you're forever to me >> 3-2


 マヨナカテレビの話題が途切れたところで、日も落ちかけてきたのでフードコートを後にした。里中とはジュネスを出てすぐに別れたが、花村とは少しだけ同じ方向らしく、二人肩を並べて一緒に歩く。丁度いい具合に先程言ってしまった事を謝罪する機会に恵まれた。
「あの、さっきはゴメン」
「?」
 悠の謝罪は、花村にとって突然のものだったらしい。花村は不思議そうな表情で悠を見た。
「いやその…小西先輩に聞かれたことに、聞き返しただけだったんだけど…ウザいって」
「ああ、それ」
 悠に説明されて、花村が先程の会話の内容を思い出したようである。
「気にしてねーよ。俺、会話の最中に言われること結構あるし」
「でも…あんまりいい意味の言葉じゃないんだろ?」
「ん?ああ、そりゃそうだけど大体は軽口の範囲だし、いちいち気にしてたら身がもたねーよ。本気で言われるとさすがにへこむけど」
 ウザいの意味がわからず、だけどいい意味ではないと推測した上での悠の窺いだったが、花村には悠に言われた煩わしいという意味でもある“ウザい”を深く気にする対象ではないとの回答だった。いい意味ではないが流せる範囲の意味で、だけど本気で言われたら傷つく、と。
「本気で言われたこと、あるのか」
「うわ、そこに食いつく?あー…今んとこはねーかな、直接耳に入ったことは」
 気になった箇所を聞いてみたら、花村は苦笑しつつ答えた。聞かれたくなかったのだろうか。リアクションが大きいのは花村なりに嫌な雰囲気を作らないようにする為かもしれない。
「そうか」
「ま、俺の耳がめでたいだけなのかもしんねーけど」
「え?」
「何でもない。こっちの話」
 付け足しのような呟きを零した時、その瞬間だけ花村が真顔になった。これ以上問われることを拒絶するかのような表情。
「…そうか」
 会話を続けたいだけの為に、これ以上踏み込むことは止そうと思って、一言だけ返事をすると、花村が意外そうな顔つきで悠の方を見た。
「なんかお前、変わってるな。ここいらの人間て、思わせぶりな発言したら結構食いついてくるのに、お前はそうじゃないんだな。都会で住んでたからかな。都会の人間って他人に無関心なヤツ多いし」
 都会に住んでいたわけではないし、そもそも人じゃないし…と内心で思いながらそれは言えない事情なので、悠は自分の考えを口にする。
「いや、どうだろう…ただ俺は、誤魔化したい内容の話に食いついても、納得して話してくれるとは限らないから、流しておいた方がいいのかなって」
「へえ…そう考えますか。やっぱお前って変わってるわ」
「変か、そんなに」
「や、そうじゃない。言い方が気に障ったんなら悪い。なんつーか、ちょっと感心したんだ。自分の興味を優先するんじゃなくて他人のことを先に考えてるってところがさ」
 反対に言えば、自分の好奇心を埋める為に他人の気持ちを蔑ろにする人が多いということかと悠は理解し、人の醜い一面とはこういう形で現れることもあるのだなと思った。天界では誰かが誰かを傷つけること自体が稀で、神の為に働くという確固たる共通意識が存在しているので、天使同士が衝突することは基本的に有り得ないことである。
「そうかな…ただ俺は、人を傷つけたくないだけだ。誰だってそうなんじゃないのか?」
 そして天使も人も等しく神の子なのだから、人よりも力を持ち立場が上である天使にとって、人は庇護対象である。その辺の事情を説明することなく、天使である悠が花村の目をじっと見て根底にある人への接し方を語れば、人である花村にはきれいな理想論にしか聞こえないのは仕方の無い話である。
「…あ、ああ。そりゃまあ。けど人間生きてりゃ知らず知らずの内に衝突しまくるしさ」
「うん、知らずに言ってしまった。だから謝りたかった。ゴメン。花村は全然ウザくない、うんかなり多分」
「多分かよっ!」
「あ…ゴメン」
 ウザいの意味を把握してないが故に“多分”をくっつけ、また適当な発言じゃなかったと思ったがやっぱり遅い。だけどツッコミとは裏腹に屈託なく花村は笑っている。気を悪くしていない様子に悠はほっとする。
「ま、いいや。お前から悪意なんて全然感じなかったし。それに本当にウザいって思われる程、まだ顔つき合わせたわけじゃないしな…おっと、俺ここ左だから」
 分かれ道に来て、花村が今まで押していた自転車に跨る。
「じゃあな。また明日。気をつけて帰れよ」
 軽く右手を上げて悠に手を振りつつ、花村は自転車をこぎ出した。あっという間に後姿が小さくなる。視界から花村の姿が大方なくなったところで悠も家に向かって歩き出した。

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 夕飯時。まだ堂島は帰って来ない。菜々子がしょんぼりとした顔をしている。返事の内容が分かる気がしたが、悠は菜々子に訊ねてみた。
「お父さんから、連絡は?」
「ない。デンワするって、いっつも言ってるのに」
 すねるを通り越して泣きそうな声で菜々子は答えた。気まずい雰囲気になろうとしていたその時、玄関の引き戸が開けられる音がした。
「あっ、かえってきた!」
 菜々子が立ち上がって玄関へ走っていく。程なく堂島を伴って居間へ戻ってきた。
「やれやれ…」
 堂島は疲れた様子だ。上着をソファに放り投げ、ネクタイを緩めながら大きくため息をついた。
「ただいま。何か、変わりなかったか?」
「ない。かえってくるの、おそい」
「悪い悪い…仕事が忙しいんだよ」
 連日例の事件につきっきりなのだろう。ソファにどっかりと座り込む。
「テレビ、ニュースにしてくれ」
 堂島はもう一度大きくため息をつくと、テレビの方を見て菜々子に番組を変えるように頼んだ。菜々子は黙ってリモコンを操作する。クイズ番組から報道番組へと切り替わった。
「次は、霧に煙る町で起きたあの事件の続報です。稲羽市で、アナウンサーの山野真由美さんが民家の屋根で変死体となって見つかった事件。山野さんは生前、歌手の柊みすずさんの夫で議員秘書の生田目太郎氏と愛人関係にあった事が分かっています」
 昨日の事件の続報のようだ。山野アナは生前に、議員秘書の男性と不倫関係にあり、その男性の妻は、演歌歌手の“柊みすず”であるらしい。こんな事情を耳にすると異性関係のトラブルによる事件と誰もが思いがちになるだろう。
「警察では、背後関係を更に調べるとともに、関係者への事情聴取を進める方針です。番組では、遺体発見者となった地元の学生に、独自にインタビューを行いました」
「ふぅ…第一発見者のインタビューだ?どこから掴んでんだ、まったく…」
 堂島が呆れた口調でぼやいた。機密事項、とまではいかないにしろ、プライバシーの侵害にも程がある。自身にやましい事が何も無いにしても、マスコミに目をつけられた人間は暫く勝手に張り付かれて不快な思いをすることが多々ある。
「最初に見た時、どう思いました?死んでるって分かった?顔は見た?」
「え、ええと…」
 女子学生は、声も顔もぼかされてる。しかし、服装は八十神高校の生徒と分かる制服姿だし、シルエットまではぼかされていないので、女子学生の知り合いなら簡単に判別できるだろう。悠には、つい先程対面した陽介の先輩の小西早紀に似ている気がした。
「霧の日に殺人なんて、なんだか怖いよね?」
「え…?殺人、なんですか?」
「あ、え〜っと…最近、このあたりで不審な人とか見たりしなかった?」
「や…私は、何も…」
「早退した帰りに見つけたって事だけど、早退した理由は何か、用事で?
「え?えっと…」
 女子学生は矢継ぎ早に質問をするリポーターの勢いに戸惑っているようだ。聞けることは何でも聞いておけとばかりに事件とは関係の無い質問まで飛び出す始末である。
「地元の商店街の近くで起きた、悲惨な事件。商店街関係者の多くは、客足が更に遠のくのではと懸念しています…」
「ふん、おまえらが騒ぐから、余計に客足が遠のくんだろ…」
 不機嫌そうな堂島の様子を見るに、この辺どころか全国各地からマスコミが殺到し、その対応に追われていることは容易に想像できる。ニュース番組は続いていたが、現場のリポートからコメンテーターの好き勝手な批評コーナーへと切り替わったのを境に、堂島は目を瞑った。
「エヴリディ・ヤングライフ!ジュネス!…ねえ…お父さん、こんどみんなでジュネス、行きたい。だめ?」
 ジュネスのCMが流れ、菜々子は堂島に提案してみせたが、堂島はそのまま居眠ってしまっている。
「あーあ…もー」
 自分の希望を聞き届けられなくて不満そうにしたが、菜々子は諦めて目の前のご飯を食べ始めた。元気がなくなると菜々子を取り巻くオーラの量も微減しているように感じるのは、多分気のせいではないと悠は思った。


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2013/11/02

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