の話じゃ日増しに反応がデカくなっているんだろ?一日でも早い内に叩いた方がいいんじゃねえのか?」 今日の内に出撃するつもりでいたアキの意見に同調したわけじゃないが、思いついた疑問をそのまま口にすると、桐条は表情を緩めることなく更に出没しているシャドウについての説明を加えた。 「いや、反応が大きいイコールシャドウの勢いが増しているというわけでもないんだ。シャドウは人を襲うたびに増大していくが、このシャドウは特に積極的に人を襲っている風でもない。なのに“そこにいる”という反応だけが増している。その点がちょっと妙で、今日もう一度探って見極めてからの方がいいんじゃないかと思ってな。タルタロスで出るヤツらと違ってどんなイレギュラーが待ち構えているかわからない。予防線は張りすぎている方がいい」 「簡単に倒せてしまってもつまらんけどな」 「明彦。もう決められた作戦だ」 「今日のつもりでいてくれたんなら急な召集をかけて悪いことをしたね。君たちの力は信頼しているけどなるべく危険は減らしたいから」 「わかってますよ。大人しく明日になるのを待ちます」 「じゃあ明日の影時間前にまたここへ集合ってことでいいんだな?」 「ああ、今日中に詳しい分析を済ませておく」 「よし、桐条君にはもう暫く頑張って貰うとして、今日のところはこれで解散。3人とも、明日は頼んだよ」 「了解です」 「任せて下さい」 「わかりました」 作戦室には桐条と幾月さんが残り、俺とアキは部屋を出た。途端、アキが不満ともとれる言葉を漏らす。 「今日のつもりだったのになあ。残念だ」 「今まで召集かけられた当日に出撃した例があったかよ」 「…言われてみればそうだな」 「そのぐらい早く気づけ」 「うるさい、俺はそれだけいつでも本気だって証拠だ」 「物は言い様だ。ま、どっちにしても明日にゃ出るんだ。せいぜい今日は早く寝るか」 タイミングよくあくびが出た俺とは対照的に、アキの様子は未だ出撃したくてたまらない表情が消えない。ったく、戦いとなったらコントロールのきかねえ野郎だ。 「…町内1周走ってくる」 いうや否や、俺の横から外れて自分の部屋へと足早に消えた。1分も経たねえ内にジャージ姿になって寮を飛び出していくことだろう。 「好きにしろ」 アキには伝わらねえ言葉をすでに俺の視界から消えた背中に向かって言うと、俺も自分の部屋へ入った。机の上の時計を見るとまだ21時にもなっていない時間だったが、課題も出てなかったはずだし風呂に入って寝ちまおうと、入寮以来最速の就寝準備にかかった。 *** こんなことって、我ながら有り得ねえ。むしろ記念日にしたいぐらいの快挙だ。 目覚まし時計が鳴る5分前に目が覚めた10月4日。 いつものクセでベッドから伸ばした手は正確にアラームのスイッチを触ったがまだ音が鳴っていないのにこの行為は無意味だ。 とりあえず、目は覚めたが頭がボヤけているのは違いない。間もなく鳴り始めるだろうアラームを今度こそ止める為に身を起こして時計を両手で抱え正座の状態で待つ。 「!」 アラームが鳴ったと同時、1秒以内で止めたが心臓が止まりそうな程の大音量が鼓膜を襲った。 こんなバカデカい音なのに、普段は鳴らしきるまで起きれねえって、俺の血圧はやっぱり異常だ。 |
+++++ 【 小説置き場へ 】 タイトルはSheenの同名曲より。続きを書く予定はないので、超あらすじをメモ代わりに記述しておきます。書いた時の心境と。 2007年10月4日話→10月6、7日頃寮から抜ける→11月5日頃から溜まり場へ足を運ぶようになる→2008年8月11日話(誕生日に独り、たまり場で己の存在そのものが罪である自戒独白)→2008年10月4日話(影時間の溜まり場で天田発見、復讐を誓う姿を見て天田からの罰を甘んじる覚悟)→2009年8月某日天田入寮→9月2日再入寮→2009年10月4日完結 罪に苛まされて死にたがっていた荒垣が生き続けた(本編では自殺行為描写は出てない/いや制御剤飲んでたのは一応自殺行為か。でも飲み始めは半信半疑だったと思う。体調がすぐれなくなってからヤバい薬なんだなってことを他人事のように思ったんじゃないか)のは天田に対して罪をつぐないたかったから。天田に何かしら返さないと気がすまなかった。 真田が再入寮を促すために天田の名前を出したのは、以前に荒垣が「俺がもしペルソナを使うとしたらそれは天田が俺と関わることができる距離に来る時ぐらいだ」とか何とか言っていたから。それを真田はバッチリ覚えていた。 真田は荒垣と一緒に戦いたいが為にしつこく勧誘を継続していた。それはわかるが、天田が荒垣に近づく=荒垣の身に危険が発生するかもしれない、と、真田だってわからないはずがないのに、最終手段で天田を持ち出してきたのは、荒垣が↑のように告げていたんじゃないか。 真田も自分のことしか見えてないヤツなのでとにかく荒垣が自分のそばに戻ってくれればいい一心だけだったのだろうか。10月4日のことは忘れていなかったはずだけど、2009年10月4日は皮肉にも作戦日に当たってしまい、目の前の大仕事のために10月4日の意味を一時的にしろ忘却してしまった。 もし作戦日じゃなかったら・・・自分が荒垣のそばに張り付いて何とかやり過ごそうと思っていたのかな、真田は。 +++++ |