紅い雪焼け肌の誘惑


今日は1日、照りつける太陽の下での戦闘が続き、日焼け対策をしていなかった者たちが一日を終えて悲鳴を上げた。
正確に言うと、ファンダリア地方での話なので、太陽の光が雪に反射して身を焦がしたのである。
主にその被害にあったのは男性陣。女性陣は待機中にマリーの助言を得てフィリアが調合した即席の日焼け止めクリームを塗ったことで難を逃れたが、今日に限ってほとんど交代をしなかったのも手伝い、日焼けのことまで気が回らなかったスタン、ジョニー、コングマンの肌は相当痛めつけられた。特にコングマンは上半身真っ裸だから悲惨極まりない。平気だとやせ我慢をしてみせたが、宿の浴場では情けない悲鳴をあげ、他の客からうんざりとした視線を散々投げられた。ほとんど自業自得とはいえ、風呂上がりのあんまりにも痛々しく暑苦しい姿を見かねてフィリアが炎症を鎮める化粧水のようなものを作ってやったのはいいものの、感激したコングマンにオイオイ泣かれ近所迷惑も甚だしくなった頃、とうとうブチ切れたルーティが適当に溶液をかけてやった後、広い背中のど真ん中に張り手をかまして本日一番の悲鳴が騒音となって消えた後は、至って静かな夜を迎えたのである。

「あー全く、久々にこたえるわ」
風呂から戻ってきたジョニーが若干顔をしかめて濡れた髪を拭きながら自分のベッドへ腰掛ける。調整の為に手元の弓を見ていたウッドロウがジョニーの方を向いた。
「本当、かなり赤くなっちゃいましたね」
「ヒリヒリしてかなわんよ。元から暑いカルバレイスの方なら最初から気を配るが、まさか雪の照り返しにやられるとは全く頭に無かったぜ。お前は平気なのか、ウッドロウ」
「ええ。慣れてますから」
「くう、その肌の色が心底羨ましいぜ。男らしく見える上に日焼けにも強いなんてな」
「ははは、そうかな?」
「そうだとも。はあ、マジで勘弁して欲しいぜこりゃ」
ため息をつきながら、己の頬骨をさする。ちょうどその辺りが一番赤くなっていて、次いで目元が目立つ。
「ま、スタンとコングマンに比べりゃマシだがな。あいつらは本当によく焼けてる」
「そうですね。ジョニーさんは赤くなっただけだから2、3日でひくと思います。チェルシーもそんな体質だから」
「うーん、焼けてしまった方がまだ気にならないなあ。こんなみっともない面を2、3日晒すよりは」
心底嫌そうにぼやくジョニー。髪の水気を吸ったバスタオルを脇へ放り出し、手を頭の後ろで組んでベッドへ寝転んだ。
宿に入れば基本的にやることは無く、時間の潰し方は各自自由である。なので恋仲にあるジョニーとウッドロウは自然と部屋で一緒に過ごす時間が多くなる。部屋に入ってすぐ情熱的に愛を交し合う日も(しばしば)あるが、普通は明日の準備をしつつ、つらつらと会話したり、ダラダラと過ごすのが専らだ。
「濡れタオルをあてるとマシになるかも。ついでがあるので冷やして持ってきます」
「ああ、悪いな。頼むわ」
弓を置いて立ち上がると棚にあったハンドタオルを手に取り、ウッドロウは部屋の外へと消える。

それから暫く時間が経過し、ついでがあると言っていたものの戻ってくるのが遅いなとジョニーが感じ始めた時、氷水を張った桶を携えてウッドロウが部屋に戻ってきた。
「お待たせしてごめんなさい。下で氷を貰っていたら遅くなってしまって」
ウッドロウは桶をベッドとベッドの間にある机の上に置き、前もって中に入れてあったハンドタオルを取り出して絞る。
「わざわざフロントまで行って氷まで貰ってきてくれたのかい?手間をかけさせてしまってすまないな。ありがとよ」
「お気になさらずに。きっと気持ちいいですよ」
言いながらジョニーの寝転がるベッドに腰掛け、絞ったタオルをジョニーの目元に置いてやった。
「おわお、冷てー、気持ちいいぜえ」
与えられた冷感を歓迎するかのようにジョニーの口元が三日月形に変形する。
「ああ、本当にありがたい。ふー、生き返る」
ジョニーの大袈裟な感謝に、ウッドロウは照れ隠しに少し笑った。
ウッドロウの用事は同フロアの移動で事足りたのだが、わざわざ一階下のフロントまで行って氷水を調達してきたのは、ジョニーが神経質そうにずっと眉間に皺を寄せている様子が本当に辛そうで、だから少しでも痛みが治まればと思っての行動だった。ジョニーもそんなウッドロウの配慮に気づいているからこそ惜しみなく感謝を伝える。
他愛の無いことをしゃべり、タオルが温まった頃、ジョニーはタオルを手に持って起き上がった。冷やし直すつもりらしい。
「やりますよ」
ベッドから立ち上がろうとしたジョニーを制し、ウッドロウがジョニーの手のタオルを取り去って桶に入れた。
「おいおい、病人じゃないんだぜ。最近お前さんは俺を甘やかし過ぎだ」
「ええ、わざとそうしてる」
「増長し過ぎて後悔しても知らねえぜ」
お前を手放す気なんてさらさらないからな、とタオルを絞ってベッドに座り直したウッドロウの顔に己の顔を近づけて言い寄れば、ウッドロウは一瞬硬直した後、慌ててジョニーから視線を逸らす。心なしか困惑しているような顔つきだった。
「?どうした?」
「いえ・・・別に。どうぞ」
今度はジョニーが起き上がっている状態だったのでタオルはジョニーの手に渡した。だが。
「・・・こっちの方が、いいな」
タオルを受け取る時触れた、冷たいウッドロウの手を逃さず、そのまま自分の頬へと導いた。
「んな・・・ジョニーさん」
「ん・・・気持ちいい」
満足気に口の端を上げて目を閉じるジョニーとは対照にウッドロウは戸惑う。
「・・・私の手だと、すぐ生暖かくなる」
「構わんさ、それでも。甘やかしてくれるんだろう?」
何分か前に言った己の言葉を復唱されて、早速後悔した。いやあれはあれで本心ではあったが今は別だ。甘えてくれるのは、困る。
ウッドロウの手を得て、ジョニーは再びベッドへ寝転がった。心底気持ちよさそうに目を閉じるジョニーから最初は視線を外していたウッドロウだったが、会話が途切れてからふとジョニーの顔を覗き見る。ジョニーは目を閉じたままだ。眠ってはいないだろうが。
自分の色の濃い指から覗く、ジョニーの白い肌。今はそこに紅が差している。たったそれだけではあるが、ウッドロウの目にはジョニーなのにジョニーではない男のように映っている。
酷く、艶っぽい。そんな男の肌に触れている。自分の色黒の指も相まって、余計に艶かしさが引き立っている。ジョニーの目が閉じているのをいいことに、ウッドロウはこの美しい人の顔に見惚れてしまう。その人が普段自分に幾多の愛の言葉を囁き、愛の行為を施していると思うと居たたまれない気持ちになり、心拍数が勝手に増えた。
もう片方の頬も触れたい。そう思うも、今からそれをすればジョニーはきっと目を開けてしまい、のぼせている自分に気がついてしまうだろう。(彼は私の変化をすぐに察知する、特技と本人が自負する程に)
あれこれ思っている内に、ウッドロウと名を呼ばれ、次いでもう片方も、と、うっすら目を開けてせがまれた。のぼせ上がっている自分を気にする前に、ジョニーのその表情の変化が極上に扇情的で、息をのんで見入ってしまった。
「どうした・・・さっきから・・・そんなに、俺の顔がおかしいか?」
「い、いや、違う」
うろたえるウッドロウにクスリと微笑し、きっと今しがたの自分の要求は忘れてしまっているだろうと思ったジョニーは、ウッドロウの余っている手を取って自らの頬へと誘導した。
「あ・・・」
ウッドロウの手がジョニーの頬を挟み込んだ状態になり、自然に顔と顔が向き合う形になる。反対ならともかく、ウッドロウがベッドの上でジョニーを見下ろすことは滅多とない。いや、こんなに接近している状態なのはきっと初めてだ。暫しボンヤリと見つめ合っていた二人だったが、ウッドロウの方があまりにも惚けた顔でジョニーを見つめ続けるので、ジョニーは耐え切れなくなって噴き出した。
見惚れていたことがバレたと思ったウッドロウは、笑われたことに恥ずかしくなり慌てて目を逸らす。
「本当にどうしたよ?そんなに俺の日焼けが面白いか?」
「そ、そうじゃない・・・そうじゃなくて・・・」
「じゃなくて?」
否定した後にウッドロウは墓穴を掘ったとまたもや後悔した。ジョニーはウッドロウの手首を自分の手で掴み、言葉の続きを聞きたがっている。翡翠色のあでやかな瞳で見つめられれば逃れようがない。つくづく嘘はもとより方便すら思いつかない自分の性格を呪った。
「い、色っぽいな・・・と」
「へ?」
「いつもと、違う色が入ってて、それで・・・」
見惚れていた、と。ウッドロウは真っ赤になりながらジョニーに告白した。
「へえ・・・」
思いがけぬ告白に、ジョニーも反応を返しかねる。しかし恋人にそう言われるのは悪い気がしなかった。むしろ我を忘れるぐらい自分を見つめてくれたことが素直に嬉しい。
「たまには日焼けもしてみるもんだな。そうしたら、ずっと俺に熱い視線を送ってくれるんだろ?」
「も、ジョニーさん!」
カラカラと笑うジョニーに声を上げて抗議しようと、ウッドロウは逸らしていた視線をジョニーに向けた。が、やはりいつもとは違う艶めいた笑顔に言葉が詰まる。
「ん、なんだい?」
「・・・・・・抱きしめて、いいですか?」
てっきり食って掛かられるとますます大笑いするつもりだったのが、もう後20センチも離れれば聞き取れないような震えた声に、ジョニーは思わず我が耳を疑った。
おいおい、こりゃホント暴走中だなと、ジョニーは返事をする代わりに手首の拘束を解いてそのまま両手をウッドロウの背中にまわした。ウッドロウは赤くなった頬を隠すようにジョニーの首筋に顔を埋める。
そんなウッドロウの頭をよしよしと愛しげに撫でながら、常時冷静沈着な王様の酷く取り乱す一面を見ることができたジョニーは格別な愉悦に浸ったのであった。


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攻の色香に囚われる受というのに挑戦してみたかったが為の話。ある意味冒険。部分部分を変えれば簡単にウドジョになりそうな感じを意識しつつの仕上げで。08/06/21

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