「おかえりなさい」 時間帯こそ昨日とは異なるが、悠が家に着くと菜々子がすでに帰っていてテレビを見ていた。菜々子は律儀に悠の方へ振り返って挨拶をした。 「ただいま」 悠が返事をすると菜々子はテレビに向き直った。事件のこともあるだろうが、今日はずっと雨が降っている。外遊びがしたくてもできない天候だ。気の毒だとは思うが、いくら人にはない力をあれこれ持つ天使でも天気の操作はできない話である。それにまだあの、便宜上レアケースと呼んでいる場のイレギュラーの位置を掴んでいない。場所が特定できるまで菜々子がうろつかずにいてくれるのは正直悠にとっては幸いだった。 二階に上がり自室に入ると窓から気配を感じる。クマが窓の外にいた。悠は鞄をローテーブルの上に置いて窓を開けた。 「おかえり。早かったな」 「ただいまー。クマはセンセイの為にいつだって全速力クマ!」 「無理しなくていいぞ」 クマを迎え入れると悠は元通り窓を閉め、早速クマの話を聞くことにする。 「そういやレアケースについても流れたままだったな。まずはそちらから天界の見解を聞こうか」 「了解クマー…っていっても、天界でも把握してなかったみたい。初めてのケースだって言ってたクマ。だからこっちで頑張って調べられるだけ調べて欲しいって、指示はそれだけクマねー」 「丸投げか」 「センセイ、本音が丸出しクマ」 「ここだけの話だ。返答は想定内の範囲だったし期待はしてなかった。次」 「センセイ、意外とドライクマ」 クマは悠に背を向けて懐をごそごそ漁っている。クマの身体に漁るような部分があったか、などと悠は疑問に思ったが、背を向けている以上、見られたくない何かが存在するのかもしれない。突っ込むと横道に逸れかねないのでとりあえずそっとしておいた。 「あったクマ!」 目的のものを見つけて、悠に向き直ったクマの手にはピンポン玉ぐらいの大きさの、乳白色の土台とその上に群青色のスイッチのような丸い突起がある物体があった。 「おかえりボタンー」 なんだかとても間延びした口調で、クマがそれの名称を告げた。 「何、これ」 「クマ、ちゃんとマヨナカテレビのこと説明した。人が映った事も、テレビの中から場のイレギュラーの本体の臭いがした事も、センセイが画面に吸い込まれそうになった事も、みんな説明した。そしたらコレ貸してくれた。これがあると、どんな場所に行っても、ちゃーんと人間界に戻って来れるって言ってたクマ」 「…なるほど」 天界はどうやら悠の懸念していた事を汲み取ってくれたようだ。 人が突然行方不明になる事を、ここ日本では神隠しという言葉で表現されるようだが、実際に神が力をふるって人を隠すようなことは現代では皆無である。せいぜい神話の時代までの話。大抵何らかの科学的に証明できる原因が根底にある。ただその過程が解明されるまでは、想像を超えた手段方法で忽然といなくなるから、大いなる力の仕業だと騒ぎ立てられるだけだ。 ところが、人知を超えた者や物は確かに存在している。人にとって神や天使、天界はそれそのものだ。妖精や悪魔など、御伽噺に出てくるような生命体も同様である。人の目には見えないあらゆる生命体が人に干渉した結果、人を隠してしまう場合もある。 そしてそれは何も人だけではない。天界の住人でもそういう事に陥る場合がある。古来から人に干渉を続けている天界も、人間界の全てを把握しているわけではない。人間界で発生したミステリースポットに飲み込まれ、行方知れずとなった天使も少なくはないようだ。 テレビの中に引き込まれるという今回の事例も、天界にとっては前代未聞である。だからこそ悠はそんなミステリースポットから帰って来れなくなる事態を想定し、そうなった場合には天界から救援に来て欲しいと要請をかけていたのである。 「使い方は簡単クマ。テレビの中から出たい時にこの群青色のボタンを押すと、こっちへ戻って来れるクマ。ああーそうそう、但し、続けて何回も使えないって。一回押したらボタンの色が赤色に変わって、群青色に戻るまで暫く無理って言ってた」 「そうなのか。暫くって、どれくらい?」 「そこまでは訊いてない」 「…一度試してみるしかないか」 どの道、なるべく早くレアケースの場のイレギュラーを突き止めたいのだから、後は実際にテレビの中に行ってみるしかないだろう。少なくとも最初の一回はノーリスクでこちらへ戻って来れるのだから恐れる必要はない。借りてきた品物が連続で使用できないらしいところは若干使い勝手に不安が残るが、テレビへ入る前にいちいち救援要請を天界へ出さずに済み、時間のロスも無くなる。こういうオーバーテクノロジーが存在するのは全知全能の神が住まう天界の賜物である。 「センセイ、大きなテレビ見つかったクマか?」 「ああ、いい場所が見つかった。ただ、問題は」 クマの姿である。人とはかけ離れた姿をしているので実体化を行うと否が応でもよく目立つ。人間界に降りた日にジュネスの売店の人にはマスコットと勘違いされて特に怪しまれなかったというが、店の責任者クラスの人に見つかればそういうわけにもいかないだろう。 天使の姿のままだとテレビ画面という人工物に阻まれて進入できないかもしれない為、クマも実体化しなければならない。幸い場所は、営業時間内なら出入口がいつでも開放されているジュネスなので、天使の姿のまま店の中に入り、テレビに入る直前ギリギリに実体化すれば人に見つかる可能性も極力下げられるだろう。尤も自分たちがテレビ画面に潜り込むところを見つかっても面倒なことになるので、タイミングをはかるのが重要ではある。 「グダグダ考えていても仕方が無い。明日学校が終わったらジュネスの家電売り場へ行く。15時半頃にジュネスの正面入口にいてくれ。その時はまだ実体化しなくていいからな」 「了解クマ」 「あとは…今日も雨だし、また何か映るかもしれないからもう一度マヨナカテレビを見る。どうする、疲れているなら引き上げてくれていいが」 「クマも見るクマ。センセイ、クマの体力なめたらいかんぜよ!全然疲れてない、へっちゃらクマ!」 「そうか。なら、ついでに確かめてみるか…天使の姿で、画面に触ってみよう」 「それ、クマがしたる。ウヒョー、今からドッキドキクマ!」 夕刻が過ぎ、悠は食事をとる為に居間へ移動した。今日は堂島も帰宅している。今晩の食事はカップ麺とちょっとした惣菜が二品だった。天界で食事訓練を受けていた時は、手作りのものが少なくとも主食の白ご飯以外に4、5品は振舞われていたので、今机の上に並べられている内容が侘しく感じる。しかしこの家にやって来てまだ3日目、住まわせて貰っている身である悠はそれについて文句を言える立場にはない。食事は健康の為できるだけ自然のものからバランスよく取るように言われたが、それとは程遠い食事が続くとなれば、料理を作れるようになることも必要かもしれない。 「あー…のな、まあ、知らんとは思うが…小西早紀って生徒の事…何か聞いてないか?」 カップ麺が出来上がる間に、悠は堂島から昨日出会った人について訊ねられる。 「山野アナの遺体の発見者だって、学校で噂されてました。本当に?」 「ああ、まあな…実は行方が分からなくなったと連絡があってな」 「え?」 「うちの連中で捜しているんだが、まだ見つからない…ハァ…仕事が増える一方でな…」 確か花村が、今日は小西が学校に来ていないと言っていた。よもや単なる欠席ではなくて行方不明になっているとは。小西の身に何か起こったのだろうか。 テレビから流れているニュースが、事件の内容に切り替わった。 「…次は霧の街に今も暗い影を落としている事件の続報です。稲羽市で、アナウンサーの山野真由美さんが変死体となって見つかった事件。被害に遭う直前の山野さんの行動は、はっきりしていませんでしたが…地元の名所として知られる“天城屋旅館”に宿泊していた事が、警察の調べで分かりました」 天城屋旅館はクラスメイトの天城の実家である。天城が言っていた「今ちょっと大変だから」というのは被害者が直前まで天城屋旅館を利用していたからなのか。 「一人での宿泊だったという事ですが、傷心旅行といった事だったんでしょうか…」 「ああ、天城屋旅館!あそこの温泉はね〜、いいですよ〜!女将の高校生の娘さんが働いているんですが、この春にも跡継ぐかって噂がありましてね。そしたら“現役女子高生女将”ですよ!いや〜ボクもまた行きたいな〜!」 事件とは関係のない内容をしゃべるコメンテーターの映像を打ち切って、ニュースは気象情報に切り替わった。雨足は弱まり、朝にかけて霧が出やすくなる為、視界不良を注意喚起される。 事件の流れをまとめると、死んだ山野アナは、死の直前、天城の実家の天城屋旅館に泊まっていたという。そして、山野アナの遺体の発見者である小西早紀の行方が分からないらしい。 山野アナがどの地点で場のイレギュラーに巻き込まれたかは分からないが、ひょっとしたら天城屋旅館に、もしくはその周辺に何か手がかりがあるかも知れない。できれば近い内に現場を訪れたいが、明日の予定はすでに決まっている。早くても明後日の予定になるだろうな、と一応の計画を立てたものの、想像以上にやることが多くなってきて、身と考えがちゃんと追いつくかなと、悠は心の中でため息をついた。 深夜。そろそろマヨナカテレビが映る時刻だ。クマと二人で自室のテレビの前に待機する。雨は日中に比べるとかなり弱まってきたようだが、マヨナカテレビが映る条件は満たしている。壁掛け時計の針が頂点を通過した。 「!」 砂嵐の映像と音がテレビからもたらされる。そして画面の中央には、人が映っている。 「この、人…」 昨日映った不鮮明なシルエットをかなり補うかのように、色んな特徴が追加されている。長い髪はウエーブがかかっており、セーラーと思われる制服姿は八十神高校のものと非常によく似ている。そして、途切れ途切れではあるが聞こえてくる、どこかで耳にした特徴ある声。 画面の中の人は昨日よりも動きも活発で、走ったり転んだり腕を上げたり下ろしたり…断片的に聞こえる声も相まって、苦しそうな様子に見える。 「臭う…臭うクマ…新しい臭いがプンプン臭ってくるクマ!」 「場のイレギュラーが強くなってるのか?」 「その通りクマ!んんん?こ、こ、こ、コレはぁ!」 「どうした?」 「人の臭いも、するクマ!」 「なんだって!?」 クマが嗅ぎ取った驚愕の事実。人の臭いがテレビからするという事はつまり。 「テレビの中に、入った人がいる、のか…?」 悠はテレビに映っている人物を凝視する。自分の記憶違いでなければ、今映っているこの人は前日にジュネスのフードコートで会ったあの人に非常によく似ている。 「ああそうだ、クマ、テレビに触ってみるクマ」 「あ、ああ」 次から次へと起こる驚きに襲われていた悠はうっかり失念していたが、画面の中の人物に関して情報の無かったクマはその分だけ冷静で、悠の提案をちゃんと覚えていた。クマが恐る恐るといった風に短い腕を伸ばし、ぴとりと画面に触れた。 「…」 ぴとり、ぴとりと数度にわたってクマは画面に触れてみたが、その腕が画面の中に入ることは無かった。 「入らない。センセイの予想通りクマ。センセイすごい」 「あ、ああ…」 クマが画面から手を離すと丁度画面が暗くなった。人の姿が消え、砂嵐だけの映像になり、数秒後テレビは沈黙した。 「それにしても…テレビの中に、人がいるかもしれないなんて。俺と同じように吸い込まれたというのか」 「人の臭い、した。絶対誰かいるクマ」 「画面に映っていた人か?」 「そこまではわからんクマ。画面に映ってた人の臭い知らんから比べようがないクマ」 「なるほど。じゃあ知っていたらわかるというわけだな」 「わかる」 クマは深く頷く。なら今行方不明になっているあの人…つまり小西早紀が、マヨナカテレビに映った人と同一人物だとして、更にテレビの中から臭ってきた臭いと小西の臭いが一致すれば、テレビの中にいる人が小西だと断定できる。行方不明になった小西が発見されればクマに判定してもらうのも手か、と悠は考えた。 しかし――それは、永久に叶わない方法となってしまったのである。 |
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