you're forever to me >> 5-1


【 不 意 の 流 動 】



 「おはよ、鳴上。なあ昨日…」
 今朝もまだ雨が降り続いている。悠が学校付近の住宅街を歩いていると、後ろから自転車に乗った花村が声をかけてきた。花村は自転車から降りると悠の隣に並んで歩く。
「おはよう」
「ああ。その、お前、昨日…マヨナカテレビ、見たか?」
「見た」
「なあ、映った人って、どんな感じだった?」
 花村の表情は切羽詰ったような険しいものだった。花村にも、“例の人”が鮮明に映ったのかもしれない。
「最初見たのよりも、もっとはっきり映ってた。女の人で髪がウエーブがかってて、なんだか八高の制服を着てたっぽくて…声も少し聞こえた」
「…お前もか。ひょっとして、結構動いてなかったか?こう…なんか、もがいてるみたいに」
 悠がコクリと頷くと、花村の表情が強張り、そのまま押し黙った。花村は何か考え事をしているようで、話しかけたら邪魔のような気がしたので悠も黙って歩いた。実際、もがいているように見えた人影を、あの人に似ていると口にするのが憚れたというのもある。
「花村?」
 結局沈黙の時間は学校の正門の前まで続き、悠は俯き気味の花村に声をかける。花村はハっとして足を止めて悠の方を見た。
「あ…ゴメン。いやその…俺の考え過ぎかもしんねーし…ハハ。この件については、また昼でも放課後でも、な」
 そのまま花村は自転車置き場に向かったので、悠は先に一人で下駄箱へ行くことにした。

 午後の授業が始まる前に緊急全校集会が行われるという。全校生徒が体育館に集められ、校長の話を聞くこととなった。
「雪子、午後から来るって言ってたのに…」
 ざわつく体育館の中、里中がため息をついた。里中の言うとおり、今日は天城が学校に来ていない。
「何だろ、急に全校集会なんて…ってあれ、花村どしたの?」
 キョロキョロと辺りを見回す花村に、里中が不思議そうな顔で問いかける。確かに花村は誰かを何かを探している風だ。
「ん?いや、別に…」
 否定しつつも花村は浮かない顔をしている。目的のものが見当たらないのだろう。体育館全体が落ち着かない雰囲気の中、壇上に世界史担当の祖父江が立った。集会が行われる時の司会役は日によって変わるらしい。始業式の時は違う先生が担当していた。
「えー、みなさん静かに。これから全校集会を始めます。ではまず、校長先生の方からお話があります」
 祖父江が壇上から去り、変わって校長が壇上中央に立った。重々しく伝達を始める。
「今日は皆さんに…悲しいお知らせがあります。3年3組の小西早紀さんが…亡くなりました」
「な、亡くなった…!?」
「…っ」
 悠は視線だけ、隣にいる里中と花村に向けた。里中は驚きのあまり口を、たの字のまま動きを止め、花村は目を大きく開け壇上の校長を凝視している。表情はそれ以外動かなかった。悠自身も想像を超えた内容に、鼓動が一つ大きく跳ねたのを自覚した。
「小西さんは今朝早く、遺体で発見されました…小西さんが何故、亡くなったのか。警察の方々が捜査して下さっています。協力を求められた時は、我が校の生徒として、節度ある姿勢で応じてください」
 そう言えば、堂島がかなり朝早くに出勤していた。小西の遺体が発見されたからだろう。きっとこの件に違いない。
「えー、静かに、静かに…それから、先生方からは、いじめなどの事実はないと聞いています。くれぐれも、軽い気持ちで街頭取材などを受けたりしないように…」
「遺体で発見って…そんな」
「…」
 里中は首を振って、何もかもが信じられないといった表情で呟いた。対して花村は奥歯をぐっとかみ締めて立ち尽くしている。
 校長の話は冗長に続き、時折静かにするよう注意を促すものの、大きくなったざわめきはほとんど治まる様子はなく、誰一人として真剣に話を聞いていない雰囲気のみを助長していた。

 5時限目を潰して行われた全校集会の後、6時限目通常通りの授業を経て、少々長引いたショートホームルームの後、今日の授業は終了した。
「死体、山野アナんときと同じだったんでしょ?」
「前はアンテナだったのが、今回は電柱らしいよ。連続殺人って事だよね、これって」
 悠が帰り支度をしていると、どこからともなく話し声が聞こえていた。振り返ると教室の一番後ろでクラスメイトの女子二人が事件について、何となくといった感じで話し込んでいるようだ。
 その手前、自分の席の後ろには花村が座っているが、顔を机の上に伏せている。6時限目の授業の間からずっとこの体勢だったが、まだ解けていない。
「死因は正体不明の毒物とかってウワサだよ」
「正体不明って…そりゃちょっとドラマの見過ぎだって」
「ちょ、声大き過ぎるから」
 人が、しかも同じ学校の先輩が死んだことについて語るには不謹慎な大きさの声になってしまったことを、一方の女生徒が嗜め、もう一方がゴメンつい…といった風に身を縮こまらせる。
「そう言えば、例の夜中のテレビで、3年生がしゃべってるの聞いたんだけど、死んだ先輩に似てる人が映ったらしいよ。なんすごいか苦しがってたって…怖くない?」
「え、マジで?でも電源の入ってないテレビに人が映るなんて、絶対ユメだって。今マスコミとかめっちゃ来てるし、取材でも受けて影響されたんじゃん?」
 後ろの二人の話は続いていたが、手前にいる花村がのそりと動き、机に伏せていた上体をゆっくりと上半身を起こしたので、悠の意識はそちらへ移動した。顔を上げた花村と目が合う。
「ああ…まだお前、いたのか」
 授業もう終わってるのに、と続けた言葉から、花村は授業が終わっていることを理解しているようだ。その上で今まで顔を伏せていて、今起き上がったのは、後ろの二人の話し声に何か刺激されるものがあったのだろうか。
「今から帰るとこ」
「そっか…」
「うん」
 帰ると言いながらも、このまま花村を置いて行ってしまっていいのだろうかと悠はぼんやり思った。花村はずっと顔を強張らせている。はっきりと花村が言葉にしたわけではないが、2日前ジュネスのフードコートで雑談した際、花村が小西に好意を寄せていることを垣間見た。悠には花村の心を正確に推し量ることはできないがショックは大きいと思う。
「なあ…ちょっと、いっこだけ聞いていいか?」
「何?」
 何と言葉を続けようか悠が考えあぐねていると、花村の方から質問が飛んできた。
「朝の話の続きってーか…あれ、夜中のテレビ…映ってたのって、小西先輩…だと思う。見間違えなんかじゃない。お前は、どう思った?」
「花村が、そう言うんであれば。俺よりずっと面識あるだろうし」
「やっぱり…そうだったか」
 花村は深くため息をついて首をたれた。運命の人が映るという触れ込みのマヨナカテレビだったが、その部分が全くのがせであることは明白だった。実際は該当した人が死ぬという、究極に後味の悪いある種の予知装置、のような。
 思い至った考えに悠ははっとする。そのことについて頭の中で整理しようとする前に、同じような考えが目の前の人から提供された。
「なあ…似てるよな、山野アナと小西先輩の状況って」
 机に肘をつき顔の前で手を組んで、花村は自分の考えたことを言葉にしていく。
「山野アナはテレビアンテナ、小西先輩は電柱って違いはあるけど…二人とも、その、おんなじような状態で発見されたって話だろ?」
「うん」
「それと…何日か前、お前は耳にしてないかもしんねーけど…“山野アナが運命の相手だ”とか、騒いでた奴いてさ。それって、山野アナがマヨナカテレビに映ってたってことかもしんねーって今になって思って…そんで、小西先輩もテレビに映った」
「つまりは、アレに映った人は死んでしまうってことか?」
 悠自身が今しがた考えたことを花村に伝えると、花村は少し考える素振りをして、言葉を選びながら答えた。
「…断定はしねえけどさ。けど、偶然にしちゃ…出来過ぎてる気がして」
 冷静に考えると、続けざまとはいえ今のところ当てはまるのは2件だ。2件だけ。結論を出すには尚早のような気がするが、可能性が無いとは決して言えない。
「あれがもし…先輩が殺されてる最中の映像だって思ったら…」
 花村はそれ以上の言葉を詰まらせた。奥歯をかみ締め、目に力を入れて必死に耐えているようだ。
「ゴメン。んなことお前に言っても、どうにもならねーよな」
「花村、その」
 悠にしか突き止めていない事実が若干ながらある。実はテレビの中に人が入れるかもしれないということと、その中で何かが起こっているかもしれない可能性。しかしこんな荒唐無稽なことを簡単に信じられるはずがないだろうし、第一何の力も持たない人が、強烈な場のイレギュラーの発生現場に立ち入れば、どんな目に遭うかわからない。それこそ、被害に遭った二人の女性のように。
 結局、悠には花村を慰めの言葉をかける他の選択肢を持っていなかった。しかしそれも。
「大丈夫か、あ、いや……じゃない、よな」
 こういう時、人ににかけるべき言葉を悠は知らない。好意を寄せていた人を喪ったという花村の心境は花村にしかわからない。花村の心に沿わない言葉を投げかけて傷つけたくはないが、黙っているだけでは花村を蔑ろにしているように思えて、悠は本気で困った。必要最低限の会話能力があれば任務には支障が無いと思っていたが、元来人と同等以上の優しさを持ち合わせている悠に、目の前で辛そうな顔をしているクラスメイトを放っておく無神経さは無かった。
 しかし言葉が浮かばない。口を開きかけては閉じてを繰り返していると、花村が暫くぶりに悠と目を合わせて、固い表情を少しだけ崩した。
「心配してくれてんのか…ありがとな。正直、こたえてっけど…2、3日ぐらい経ったら多分平気になっから…大丈夫」
 ヘラリと力なく、だけど無理矢理悠に笑ってみせて、花村は席を立った。
「悪い、今日は、帰るわ。バイトもあるし」
「あ…うん。また明日」
「おう、じゃあな」
 悠から視線が外れると、花村は鞄を取り上げヘッドフォンを耳に装着し、足早に教室から出て行った。
「大丈夫、か…」
 ちっともそんな風には見えなかったけどな、と悠は痛々しい笑顔を見せた花村に対して、何も言えなかった事を悔やんだ。

 15時30分。クマとジュネスの出入口で約束した時刻、クマはすでに待っていた。センセイー、と悠に対して盛んに手を振っている。クマは天使の状態なので他の人には見えない。悠はクマに近づくと、右手指をちょいちょいと動かし、クマについてくるよう促す。それに従ってクマが悠の後を追いかけた。
 ジュネスの家電コーナーは今日も人が少ない。というよりほぼ無人だ。前後左右を見てして、離れた位置にある文具コーナーに学生らしき人影しかいないことを確認すると、悠はクマに話しかけた。
「今日の予定を言い直す。また殺人事件が発生した。先の山野アナと同じような状態で遺体が発見されたそうだ。テレビの中の調査が終わったら、その現場へ行くから」
「あーセンセイ、実はクマ、ここに来る前にそこへ行ったの。あんまりにもパトカーのサイレンっていうの?うるさかったから。そしたら臭ったクマ。前と同じような残りカスみたいなのがあって、テレビの中から臭ってきたのと一緒の臭いしたクマ」
「そうか…なら、話は早いな」
 前回の山野真由美の時と全く同じ。テレビの中で場のイレギュラーが発生して、それによってテレビに入った人が死んでしまい、被害者が死ぬ前か後か…タイミングはわからないが、被害者ごと常識では考えられない奇妙な位置に転移した。 若しくは、被害者に場のイレギュラーの断片が付着した結果、遺体発見現場に残りカスとして現れているのかもしれない。
 そのままあれこれ考え込む悠に不安を覚えてクマが悠の表情を窺った。
「センセイ、クマ余計なことした?」
「いや、助かった。クマはよく気が利くなって感心してた」
「エヘヘーそれほどでもないクマよー」
 クマは悠が思う以上によく動いてくれている。初日にただ道草を食うだけに飽き足らず、人の前で迂闊に実体化までしでかした時は先が思いやられるなあと脱力したものだが、もう心配はないだろう。多分。
「じゃあ、予定通りだ。このままテレビに入ってみる。クマ、実体化してくれ」
「了解クマー」
 クマが天使から人の姿となる。厳密に言えば人と同じような物質に近づけることが天使の実体化の中身である。これで今からクマも人の目に見えるようになる。つまり、誰かに見つかる前にさっさとテレビの中に入ってしまわなければならない。
「そう言えばクマ」
「何クマ?」
「天界から預かってきたボタンだけど」
「ああ、おかえりボタンね?」
「それ、帰ってくる時って、どこに着くようになってるんだ?」
「知らんクマ。何も聞いてない」
 天界ってどこか抜けてるよな、と悠は口に出さず、代わりにため息を吐いた。入る時は人の姿じゃないと入れないが、帰る時は天使の姿で出られるかもしれない。それができれば人目につかないだろう。その可能性を見出したので、悠は一旦思考を打ち切った。ぐずぐずしている暇はない。
「テレビに触るぞ」
 悠の指先が画面に触れるとあの時と同じように波紋が広がった。スっと指先が仄かに光る画面の中へと潜り込んでいく。肘辺りまで潜らせたその時、二人が予期せぬ位置から人が現れた。
 家電売場テレビコーナーの左奥、関係者以外立入をご遠慮願います、と書かれた扉の向こうから、エプロン姿の花村が出て来たのだ。一番大きなテレビの前に立つ悠と、見覚えの無い着ぐるみのような物体を見つけ、足早にこちらへ近づいてきた。
「はな、むら!?」
 花村は今日はバイトで先に帰ると言っていたが、まさかここのアルバイトだったとは。悠はそこまで聞いていたわけではなかったので狼狽した。
「鳴上?と、何?え、こんな新キャラウチにいたっけ?おい、お前…って、え?」
 一旦はクマに気を取られた花村だったが、もっと不自然なものを目にして、花村はそちらを凝視した。
「あ、いや、これは…」
「って何、おま、ちょそれっ…テレビに腕、刺さってる!?」
 花村に素っ頓狂な声で指摘され、悠は慌てて腕を抜こうとしたが、すでに思いの外深く刺さってしまった為、自力で抜くことができなかった。
「ど、どんなイリュージョンだそれ!?」
「ダメだっ…」
「え、な、何がダメ?」
「センセイ!?」
 何かを察したクマが悠の左手を引っ張るが、悠の身体はびくとも動かない。それどころかジリジリとテレビに吸い込まれている。
「ちょ、おい!どーなってんの!?」
 思わず花村も悠の左腕を掴んだが、その瞬間だった。
「…!」
 テレビから物凄い力で吸い寄せられ、結果、悠とクマと、花村までもがテレビの中へ入り込んでしまった。


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2013/12/07

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