you're forever to me >> 5-2


「うわああああぁぁぁぁっ!」
 3人は重力に従って落下していく
 天使化する余裕がなかった為、悠は実体化のまま羽を出す。実体化したままだと飛翔はできないが、落下速度を格段に和らげることができる。ようするにパラシュートのような役目を果たす。その横を、最後にテレビへと引っ張られた花村の身体が通過していく。
「!」
 悠は恐ろしい速度で落下を続ける花村の身体を追いかけたが、自分の身を守る為に出した羽が邪魔をして思うような速度が出せず、追いつけない。霧が発生しているのか、白い靄に阻まれて花村の身体があっという間に見えなくなる。
「!!」
 そのまま、花村の身体が地面と思われる場所に叩きつけられた。その異音が聞こえ、悠は思わず落下速度を緩めた。
「…っ」
 悠のいる宙から数メートル下、思わず目を背けたくなるような惨状が悠の目の前に出現してしまった。悠は地面に降り、立ち尽くす。どれくらいの距離を落ちたのか今の悠には見当がつかなかったが、地面がアスファルトで出来ているようなので、生身の人が高い位置から落下したとなれば普通はただでは済まない。
「センセイー!」
 悠と同じような措置を取ったクマが上から追いついてきて、悠のそばにできている血だまりを見て腰を抜かした。中心には辛うじて人と分かるものの、手足がありえない方向に曲がり、頭部がへしゃげているを通り越して消失している花村の身体がある。
「ク、クマーーーー!なんじゃこりゃーー!!」
「落ち着け」
「お、落ち着いてられんクマ!これってもしかしなくても、一緒に落っこった人の…」
「完全に…俺の、ミスだ」
 予測不可能な危機の発生。マーガレットの言葉が蘇り、悠は一瞬鳥肌が立つ。頭を振り、深呼吸を一度する。今考えるべきはそんなことではない。いくら不可抗力によって起こった事とはいえ、ミスでは済まされない、花村の命がかかっているのだ。
 天界から授けられているルールと天使が行える権限を思い出す。大丈夫、十分該当すると判断し、悠は姿勢を正して宣言した。
「花村陽介は…私こと天使ユウの読み違いと対処不足、場のイレギュラーに関わったことよる、肉体からの魂の乖離と断定する。これより花村陽介の魂を肉体へと戻す。緊急事態だ、クマ、見届けを頼む」
「りょ、了解クマ!」
 天使が人に対して力を振るう時、そばに一名以上の見届け役が必要だ。その見届け役は正式な天使でなくてはならないので、本来なら天使の前段階の状態でいるクマではその役割を果たすことが出来ない。しかし人命に関わる場合のみ、例外措置として天界に関係する者であれば見届け役として認められる。
 悠は精神を集中させ、花村の魂の在り処を探った。大きさにして人の頭ぐらいの弱弱しい発光体、幸いすぐにそれは見つかった。花村の身体のすぐそば、所在無さそうにうろうろしている魂を見つけ、悠は近づいて両手で挟むように魂を捉えた。
「ごめんな…俺のせいで。すぐ、戻すから」
 捉えた花村の魂を、花村の身体の中心へとかざす。すると花村の身体の修復が始まった。悠が天使の力を行使している為だが、損傷箇所を治療するというわけではなく、無事であった時点へと花村の身体を戻していると説明する方が適切だろう。人に流れた時間をある地点まで巻き戻すのは、天使が持つ基本的な力の一つである。無論好き放題時間を戻せるわけではなく上限はある。
 花村身体の修復が終わった頃、その魂がゆっくりと身体へ入って行く。あるべき場所へ戻ったという方が自然だろうか。
「ふう…上手く、いったか」
 力を行使すると体温が上昇する為、悠の額にはうっすらと汗が浮かんでいた。そして今までに味わったことの無い疲労を感じる。以前こういった力を使ったのはこの任務を始める4週間余り前だったと記憶しているが、その時は天使の姿のままだった。今は天使の力がセーブされる、実体化の状態で行ったので、通常通りの効果を発揮する為に何倍もの精神力を消耗した結果である。例を挙げるなら、アギを放つのに通常はSPが4ポイントあれば事足りるのに実体化の状態だと10ポイント必要になるという話。
 とにかく、花村の蘇生は成功した。周囲に飛び散った血肉諸々は消え、折れ曲がった手足もすっかり元の様相だ。花村の意識も間もなく戻るだろう。まだ動く様子は無いが、意識が浮上してくると身体が微妙に動いたり呻き声を出したりする。そのタイミングでここから脱出するつもりだった。あまり早く戻ると面倒なことになる。目を覚ましていない人を放置しておくのは不適当であるし、真っ当に助けを呼ぶと事が大きくなる。普通に考えると辻褄の合わない現象を起こしているのだから言い訳にも困る。できるだけ当事者のみで事を収めなければならない。この辺のやりくりは今まであれこれ経験してきているので、悠も多少は慣れているつもりだ。
 とりあえず人心地がつき、悠は周囲を見渡す。アスファルトの道路の左右に家屋が点々と建つ此処は見覚えがある。しかしぱっと思い出せないのは空の色と取り巻く空気が現実のそれとかけ離れているから。
 空の色が赤と黒の縞模様で、時間経過とともにゆっくりと流れていくのが見える。延々と繰り返される黒と赤は見る者の気分を乱した挙句、落ち込ませるには十分な色彩といえる。濃い霧(のようなもの、断定はできない)が発生しているにも拘らず、何故空の色がこうもはっきりと見えるのか、理由は知る由も無い。取り巻く空気が気持ち悪く感じるのは、霧らしいものが発生する時はどちらかといえば気温が低めの場合が多い(高温時に発生する霧もあるが)のに、ここでは呼吸をするたびにどこか生暖かくてねとりとするような空気が口鼻から入り込む。かなり不快だ。
 目の前にある建物の看板にはコニシ酒店と書かれている。稲羽中央通り商店街の終わりにある老舗酒店で、一連の事件の2人目の被害者である小西早紀の実家である。
「小西先輩の家、か。先輩と関係のある場所だな」
 テレビの世界の中に稲羽中央通り商店街を模した場所が存在する。道路は本物の商店街と同じように続いている。ということは、この商店街だけではなく稲羽市全体がこのテレビの中に広がっているのだろうか。そうすると、山野アナに関係した場所も発見できるかもしれない。探索したいが今は花村の目覚めを待つのが第一だった。

「ええと、この人ヨースケ、だっけ?なかなか目覚めないクマね。なして?」
「確かにおかしいな…」
 普通は10分もすれば意識レベルが目を覚ます直前程度まで回復してくるはずなのだが、未だ花村にその気配は無い。正確な時間はわからないが、すでにそれ以上は経過しているはずだった。
「ううう、センセイ、言い忘れてたけど、ここって場のイレギュラーのど真ん中クマ。そのせいでクマ、なんだかとっても気持ちが悪いクマ」
 クマの、今更ながらの進言に、悠ははっとする。悠は実体化しているせいで場のイレギュラーに対して酷く鈍感になっていたが、元々敏感なクマはそれなりに感受し続けている。人にとって場のイレギュラーは危険な存在であるが、天使とて全く無害ではない。悪意の集合体とも言える中に長時間居続けると、感受性の高い者はその内体調に影響が出てくる。となれば、やはりここで発生している白いものは、天界が定義する方の霧とみていいだろう。
 そして悠はもう一つあることを思い出した。
「クマ、花村の身体から臭いがあるかどうか確かめてくれ。俺の記憶が正しければ…」
 意識の無い身体には悪しき影響を及ぼす霧が入り込みやすい。そのせいで精神が乱されて意識がなかなか戻ってこない。霧に関する資料にそのような記述があった。
「に、臭う、さっきボクが電柱で嗅いできた臭いが…っていうかむしろ、この場所の臭いがむっちゃ凝縮されてヨースケから臭うクマ!うっぷ…強烈、クマ…」
 クマは限界とばかりに鼻を押さえてよろめく。クマの容姿だとコントのように見えるが、かなり参っているようだ。
「ど、どうするクマ?このままだとヨースケがずっと目覚めんクマよ!」
 このまま花村の目覚めを待っていても埒が明かないし、クマの体調も悪化していくだろう。悠自身も先ほどの力の行使と霧の影響を受け、少なくない疲労感に苛まれつつある。悠は決断した。
「花村の精神に潜り込む」
 これもまた天使の持つ力の一つで、天界が認める特殊な事情で目覚めぬ人に対して、その精神世界に関与し、眠ったり乱れたりしている意識を導いて引き戻す。
 吉と出るか凶と出るか。本当は確実に力を発揮できる天使の姿になりたかったが、この疲労した状態でエネルギーを格段に消費する天使の姿に戻るのは最早得策ではない。
「俺も暫く無反応になる。花村の意識を引っ張りあげてくる間、俺たちの身体を頼む」
 悠はさらっとクマに告げたが、これは重大事項だ。天使が人の精神に潜り込む間、天使自身も外界へ向ける意識を手放して人の内面に意識を飛ばす為、昏睡しているのと同じ状態となる。人の精神下で何らかのトラブルが起これば天使の方の意識も戻らない場合もある。万が一そのような状態に陥った場合、他に正規の天使が付き添っていれば潜り込んだ天使の意識を引き上げる術を施せるが、クマにはその知識は無かった。
 そしてもう一つ起こり得る危機として、外敵に襲われたりすると抵抗手段が無い。今のところクマに護身の能力は無い。
「セ、センセイ、ボクじゃ…ボクじゃダメクマ…センセイに何かあったら、クマじゃなんにもできんクマ!」
 クマが自分は無力だと涙目で訴えてきたが、悠の決意は覆らない。
「だけど、やるしかない。わかってくれるよな」
 悠は静かにそれだけいうと、後は目だけで語った。悠の余りにも強い決意の光を宿した瞳を見て、クマはこれ以上何を言っても悠を止めることはできないと理解した。
「わかったクマ…センセイ、約束。ちゃんとヨースケと一緒に戻ってきて!」
「当然だ」
 悠はしっかりと一つ頷き、それから目を覚まさない花村の方を向いた。花村の腹部に右手を置き、目を閉じる。こうして人の“気”を読み取ることで、人の精神へと潜り込む隙間を捜す。花村の身体の気の流れを読んで、その流れに合わせること数十秒、悠の身体が脱力し、上半身が花村の身体の上へ被さった。悠の意識が花村の精神世界へと潜入を開始した為だ。
「いっちゃった…センセイ…きっとちゃんと戻ってくるクマよ…」
 クマはせめて今の自分にできることを精一杯しようと、周囲に異変が起こってないか注意深く観察することにした。


+++++

ペルソナ小説置き場へ 】【 5−3へ

2013/12/14

+++++