you're forever to me >> 6-1


【 ケーススタディ 】



 「よっ、おはようさん!」
 鮫川の土手を歩いていると、悠が人間界にやって来て以降、堂島と菜々子の次に聞き慣れた声がした。振り返ると悠の歩く後方から自転車に乗った花村が追いついてきた。
「おはよう」
 悠のいる所までやって来ると花村は自転車から降り、自転車を押して悠と並んで歩き始める。花村はすっきりとした表情をしていた。昨日、精神世界で大変なことがあったばかりで…という事は記憶から大半残っていないはず、或いは体験した出来事を抽象的なイメージに変換されて断片的に脳裏を掠める程度なので、それを差し置いても小西の訃報を受けたばかりなのは覆りようのない事実であるし、落ち込んでいても不思議ではなかったが、想像以上に精神世界での出来事が花村にとってプラス方向へ作用しているようだ。
「身体大丈夫?」
「ん?ああ、昨日脳震盪を起こしてたかもって話か?へーきへーき。ってか、お前の方こそ大丈夫なんか?俺が記憶飛ばしたぐらいなんだから、ぶつかったお前だって相当痛かったんじゃないのか?」
「あ、それは大丈夫。俺石頭?だから」
「なんでそこ疑問系?なんだよ」
 悠の方は覚えたばかりの単語「石頭」を早速使う機会が訪れ、使ってみたものの正しい使い方なのかどうなのかわからなかったが為の疑問系だったわけだが、花村の方は悠が疑問系にする必要がない部分で語尾を上げたものだからツッコミを兼ねてのまねっこだ。
 お互い顔を見合わせ、次には思わず二人同時にぷぷっとふき出した。
「なんかお前…見た目とギャップあんな。寡黙な男前だと思ったのに」
「かもく?おとこ、まえ?」
 花村から繰り出される自分の知らない単語についていけない悠。昨日までに辞書で覚えた単語は頭文字が「う」の途中までだ。
「いやいやお前ぐらいのイケメン、事ある毎に言われるだろ。けどなんだろ…今一瞬小動物に見えたわ」
「小動物って…モルモットとかハムスターとかラットとか?」
「まあそうだな…って、なんでネズミばっか連想した?普通イヌとかネコとかが先じゃね?」
「とことん小さい動物っていったらまずはその辺かなって思って」
「間違いじゃねえな、むしろニアピンもんだ、けど…だあー、お前の反応が予想のはるか斜め上行ってくれるから段々会話が脱線しやがる」
「なんか、よくないこと言ったか、俺?」
 混乱気味の頭をリセットするかのごとく顔を思い切り顰める花村を見て、悠はまた妙な事を言ってしまったかと困惑した面持ちを浮かべたが、花村は慌てて否定する。
「いやいや、全然!んなことねーし!ええと、なんだっけ?」
「俺が小動物に見えるとか」
「そうそう、一瞬かわいい物体に見えた…ってー、どーみてもお前の方が俺より図体デカいし、かわいいは言い過ぎか。いや見た目云々じゃないな。反応が小動物的っていうか、妙にチマっとした瞬間があるような」
「ようするに、変わってるってこと?」
 悠の自分自身の要約に、花村はしまったという表情になった。
「あ…俺が前言ったこと、その…やっぱ気にしてる?ホントは怒ってる、とか」
 3日前ジュネスからの帰り道での会話中に、花村は悠のことをいい意味で変わっていると言った。自分の興味を満たすより人の気持ちを先に考えて、繊細な領域に踏み込まないのは美点であると花村は感じたからだ。だが相手に対して「変わっている」という評は、一般的ではない、はみ出した…等のニュアンスがあるので、普通はいい意味で使われる言い方ではない。
 しかし悠はそんなことはないと首を振った。
「よく言われるから。別に今はもう何とも思わない」
「そっか。ごめんな、あの時軽々しく言っちまって。ホントに俺、お前を褒めるつもりで言ったんだ」
「うん。変わっていることを褒めて貰えるなんて思わなかった。ちょっと新鮮」
 上級天使の命令に何ら疑問を持たず、前に倣えで任務を遂行する一般天使が大半を占める中、飛び抜けて勤勉で好奇心旺盛な悠は異端視されていた。仲間内からは奇異の目で見られることが多い。悠自身は神の為となるのなら自分の持てる力の最大限を使って神に尽くしたいと思っているだけで、他の天使の方こそ能力を磨く努力をしないのは怠慢ではないかとさえ思う。だが多数派の行動というのは数が多いから一般的であるというそれだけで正当化されやすい。真に正しいとは限らない事でも。
「そっか。色々しんどいこととかあったのか」
 短い会話のやり取りの中で悠の感情の機微を拾い出す花村は相当聡いと思う。流さないで指摘しつつ、さり気無く聞き役に切り替わり、温和な口調で問われるとついあれこれを零してしまいそうになる。
「そうでもないよ。そういう花村の方こそ」
「え、俺?」
「い、いや…その、色々、あったのかなって。いや…こんなこと道端で聞くようなことじゃないな」
 昨日花村の深層での出来事を悠はうっかり口に出しそうになって、途中で何とか軌道修正を図る。
「はは、残念ながらべっつに大したことねー人生歩んでますから。っていうか、昨日を境に頭ん中がすっきりしたような気がしててさ…小西先輩が死んだことショックはショックでダメージ半端ないけど…なんか今、それを理由に俯いてられないなって思ってたりして、不思議な感覚、なんだよな」
 深層での出来事がこれほどまでに即はっきりとプラスの方向へ働いている人を見たのは花村が初めてかもしれない。人の無意識は深い所に位置しており、ふとしたはずみで一気に表層に現れる事もあるが、普通はなかなか出てこないものである。そうなり易いのは花村自身に何かしらの理由があるのかもしれない。
「何わけのわかんねーこと言ってんのな、俺。気にしないでくれ。なんだろ…俺浮かれてんのか、同級生とこんなやり取りするのって久しぶりだからかして」
「友達、少ないって本当?」
「ぐは、痛いとこ突くなー、先輩といい、お前といい…まあ確かにそうなんだけどさ。ほら俺、ジュネスの店長の息子なわけじゃん?そのおかげで近所の商店街の客足が減ったってのは事実だし、学校にも商店街に関係あるヤツらだって通ってるわけだし、基本厄介者扱いか腫れ物扱いの二択。けど今は、新学期になってクラスもごちゃごちゃしてるし、やっと別にどうでもいい扱いで落ち着いてくれたか」
 平気なように、まるで自分の事ではないかのように振舞う花村だったが、その心の内を知っている悠には、花村が精一杯気を張って大した事無いんだと主張しているように見える。辛かったことを極限まで押し殺して。
「ああその点、里中と天城には感謝してるかな。アイツらとは去年も同じクラスでさ、里中はお前にも気軽に声かけてきたろ?全然なんも考えずに。俺にもそんな感じで、救われた…は言い過ぎか、アイツ俺の扱いがぞんざい過ぎるもんな。ま、気が楽んなったのは確かだわ」
「そうだったのか」
「ゴメン、朝からホント俺しゃべり過ぎだな。そりゃウザいって言われるよな」
「ううん、人の話聞くの好きだし。打ち解けて?くれるのは嬉しい」
「だから、なんでそこ疑問系?なの」
 悠が覚えたての頭文字「う」の単語を疑問系で発信し、先程と同じように花村から疑問系返しが再現されて、また二人して意味無く笑い合う。傍から見れば旧友同士といっても不自然には見えないだろう。
 悠が花村の心の深層を覗き、危機を救った影響も多少はあるのかもしれないが、少しでも自分に気を許して貰える人が早々に現れたのは悠にとって大きな収穫だ。人間界で上手くやっていくことが自身の成長に繋がる。今後花村が何かに困ったり躓くようなことがあったら、できるだけ力になりたい――花村自身が神の御心に著しく背くような言動をしない限りは――独りで粛々と任務をこなす日々が続くものだと思っていたが、人との係わり合いは想像以上に楽しい。
 そんな風に思える人に出会えてよかったと、悠は神に感謝した。

 花村と共に教室に着いて、悠が鞄を自分の席に置くと、同じように鞄を肩から外して席に置いた花村が声を低めて悠に訊ねてきた。
「そうそう、お前昨日マヨナカテレビ、見たか?」
「いや、昨日はその時間まで起きてなかったから見てない」
 昨日も雨が降っていて、誰かが映るのではないかと悠も気にはなっていたが、さすがに昨日は疲労の為0時まで起きていられなかった。花村は見たのかと問う前に、より声を低めた花村から返答がきた。
「そっか。いや、昨日も雨降ってたから見てみたんだけど…昨日も映った」
「そうなのか?どんな人?」
「うーん、シルエットがぼんやりって感じで…小西先輩が1回目に映ったぐらいの不鮮明さ。でも格好が和服っぽかったってのが印象に残ってる」
 和服といえば悠は昨日、ジュネスからの帰り道、鮫川の土手で桃色の和服姿の天城と出会ったことを思い出す。土手上の東屋で少しだけ腰を降ろし、その時に旅館のお使いからの帰り道だと言っていたが相当疲れているようだった。
 今日もまだ天城は学校には来ていない。マヨナカテレビに映ったという和装の人影と昨日の天城の和服姿が重なり、悠はまさかと一瞬思ったが、自分はマヨナカテレビを見ていないので安易な推測は決め付けに走ってしまうかもしれない。昨日の映像を見なかったことを悔やんだが、今日も雨が夜中まで降り続けるようだし必ず見ようと決める。判断するのはそれからだ。
「なんつーか、その…映ったってことはさ、今度はその人が死ぬかもしれないってことだろ?そう考えたら…ぞっとするっていうか。それが何処の誰かってわかったら、身の回り注意しろって言ってやれることぐらいはできるんだけどな」
 悠は花村の言葉にはっとする。確かにテレビが死んでしまうかもしれない誰かを映しているのであれば、その誰かが分かればその人物を保護することによって死ぬことを回避できるはずだ。
 そしてテレビに映った人物は、テレビの中にある空間と何らかの関係がある。死んだ人が発見された場所とテレビの中の空間に共通する場のイレギュラーが存在しているのは偶然ではない。小西がテレビに映った日、クマがテレビの中から人の臭いがすると言った。もしその人というのが小西であると仮定すれば、小西もテレビの中に入ってしまい、あの高さから落ちたとすれば花村のように転落死したか――そこまで考えて、悠は思考を中断した。
「おはよ」
 里中が登校してきた。その傍に天城はいない。
「おっす。天城と一緒じゃないんだ」
 花村が里中に問うと、里中がため息を吐いた。
「旅館に団体さんの予約が入って、今日は学校に来れそうにないんだって。今朝連絡あった」
「あー大変そうだな。そういや天城、昨日テレビに出てたな。夕方のニュースかなんかで取材受けてたの」
「うん、そだね…」
「リポーターのオッサン、やたら鼻息荒かったけど、ホントにこのまま天城が女将になっちまうのか?」
「まさか!雪子そんなこと一言も言ってないし。今は女将さん…ああ、雪子のお母さんだけど、体調崩してるらしいから、それで雪子が頑張ってるんだけど…」
「どっちにせよ、事件のせいで大変だな」
「うん…何にもできないのが歯がゆい。あたしにできるのはせいぜいノート頑張ってとるぐらいしか」
「それでいんじゃねえの?里中から遅れた勉強の内容を教えて貰おうなんて、きっと天城は考えてないだろうしさ」
「ちょっと、それどーゆー意味よ!」
 花村の茶化しに里中が噛み付こうとした時、ショートホームルームの開始を告げるチャイムが鳴り、同時に担任の諸岡が教室へ入ってきたので二人の諍いは不発に終わった。


+++++

ペルソナ小説置き場へ 】【 6−2へ

2014/01/03

+++++