you're forever to me >> 3-3 | |
入浴まで済ませ、悠は自室へ引き上げた。自室は雑音が少ない分、居間にいるよりも雨の音がよく聞こえる。夕食をとっている最中から降り出したのを思い出す。 今日は里中から聞いた“マヨナカテレビ”を試す約束をしている。そろそろ天界へ使いに出したクマがこちらへ戻っているはずだ。間に合えばクマにも立ち会って貰うつもりである。 深夜に起こる怪現象の噂。場のイレギュラーと何らかの関係があるのではないか、悠はそう思う。もしテレビに何か異変が起こるというならば、共通した何かが拾えるかもしれない。全く関係が無ければ無いでいい。そもそも怪現象が本当に起こるかどうかも定かではない。 昨日に引き続いて部屋のあちこちを片付けている内に、深夜近い時刻となった。ふと気配を感じて窓を開けると、クマがいた。 「おかえり。ご苦労さん」 「ただいまクマー」 悠が小声でしゃべるのに対してクマははっきり声だ。天使の状態でいるクマの声は人には聞こえない。 「入っていいぞ」 「いいの?おじゃましまクマー」 外は雨だがクマは濡れていないので部屋が汚れる心配は無い。クマが部屋に入ってくる。 「ほうほう、ここがセンセイのお部屋ね。なんか面白そうなものあるクマか?」 「ないな、特に」 「ええ、ホントにー?残念クマ」 「えっと、あんまり時間がないな。伝達事項があったら後で聞く。今から一緒にテレビを見てくれ」 「テレビー?気になる番組があるクマか?」 クマはテレビを見たが、まだ電源が入っていない。 「テレビついてないクマ。どれどれ…」 「あ、電源は入れなくていい」 「ほえ?」 電源を入れようとしたクマを止めて、悠はクマにマヨナカテレビの説明をした。 「フムー、そんなウワサがあるクマか。正にカイキゲンショウね」 「何事もないかもしれないが、とりあえず付き合ってくれ…そろそろだ」 壁掛け時計の長針と短針が頂上の位置で重なろうとしていた。雨脚が一段と強くなり、近所で雷の落ちる音がした。その音に一瞬気をとられた、その直後だ。耳慣れない砂嵐のような音がテレビから聞こえてきた。 「!」 「ひ、光ってるクマ!」 「シッ!」 電源の入っていないテレビがぼんやりと光り、砂嵐の映像が映っている。音も砂嵐特有のザーザーと、やや途切れがちではあるが聞こえる。これ以上何か映るのか、食い入るように見ていると、画面が大きく揺らめき、その後に。 人が、映った。 「わわっ」 酷く不鮮明で…というか、シルエットがぼんやりと見えるだけだ。体型とスカート姿から判断するに、女性らしい。静止しているわけではなく、シルエットは微妙に動いている。 もっとよく見ようと二人してテレビに近づくと、画面がもう一度大きく揺らめいた。 「!」 「こ、これは…!センセイ!」 「どうした?」 クマが悠に呼びかけたが、悠はテレビの画面から目を離すことなくクマに応じる。 「同じ臭い、するクマ!」 クマは手をばたつかせながら悠に訴えた。 「え?」 「テレビから、あの時の残りカスと同じ臭いがするクマ!今度はまとまってるクマ!」 「なんだって!?」 クマから昨日事件現場で拾い上げた、場のイレギュラーの断片と同じ臭いがテレビから感じると言われ、思わず悠はテレビから目を離してクマの方を見た。 「本当クマ!画面の奥から臭うクマ!」 「画面の、奥…?」 まだテレビは映っている。見始めよりも光度が増しているようにも見える。クマの画面の奥という言葉に釣られたかのごとく、悠はブラウン管に思わず手を伸ばした。 悠の右手の指先がブラウン管に触れると、またも画面が大きく揺れ、そして。 「!!」 悠の指先が画面の中に吸い込まれ、あっという間に右腕全体がテレビにめり込んだ。 「ウヒョー!センセイがテレビに吸い込まれたクマー!」 「う…ぬ、けない…!」 「セ、センセイ!」 クマが慌てて悠の身体に取り付いて、テレビから引き離そうと引っ張った。クマにもわかるぐらい、悠は物凄い力で引き寄せられている。二人して渾身の力で抵抗し、やっとの思いでテレビから腕を引き抜くことに成功した、が。 「〜〜〜!!」 勢い余って後方へ転倒し、さらにはそのそばにあったローテーブルへ、二人して頭を思い切りぶつけてしまった。目の前に星が飛ぶのを悠は初めて見た。 「め、目の前があ…チカチカする、クマァ…」 余りの痛みにこのまま記憶を飛ばしてしまいたかったが、自室の扉をノックする音がした。何とか返事をすると、扉の外から大丈夫?と菜々子の控えめな声がした。寝ていたはずの菜々子を起こしてしまうぐらい大きな音を立ててしまっていたのかと、悠は心の中で即席反省会をした。 「ごめん、起こした?大丈夫、だから」 「そう、おやすみなさい」 菜々子は戻っていったようだ。何にせよ、これからはもっと物音を立てないように気をつけなければ…と、打ち付けた頭をさすりながらテレビの方を見ると、映っていたはずの人のシルエットは消え、砂嵐ばかりの画面になっていた。それも程なく消え、テレビは何事もなかったかのように沈黙した。もうどれだけ凝視しても真っ黒のままである。 「消えたな。クマ、大丈夫か?」 「な、なんとか…イタいクマ」 「俺もだ。酷い目にあった」 天使に痛覚というのもほとんどない。仮に怪我をしてもやっぱり生命の樹が修復してくれるから、身体に起こっている異変を、痛覚という危険信号にして送る必要がないからだ。生命の樹も万能ではないので、いきなり致命傷を与えられた場合はどうしようもないが、大抵の怪我は本人が気づかない内に治っている。 残念ながら人間界には生命の樹の恩恵は届かないので、打ちつけた頭の痛みは日数経過によって治癒を目指すしかない。 悠は床に座り直すとクマと向き合った。この数分の間にどっと疲労感が襲ってきたが、肝心なことは今の内に検討しておかなければならない。 「クマ、画面の奥からあの時の残りカスと同じ臭いがしたと言ったな」 「ウン、言った。間違いないクマ。画面の奥から色んな臭いがしてきたけど、あの時の残りカスと同じ臭いが混じってたクマ」 「ん?色んな臭い?あの残りカス一種類だけじゃないと?」 「そうクマ。大まかに分けると3種類臭った。一つは残りカスと同じ臭いで、一つは臭った内で一番強い臭い、んでもう一つっていうか、その他諸々の弱い臭いクマ」 「……」 画面の奥に、件の場のイレギュラーの本体ないしそれに近いものが存在していて、しかも他の場のイレギュラーが混在している。クマの証言を超要約するとこういうことになる。 考えも及ばなかったことが二つも生じている。一つ目は、テレビの画面の奥からイレギュラー反応がして、実際に自らの身体がそちらへと引っ張り込まれようとした。手だけが引き込まれた状態だったが、テレビの画面が大きかったら身体ごと持っていかれたかもしれない。 二つ目に、場のイレギュラーの元は霧である。霧は発生時の性質は異なっていても、混ざってしまえば単一の性質になると言われているので、クマが嗅ぎ取る臭いも同じものにならなければおかしいが、いろんな臭い嗅ぎ取ったという。場のイレギュラーに対する見解が今まで誤解されていたのか、それとも今回のこれもレアケースなのか、或いはテレビの画面の中の空間が分かれていて、別々に場のイレギュラーが発生してまだそれらが結合する前の状態なのか。 いずれにしても分からないことが多過ぎる。画面の奥へ引き込まれるまま入ってしまったのなら、もしかしたら手がかりがあるのかもしれないが、しかし。 「センセイ、どうするクマ?」 保険もかけずに、未知の空間へと入り込むのは無謀過ぎる。クマの鼻に頼っている以上、クマにも付いてきてもらわないといけないし、自分だけならまだしもクマを危険に晒すわけにはいかない。それに自分たちは神から命を託されている身分だ。それを粗末に扱うことはタブーを超えて反逆行為にも値する。 「…クマ、帰ってきたところなのに悪いが、また使いに行ってもらう」 「全然オッケークマー!んで、今回の用件は?」 「俺たちがテレビの中に入って、その中の様子を探ることについて、だな」 クマはその姿が人とはかけ離れている為、基本的に実体化は行わない。しかし人間界でずっと天使の姿のままいるとあっという間にエネルギーを消費してしまう。そこで1日の仕事が終わると人間界と天界の中継地点まで戻り、そこにある仮の宿で過ごす。そこまで戻ると生命の樹からエネルギー供給を受けることができる。 連日人間界と天界を行ったり来たりして疲れるのではないだろうかと思われるだろうが、実はエネルギーの補給に行く為に必要不可欠の行動なのである。中継地点まで戻れば疲労も回復してしまうので天界へのお使いは何も苦ではないというわけだ。 報告書を携えたクマを送り出して、悠が次に考えたのは、自分たちが入れそうな大きなテレビ画面を探すことだった。自室のテレビだと肩がつっかえた。そのおかげでさっきは引っ張りこまれずに済んだともいえる。居間にあるテレビなら悠一人は何とか入れそうだが、クマの胴体は通りそうに無い。居間のテレビの大きさを正確には掴んでいないが、クマの胴囲、いや胸囲かもしれないが、どちらにしても相当ある。いや、一番太いのはジッパーのような首回りだったか。 夜も遅い。一旦思考を放棄して、悠は寝ることにした。また妙な夢を見て、朝から疲れるかもしれない。身体だけでも休めておかなければと、布団を敷きにかかった。 |
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