you're forever to me >> 3-1


【 き っ か け 】



 今日から授業が始まる。そんな朝の登校時のこと。
 「どわあぁぁぁあ!」
 何かが前を通り過ぎて行ったかと思えば、3秒と経たない内に、目の前で人と自転車が、それはそれは派手な音を立ててゴミ集積場手前のポリバケツへと突っ込んだ。しかもポリバケツがどういう軌跡を描いたのか、一番近くで見ていた悠にも何がなんだかわからなかったが、それが人の頭にすっぽりと被っている。
「だ、誰か…」
 ポリバケツの中から必死そうな声がした。あまりの出来事に悠も呆然とその様子を眺めてしまったが、明らかに助けを求める声で我に返り、ゴロゴロ右へ左へ半回転を繰り返すポリバケツを手にとって引っ張りあげた。
 突然やって来た真っ暗闇から無事光の世界に帰還を果たし、一瞬まぶしそうに目を細めたその中の人。
「あ…」
 悠も、その相手も互いに十分過ぎるほど見覚えがあった。
「大丈夫?」
「…あ、ああ」
 状況を把握して幾秒の後、その相手はしかめ面をやわらかく崩した。それからの行動は身軽で、立ち上がって素早く自身の身体についた土埃を掃い、そばで倒れた自転車を起こした。
「いやー助かったわ。ありがとな!えっと…そうだ、転校生だ。確か、鳴上悠」
 悠に礼を述べるこの人物は、昨日からやたらと痛い目にあってるクラスメイトの男子生徒だ。昨日の朝、昨日の放課後、そして今と、立て続けに災難にあっているというのに、悠へ向ける表情は極めて明るい。
「俺、花村陽介。よろしくな」
 自己紹介をした相手に対して一つ頷くと、悠は気がかりを口にした。あれだけダイレクトに衝突したのだ、どこかしら痛いんではと思った。昨日の朝みたいに。
「ケガはない?」
「へーき、へーき。なんか昨日から格好悪過ぎるところばっか見られてんな、俺」
 花村は努めて明るくふるまっているが、よく見ると自転車のハンドルを握る手の甲が擦りむけて血が滲んでいる。しかし何でもないように言われてしまい、話が流れてしまった。空きそうな間をすかさず埋めるかのように違う話題をふられる。
「な、昨日の事件、知ってんだろ?“女子アナがアンテナに”ってやつ!あれ、なんなの見せしめとかかな?事故な訳ないよな、あんなの」
 昨日この付近で起きた事件の話題だ。地方テレビ局の女子アナウンサーが遺体で、大型のテレビアンテナに引っ掛けられた状態で発見されたという、不可解かつ異様な事件。報道では断定されていなかったものの、単なる事故とは思えない場所での出来事は、容易に殺人の線を推測させる。
「分からない」
 とりあえずそう返事をしたが、なるほど、そういう考え方もあるのかと、悠はまた違った部分で感心した。花村の、見せしめという考えに対してだ。古来、神が人に対して戒めるために見せしめ行為を行っていたことはあった。しかし文明が安定してきた今の世となっては返って野蛮な行為と捉えられ、逆効果になりかねないのでいつの頃からか取り止められた。代わってそれを真似る様になったのは人だ。背景は様々だが、見せしめを行使する理由は概ね一つに集約される。人に恐怖を与えて行動を制限させることにある。
 しかしこうなるとわからないのが、誰が何の為に、この町の人間に恐怖を与えるのかという点だ。それを解消しなければ見せしめ殺人という線は考えられなくなる。
「わざわざ屋根の上にぶら下げるとか、マトモじゃないよな。つか、殺してる時点でマトモじゃないか」
 マトモじゃない。花村の言葉が事件を端的に表す感想の全てに思える。人から発生する霧の他に自然現象として発生する大規模な霧、霧から誘発される場のイレギュラーに今まで聞いた事の無かった転移性質があるかもしれない可能性。混迷が押し寄せている。
 思わず眉間に皺が寄りそうになった時、花村が慌てた声を上げる。
「やっべっ、遅刻!後ろ、乗ってくか?ちょっとギコギコいってるけど」
 動作の怪しすぎる自転車は、悠に嫌な汗を滲ませるのに十分な材料だ。もしかしなくても、ブレーキが壊れているのではないかと察するに余りあるその自転車に乗ってみる勇気はなかった。
「いや…ちょっと、遠慮しとく」
「ははー…ですよねー」

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 授業が終わり、放課後帰り支度をしている悠に、花村が話し掛けてきた。
「どうよ、この町もう慣れた?」
「まだ慣れないよ、さすがに。越して2日目だし」
「え、マジで?そりゃまあ、無理ないな」
 正確に言えば人間界にやって来て2日目なんだけど、とは悠の心の声。おちむしゃという単語が頭に入っていなくても勘弁して欲しい。
 昼休みに職員室へ呼び出されたと思ったら、担任の諸岡から分厚い辞書を押し付けられて「それで日本語をみっちりと勉強しろ」とのたまわれ、ありがたいやら、少々重い辞書に迷惑するやら。諸岡の小馬鹿にするような悠への視線が痛かったが、これも厚意と修行の一つと受け取り、今月中に全ての単語を覚えきってしまおうと決心する。悠の知的好奇心は並ではない。
 今朝助けて貰ったお礼にビフテキをおごるという花村に、話を聞いていた里中が乗っかってきた。壊してしまった成龍伝説のDVDのことを持ち出されてはぐうの音も出ない花村。里中の友人である天城も誘ったが、天城は家の用事があると辞退した。
 少し疲れている様子の天城を気にしつつも花村、里中、悠の3人は花村の案内で寄り道をすることになった。

 連れてこられた先はジュネスのフードコートだった。平日の放課後のせいか、あまり人がおらず席はたくさん空いていた。天界から降りてきた時にジュネスを上空から見下ろすとそんなに広そうに見えなかったが、意外と解放感がある。適当な席へ腰掛けると花村は売店へ向かった。里中は心なしか不機嫌な表情を浮かべている。
 花村が飲み物と食べ物を抱えて戻ってくると、里中が早速不満を口にした。トレイの上に肉らしきものは乗っていない。ビフテキにありつけなかった恨みがそうさせるのか。
「いくら安く上げる為だからって、自分ち連れてくる事ないでしょうが」
「別に、ここが俺んちって訳じゃねーって」
 里中が花村に対して投げつけた言葉を補足するように、花村が事情を説明する。
「あーえと、お前にはまだ言ってなかったよな。俺も、都会から引っ越してきたんだよ。半年ぐらい前。親父が新しく出来たココの店長になる事んなってさ。んで、家族で来たってわけ」
「そうなのか」
 何となく花村の格好や立ち振る舞いが他の男子生徒とは違うように感じていたが、悠は訳を聞いて少し納得した。この土地に住む人は総じて地味な印象を受ける。あくまで大都会に住む人々と比べて、の話である。始めからこの土地に住んでいないのであれば、花村の容姿が垢抜けて見えるのは当然かも知れない。
 雰囲気だけではなく、ぱっと見ただけでも花村の顔立ちが綺麗であることは間違いないと思う。言い過ぎではなく神に近い御前天使にも引けを取らぬような端正さだ。それでいて威圧するような近づきがたい空気は纏っておらず、むしろ柔和で親しみやすさを感じさせる。それでいて愛想がいい。過剰ともとれるまでに。
「んじゃコレ、歓迎の印って事で。改めてヨロシク」
 花村はとにかく表情がよく動く。ただあまり自然ととれる動かし方が多くないのも特徴的だった。一日経過しても昨日受けた印象とあまり変わらなかった。
 ひとしきり他愛無い話で盛り上がり、会話が途切れた時のこと。少し離れた席に、一人の店員らしき女性が腰掛けた。
「あ…小西先輩じゃん。わり、ちょっと」
 そういうと花村はその女子店員の下へ足を運んだ。花村の知り合いなのだろうなあと思いつつ、悠は里中に聞いてみる。
「あれは誰?先輩?」
「一つ上の学年の小西早紀先輩。家は商店街の酒屋さん。…けど、ここでバイトしてたんだっけ」
 こちらはこちらで雑談していると、向こうから話題の先輩がやって来て悠の目の前に立つ。
「キミが転校生?そんなにおっきな学校じゃないからすぐにウワサまわってくるんだよね。あ、私のことは聞いてる?」
 小西早紀は特徴的な甘い声で、だけど媚びてる感じは無い。むしろちょっとだけ突っ慳貪な話し方だ。
「都会っ子同士は、やっぱり気が合う?花ちゃんが男友達連れてるなんて、珍しいよね?」
「そうなんですか?」
「べ、別にそんな事ないよー」
 花村はばつが悪い思いで否定しているが、あまり強くは言えない様子をみるに、小西の言うことは事実らしい。
「こいつ、友達少ないからさ。仲良くしてやってね。でも花ちゃんお節介でイイヤツだけど、ウザかったらウザいって言いなね?」
「ウザ、い?」
 新語だ。悠は思わず小西の言葉を(一応は疑問系で)復唱してしまい、その場に居る者に対して花村のことを「ウザい」と宣言してしまった風にとられてしまったようだ。あまり抑揚の無いしゃべり方の悠の「ウザい」の発音は、普通の返答のように聞こえたようである。小西が楽しそうに笑う。
「合わせなくていいって、もう…若干ムカつくんだけど…」
 花村が険しい顔つきになったところを見ると、どうやらいい意味の言葉ではなさそうだ。しくじったと思いつつもう遅い。
 そこまで話して小西の休憩時間が終わり、さっさと自分の持ち場へと戻っていく小西を、花村が名残惜しそうに見送る。悠には小西が強制的に会話を終わらせたようにも見えたが黙っておく。
「はは、人の事“ウザいだろ?”とかって、小西先輩の方がお節介じゃんな?あの人、弟いるもんだから、俺の事も割とそんな扱いっていうか…」
 明るい口調だが、表情がついていってない。そんな花村の様子をおかしいと思ったのは悠だけではなく里中もだった。
「…弟扱い、不満って事?…ふーん、分かった、やっぱそーいう事ネ。地元の老舗酒屋の娘と、デパート店長の息子。燃え上がる禁断の恋、的な」
 里中の即興ストーリーに、あからさまに顔を赤らめる花村を見て、里中は更に提案をした。
「そうだ…悩める花村に、イイコト教えてあげる。“マヨナカテレビ”って知ってる?雨の夜の午前0時に、消えてるテレビを一人で見るんだって。で、画面に映る自分の顔を見つめていると、別の人間がそこに映ってる…ってヤツ」
 非科学的な怪現象だ。電源が入っていないテレビが何かを映し出すことなど有り得ない。そもそもそんなことが簡単に起こらないのが人間界だ。花村が頭から否定し、里中が試してみようとむきになる。
 場のイレギュラーが多発している稲羽市なら或いは…と悠は考える。場のイレギュラーもその存在を知る天使がそう呼んでいるだけであって、その現象が人に知れ渡ったとしたら怪現象と認識されるだろう。昔から怪現象は怪現象を呼びやすいという。性質が似たものが引き合うのは分子レベルの話で科学的に解明されているのだから不思議なことではないとも言える。
 単なる噂話に過ぎないのか、或いは本物の話なのか。話を聞く分には特にメリットもデメリットも無さそうだが、この手の話が、世上が安定しているとは言えない稲羽市で広がっていることが気にかかる。
 念の為悠は今夜、マヨナカテレビとやらについて事の真偽を確認してみることにした。


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2013/10/26

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