you're forever to me >> 6-2


 未知の空間であるテレビから脱出する為のおかえりボタンが赤色から群青色へと復帰するまでは、テレビの中を探りたくても探れない。天界のオーバーテクノロジーのブラックボックス部分がとりあえず一つ解明した。復帰には1日以上かかる。使った直後よりは目に見えて赤色が薄まっているものの、最終的に群青色へ至るまで、まず今日中に青色まで到達して欲しいところだったが、現在は中継色である紫色に近づきつつあるがまだ赤色と言える状態だ。使用してから24時間以上が経過したが復帰進度はそんな程度である。もう少し復帰が早まらないものかなと思うも、悠にはどうしようもないことなのでこのまま静観するしかない。その間に出来る事をやっておくだけだ。
 悠は家に戻るとすぐに自室へ篭った。天界への報告書をまとめながら、悠はテレビの中の空間と場のイレギュラーについて考察を始める。
 今日の授業が始まる前に、マヨナカテレビに映った人物…即ち被害者の内の一人の小西早紀は、テレビの中にある空間と何らかの関係があると推測した。それはクマの証言によって、死んだ人が発見された場所に残っていた場のイレギュラーの断片と、テレビの中の空間に発生していた場のイレギュラーが同じものであることが判明したからである。更にクマはテレビの中から人の臭いがするとも発言した。その人の臭いというのが小西早紀のものであると仮定すれば、小西はテレビの中に吸い込まれて落下して死亡し、手段は今のところ不明だが遺体が電柱の上で発見された――そういう流れになる。
 しかし転落死したとすれば、発見された遺体の状態とは全く異なる。小西の遺体には目立った外傷はなかったとの報道が専らだ。その点は一人目の被害者である山野真由美も同じである。
 小西は転落死したわけではない。テレビから落ちた場所が悠たちとは少し違うのかもしれないが、小西の遺体発見現場にあった残りカスと、悠たちが落ちた付近の場のイレギュラーは同じだったのだから、あの付近に入り込んだのは間違いない。どういう風に小西がテレビの中に入り込んだのかは不明だが、着地は安全だったのだろう。少なくとも悠たちよりははるかに。
 ここまで考えて、悠にはある疑問が浮かんだ。死亡した後、人の肉体から離れた魂は天使によって誘導される。魂の状態になると伝達器官が失われる為、一般の天使では語らうことはできないが、特殊な事情で死亡した人については上級の天使が魂の記憶を読み取って聴取を行うこともある。今回の人の亡くなり方はどう見ても異常であるにも拘らず、クマが持って帰ってくる天界からの通達文書には全くこの件が触れられていない。考えられることは一つ、魂が行方不明または消失してしまっている可能性だ。
 魂、つまり精神。
 精神が霧によって消失させられているかもしれない。それは大いに考えられる事だ。現に花村の精神は、花村が気絶していた隙をついて入り込んだ霧によって呑まれようとしていた。しかしテレビの外で人が同じように霧に精神を侵されても命を奪われるまでには至らない。違いは一体何なのか悠にはわからなかった。
 精神が消失してしまった遺体には“どうしてどうやって何故死んだのか”本来精神が記憶して肉体に反映されるはずの“理由”が残らず、結果人が出す死亡原因は“不明”とせざるを得なくなる。記憶の一切を失くした人に対して何かを聞いたとして、その人が言語を操る術すら失ってしまっていたら、結局何も聞き出せないことと同じだ。
 死因が霧による精神の消失だと仮定して、肉体が何故テレビの外の通常世界であのような突拍子も無い場所で発見されるのか。被害者以外の誰かがテレビの中から担ぎ出しているとでもいうのだろうか。何の為に?テレビの中から脱出する手段を持っているのか。
「いやいや、待て待て」
 思わず声に出して悠は思考の制止をはかる。何を根拠に被害者と自分たち以外に、テレビの中へ入り込んでいる誰かがいるなんて憶測が出てくるんだ…と、先走り過ぎを自戒する。今重要なのはそれではない。起こってしまったことよりもこれから起こる事に目を向ける方が大事だと悠は気持ちを切り替える。
 昨日新たにマヨナカテレビに誰かが映った。今日も雨が降るのでその誰かが映る可能性がある。2つの事件から推測するに、映った誰かが今後死んでしまうかもしれない。映った人はテレビの中に入り込み、そこで場のイレギュラーに巻き込まれ、霧によって精神を殺されて、最終的に死因不明の遺体がテレビ外の現実世界に出現する。
 テレビの中に誰かが入ったからその誰かがマヨナカテレビに映ると悠は結論付けようとしたが、そういえば最初にクマとマヨナカテレビを見た時、クマは場のイレギュラーの臭いは嗅ぎ取っていたが、人の臭いについては何も言わなかった。人の臭いがすると訴えたのは次の日のことである。13日には人がおらず、14日になって人が入った。そして15日に小西の遺体が発見された。クマの鼻から得た情報を元に推測するとこういう流れとなる。人が入っていない状態でもマヨナカテレビが映ったのは何故なのか。
 そしてここまで考えてはみたものの、被害者がテレビに入っていた姿を見ていたわけではない。痕跡といってもクマが嗅ぎ取った場のイレギュラーと小西と思しき人の臭いのみ。見ていない以上は推測の域を出ない。本当に被害者の二人がテレビの中で死んだのか――もう少し確証が得られるまで、悠は結論を出すのを先送りすることにした。

 マヨナカテレビが映り出す少し前になって、クマが帰ってきた。
「たっだいまー!元気百倍、勇気リンリンクマよー!」
「おかえり。疲れは取れたか?」
「バッチリよー!ホイセンセイ、預かってきたクマ」
「天界まで戻ってたのか」
「ウン。最初は中継所にいるつもりだったけど、渡したいものがあるから戻って来いってお達しがあったクマ」
「そうだったのか。ご苦労さん」
 天界からの伝達事項が書かれた資料を受け取り、すぐさま悠は内容を確認してみたが、やはり山野、小西両名の魂の誘導記録は無い。悠が気づいたのはついさっきの事だが、恐らく問い合わせてみても出てこないだろう。
「大した伝達はなさそうだな。これを渡す為にわざわざ天界はクマを呼んだのか?」
 資料をヒラヒラ降ってクマに訊ねると、クマはそうじゃないと首、いや身体全体を揺する。
「預かってきたのコレ。メーガーネー」
 先日おかえりボタンを取り出した時と同じような間延びした口調で預かってきた物を紹介する。その手には視力が劣る人がかけて周囲を見やすくするという眼鏡がある。クマからそれを受け取った悠は、物の全体を観察するが特に変わった点は無さそうである。
「これは?」
「メガネクマ」
「それはわかる。別に目は悪くないぞ」
「それをかけると霧が発生してても周りがよく見えるって言ってたクマ」
「ほう…なるほど」
 前回の報告書に、こちらの霧は予想を上回る濃度である為見通しが大変悪いことを記述しておいたが、それを拾ってくれたらしい。テレビの中の霧にも効果があれば儲けものであるが、残念ながらテレビの中についての報告書は今作成中なので、現実世界で自然に発生する霧を想定して作られた物だろう。そう悠は考えたがクマから意外な付け足しをされた。
「霧に似てるものだったら何でも見通せるとも言ってた。自然の霧もそうじゃない霧もだって」
 ということは、テレビの中の霧も見通せるのだろう。場のイレギュラーの元となる霧は自然の霧とは似て非なるものと定義されているが、見た目は全く同じなのだから。
「クマは、眼鏡を貰ってないのか?」
「クマはこれよ。あポロっとな」
 クマは両手を目の上下に合わせると、その目から何かが外れた。外れたものを見ると目のカーブに合わせたレンズのようだ。さしずめクマの目にあわせた巨大なコンタクトレンズといったところか。それにしてもデカいレンズである。
「最初はークマにもセンセイと同じメガネが用意されてたんだクマ。だけど引っ掛ける場所がないって気づいて目にはめ込んでもらったの」
「そうか」
 クマの顔に合わせた眼鏡だと、とびきり大きなサイズだろう。ちょっとそれを見てみたかった気もする悠。
「おっとセンセイ、そろそろ時間だクマ」
 クマに指摘され、悠は部屋の明かりを落とす。窓の外を確認すると雨は降り続いているので、マヨナカテレビが映る条件は満たしている。
 クマと二人、電源の入っていないテレビを見つめること暫く、画面がぼうと光り出した。
「来た」
 砂嵐の映像から始まり、次いで人と、そして今回はその人がいるだろう場所の景色も映っている。
「っ!…天城、か?」
 長いストレートの黒髪に、桃色の和服姿。シルエットだけだった前回の人とは違い、ある程度画像にノイズが入っているものの、顔や色までがかなり鮮明に映っている。間違いなく、天城雪子だった。
「センセイの知ってる人クマか?」
「クラスメイトだ」
「な、なんと!」
 画面の中の天城はあちこちをキョロキョロ見渡し、うろうろ歩き回っているようだ。天城のいるであろう場所の様子は少しぼやけて見辛い状態だが、割と広い空間で赤い絨毯が敷かれているみたいで、白くて重厚な壁に囲われている。どうやらマヨナカテレビに映る天城は建物内にいるようである。
「むむむ…また新しい臭いがするクマ!」
 クマが画面の中からの臭いを嗅ぎ取り悠に報告する。画面とクマの顔を交互に見ながら悠はクマに訊ねる。
「どんな?人の臭いはするか?」
「するクマ!人の臭いと、今までのとは違う場のイレギュラーの臭い、両方よ」
 2回目に見た小西と同じパターンだ。違う点を挙げるとすれば、今まで映ったどの画像よりも鮮明で人の表情や周囲の様子までもがわかり、そして不安そうではあるものの慌てていたりもがいている様子は無いところである。
 まだ映像は終わりそうに無い。今人が映っている状態でテレビの中を覗いてみたら、その人が見えるのではないかと思い、悠はクマから受け取ったばかりの眼鏡を装着して画面の中へ頭を入れた。部屋の小さなテレビでは自分の身体が入ることは無いので、引っ張りこまれようとしてもテレビの中に落ちる危険はゼロである。
「わわ、センセイ!?危ないクマ!」
 クマの慌てた声が聞こえたが、悠は構うことなくテレビの中を観察した。眼鏡をかけているせいか霧の様なものは見えず、何も無い空間が広がっている。見下ろせば地面が見えない。当然そのような場所なので天城と思しき人もいなかった。
 予想した収穫は無く、悠はテレビから頭を引き抜いた。今回は特にテレビの中へ引っ張り込まれるような事は無く、スルリとスムーズに画面から離れることが出来た。
「センセイ、いきなりテレビに頭突っ込んで、クマびっくりした」
「ゴメンゴメン。でも今は平気だったな。一度テレビの中へ入っているから抵抗力でもついたか?」
 考えを口にしながら悠は再びテレビ画面を見ると、いつの間にかマヨナカテレビは終了していた。
「センセイ、どうして急にテレビの中覗いたクマか?」
「ああ、映ってる人が見えるかもって思ったんだ。クマも人の臭いがするって言ったし」
「そうクマか。で、誰かいた?」
「いや、何も無い空間が広がっていただけだ。ある程度下の方へ落ちないと、何があるかわからないようだ」
「ほえー、全く不思議な世界クマね」
 テレビの中に人がいるかもしれないが、姿は見えなかった。画面に映ったのはクラスメイトの天城で、今朝の時点では家業の手伝いの為、旅館にいるはずだ。マヨナカテレビに映った人は近日中に死ぬかもしれないという仮説を立てた今、該当する人――天城に注意を促し、可能であれば悠にできる範囲で保護をしなければならない。惨事が繰り返されればその分だけこの地にますます負の感情が生み出され、霧が集合して場のイレギュラーを引き起こす。それは菜々子の身に災いが降りかかる危険性が高まってしまうこととなる。
「明日は天城の所在の確認からだな…テレビの中に入っていなければいいんだが」
 天城本人と連絡を取る手段を持たない今、テレビの中に入って確かめるのが一番手っ取り早いのだが、おかえりボタンが使えないのでは行ったきりになってしまい戻って来れない。立て続けに使う用事ができることを想定していない天界側の明らかな誤算だ。
 悠は明日することを整理する。天使の姿で天城屋旅館へ飛んでいき、天城がいるかどうかの確認と、保留にしていた山野真由美の足取りの調査。天城屋旅館に滞在していたという山野の手がかりも一緒に捜すことにした。


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2014/01/09

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