you're forever to me >> 7-3


 放課後は花村と、学校をさぼった里中とも合流して天城の捜索をしたが、やはり天城の行方は分からず日が暮れて解散となった。メールで宣言した通り、里中は天城屋旅館の方へと引き上げて行く。トボトボとした足取りが印象に残った。別れ際に花村が明日は学校へ来いと里中に言っていたが、それが果たされるようには見えなかった。
 現実世界で天城が見つかるに越したことはなかったが、ここまでは悠の予測通り。見つからないと分かっていたにも拘らず、今日も二人に付き合って天城を捜したのは、何も悠が義理堅いからといった理由だけではない。悠なりに天城が消えたかもしれない場所を絞り込んでいたのである。
 幾ら訪ね歩いても天城の目撃情報が無い。昨日は手当たり次第、出会った人という人に天城を見かけたか聞き倒したが全てはずれ。今日は不審そうな人を見かけなかったかと質問を変えてみたがこれもはずれ。誘拐だとして、自動車等で越境されてしまっている場合もあるだろうが、二つの事件が発生したばかりのこの町は、現在あちこちに検問が張られているはずで、不審車両が見過ごされる可能性は低い。
 だから悠は単純に思ったのだ。天城はあの天城屋旅館内にあるテレビから中に入り込んだのではないか、と。ロビーの大きなテレビでなくとも、旅館なら人がくぐれる大きさのテレビが他にもあるだろう。だから(テレビの内部構造がどうなっているのか全くわからないが)旅館内のテレビから潜入すれば、天城に繋がるかもしれないと考えたのである。
 ただそう悠は予想を立てつつも、これは都合のいい憶測に過ぎないのではないかという疑念もあった。ジュネスのテレビから落ちた時、辿り着いたのはジュネスからは離れている商店街だった。今にして思えば、何故あの場所へ落ちたのかまるで不明である。
 それでも、自分の思考能力は神から賜ったものであり、それは全てを見通すといわれる神の思考の一端へと、どんなに細くとも繋がるものであるから、行動を起こせば必ず道は開ける――それが悠の信念の一つである。
 どの道他の選択肢は無い。日没後のこれから行動を起こすのであればジュネスには入れない。食品売り場は深夜も開いているようだが、その他のフロアは確か20時頃で閉店する。今からテレビの中を捜索するとして、万が一その間に閉店時間を迎えてしまうと、ジュネスから出られず間違いなく一騒動になるだろう。それと、花村から頼まれた手前、堂島に天城の捜査経過を聞くだけは聞いておきたい。捜査上の都合でしゃべってくれないかもしれないし、そもそも今日堂島が帰宅しないかもしれないが。帰宅した上は堂島と菜々子が寝静まった後に家を抜け出すのがベストで、中庭から侵入できる天城屋旅館のテレビを利用するのが一番手っ取り早いのである。
「悠、聞きたい事があるんだが…」
「あ、はい。俺も叔父さんに聞きたい事があって…何ですか?」
 夕食時、堂島の方から口火を切った話題は、悠が訊ねようとしていた内容と一致した。
「あー…お前のクラスメイトに天城雪子っているな。確か何日か前にお前と一緒に帰っていたはずだ」
 悠は頷いた。堂島は話を続ける。
「土曜日の夕方からいなくなったらしい。家族から届出があって捜しているが…お前、本人から何か聞いていたりするか?」
 悠は首を振り、天城の様子だけを付け加える。
「旅館の手伝いで疲れている感じではあったけど、特には」
「そうか…で、お前の聞きたい事ってこの事か?」
「そうです。天城の友達の里中が、凄く心配してて。天城がどこにいるのか、手がかりとかは?」
 悠の質問に、堂島は苦笑して応じた。その時点であまりいい内容では無さそうであることが読み取れる。
「あったとしても、言えんがな…お前たち、町中探し回っているんだろう?恐らく、その里中という子だろうが…ウチの若いのに食って掛かってきたっていう話が耳に入ってな」
「そうですか…」
 捜索は集合する場所だけ決めておいて各々違う所を回っていたので、そんな事があったのは当然悠は知らない。冷静さを欠いている里中なら、上から目線の大人に対し、何かをしでかしていても不思議ではない。
 とにかく堂島の言い回しを読み取るに、特に目ぼしい情報は無いと考えていいだろう。
「捜査は警察に任せておけ。こっちはプロだ。まあ…あまり心配しないように伝えてくれ。手は尽くしている」
「はい…」
「ハァ…こうも事件が次々と起こってくれると、休まる暇もないな」
 ため息を大きく吐く堂島を見て、菜々子が心配そうに見つめる。
「お父さん、つかれてる?」
「ハハ…少しな。とっとと風呂に入って寝ちまうか。菜々子、一緒に入るか?」
「入るー!あ、でもあとかたづけ…」
 食卓の後片付けを気にする菜々子に、悠は助け舟を出す。
「俺がやっておくから。お父さんと一緒に入っておいで」
「うん、ありがとうっ」
「すまんな…じゃあ風呂場へ行こう」
 堂島が立ち上がって風呂場へと歩を進め、菜々子がその後に続いた。
 菜々子ね、今日さんすうの授業でほめられたんだよー…と、風呂場へと消えるまで、菜々子の楽しそうな声と、相手をする優しげな堂島の声が聞こえてくる。
 人の親子の繋がりとはかくも温かい。ほんの僅かなやり取りの間でも充分、幸せの温度が悠に伝わってきた。

「そろそろかな」
 居間から物音が聞こえなくなったのを機に、悠はそっと窓を開け天使の姿になって外へ出た。幾ら田舎とはいえ無用心には違い無いので本当は窓を閉めていきたいが、戻って来た時に困る為仕方が無くそのままにしておいた。凪いでいるので部屋の中に風が吹き込むことは無いだろう。
「お、センセイ、出発クマね」
「お待たせ。行こう」
「了解クマ」
 悠とクマは天城屋旅館に向けて飛行する。昼と違って暗いので地形がほぼ分からない。それでも温泉街の方は幾分明るいので特に迷うことなく目的地へ到着した。今回は空中より旅館の中庭へ侵入し、大きなテレビが置いてあったロビーを目指す。
 ロビーは電気がついていたが客の姿は無かった。但し受付には従業員一人がいたので、その人が席を外す機会を窺うことにする。
「クマ、確認できたか?」
「ウン、テレビの中の人の臭いとユキちゃんの臭い、同じだった。ユキちゃんの私物ちょーっとだけ失敬して確認したクマ」
 クマには昼間の内に天城屋旅館内で天城の臭いがわかるようなものを探して、一昨日の夜クマがテレビの中から嗅ぎ取った臭いと一緒かどうか確認するように指示していた。
「そうか…やっと確証を掴んだな」
「それからセンセイ、旅館内に残ってたユキちゃんの臭い辿って行ったら、変な所で途切れてた」
「変な所?」
「裏側の…おうちの玄関を出てすぐのとこ。そこから動いた形跡が無いの」
「そんな所にテレビは無いよな…外へ出て行ったわけじゃあないのか?」
「ウン、ホントにそこで臭いがぶっ千切れてる。その辺クンクンしてみたけど全然臭わんかったクマ」
「一体、どういう事だ…?」
 クマの言うとおりなら、その地点で天城が何者かに誘拐されたことになる。それにしても急に臭いが無くなるのは不自然で、自動車等で連れ去るにしても、クマの鼻の精度を考えればもう少しの距離は嗅ぎ取れるはずである。逆に考えれば、いよいよ天城がこの敷地内で“神隠し”に遭った可能性が高まったというわけだ。
「およ、受付の人、どっか行くクマ」
 受付に詰めていた従業員が帳面のようなものを持って、早足で上の階に繋がる階段の方へ向かった模様である。実体化してテレビの中へ入るチャンスだ。帰りは天使の姿で戻って来れたら誰にも見つかる心配は無い――前回のような物凄く想定外の事が起こらなければ、の話。
「実体化するぞ」
「ラジャー!」
 二人とも実体化を果たし、悠が眼鏡を装着してテレビの中に軽く頭を突っ込み中を確認した後、今回まずはクマをテレビにくぐらせることにした。ジュネスほどの縦幅が無いこのテレビではクマの身体がギリギリ入るかどうかなので、後から入って万が一つっかえたとなれば、目も当てられない喜劇とサスペンスが旅館内に繰り広げられることとなる。
「行くクマ!…あ、どっこいせっ」
 ぴょいっとジャンプしてクマが頭からテレビの画面に潜り込んだがテレビの上枠下枠と水平ではなく斜めに入ってしまったせいで幅が取られ、進入は失敗。クマは見事につっかえてしまった。なんというお約束。
「…俺が後に残ってよかった」
「セ、センセイ、早く何とかしてクマ!」
 短い足を必死にばたつかせて訴えるクマ。悠はクマの身体を持ち上げてゆっくりとテレビの中へ押し込んでいく。すんなりとは行かぬものの、頑張ればテレビへ押し込むことができそうだ。
「センセーイー…しんどいクマー!」
「もう、ちょっと…だ…」
 半分はテレビに重量を持っていかれているにも拘らず、まだそれなりに重量のあるクマを持ち上げ支えるのは骨が折れる。クマをテレビの中へ押し込むのに気を取られ、この時悠は周囲へ目をやるのをすっかり怠っていた。
「ちょっと…鳴上くん!?」
 突然、悠を呼ぶ声がロビーに響き、悠がその方向を見ると、今日この旅館に泊まると言っていた里中が――テレビに何かを押し込んでいる悠を凝視していた。
「さ…さとな、か…」
「ちょ、何やってるの?ってかなんで鳴上くんがここにいるわけ!?」
「あ、いや、これは…!」
 この状況で言い訳など何も思い浮かぶはずがない。里中がこちらへ近づいてくる。悠は頭が真っ白のまま、テレビの中から「あ、スルっとな」とクマの緊張感の欠けた声が聞こえてきた気がしたが、それがクマの身体が通過した事を意味するなど考えが及ばず、クマの身体を補助していた手を離す判断が一瞬遅れた結果。
「!」
「え、ええっ!?」
 クマの身体の重みでテレビへと進入を果たそうとした悠の足を、里中が咄嗟に掴んで、悠の進入を阻止したが、それは一瞬の話だった。
「ウッソ!」
 テレビの仕業…ではなく、主にクマの身体の重みで、里中もまた悠たちと共にテレビの中へと呑み込まれていったのである。


+++++

ペルソナ小説置き場へ 】【 8−1へ

2014/02/02

+++++