you're forever to me >> 1-2


 堂島宅に到着し、居間で腰を落ち着かせる前に、悠は堂島に用意された自分の部屋へ案内される。
「最低限のものは用意しといたが、まあ好きに使え。荷物を置いたら居間に来い、夕飯にするから」
 堂島は先に階段を下りて居間へ戻った。悠は手持ちのバッグを足元へ置き、部屋を見渡す。畳敷きの純和風の落ち着いた…というよりは質素な感じの部屋である。勉強机に椅子、ソファにローテーブル、三段棚にクロゼット、箪笥にテレビ、布団。
 そういえば、人は睡眠を取らなければいけないことを布団を見て思い出す。睡眠も天使には特に不要な行動の一つだ。生命の樹から供給される以上のエネルギーを消費してしまった時などには休息も必要だが、睡眠を必要とするまでにはまず至らない。それほどまでに天使たちは生命の樹から手厚く保護されているのだ。フル稼働で神の為に働けとの意向ともとれなくはないが。
 他には荷物が詰まっているだろうダンボールが5つ積まれている。実はその中身は悠も知らない。天界側が勝手に用意したものらしい。どんなものが入っているのか気にはなるが、夕飯に呼ばれている。ひとまずダンボールの中身を改めるのは後回しにして悠は居間に向かった。

「じゃ、歓迎の一杯といくか」
 堂島の音頭で飲み物が入ったグラスが掲げられる。目の前にはお寿司と呼ばれる食べ物が並べられていた。訓練中には食べたことがない代物だが、初めてこの家に来た自分をもてなす為に選ばれたであろう食事なのだから問題ないだろう、多分。
「本当なら…お前がこんなところに越してくる必要がなければよかったことだが、否が応でも時間は経っていくもんだ。歯を食いしばって頑張れとは言わないが…少しずつ、お前のペースでいいから慣れていってくれ」
 両親を失ったという悠に対して、堂島がかける言葉を慎重に選んでいる様子が窺える。実際は自分には全く身に覚えのない、あくまでもそういう筋書きの身上なので、悠には曖昧な表情を浮かべる以外の手段が思いつかなかった。ただ堂島にはその表情が何となく痛々しく見えたのだろうか、少しだけ沈黙ができる。話題を変えようと堂島が軽く首を振った。
「ま、ウチは俺と菜々子の二人だし、お前みたいなのが居てくれると、俺も助かる。これからは家族同士だ。ここがお前のうちになったんだから気楽にやってくれ」
「お世話になります」
「あー、固い固い、気ぃ使い過ぎだ。見ろ、菜々子がビビってるぞ」
 さっきからかしこまってずっと黙っている菜々子が、急に名前を言われてピクリと肩をすくめる。緊張するなと堂島がたしなめつつ、夕飯を食べるようすすめる。
 割り箸を持って割った直後、堂島の携帯電話が鳴った。二言三言のやり取りの後、堂島は外出することになった。仕事での呼び出しらしい。酒を飲まなくて当たりかよとボヤきながら、立ち上がり際に素早く寿司を一つ二つつまんで、一旦はソファに放り出したジャケットを掴み、堂島は慌しく玄関へと向かった。
「菜々子、外、雨だ。洗濯物どうした!?」
「いれたー!」
「…そうか、じゃ、行ってくる」
 玄関の扉が閉められる音を最後に、物音が無くなると雨音がよく聞こえる。結構降っているようだ。菜々子の方を見ると、菜々子はテレビのリモコンに手を伸ばしていた。プツっという音と共に前方の画面が明るくなり映像が映し出される。自然な動作だったので、堂島がいない時はいつもテレビを見て過ごしているようだ。
「…いただきまーす」
 割り箸を手に取り、菜々子がお寿司をつまみ始める。もぐもぐと小さな口が食べ物を咀嚼する為に動かされている。小さな、ごく普通の女の子。オーラが全開で垂れ流されている以外は全く他の人と変わらない。
 しかしそれこそが最も重要なことであって、この先危機に晒されるであろうこの人間天使を守る為に自分は天から遣わされてきた。クマと協議してみないことには確証はないが、菜々子を付けねらうような不穏な気の類は周辺にはなさそうだ。菜々子を視界に入れつつ目をキョロキョロさせていると、菜々子が不思議そうな顔で悠を見た。
「どうしたの?」
 そういえばいきなり二人きりだ。何か話した方がいいのだろうかと思案し、そういえば菜々子には堂島が出て行った理由はわかるのか訊ねてみることにした。
「大変だね、こんな時間に」
 いきなり訊ねるのは不躾のような気がしたので、まずは堂島と菜々子に対して思ったことを口にする。仕事の時間外に呼び出される堂島も大変だが、ひとりで留守番を任される菜々子も。
 人の子どもには両親がいて、ある程度大きくなるまでは大抵大人がそばについて、あれこれ世話を焼くものだという認識であったが、そうではないケースもある。堂島親子はそれに当てはまる。
「…いつもこうだよ。お父さん、けいじだから」
 返した菜々子の口調は、特段父を責めているものではない。事実を素直に言っただけ。無表情がどこか諦めているような風にも見える。
 図らずも悠が聞きたいことは引き出せた。それにしても刑事とは。所属部署にもよるが一度事が起これば不規則な勤務体系にシフトすることにも合点がいく。
「ニュース、つまんないね」
 ニュースはここ数日、稲羽市議秘書と地方テレビ局アナウンサーの不倫問題が主に取り上げられているようで、小学生の菜々子が耳にしても理解できない内容ばかりだ。稲羽市の話題をリサーチしてきた悠にしても何故この話題ばかりが取り上げられているのかわからないし、そもそも不倫をしてしまう人の行動が理解不能だ。天使は神へと一心に愛を注ぐ。一番も二番も無い、愛する対象は神だけだ。人は天使ではないから愛する対象が神でないのは承知するとして、何故一度は誓いを立てた相手を放り出して他の人に走るのか。今現在人のなりはしていても心は天使である悠にはどこまでも理解しがたいことだ。
 菜々子はリモコンでテレビのチャンネルを変えた。変えた先は丁度コマーシャルが流れている。宣伝の最後に軽快な歌声とメロディが流れる。それを聞いて、菜々子の表情が目に見えて明るくなった。
「エブリディ・ヤングライフ!ジュネス!」
 コマーシャルで流れたフレーズをまねして菜々子が手を振り首を振り歌う。かなりノリノリだ。
「…食べないの?」
 素の表情に戻った菜々子に声をかけられるまで、悠は菜々子を凝視してしまった。慌てて割り箸を持ち直してお寿司に視線を落とす。動揺してしまった為、人間界に降りてきての初めての食事の味はほとんどわからずじまいだった。
 それほどまで悠を慌てさせたのは、菜々子に対して湧き上がった、今まで思ったことも無い得体の知れぬ感情である。
『か、かわいい』
 そう思った途端、菜々子から発せられているオーラの質が変わったように感じた。実際は悠の受け取り方が変わったという方が正しいがそれはともかく、邪気を寄せ付けない良い気という認識が、ちょっと幸せを感じる温かな気にとって変わった。
 シスコン鳴上悠の記念すべき第一歩である。但し現時点では無自覚であることを注記しておく。


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2013/09/28

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