you're forever to me >> 7-2 | |
放課後になり、悠、里中、花村の3人は天城の行方を追って稲羽市内のあちこちを捜索した。天城の行動範囲は元より、それ以外の場所も手当たり次第訪ね歩いた。しかし全く足取りは掴めない。日も落ちかけてきて見通しが悪くなってきた。徒労に終わり、途方にくれる一同だが、手がかりが何もないとなるとこれ以上どうしようもない。 いや、手がかりならある。但しそれは悠とクマだけが知り得る事だ。つまりテレビの中の世界に天城がいるかもしれない事。だがそれを里中と花村に打ち明けることはできない。悠が天使であることを明かさなければ色々説明が成り立たないからである。天使でなくとも超能力者(人間界にも普通の人には存在しない力を持つ人がいるそうだが、大半はイリュージョンやインチキで片付けられる)とでも言い張って誤魔化す手もあるだろうが、それは最悪の場合の手段だ。テレビの中という出口の無いミステリースポットから脱出するのに超能力一つで可能だと押し切るのも無理があり過ぎるし、最終的にどうして八十稲羽の地へやって来たのかを追究されれば、今の悠では上手い嘘がつけずボロを出してしまうだろう。 「さすがにこれ以上はやばいな…周りが見えなくなってきた。結局は警察の捜査に頼るしかないのか。クソ、歯痒いな」 もう少し明るかったら粘るのにと続けた花村だったが、逆に言えばこれ以上ただの高校生が闇雲に捜索しても成果を上げられないだろうから、今日のところは切り上げようという花村なりの提案だ。 里中は携帯電話を操作して天城の携帯電話と、天城屋旅館へ電話をかけた。天城への電話は相変わらず繋がらない。旅館の人からの返事もやはり天城は戻って来ていないとの事だった。 「雪子…もうホント、どこにいるの?」 「ちょっとだけ、里中に確認したいんだけど」 悠は登校時に花村が口にした、マヨナカテレビを視聴できる基準について、気にかかった点を訊ねてみることにした。 「…何?」 「里中には、マヨナカテレビが見えなかったんだよな」 「そうだけど…今そんなこと何か関係あるの?」 「無くは無い。試したのって一度だけ?」 里中にしてみれば天城と全く関係の無い話を突然振られ、思わず訝しげに悠を見たが、悠にふざけている様子はなく真剣そのものの表情で見つめ返されたので、それ以上言い返すことなく素直に質問に応じた。 「…次の日も確か雨だったから見てみたけど…何も。あと土曜日も雪子からの電話待ってて夜中まで起きてたけど、全然」 「そうか」 マヨナカテレビに映った人と関係のある人だけが見えるものかと推測してみたが違うらしい。花村は小西と(悠もフードコートで少しだけ小西と会話をしたので関係が全く無くはないと言える。対して里中は直接小西と会話はしていない)、里中は天城と関係が大いにあるのに、土曜日天城が映った時に天城の姿を里中が見る事ができなかったのなら、マヨナカテレビを視聴できる他の基準が存在すると推察できる。 「ねえなんで今マヨナカテレビの話出したの?てか、あの時皆見えなかった…で、話終わったじゃん?」 里中の疑問に、スルーはできないなと判断した花村が事情を説明する。 「いやその…あん時は言いだしっぺのお前が見えなかったって言ったから、何となく言いそびれたんだけどさ、実は俺たち二人とも…見えたんだよ。マヨナカテレビ」 「ウソ…!」 「映ったの…小西先輩、だったんだ」 「え、ちょ…それ、どういう事?」 「マヨナカテレビの触れ込みって、運命の人が映るって話だったろ?だけど俺たち二人とも、マヨナカテレビで小西先輩を見たんだ。運命の人っていうんなら二人に同じ人が映るのはおかしいと思って。そしたら…先輩は死んだ。マヨナカテレビは、本当は違う理由で映ってるんじゃないかって鳴上と話をしてたんだ」 「やだ…ちょっと待ってよ、それって」 「俺らは噂聞く前だったから試せてないけど、山野アナん時も誰かが映ったって言ってたその後に、遺体で発見されたから…」 「それで…何が、言いたいわけ?」 聞きたいけど聞きたくない、或いは聞かずともわかる――そんな里中の心が表情に表れている。意を決して、悠は里中に事実を伝えた。 「金曜日と…土曜日のマヨナカテレビに、天城が映ったんだ」 「なに、それ…なんで…なんであんたたちには見えたの?」 「だからその基準を知りたくて里中に聞いてみたんだ。もしかしたら何か手がかりがあるかもと思って」 「あるの、手がかり?わかったの?」 「いや…まだなんとも」 「じゃあなに、このままだとマヨナカテレビに映ったから、雪子が死ぬっていうの?」 煮え切らない悠の態度に、里中は徐々に苛立ちを隠せなくなり口調が感情的になってきた。 「そうは言い切らないし、むしろ逆の可能性を探ってんだ。例えば…テレビを見た人の数によって変わるとか?」 花村が里中を落ち着かせようと適当な例え話を挙げたが、逆に興奮する燃料を投下してしまったようで里中は声を荒げた。 「はあ?ふざけないでよ!そんなんで雪子の命がどうにかなるなんて馬鹿げてる!」 「だから今のは例えばの話だっつの!マヨナカテレビ自体、まだどうして映るのかわかんねー代物だし、そもそも未だに夢かなんかかもしれないって…半信半疑だし」 「ウソ!あんたたち…確信、あるんでしょ?」 花村はどう思ったかわからないが、テレビに映った人がテレビの中へ入り、霧に精神を蝕まれて死んでしまうという仮定を立てている悠は、里中に指摘されてドキリとした。 「じゃなきゃ思いつきでこんな事…マヨナカテレビに映った人が死ぬなんて言うなら性質悪過ぎるよ!あたしには…あたしには、そんなの見えなかったもん!雪子が…雪子が死ぬなんて…あたしそんなの絶対信じないっ!!」 絶対あたしが雪子を探し出してみせる、と里中は叫ぶように言い放ち、二人に背を向けて駆け出してしまった。 「あ、おい里中!」 花村の制止も空しく、里中の姿はあっという間に夕闇に紛れてしまう。 「参ったな…アイツ、また旅館の方へ行くつもりか?」 里中が走り去った方角を見て花村が溜息を吐く。 「どっちにしてもタイムアップだ。夜の間は警察に任せるしかねえ」 「…無事を、祈ろう」 「実際できることは、神頼みだけか。情けねえ」 「神頼みも…立派な行動だ。心を込めれば決して見捨てられない」 「え…あ、ああ」 花村が自虐的に呟いた神頼み発言だったが、それを拾った悠が余りにも清く澄み切った真剣な面持ちで告げたので、花村は何も言えなくなってしまった。 「じゃあ、また明日」 「あ、ああ。明日な」 呆然としていると、悠が別れの挨拶をしたので花村は慌てて応じた。 『心を込めれば決して見捨てられない』 同じ高校生とは思えない悠の信念を宿した瞳と言葉に、一瞬ではあったが、花村はどうしようもないぐらい惹きつけられたのだった。 +++ 次の日の朝、待てども里中は登校して来なかった。悠の席の一つ後ろ、花村が携帯電話をいじりながら、昨日あの後の里中の行動を悠に報告する。 「アイツまで行方不明になるとか…マジで勘弁だぜ。まあ、昨日メールしたら天城のお母さんに促されて家には戻ったって連絡入ったけど」 「里中とは連絡つくのか?」 「ああ。…っと、噂してたら返信来た。なんだって…“雪子が見つかるまで学校には行かない。捜す。夜は旅館で待機する”…ってオイ、アイツどんだけテンパってんだよ」 苦々しい口調で花村がぼやく。こちらの心配を余所に、もっと上手の行動を起こす里中を案じ半分呆れ半分である。 「明らかに、アイツにマヨナカテレビの事言っちまったのは間違いだったな。あー…安易に例え話やらかした俺のせいだわ。話ややこしくして悪い」 マヨナカテレビの話を出したのは他ならぬ悠で、過失は明らかに悠の側にあるというのに、花村は話の持って行き方が悪かったと先に謝った。 「花村が謝る事じゃない。手がかりがあると思って、話を出してしまった俺の方こそ迂闊だった」 悠が訂正するも、花村は更に首を振った。人に責任を押し付けるつもりは毛頭ないらしい。 「いやいやいや、俺も同じような事里中に聞くところだったし。しっかし…あんなにいっぱいいっぱいだとは思わなかった。よっぽど大事なんだな、天城のこと」 「そうだな」 「ちょっと羨ましいぐらいな」 微笑ましく思う気持ちと同居する、陰りの微笑が花村の口元を掠めた。羨ましいと言いながら実は興味は無いと、どこか突き放しているようにも見えたのだ。それが悠には少し気になった。 「花村は、いないのか?その…前の学校とかにも、大事な友達って」 真面目な顔つきで悠に問われ、花村はどう答えたものか暫し思い巡らし、そして開き直った。 「うーん……いないな!」 「そんな爽やかに言わなくていいから」 「ツッコミアリガトウゴザイマス…って、久々に誰かからツッコミ入ったわ。つかまさかのお前からなんて新鮮過ぎる」 「そうなのか」 「いやお前、どっちかっていうと天然ボケかます方だし?ここ何日かの印象でしかねーけど」 「…そうなんだ」 「やっぱ、自覚ないんだな…」 悠から目を逸らしながら苦笑いを浮かべる花村へ、悠からさらに追撃の一言が飛び出した。 「それで、そんなに爽やかに言い切れるぐらいいないのか?」 「え、まだ引っ張る?」 「しゃべりたくないなら別にいい。この話お終い」 悠は単純に、花村が苦々しくではなく、清々しく否定してみせた理由を聞きたかっただけだが、再度問われて花村が頬を引きつらせるような表情をするまで、人と人の係わり合いはデリケートなものである事を失念していた。あっさり引き下がろうとした悠だったが、反対に花村の方がくだけた態度から一変させ真顔になって応じる。 「あ、別にそういうわけじゃねえんだけどさ。改めて考えてみると…特定の誰かに入れ込んで仲良くした事が無いんだわ。なんつーのか…俺個人の感想だけど、それって執着じみてて不気味かもって思って。だから満遍なく平等に接してた、かな。アイツに言えない事はコイツにも言わないでおこうって。バカ言う時は皆を巻き込んで盛り上がる。んな感じ。そういうお前はどうなんだ?」 今度は花村から質問され、悠が固まる番だった。花村が真摯に話してくれたのだからスルーするわけにはいかず、悠は今までの自分を取り囲う人間関係ならぬ天使関係を思い起こす。 「俺?俺は…どうなんだろう?」 天使同士は神の計画により生まれた同胞であり仕事仲間ではあるものの、友人というくくりは無い。会話といえば必要事項の伝達が大半で、一名一名が粛々と与えられた任務をこなす。仕事を滞りなく行う為の相談はあっても身の上話をする事は無い。神は崇拝の対象なので大事を飛び越えた存在である。 「や、聞いてるのこっちだし」 「無いな。うん、無い」 「そっか。お前ってなんか構いたくなる雰囲気纏ってるから、周りから寄ってきそうな感じだけど」 「そう見える?実際は逆だ。変わっているからな」 悠が自身を変わっていると受け止めている様は、その表情に揺らぎが見えない事で花村は了解した。だが過去にはきっと思い悩んだ時もあったに違いない――それは昨日の登校途中の会話でほんの僅かだが垣間見た。花村の思い違いかもしれないが、悠の“今はもう何とも思わない”言は無自覚に哀愁を示している様に聞こえたのだ。 「あー…ホント俺、あん時言い方誤ったわ。カッコつけて変わっている、なんて歪曲なんかするんじゃなかった…違うんだ、俺が言いたかったのは、お前いい奴だなって事だったんだ」 「うん、大丈夫。花村の言う事は誤解してないから。そんなに、気にしてるように見えるか?」 これ以上花村にこの事について気を使って貰うのは忍びないので、悠は本当に普通そうに訊ねたが、花村は花村で自分と少し共通する部分を悠に見出したのか、その部分に触れる。 「いや反対にさ…淡々と言ってのけるから、心配っつーか。無理とかしてない?」 花村のいう無理とは一体何を差すのか、悠にはピンと来なかった。ひょっとして変わっている事を、つまり他の一般天使よりも何倍も勤勉で好奇心旺盛な点を発揮する事を、無理していると思われているのか。神の為に日々の成果を上げようと最大限の努力をするのは悠にとっては当たり前の話で、無理とかどうとかではない。 「うん、してない。自分の出来る範囲を精一杯やってるだけだから」 「それを俺からすれば無理っていうんだっつの」 花村から即座に突っ込まれ、悠は目を白黒させる。花村の指す無理と悠の思ったそれに食い違いが発生してしまっているせいだ。つまり花村の言いたかった無理をするというのは、不快に思う気持ちを隠し通して何ともない風に振舞う事である。それを精一杯やっていると言うのだから、同じくそれについて今までの経験から適当に往なせる術を持つ花村は、悠のことを心配してしまう。 「そうなのか」 とぼけようとしているのか素なのか、花村には悠が計れない。だけど悠が積極的に人に頼ろうとするタイプにはとてもではないが見えないので、元来面倒見のいい花村は悠に対して傍観者ではいられないと自覚した。 「あーその、困った事とか、しんどい事とかあったらさ、お前がよけりゃ俺に言ってくれよ。解決はできなくても聞き相手ぐらいにはなるから。溜め込み過ぎて吐き出す所が無かったらつれーだろ」 表情を和らげて、押し付けにならぬよう花村は言葉を選びながら悠に提案する。悠は目をぱちくりさせて花村を見た。 「あ、まあ…そうかな。じゃあ、花村も」 「え、俺?」 自分に対して心を砕いてくれる花村を嬉しく思い、柔らかく笑みを零す。その表情のまま、悠もつい先日立てた花村への決意を伝えた。 「俺にできる事があったら言ってくれ。力になれるならなりたい」 「お、おう。そりゃ、助かる…って…なんだコレ、面と向かって言われたら恥ずかしいなオイ!」 悠は花村の心の内を知っている。霧に痛みや辛さを暴かれてもなお、突然の訪問者であった悠に対して恥を覚えて体面を保ちたかった花村は、そう簡単には誰かに頼ろうとはしない人なのだろう。それでもいいから、悠に何かと気にかけてくれる花村に、自分も花村に対して何かを返していきたいと。 「えっと、じゃあ早速頼みたいんだけど」 心なしか赤面している花村がそれを隠すように居直って話題を変えた。 「うん、何だ?」 あれ意外と頼る事を知っているのか、と思ったが、花村自身の相談ではなく、ある意味一番深刻な現状についての頼み事だった。 「確かお前の叔父さん、刑事だったよな。里中から聞いたんだけど」 「うん」 「天城の事、訊いてくれないか。捜査の進展とか手がかりとか…なんだっていい。警察の捜査邪魔しちゃいけないんだろうけど…でもこのまま天城が見つからなくて死んじまったら…俺らもそうだけど、里中がどう取り乱すかわかったもんじゃないし、出来る限りはやりたいっていうか。小西先輩みたいな事、もう二度とゴメンだ」 苦しそうに首を振る花村。小西の件で自分が無力だったのを痛切に感じているのだろう。だからこそ自分に出来る事を悔いのないようにしておきたいに違いない。 「わかった」 予鈴が鳴り、担任が入ってきて教壇に立つ。悠は前方に向き直った。学ランの内ポケットを探って中にあった物を手に取り観察する。乳白色の土台に群青色のスイッチ――おかえりボタンは今日使用可能になった。 そんなに広くない街で、警察がそれなりの人員を割いて捜査をしているはずなのに、足取りの一つも出て来ないのはおかしい。テレビの中というミステリースポットを知っている側としては、調べる場所として他の選択の余地が最早無いと言っても過言ではない。山野、小西の両名が行方不明になってから遺体で発見されるまで、わずか数日の間の話だった。ぐずぐずしていると天城の身も危ないかもしれない。 今日、悠は再びテレビの中に行くことを明確に決心した。 |
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