you're forever to me >> 0 | |
【 天 界 に て 】 「誉ある天使ユウ、貴方を呼びだてたのは他でもありません。これより新たに、人間界で重要任務を遂行していただきます」 一介の天使であるユウが、御前天使である智天使マーガレットより直々賜った任務。 それはある“人間天使”を守護するというものだった。 人間天使――神と天使が存在する此処天界ではなく、人間界において、人より極稀に生まれ出るという天使の役割は、人の心より生まれる“霧”を浄化緩和することにある。 霧というのは人間界で発生する自然現象のひとつであるが、天界での認識はそれとは別にあるものを指す。 つまり天界において口にされる“霧”とは、“人の精神から沸き起こる負の感情が、目に見えぬレベルの粒子になって体外へと漏れ出、他の多くの人のそれと結びついて集合体となり、本来起こるはずの無い歪んだ事象を呼び起こす。また正しい世の有り様を阻害し物事の本質を隠すものの総称”で、自然現象の霧とは似て非なる、人を堕落に導く悪しき物質の一種とされている。 「貴方に降りていただく稲羽市は、数年前より霧が多発している地域として我々天界も注意深く見守っていました。幸いにも同時期に稲羽市に希望の子…つまり人間天使が新たに生まれ、今は小康状態を保っています。しかし神によれば、この子の身に災いが降りかかると…そう予言されたのです」 そこでマーガレットは一旦言葉を切った。手持ちの本を宙に浮かべ、右手で本をめくるジェスチャーをするとその本の中ほどが開かれた。紙面の上に一人の少女の姿が模られる。 「ドウジマナナコ…少女の名前です。貴方にはこれから一年をかけてこの人間天使を守っていただきます」 天使ユウを見据え、マーガレットが厳かに命を下す。智天使である彼女の言葉は、神と直接関わりその知恵知識を多くの天使たちに伝達することを許される絶対的なもので、つまりは神の命そのものといえる。 天使とは、神の為にその身を捧げ、神の意思を遂行すること――それが存在意義であり疑問の一切を持たずして生まれつく。ただいつの時代でも例外は生じる。数多の存在からはそれらとは一線を画する規格外と称されるものが出現するものである。完全無欠を目指す全知全能の神が容易に見過すわけが無いミステイクのはずだが、それすらも神の思惑の内なのかもしれない――今はそれはともかく。 普通の天使ならば、神の代弁者であるマーガレットの言葉をそのまま受け、直ちに行動を開始するだろう。だが天使ユウはここで一つの疑問を持った。それは彼が事前に知り得た知識によるものである。 ユウは生まれもって非常に勤勉であった。それ故に他の天使よりも神の為となるならと、勉学にも武道にも励みより多くの知識を積んだ。結果として無意識下で彼の内に潜む知的好奇心を育てたことになったのであるが、今のところ彼自身の欲を満たす為ではなく、神への忠誠心からのものである…と、その心が大半を占めているので、彼に関わる上級天使たちも彼が疑問をぶつけてくることを不問にしている。その疑問も全ては神の為に、神の意思により善く副う為の進言なので何ら問題はないのだ。今回もそうだった。 「恐れながら智天使マーガレット様、人間天使というのはある一定の年齢まで、その役目を果たすと存じております。この少女は年端もいかぬ子どもの姿をしていますが、わずか一年の守護で事足りるのですか?」 人間天使は凡そ子どもである。個人差はあるが思春期を境にその役目を終えることが多い。それ以上の年齢になると、様々な外的要因で純真無垢でいられるキャパシティを超えてしまい、人間天使からただの人間となる。といっても表面上は何の変化もないので、それが原因で人生が変わるような大きな出来事に遭遇する事は無い(偶然起こる人間もいるようだが別の話) ところが話題の人間天使ドウジマナナコは姿から推測して、多くの人間天使が役目を終える思春期を迎えるには、早くともまだ数年はかかる見込みだ。それなのにたった一年間だけの守護でいいのだろうか?役目を終えるまでの数年間を守護した方がいいのではないか?ユウの指摘はそういうことだった。 「心優しく思慮深い天使ユウ、貴方の心配には及びません。この少女が災厄に見舞われるのはこの一年の内であると、神が明確にお見通しになられています」 「御意。出過ぎた発言をお許しください」 「いいえ、聡明な貴方の見解は尤もな事です。ですが…ただの一年に過ぎませんが、この任務は相当困難な道のりになるとの暗示が出ております」 マーガレットが本に向かって手をかざすと紙面上の少女の姿が消え、次いで掌大のぼんやりとした球体が浮かび上がる。瞬きを二、三度する間にそれは一枚の群青色に縁取られたカードに変質し、ゆっくりと回転する。表裏にはそれぞれ違う絵柄が記されていた。ユウには、それらが落雷によって崩れる塔と、憂いを帯びた表情を浮かべる三日月に見えた。 「これは神に代わり、私が透視した貴方の近い将来のビジョンです」 見る者の数だけ解釈は異なるものだけれども、と断りを入れた上でマーガレットは本にかざした手を下ろし、回転を続けるカードの両面をじっと見つめながら意味を説く。 「塔の暗示は災難、転落、物事の終局。月の暗示は迷い、隠れた敵、失敗。二つを統合すると、予測不可能な危機の発生に取り返しのつかない失態と出口の見えぬ混迷」 意味を聞いて、ユウの目の前がぐらついた。神の意に添える結果を出せない――ユウはマーガレットの示した暗示をそう受け取った。任務につく前からそんな最悪ともとれる見通しを、神に近しい高位の天使に告げられては誰でも恐れ戦く。実直な彼なら尚更である。 カードから目を離したマーガレットはユウを見やる。ユウの表情の強張りを察し、マーガレットは穏やかに諭した。 「過剰に恐れないで頂戴。絵柄の意味としてはこの通りですが、誰が何が、と確定したわけではありません。そう…全ては、立ち向かう貴方の心次第」 「心、次第…」 マーガレットの言葉に、ユウはたった今口にした“心”を揺り動かされる感覚にとらわれる。 「心を強くお持ちなさい。神が示された御意思は誰かが成し遂げなければならないこと。神が貴方を選ばれたことの意味を考えなさい。貴方ならば任務を成し遂げられると神がお信じになられたからです」 神に選ばれたことの幸福感と高揚感にユウの心臓がドクリと強く脈打つ。それと同時に何があろうともその期待に沿わねばならない重圧が身体を震わせた。今しがた言われた、心を強く持つことを早速試されているようだ。 一旦は潜めた恐れが再度ユウの瞳に浮上し、それを敏感に感じ取ったマーガレットは更に助言を続ける。 「大丈夫、貴方は独りではありません。これから人間界において、貴方の力となり支えとなる人も現れるでしょう」 「人が、力に?同胞である天使ではなく?」 天使が人に対して力を貸すことや守ってやることはあっても逆はない。今まで時々人間界で活動していたユウの人に対する見解はそれだけだ。何せ人には天使の姿が見えない。天使が一方的に人の世話をするのが当然の構図として頭にあるのでマーガレットの言ったことが飲み込めなかった。 「天使の役割は人を守護し監視し、時には激励し、間違いを犯せば処罰する。それは古来より現在にかけて不変です。それは偏に人への神の愛によるものであることは貴方もご存知の通り。そしてまた神からの愛を知っている人も、自分以外の誰かに対して無償の愛を与えることができるのです。貴方はこの度の任務において初めてその姿を人に現し、それによって人と触れ合うことになりますが、そのことで人の様々な感情を知ることとなりましょう。それらは美しくもあり、一方で穢れた側面もある。目を背けずに受け止めるのです。経験は全て貴方の糧となる。天使ユウ、貴方の最も重要な任務は人間天使を守ることですが、その過程で出会う人との繋がりを大事にしなさい。それは将来の貴方を助ける奇跡を起こすことでしょう」 「キセキ、とは?」 ユウにとって初めて耳にした単語をマーガレットに訊ねる。 「奇跡とは、人だけが起こすことのできる…そうね、我々天界の者には想像が及ばない、すごい現象を起こす力とでも言っておきましょうか」 「人だけが起こせる力…人が起こせる力なら主もそのようなお力があるはずなのでは?」 「神はそのお力で成し得ないことはありません。ですから神が奇跡と呼ばれる力を起こすという考えは適当ではありません。そして我々も人には備わっていない力をたくさん持っています。人から見れば我々の起こす力は彼らの言う奇跡なのかもしれませんが、我々からすれば元より持つ力の行使による産物に過ぎません。力を持たない人が、呼び起こす力こそが奇跡と呼ばれるものです。滅多に起こる現象ではありませんが、心に留めておけば、貴方にとって大きな希望になることでしょう」 「キボウ…キボウとは?」 さらに一つ、ユウがまたも初めて聞く言語がマーガレットの口から滑り出た。 「希望は…私が教えることではないわ。貴方自身が人間界にて探すものです。天使ユウ、忘れないで下さい。希望は貴方の道標となり、貴方に関わる人たちを助けることにもなります。困難と出合った時は心を鎮めてお考えなさい。どうすることが最善なのか。最も神の意に沿える行動は何かのか。そして」 マーガレットは一旦言葉を切り、紙面の上で回転していたカードを消滅させ、右手で本を閉じるジェスチャーをして元に戻し、本を手元へ引き寄せる。本を手にした後ユウの顔を見つめ、ゆっくりと言葉を紡いだ。 「貴方にとって本当に大切なものを、見つけなさい。それが貴方が世界で生きる真の理由となる」 「えっ?」 ユウには、マーガレットの言葉が理解できなかった。もっと正確に言えば、信じられなかった。ユウに与えた言葉の意味はわかる。だけどその内容を追究すれば、ユウにとって…いや、天使たちにとって大切なものといえば一つしかない。また生きる理由も一つしかない。 それは自分よりずっと高位の天使であるマーガレットの方が余程――だからこそ直接その存在と関わることを許されている智天使が、下級の天使に授ける内容として有り得ない。 「マーガレット様、おっしゃることの真意をお教え」 「神は注意深く貴方を見守っておられます。神も私も貴方の味方であり助言者です。神の御心は計り知れぬもの。我々天使が推し量ろうなど真におこがましいことよ」 ユウにはマーガレットからの今の言葉が、神ではなくマーガレット自身の意思を含んだものであると受け取った。だからこそ、瞬時に沸いた疑問をぶつけようとしたが、どうやら誤解のようだった。それほどまでに、マーガレットの声に力強さを感じたのである。 しかしそれはそれとして、そもそも神がマーガレットに託した言葉だとすると、神こそが絶対的存在であるという教えを神自身が否定するものだ。大きな疑問が生じてしまったが、ユウの質問を遮りマーガレットからその打ち切りを示唆されては、ユウにこれ以上の問答は叶わず、引き下がるほかできなかった。 「それから彼をつけます。キントキドウジ、おいでなさい」 「ハイクマー」 マーガレットの後ろには末広がりになるよう二対ずつ計八つの柱があったが、左最奥の柱からぬっと丸くて黒い影が現れる。その影は何故か一つ斜め前の柱の影にシュっと移動して、すぐにまた柱の影に引っ込んだと思えば、続いて斜め前の柱に移動して身体半分を柱から出してみせ…を、最前の柱に移動するまで繰り返した。 前方に遮るものが何もなくなり、右最前の柱からぬぬっと現れた黒い影の姿が明るみになる。 色は青と赤。全体的に丸みを帯びている。顔が大きくて手足が短い。大きな黒い目。てっぺんにはピコピコ動く耳のようなもの。普段目にする天使の姿をしているとは到底言い難い形をしたそれを、人間界のどこかで見た似た雰囲気を言い表す単語を、ユウは思い出そうとする。 そんなユウを余所に、マーガレットは紹介を始める。 「この者はキントキドウジ。肉体を得たばかりの精霊天使です」 「違うクマ!クマはークマよ!」 「キントキドウジというのは、この者が天使の素養を持った時に神が賜った名ですが…どうも一向にお気に召さないようね?」 マーガレットは苦笑しながら本人の主張とは食い違う呼び名について事情を語る。 「クマはクマクマー。だから、センセイにはクマって呼んで欲しいクマ」 「センセイ?」 頑なにクマと名乗る丸っこい物体、もとい元精霊天使はユウをセンセイと呼び、自分よりはるかに背の高いユウを見上げて嘆願する。 「クマは、これからセンセイのお手伝いをするクマ。いっぱいいっぱいお手伝いして、センセイみたいなナイスガイになるクマ!」 「元々肉体を持たず、その多くは森羅万象の一部を担う為に消え逝く精霊天使であった彼らが目標とするのが、きちんとした天使になること。仕える天使に誠心誠意奉仕し徳を積むことによって、正式な天使の仲間入りを果たすのです。キントキドウジには…気を悪くしないで頂戴。私はあくまで神から賜った名で貴方を呼ぶだけです」 クマからの抗議の視線に対して困ったように弁明を挟むマーガレット。そして再びユウに視線を戻す。 「彼には、我々天使と同じく、場のイレギュラーを感じ取る能力が備わっています。我々が読み取る数倍、いえ数十倍の感度です。任務にあたり、人に見えるよう実体化すると我々天使の力というのは、どうしても本来の力を発揮できなくなります。それを補うのが彼の役目です。貴方の任務を大いに助けることになるでしょう。」 「クマにまかせときんしゃい!きっとセンセイの役にたつクマ!」 「ああ、よろしく頼む」 結局クマがユウのことを何故センセイと呼ぶのかという疑問は流されてしまったが、こちらが先に天使として存在しているからかもといった単純な理由だということにしておく。元々知能を持たない精霊天使が、天使の前段階の状態になって日が浅いのであれば、そこに複雑な理由など存在しないだろう。 「貴方がキントキドウジにとって良き手本となるよう期待しています。私からの話は以上です」 話が済むや否や、マーガレットは本を携えてユウとクマから背を向けた。ユウはサっと跪きその後姿を見送る。コツリと一歩進み出たところでマーガレットが半分だけ振り返り、横顔を二人に見せる。 「これからみっちりと講習を受けるでしょうけど…その内容以外にも様々な場面できっと思い知ることになる。人になりきるということは、想像以上に大変よ。だけど、想像以上の喜びも共にあるわ。滅多に与えられない機会を、どうか悔いの無いように過ごして」 「はい。主に感謝いたします」 「そうではなくて――いずれ、貴方は理不尽に試される時が来る。その時も、同じように神へ感謝の言葉を述べることができるかしら?」 「はっ?」 「貴方に、神のご加護があらんことを」 微笑を浮かべ、今度こそマーガレットは二人の前から立ち去った。最後の最後に、ユウにとってはとんでもない時限爆弾を投げつけられたような、意味深長の言葉を残して。 +++ マーガレットとの会談から10日後、人として振舞う訓練を経て、ユウとクマの二人がいよいよ人間界で任務を遂行する日がやって来た。直に命を下したマーガレットは、この日は他用で謁見が叶わなかった為、直属の上級天使に出立の挨拶をして、人間界へと向かった。ユウの背中から己の身体を包み込めるぐらいの立派な純白の翼が生える。一方のクマは身体の色に合わせた小ぶりの翼が出現する。 人に見えるように実体化し、人と同じように暮らすために、天使は様々なデメリットを克服しなければならない。その最たる例が、活動に際するエネルギーを自力取得し、代謝の過程でできる不要な残りカスを排出すること――ようするに、食事を取ることと用を足すことだ。 天使たちは天界にいることにより、体内のエネルギーは全て自動で補給循環する。天界の奥深くに存在するという“生命の樹”から天使一人ひとりにエネルギーが供給され、不要物を吸い取り、還元浄化してまたエネルギーへと変換される。しかし天界から遠く離れた人間界には生命の樹よりエネルギーが届きにくくなるし、そもそも人に見えるよう実体化した時点でエネルギーそのものを受信できなくなる。曰く、生命の樹が発信するのは天使のような高位の機能を持つ身体のみが受け取ることのできる高等純粋エネルギーで、基本的な肉体機能しかない人や天使以外の下等扱いされている霊体には一切無視される云々…つまりは人と似たように実体化した天使にも残念なことにこのルールが適用されるということだ。 ただ、人間界に潜り込むにあたり人と関わって生活するというならば、食事を一切とらないのは人としてあり得ないことであるし、排泄にしても同様である。初めて実体化する天使にとっては未知の行為で、非常に面倒くさいこと極まりないが、なんとか二人とも与えられた課題を消化した。 クマの方は基本的にはユウに乞われる以外実体化せず、日中は天使の姿のまま情報収集するか、ユウの近くで待機しているか、或いはユウの代わりに天界へお使いに行くスケジュールとなるだろうが、ユウは自らが天界へ報告する責任重大な事象が発生しない限り、人と変わらぬ姿で人間界に留まることになる。探索行動等の都合上一時的に天使の姿になることは可能だが、人間界で天使の姿のまま行動しようとするとエネルギー消費が著しくなる為である。生命の樹からエネルギー供給を受けられない状況下で、連続して天使の姿でいることは天使にとって自殺行為に等しい。これまでユウが天使の姿のまま人間界で活動したのは全て24時間以内だった。 真面目で勤勉なユウは繰り返し訓練を重ね、世の流行廃りをリサーチし、主に任務を行う八十稲羽の地の歴史背景や現状を頭に叩き込み、可能な限り現代日本で使われる言葉を覚えた。最後の、日本語については言い回しが膨大過ぎて10日間程度でどうこうなるレベルではなさそうであるが、追々克服しようと心に誓う。 天界からひたすら下降し、任務を行う八十稲羽の地が近づく。山間にある小規模の町だ。その中で一際目立つ建物が目に入る。大きな文字で「JUNES」と書かれている。稲羽市で一番の大型ショッピングモールとはあれのことを指すのか。 「そうか。思い出したっ」 丁度今ジュネスの屋上ではキャラクターショーが催されているようで、舞台の中心に人気キャラクターを模した、ユウの思案の的だった“それ”が踊っていた。舞台下では親子連れがそこそこいて、子どもたちが声援を送っている。 「何がクマ?」 「着ぐるみだ」 クマの顔を見て、ユウは一人で納得したように頷いた。クマを初めて見た時に何かに似ているとずっとずっと思い出そうとして、10日前から今の今まで心に残していた。凄まじい集中力だ。 「キグルミ?って何のことクマかー?」 「何でもないよ。ああ、すっきりした」 何クマかー?と再度クマが訊ねても、ユウは相変わらず一人で納得してうんうんと頷いて、それはもう晴れやかな表情で笑みを浮かべていた。 そうこうしているうちに、天界から指示された、最初に降り立つ場所へと到着した。とりあえずクマには少し離れたところで待機するよう伝え、人が周囲にいないことを確認して実体化する。実体化することによって、肌で感じるこの世界の気候がクリアになる。天使の姿では感じ取れない外部からのストレスだ。季節は春、少しだけ肌寒いがなんてことはない。 降り立った場所は八十稲羽駅。次の電車が到着したタイミングで駅から出て、ユウを迎えに来る父子に合流する。その父子の子どもの方こそ、今回の任務である守護の対象、人間天使…堂島菜々子である。 電車が到着するまでまだ少しだけ時間があったので、一度は距離をとったクマを呼んで一つだけ質問をする。 「なあクマ」 「何クマか?」 「10日前、最初に会った日だ。クマはなんであんな登場の仕方をしたんだ?」 実に変わった登場だったので、これまたユウの記憶から離れなかった出来事だ。クマは目をパっと輝かせた。内心では突っ込んで欲しくてうずうずしていたからだ。 「よくぞ聞いてくれたクマ!何を隠そう、ハッソウトビのマネクマー」 「ハッソウトビ?」 「八回攻撃できるクマよー、とっても強いクマ!」 「攻撃?八回?四回しか飛んでいなかったじゃないか?」 「それは流すお約束クマー!」 当人たち以外にはどうでもいい会話を、電車到着のアナウンスが遮る。電車がやって来る方向を見ると、先頭車両がユウの目に入った。ブレーキ音と共に程なくプラットホームへ電車が入ってくる。 「じゃあクマ、一人になり次第連絡するから。市内の調査は頼んだ」 「了解クマー。センセイ、頑張るクマ!」 電車の扉が開く。時刻は間もなく16時。クマからの声援に一つ頷き、降りてくる数人の客に混じり、ユウは改札口を出た。 改札を出て辺りを見回す。電車から降りてきた2、3人の乗客の姿はすでに無い。随分と寂れた駅前だと思う。上空から見ていた町の印象も同じで、今まで目にしてきたどの町より物悲しい雰囲気が漂っている。文明的にもっと劣っている場所は幾つか見たことがあるが、活気の無さはここが際立っている気がした。 時計を見る。丁度16時、父子に指定された時刻だ。 「おーい、こっちだ」 落ち着いた声が聞こえた方向を見ると、資料上で目にした人が二人いて、成人男性がユウに向かって手を上げていた。 接触成功。その瞬間から、天使ユウは天界から用意された人格、“鳴上悠”として任務を開始した。 |
|
+++++ 【 ペルソナ小説置き場へ 】【 1−1へ 】 2013/09/28 +++++ |