当人だけが知り得ぬ話


今回、ジョニーに言い渡した滞在期間は1週間。常人ではこなせなくて当然、その道のプロでも余るほどの仕事を抱えてのファンダリア訪問。散々ブチブチ文句を投げかけたが(例えば俺を殺す気か、とか)聞く耳を持たなかった。当然だ、諦めさせる為の道具なのだから増やすことはあっても減らしてハードルを下げるつもりなどあるわけがない。
仕事とはいえ、ファンダリアへ、あの王の下へ行かすこと自体が忌々しいというのに。(大人の恋人同士が逢瀬を重ねるということはつまり、最終目的など決まっているだろう。想像したくもない)
私欲のみで彼の王に会いに行くというのなら厳しく弾劾できるのだが、公務を兼ねての言わば「面会」にしか過ぎない・・・とはジョニーの言。相手が国王という最高位の立場にいるのに私欲目的で近づくことは結局未来自分の首をしめることになるのをジョニーはよく心得ているからこそ(つまり意図はせずとも、国王をたぶらかす行為に値し国政に悪影響を与えようものなら、最悪アクアヴェイルのスパイとして罰せられ国家レベルの問題に成りかねない)仕事をしにいくという正攻法を選択しているのである。
そしてティベリウス亡き後アクアヴェイルの大王の座についた、ジョニーの長年のお目付け役でもあるフェイトはジョニーに勝るとも劣らない策士であるから、仮に勝手にファンダリアへ行こうものなら、その次そんなことができる機会が二度と巡って来ない策を練られるだろうことは予測済みで、それならば与えられた仕事さえクリアしていれば行き来することを許されているのだからその間は従っていればいい・・・と、そこまで計算して行動している。

ジョニーがウッドロウに逢いに行くことに関して、フェイトを始めとした事情を知っている極数名のアクアヴェイルの人間はいい顔をしない。他国の人間に現を抜かす、しかも相手は国王、おまけに男である。建設的でない関係であることは一目瞭然なのであるが、当のファンダリア国内からは特に表立って苦言の類が聞こえてこない。ジョニーが上手く立ち回っているのか、国王自ら方便を振りまいているのか、それともその辺の文化が大らかなのか――いずれにせよ、フェイトは事が大きくなる前に諦めさせようとあれこれ仕事をジョニーに押し付けて国内で身動きできぬよう手を回しているのだが、どんな難解な用事でも予想以上に短い期間で全て完璧に片してしまうのである。
例えば、二つほど前の季節の話。ジョニーにとっては全く専門外である川の護岸工事の監督の任に当たらせた時のことである。監督とは名ばかりで、形だけの目付け役として工事が終わるまで現場にいるように指示をした。土木工事などずぶの素人であるジョニーに出来ることなんて何一つとしてあるわけないのだから、体の良い窓際職務だ。ジョニー自身が動いて処理できる仕事なら本人のやり方次第でいくらでも短縮できるが、手の出せない仕事なら他人任せにせざるを得ないのだからフェイトの思惑通りの期間でジョニーを国内に釘付けに出来る。その間に新たな仕事を手配すればいい。
しかし、この思惑は全く上手くいかなかった。工事が始まって、その様子を2日間じっと見渡した後、ジョニーは現場をあれこれとしきり始めた。技術云々の口出しをしたわけではなく、人の動かし方と材料の発注運搬などについてだ。結果、3日目以降作業効率が格段に上昇し、1ヶ月強の予定の工事がわずか半月で終了したのである。日数がかからなかった分、経費も大幅に削減でき、人足達へ余分に給料を積んでもまだ余ったぐらいだ。この工事が終了した時点より休暇を許可されていたジョニーがその足でファンダリアへ向かったことは今更言うまでもない。
休暇ゲットが原動力になったかどうかはさておき、フェイトはこの件で未だにジョニーの父アルツール・シデン候がジョニーをシデン家の跡継ぎにして、大王の座につけたがっているのが痛いほどわかった。比類なき洞察力と指揮能力は、きっと彼は自分よりはるかに上だ。もし大王になればアクアヴェイル至上最高の統治者になるだろう。
絶対に敵には回したくない。幼い頃からのかけがえの無い友としての情があるから、という理由を上回った瞬間だった。と、同時に相変わらずうつけを演じ続けるジョニーが歯がゆくてたまらず、いっそ自分が大王の位を降りて無理矢理ジョニーを大王にしてアクアヴェイル内に縛り付けておきたいぐらいである。が、もし本当にそれを実行に移そうとすれば二度とジョニーはこの国へは戻ってくることは無いだろう。
遠い昔となりつつある出来事とはいえ、エレノアの件について、フェイトには一生消せない負い目がある。仮初でもなんでも、ジョニーがあの国王といることで得られる喜びがあるのなら、目を瞑ってやるべきなのだ。きちんとアクアヴェイルに戻ってくる内は。
しかしながら、やはり行かせたくないと思う気持ちが押し付ける仕事の量に比例し、凡人では気が遠くなるような量の仕事を与えてしまい、その都度ジョニーからボロカスに抗議される。それでもジョニーは全ての仕事をやってのけてしまうので、フェイトも躍起になって更に仕事の量を増やす。文句は散々言うがどんな内容の任務でも結局完璧にこなし、特にファンダリアでの仕事は絶対に私用で国王に逢わせない為にもの凄い量を指定するが、不平不満を言いながら何一つ断ることなく請け負い、必ずウッドロウとの時間を確保している、ようである。
このいたちごっごに決着がつく日はやって来るのだろうかと二人とも思っていたが、どうやらその時がとうとうやってきたようである。

帰国期限の日、ファンダリア発モリュウ留めの最終便の船にジョニーは乗っていなかったようで、何時まで待てどもモリュウ城にジョニーは報告に来ず、やがて日が暮れた。念の為日付が変わる頃まで待っていたが無駄に終わり、次の日の一番目の定期船にも間に合わなかったようである。
とどめで増やした仕事が効いたのか。今度という今度は次の季節合わせでいい仕事もまとめて請け負わせたぐらいなのだから絶対に無理だったと言わざるを得ないはずなのだ。そう、今回だけは絶対に。
今までは彼の国王と逢う為に所定の仕事をこなすから終わったら休暇をくれ、ファンダリアでの仕事は俺に必ず回せというような、ごく軽い口約束程度の要求だったのだが、この1、2年でファンダリアとの正式国交開始に向けて話が動き出した頃、ジョニーはとんでもない要求をしてきたのである。
即ち「正式国交が開始する暁にはファンダリア駐留大使の任につきたい」と。
フェイトは未だ空席だった駐留大使の任を何故埋めておかなかったのか、ただただ後悔した。理詰めで説得しても、頭ごなしにダメだと言っても口でジョニーに敵うはずがなく、結局いつものごとく任務消化勝負へと発展したのである。ルールは前の季節の頃から今回のファンダリア外遊が終了するまで、期日内に与えた仕事を全て消化すること。一つの取りこぼしも許さない、と。
想像を絶する仕事の量を与え続けたのはそれがフェイトの反対の意思表示だったからで、ジョニーも承知したからこそ文句を言いながらもそれら仕事の処理をしていく。あんなにぐうたらな生活を送っていたジョニーがフェイトの倍忙しく働く姿は誰が見ても異様だった。
鉄人のごとく働き続けるジョニーを心配する者は少なくなく、奥方であるリアーナも散々やめさせるように説得をしたがフェイトは敢えて耳を貸さなかった。それだけジョニーに対する怒りのようなものが強かった証拠である。故郷であるアクアヴェイルを、そして自分たちを捨てて他国の国王の下へ走る行為に等しいジョニーを、フェイトは到底許せなかった。
だから期日に間に合わなかった今回、ようやくついた決着にフェイトは胸を撫で下ろした。内心は全ての仕事をこなして意気揚々と帰ってくることを半ば覚悟していたので、意外と言えばそうなのであるが、何にせよこれでジョニーを国外へ出さずに済む。ひょっとしたら途中で妨害などがあって仕事を予定通りに遂行できなかったのかもしれないが、勝負は勝負だ。これで駐留大使の件は白紙にできる。
ジョニーは今日にも戻ってくるだろう。あまりにも多忙の日を送らせていたし(ジョニーの意地のおかげだが)いずれにせよ暫くは十分な休暇を与えるつもりだった。国外への外出は堅く禁じるが。
駐留大使については早いところ適当な人選をしなければと、フェイトは頭を切り替え、今日の仕事へ向かった。

「遅い」
期限切れから丸1日が経過し、この日の定期船最終便にもジョニーは乗って帰ってこなかった。いくら勝負に敗れたとはいえ、投げ遣りになってこちらへ戻って来ないような男ではない。何かあったのではないかとフェイトよりも先にリアーナが心配し始める。
「きっと、何かあったのよ。大丈夫かしらジョニー」
「特にファンダリアで何かが起こったという報告は無い。大丈夫だとは思うが」
「でも今回の任務に全てをかけてたぐらいなのに、2日も過ぎるなんておかしいわ」
「ま、期日に間に合わなかったから酒場で自棄酒でもあおって不貞腐れてるかもしれないな」
リアーナと、そして自身の抱える心配を打ち消そうとしてわざと面白おかしい予想を言ってみたフェイトだったが、それがリアーナの導火線に火をつけたようである。
「あなた、よくもそんなに軽く流すわね。あの人、あんなに必死になってたのにそんな理由で帰ってこないなんてあり得ないわ」
「おいおい、今のは例えば、の話だろ」
「・・・違うわね。それくらいの理由であって欲しい、んじゃなくて?」
核心を突いたリアーナの指摘にフェイトの心臓がドクリとはねる。
「私、散々あなたに言ったわ。いい加減にしてって。でも決定的な言葉が足りなかった。悔やんでる」
「・・・」
「神の眼の件で、あなたと私と、おなかの子の命を助けてもらったあの日から、私たち誓ったはずよね。ジョニーが幸せになる為ならどんな努力でもするって」
リアーナの真っ直ぐな視線にフェイトは耐え切れず俯く。確かにそう誓ったあの日のことはあれから数年経った今も色鮮やかに記憶されている。
「ジョニーを失うことを恐れて、あの人の幸せを願えないなんて馬鹿げてるって・・・もっと早く、あなたに伝えるべきだった」
「リアーナ、俺は」
フェイトの言葉を遮るように、リアーナは語調を強めた。
「ねえ、いつあの人が“アクアヴェイルを捨てる”なんて言った?」
「・・・っ」
「それどころか、アクアヴェイルの為に動こうとしているし、自分の幸せのこともちゃんと考えて・・・どこの非の打ち所が無いじゃない」
「非の打ち所が無い、だと!?」
リアーナの言い切りに、フェイトの沸点が一瞬で突破し眉を吊り上げて吐き捨てる。
「あるさ!大有りだ!男のアイツが男の国王とできてるんだぞ!こんな不健全なこと、あってたまるか!アイツはアクアヴェイルの王族の一人として、将来を嘱望されているんだぞ・・・なのに、よりによって」
フェイトは自分が一番認めたくない事実をここぞと暴発させた。これが単なる友情なら歓迎したし、王位につく人間でも女性ならばそれもまた運命だと見守ることもできただろうが、常識の範囲を超えた関係に嫌悪感を隠すことができないのである。
「それで?ジョニーの何が変わったっていうの?」
しかしリアーナは全く怯まず、そんなフェイトを冷ややかな視線と理性的な言葉で諭す。
「あの人の本質は何一つとして変わってないわ。そう・・・変わったとしても、とても良い方に傾いている。あなただって気づいているでしょう?」
長らく隙らしい隙を見せることがなかったジョニーが時折見せるようになった屈託の無い笑顔。フェイトを始めとしたアクアヴェイルの人間では決して取り戻せなかったものを、時間をかけてでも育て直してくれたのが今ジョニーが愛している人。その変化を他の誰よりも喜んでいたのはフェイト自身だというのに、ジョニーが男を好きになったということが生理的に受け付けず、否定し続けた結果というべきものが今だ。
「彼が国王を好きになって、彼が今不幸だというのなら私だって全力で反対するわ。だけど現状は正反対よね。エレノアが亡くなってから彼の心にはずっと穴が空いていた。浮かべる笑顔は全部作り物だった。それを見て一番辛く思うのはあなた。悔しいけれど、私ではあなたの全てを救えない。本当の意味であなたを救うことができるのはジョニーだけ。こうは考えられない?ジョニーは国王の力を借りながら立ち直ってあなたを救おうとしてくれているって」
エレノアを守れなかったことは長らく自分の心に影を落とし、一番大事な友の人格を変えてしまうほど深く傷つけてしまった。そして直接関係のないはずのリアーナまでもが自分の弱い心のせいで心配をかけている。
「ま、そこまでは言い過ぎにしても・・・少なくとも私たちには、幸せになろうと努力している彼の邪魔をする権利はこれっぽっちもないわ」
最後の方は穏やかな口調だったが、リアーナは自分の思うところを迷い無くフェイトに告げた。フェイトにしても本当はジョニーの幸せを誰よりも強く願っている。ただ自分が許したとしても事情を知らぬ周りからの迫害を受けるだろうことを何よりも恐れた。幸せを祈ることだけなら酷く簡単だ。だがそれだけではジョニーの力になれない。ジョニーを全力で守りたい支えたいと思っても、自分の手が届かない所に行かれては絵空事になってしまう。
フェイトとリアーナの会話が途切れたこの時、臣下が書簡を持ってきた。ファンダリアからの速達文書だ。話題となっていた主が行ったまま戻って来ない地からの文書とあって、封を丁寧に切るのも面倒で力任せにビリビリと破き(国書扱いの文書ではないから包装の扱いはどうでもよかった)急いで中身に目を通す。

曰く。
ジョニーは風邪による発熱から肺炎を併発し、生死を問うまでには至らなかったものの2週間ほどは絶対安静が必要で、現在スノーフリアの宿屋で静養中とのこと。
原因は体調を崩した後も無理に長時間働き続け、過労によって抵抗力が大幅に落ちていたところが大きいとのこと。
任務の遂行を非常に気にしていたこととそれらを全てやり遂げていること。
帰国日の面会の際、体調が優れない様子だったのでこちらで引きとめたこと。
それでも一旦は一人で寝所を抜け出して帰国しようとしたこと。重篤になりかねないと判断したこちらが追いかけ再度スノーフリアで無理矢理引き止めたこと。
医者の診断書がハイデルベルグとスノーフリアの二部に分かれているのはその為であること。
現在は自らがスノーフリアに滞在し、これ以上脱走しないよう見張りを兼ねて様子を見ていること。

淡々と、事実のみをまとめた内容で一言もフェイトに対する非難の類などは記されていなかったが、その文面は余計に苦しんでいるジョニーの様子を切々と訴えているようにも見えた。
「ジョニー・・・お前ってヤツは」
ポツリと呟いたフェイトの声は震えていた。それ以上は何も言えなかった。そこまで追い詰めた申し訳なさも多分に混ざっていたが、それよりもここまで一つのことに執着して己の身を厭わないジョニーに今度こそ脱帽したのである。
「あなたの、負けね」
リアーナの目は光っていた。彼女もまたあんなにも自分を隠したがる人間が必死にこの恋を守ろうとしていることに改めて心を打たれたのだろう。
「ああ」
フェイトは読み終えた手紙を元通り綺麗に折りたたみ、少し苦笑気味の表情で空を見上げた。
「ようやく覚悟ができた。これからは何を差し置いても、アイツの幸せに尽力するとな」


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小説置き場へ

予想外に長くなってしまい自分でタイトル考えて加えましたのでこの話のタイトルのみ恋愛消費4のお題」に含まれません(番外編という位置づけですので前後の話へのリンクはしておりません)エレノアの件をサクっと割り切って考えることの出来るリアーナちゃんが結構好きです。(腹の底ではどう思っているかは不明だけど)

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