you're forever to me >> 2-3


「おかえりなさい」
 菜々子は帰宅していた。やる事が無いのか、テレビを見ている。とりあえず菜々子が無事に帰宅していて悠はほっとした。
「今日は家に帰ったら、外に出て遊んじゃダメだって先生に言われた」
 少しつまらなさそうな顔で悠に告げるとテレビに向き直る。今日はもう菜々子が外出する様子はなさそうだ。悠は自室へ行き、鞄を学習机の上に置くと窓を開け、実体化を止めて天使の姿に戻る。といっても、格好形服装が変わるわけではないが。見た目が変わるとすればただ一点。背中から飛行の為に純白の翼を出し入れする、それのみである。
 昨日の夜と同じように、悠は白い大きな翼を広げて屋根の上へフワリと上がる。クマがもう待ち構えていた。
「センセイおかえりー」
「ただいま」
「ふふふーただいま、おかえりってなんかいいクマね」
「?」
「あったかい感じがするクマ」
「…そうか」
 悠にはクマの気持ちがあまりよくわからなかったが、クマがニコニコしているのでよしとする。
「今日は予定をちょっと変更したクマ。ナナチャンの学校まで行って、ナナチャンの勉強するとこ見てたら3時間目?が終わった時にお知らせが入ったの。なんかそれで勉強が終わって家に帰っちゃう雰囲気だったから、ナナチャンの後ついて家まで帰ってきたクマ」
 自分たちが下校するタイミングとほぼ同じだから、菜々子の通う小学校も授業を切り上げて一斉下校になったようである。
「ナナチャン、家に帰ったらずっと家にいた。学校で家から出るなって言われてちゃんと守ってた。偉いクマ」
 先程菜々子本人の口からも聞いた。言いつけはきちんと守る子で間違いない。特に見張らなくても家から出て行くことはないだろう。
「だからまだ町のあちこちはまわっていないんだクマ。センセイ、ゴメンクマ」
「いや、それでいい。今日はこれから俺も一緒に場のイレギュラー探しをする。怪しい所があったら教えてくれ」
「任せんしゃい!クマ頑張ってクンクンするクマよー」
「手始めに…そうだな、下校途中のあそこに行ってみるか。さっきクマが俺を迎えに来てくれた所だ。聞き間違いでなければ異常な人の死に方が起こったようだから」
「了解クマ」
 悠は白い翼を一度二度と大きく羽ばたかせて己の身体を宙へ持ち上げる。あとは羽が大気を捉えてスイと難なくその身体が上昇していく。事件が起こったであろう現場に向けて飛行し、クマもそれに続いた。

 事件現場に到着すると二人は適当な民家の屋根に身を降ろし、周辺の様子を窺う。野次馬の数こそ減ったものの、まだまだ警察関係の人が大勢いた。ざっと見渡したが堂島の姿は無さそうである。
「クマ、頼む」
「了解クマ」
 悠に請われてクマが鼻をクンクンと利かせる。これがクマの場のイレギュラーの感じ取り方らしい。耳の方もピクピクしているのでひょっとしたらそっちも働かせているのかもしれないが。
「ムムム…」
「どうだ?」
「うーん…決定的にこの近くで場のイレギュラーが発生した、っていう臭いはしないクマね。けど残りカスみたいな感じなのが臭う」
「残りカス?…場のイレギュラーが発生したと判断するには小規模過ぎるということか?」
「じゃないクマ。どこか違う所でおっきな場のイレギュラーが起こって、その切れっ端をここに持ってきた?みたいなー」
「違う場所で?」
「ああ、それがどこかはわからんクマよ。クマはここにあった場のイレギュラーの残りカスを感じただけ」
「その残りカスはどこに留まっている?」
「あそこクマ」
 クマが短い腕で指し示した先は、丁度視線上にある屋根の上だった。
「あの屋根は…」
 学校からの帰り道、野次馬の主婦の一人が指差した屋根だ。この田舎では珍しい色をした屋根だから悠も記憶に残していた。ただ、その屋根にあったはずのアンテナが今は無い。捜査資料として警察が押収した模様だ。
 悠はその屋根へと移動し、クマもその後を追う。
 近づくと悠にもクマの言ったことの意味が何となくわかった気がした。天使の姿だと場のイレギュラーの質がある程度わかる。ここで発生した場のイレギュラーではない。巨大で強烈な場のイレギュラーが起こった後の断片と言えば適当だろうか。散り散りで形を成してないのに、その一片一片が実に濃密なのだ。大きさを伴わないのでこれ以上何かを引き起こすことはないだろうが、元の形を想像するとぞっとしないこともない。クマの言った残りカスとは言い得て妙だと思う。
「それにしても…場のイレギュラーの本体は一体どこで発生したのか…クマ、見当も付かないか?」
「うーん、少なくともこの辺りじゃないクマ」
 場のイレギュラーの性質として、通常は事件が起こって暫く時間が経つと自然消滅する。追加で霧が発生すると続行されたり、酷ければ拡大されたりするが例外中の例外に過ぎない。悪意も善意も横槍が入ると脆弱なものである。
 話を元に戻すと、逆に言えば事件事故が起こった直後にイレギュラー反応が完全消失するわけではないので、敏感なクマの鼻なら時間が多少経過していても、事が起こってしまった後の場のイレギュラーの在り処を嗅ぎつけられる可能性も十分あるというわけだ。大きな場のイレギュラーなら尚更だ。残りカスの付近で起こったのであれば、残りカスの臭いを元に辿っていくこともできるはずと悠は思ったのであるが。
「こんなにすごい臭いのイレギュラーだったら、近所に本体があるならすぐにわかるクマ。だけど全然それらしいのは感じなかったクマ」
「この付近じゃないとすると、一体どの辺りから…そもそも、場のイレギュラーに転移性質なんて聞いたことがない」
 霧同士が結びついて、ある一点から徐々に拡大していくことはあっても、同じ一点から別の一点へ飛び火する事例は報告されたことがない。任務開始早々難解過ぎるレアケースにぶち当たってしまったということか。マーガレットの透視を思い出して悠は若干頭を抱えたくなった。
「センセイ、大丈夫クマか?」
 思い悩む悠を見てクマが心配そうに声をかける。
「ああ、大丈夫だ。これ以上ここに居ても仕方が無い。この残りカスの臭いを覚えておいてくれ。それから…この件について報告書をあげる。早速で悪いが天界へ使いに行って欲しい」
「了解クマ!」
 長居は不要と、二人は堂島宅へ引き上げていった。

「お父さん…今日もかえってこないのかな…」
 堂島は仕事から戻って来ず、今日もまた、悠と菜々子二人だけの夕食を済ませて夕方のニュースを見る。
「ではまず、今日最初のニュース。静かな郊外の町で、不気味な事件です。本日正午頃、稲羽市の鮫川付近で、女性の遺体が発見されました」
 通学路がテレビに映っている。やはり場のイレギュラーの断片を拾った場所で事件は起こっていた。
「遺体で見つかったのは、地元テレビ局のアナウンサー、山野真由美さん、27歳です。稲羽警察署の調べによりますと…」
「いなばけーさつ!お父さんのはたらいてるとこだ!」
 堂島の勤務先を聞いて、菜々子が驚きの声をあげた。しかしすぐにその表情が曇る。人が死んだという嫌なニュースと、それに関わることになった父に不安を感じたのだろう。
「大丈夫だよ」
「…わかってる。おシゴトだから、しかたないよ」
 せめてもの慰めにと、悠は根拠なんてないまま菜々子に声をかけたが、菜々子は予想以上に気丈な返事をした。だけど表情までは誤魔化せない。暗いままだ。
「遺体は民家の屋根の大型のテレビアンテナに引っ掛かったような状態で発見されました。なぜこのような異常な状態になったかは、現在のところ分かっていないという事です。死因も今のところ不明で、警察では、事件と事故の両面から捜査を進める事にしています。ただ周辺には、地域特有の濃い霧が出ており、本格的な現場検証は明日となる見込みです」
 被害者は、地元テレビ局の山野真由美アナ。つい先日、同じ地元の議員秘書の男性との不倫騒動が、報じられたばかりだ。最悪の形で時の人となってしまった。
「やねの上でみつかったの?なんか、こわいね…」
 変な場所から死んだ人が見つかったという内容の報道に、菜々子の表情は浮かない。しかしテレビがコマーシャル画面へと切り替わると、菜々子の顔がパっと明るくなった。
「あっ、ジュネスだ」
 昨日同じように菜々子を笑顔にしたジュネスのコマーシャルだ。
「エヴリディ・ヤングライフ!ジュネス!」
 コマーシャルの音楽と一緒に歌い終わって、ニコニコ顔の菜々子は、悠に対して何かを期待する目で見ている。
「このCM、好きなの?」
「うん。学校でもはやってるんだよ」
 菜々子は繰り返し口ずさんでいる。確かに一度聞いたら忘れられないフレーズだ。爽やかで嫌味のない、それでいて覚えやすい。思わず悠も、ちょっとジュネスに行ってみたくなった気がした。
 菜々子は楽しそうに歌っている。それに悠も調子を合わせて軽く首を振る。何回か繰り返して歌い終わると悠は小さく拍手を送った。菜々子がはにかむ様に笑う。どうやら怖い話は忘れたようだ。


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2013/10/20

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