you're forever to me >> 1-1


【 接 触 】



「一月ぶりくらいか。正直、葬式の時のお前の姿は見ていられなかったぐらいだったが…少しは落ち着いたか」
「ええ、まあ」
 “鳴上悠”の身上はこうだ。年は16歳で新学期を迎えれば高校2年生。前の学校での3学期の定期試験が終わった約一ヶ月半前に両親を事故で亡くした。暮らしていた近所では目ぼしい親族縁者がおらず、結果地方都市の稲羽市に住まう、母の弟にあたる叔父の堂島遼太郎の下へ引き取られることとなった。転居に伴い、学校も稲羽市にある八十神高等学校へ転校する。
 簡単に言えばこのような環境設定を天界側が用意し、天使ユウは一介の高校生となり、同居することになった堂島菜々子を災難から一年間守護する。そんな手筈だ。
 では本来の“鳴上悠”は一体どうなったのか。種明かしをしてしまえば存在しない。それどころか鳴上悠の両親も最初から存在しない。これからユウに関わる人々に対して天界が施す一種の記憶操作だ。堂島遼太郎には姉がいて甥っ子の悠がいる…というのはユウが人間界に入り込む為の天界側の作り話に過ぎない。
 事前に与えられる環境については頭に叩き込んできたが、作り話に会話を合わせるのは奇妙な感じだ。上手く問答できているだろうか。ユウ――いや、今からは堂島遼太郎の甥、鳴上悠だ――は、後ろめたさを覚える。心配そうな表情を浮かべる堂島を欺いているようで申し訳が無い。
「こっちは娘の菜々子だ。ほれ、挨拶しろ」
「…にちは」
 一方で、娘の堂島菜々子とは初対面という筋書きだ。人間天使の彼女には余計な情報を与えたくなかったのか、悠の両親の葬式に出席し、悠と面会した設定ではない。人間天使に配慮した結果だろうが、いつかこの綻びを(幼い菜々子をこちらに置いて堂島一人だけが都会の鳴上宅へ赴くのはやや不自然に思える)指摘されないだろうかと、悠は内心肝を冷やす。今はそのような兆候は全くなさそうではあるが。
「悠、どうかしたか?」
 堂島に呼びかけられて、悠は我に返る。
「いえ、なんでも」
 いくらなんでも最初から細かいところを気にしすぎだ。気を取り直して微笑を返す。多分、不自然ではなかったはずだ。
「そうか。さぁて…じゃ、行くか。車、こっちだ」
 堂島の車で、家へ向かう事になった。人が移動するのに使う便利な乗り物だが悠が車に乗るのは初めてだ。どういったものなのか悠の好奇心のアンテナがピピっと立つ。

 途中、車の給油の為に中央通り商店街のガソリンスタンドへ立ち寄った。ここまでくれば堂島宅に間もなく到着らしい。堂島も菜々子も車外へ出たのでそれに倣うように悠も車から降りる。実際少し外の空気が吸いたかった。乗って暫くは地表すれすれを流れていく窓の外の景色を楽しんだものの、時間にして30分も経過していなかっただろうが、初めての密室とも言える限られた空間で、不規則に身体を揺すられて少々気分が悪くなった。これが車酔いというものか。外の空気を二、三吸い込むだけで大体すっきりしたので大したことはなさそうだ。
 堂島とスタンドの店員のやり取りが終わり、堂島が喫煙所へ足を運ぶ。菜々子は着いてすぐトイレへ向かっている。その場に残ったのは店員と悠だけだ。
「きみ、高校生?」
 店員が悠の制服姿を見て話しかけてきた。かなり気さくな人のようだ。
「ここ、なーんも無くてビックリっしょ?実際退屈すると思うよ〜、高校の頃っつったら、友達んち行くとか、バイトくらいだから」
「そうなんですか」
 適当に相槌を打ちながら、悠は目の前の店員がわずかにオーラを纏っていることに気がついた。オーラとは、人体から発散される霊的なエネルギーのこと。視覚ではとらえられない一種独特の雰囲気とも。発信源である本人はその存在に気づかないことが専らで、他人の方がその存在を知りやすい。天使である悠は人よりもずば抜けてオーラを察知する能力に長けていて、どういった種のオーラなのか(例えば人の目を格段に引き付けるものだとか、運の良い気に囲われているとか、ツキに見放されている状態だとか)までを見抜くことができるが、今は実体化によって天使の力がセーブされている為そこまではわからない。
 ちなみに人間天使と称される菜々子からは、だだ漏れといっても過言ではないほどの大量のオーラが発せられていて、人に対して良い影響を与えるとされる。この地に発生する霧を浄化緩和する、今のところ唯一の存在である。無論菜々子本人に自覚の気配は無い。
 クマなら店員のオーラの種がわかるだろうから調べてもらうことにしようと思案していると、店員が悠へ手を差し出してきた。聞けば、どうやらアルバイトを募集しているらしい。
「ぜひ考えといてよ。学生でも大丈夫だから」
 やけに気軽な人だと思いつつ、握手を求められているのに無視することは生真面目な悠にはできないので素直に応じる。なるほど、人の手も天使と感触は変わらないものだと思った矢先だ。
 店員と手を離した直後、ゾクリと得体の知れない悪寒が悠の背中を走った。途端先程味わった車酔いとは比較にならないぐらいの激しい気分の悪さに襲われる。
 悠はこの感触をつい先日味わったばかりだ。確か、そう…事前訓練中に訪れた稲羽市上空でのこと、丁度弱い霧が発生していた。その霧の中に数時間滞在していたが、天界へ引き上げた後に同じような気分の悪さに襲われたのである。実際に霧の中にいた時はどうもなかったのに、清浄な天界へ戻ったら体調不良になったのである。人間界で暮らすうちに慣れるからと訓練中の教官天使からは言われたので、体調不良になるメカニズムについては敢えて深く考えないようにしたが――しかし今はどこにも霧など発生していない。
「…だいじょうぶ?」
 気分の悪さをやり過ごそうと眉間に手を当てて俯いているとかわいらしい声が聞こえた。店員に変わって目の前にいたのは菜々子だった。
「車よい?ぐあい、わるいみたい」
 ちょっと心配そうな表情を浮かべて菜々子が悠を窺う。そこへ一服を終えた堂島もやって来た。
「どうした、大丈夫か?」
 重ねて聞かれ、悠はどう答えたものかと少し迷ったが正直に言っておく。
「ちょっとフラついただけ」
「長旅だったろうからな。まあ、無理もねえさ」
 実際、そう答えた時には気分の悪さはスっと引いていた。その時は対応することに必死だったので考えが及ばなかったが、後々菜々子の発する良い気のおかげですぐに体調が戻ったのだろうと推測した。


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2013/09/28

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