you're forever to me >> 8-1


【 羨望と自己本位の交差 】



 身体は疲れているのに眠れない。
 天城が帰ってきたら真っ先に出迎えたい思いで無理を言い、天城屋旅館に泊まらせて貰った里中は、深夜近くになり自分の為に用意してくれた部屋を抜け出して(普段天城の家に遊びに来た場合は天城の自室で寝泊りしているが、天城が不在である今さすがに自分一人が天城の部屋に邪魔するわけにはいかない)特に目的も無く旅館内をぶらついた。もしかするとひょっこり天城が帰って来るかもしれない…あまり見込みの無い淡い期待もあったが、何かをしていないと落ち着かなかったのである。
 マヨナカテレビに映った人は、放送後何日か後に死ぬ。そんな憶測をクラスメイト男子二人から聞かされた今日、天城が誘拐されたとは考えたくなかった。それならまだ天城が自ら家出したと思った方が幾分気が楽だ。家出だからといって出先で事故や事件に巻き込まれる危険だってあるだろうが、最初から他人の手が確実に絡んでいる誘拐よりははるかにましのような気がする――
 雪子が家出するくらい思い悩んでいたことの方が、マシ、だなんて。
 一番近くで天城を見ていたのは自分だと自負している里中だったが、実際は何一つとして天城の辛さをわかっていない。小さい頃から旅館の仕事を手伝ってきた天城は、もう慣れたからと何て事のないように振舞うが、旅館の仕事やしきたりを間違いなくこなすのは傍から見てても非常に大変そうで、あたしには絶対ムリ!と大袈裟に自分を矮小し、天城の立派さを上辺だけの言動で持ち上げるだけだった。天城の気持ちに寄り添うことができていない、こんな事態になって里中はようやく気づいたのである。
 千枝は、私の王子様ね――いつか、天城が里中にそう告げた事があった。確か去年男子生徒二人から遊びに行こうとしつこく誘われていた天城を助けた時だった気がする。困っている時には千枝がいつも助けてくれるから、私にとっては頼もしい王子様なのと里中に笑いかけた天城の表情が忘れられない。
「嘘だ…あたし…なんもできてない」
 照明が若干落とされた薄暗い廊下に、里中の呟きが溶ける。
 目頭が熱くなり変わりに喉の渇きを覚えたので、ロビーに行ってセルフサービスのお茶でも貰おうと、歩を進めた。

 ――その先に見えた、とんでもない光景。ロビーの目立つ位置にあるテレビの前に、どういうわけか転校生の鳴上がいて、テレビの中に何かを押し込んでいる。余程必死なのか全然こちらには気づかない様子だ。里中はそのシュール過ぎる画にぽかんと立ち尽くして、暫く動くことができなかった。
 ようやく色々な疑問が押し寄せてきて、とりあえず声をかけないと始まらないので里中は無理矢理喉を動かした。
「ちょ、ちょっと…鳴上君!?」
 意外とロビーに響いた声に、鳴上はビクリと身体を震わせ、勢い良く里中の方へ振り返った。
「さ…さとな、か…」
「ちょ、何やってるの?ってかなんで鳴上君がここにいるわけ!?」
「あ、いや、これは…!」
 完全に慌てた様子の鳴上に、あ、この子こんな表情もするんだと頭の隅っこで呑気に思いつつ、ただならぬ様相だったので傍に近づいて行くと、急に鳴上の身体がテレビの中へ引っ張り込まれた。
「!」
「え、ええっ!?」
 反射的に鳴上の足に手を伸ばして捕まえたが、いくら里中がそんじょそこらの女子生徒よりも腕っ節が強いとはいえ、自分よりも大きな男子高校生の体重に抗えるはずもない。
「ウッソ!」
 どこかへと落ちていく記憶を最後に、里中は意識を手放した。

+++

 クマを先頭に、下へと落ちていく3名。クマが翼を出し、悠も同じように広げる。落下速度が格段に落ち、二名の安全は確保されたが、速度を落とした弾みで悠の足を掴んでいた里中の手が外れ、里中一人が勢いを保ったまま降下していく。
「いけない!」
 悠は自身の翼を最小までたたみ、里中の後を追ったがもう少しのところで手が届かない。花村の二の舞になってしまう…と、またも最悪の事態に一直線の状況にどっと冷や汗を流したその時だった。
「えっ」
 眼鏡をかけているとはいえ、テレビの中の空間は白っぽいように見えていたのだが、地面まで後僅かに迫った地点で、風景が変化した。そしてそこを境に落下速度が急激に緩まったのである。まるで水の中に飛び込んだかのような程度だ。
 それは里中の身体も同じで、スーっと落ちていった先にはベッドのようなものがあり、里中はそこに横たわった状態で着地した。軽く身体が二度程跳ねて静止する。
「里中!」
 すぐに里中の傍へと降り立った悠は里中の身体を観察したが、外傷は全く無さそうだ。ただ呼びかけても反応がないので気を失っているようである。どういう力が働いたのか分からないが、とにかく途中で落下速度が極端に落ちたおかげで、里中が花村と同じ惨事に見舞われずに済み、悠は心底ほっとした。
 里中から目を離して周囲に視線を動かすと、何もなかった空間から生成り調の個室へと変貌を遂げていた。
「部屋の…中?」
「センセーイ、だいじょぶかー?」
 悠に追いついて来たクマが翼をたたんで悠の隣に立った。途端、クマの鼻がヒクヒク動き出す。
「センセイ、ここ最初に屋根の上で嗅いだ残りカスと同じ臭いするクマよ!」
「…当たりか」
 それは山野真由美に関係する場のイレギュラーが発生した場所を指す。そして山野はこの場所で精神を消失させられ、死因不明の遺体として現実世界で発見された。
「それにしても…凄い部屋だな」
 壁には血を模したのであろうか、赤いペンキのような物が何箇所にもぶちまけられ、露骨なまでに顔の部分が破かれたポスターが何枚も貼られている。部屋の中央には椅子が置かれ、その真上の位置に丸い輪っかが天井からぶら下げられている。これまで数度、悠はこのような輪っかに首を通して命を投げた人の魂の誘導をしたことがあり、知らず知らずの内に眉間に皺を寄せてしまっていた。
「気分悪う…この部屋、くらーい気持ちがいっぱいいっぱいつまってるクマ」
 壁に仕切られて密度が高いせいだろうか、ここの場のイレギュラーは今も相当強烈なようである。
「ここが山野アナと関係する場所と分かればとりあえずはいいかな。そっちに扉がある。外に出られそうだからここを離れよう」
 意識を失っている里中がここに居続ければ、その内里中の体内へと霧が侵入してしまうかもしれない。悠は気絶したままの里中を背負った。どちらかと言えば小柄な里中であったが、人の重みはそれなりに応える。
 扉を開けて部屋から外に出るとアパートらしき通路に出た。通路通りに少しの間歩いていると、クマがまたも鼻をひくつかせた。
「ムムム…おおお!センセイ、あっちの方から臭う!ユキちゃんが映った時の場のイレギュラー発見クマ!」
「そうか」
「センセイ大当たりクマ、凄い!」
「主に、感謝しよう」
 自分の推理に疑問を持ち、消極的な姿勢になってしまった瞬間もあったが、天使の思考は神の思考の一端であることを徹底して肝に銘じた結果、正しい道に辿り付けた。それが悠にはとても誇らしかった。自分の仕える神はやはり全能で最も偉大な存在であることがまた証明されたのだから。

 クマの案内で目的地である天城のいるであろう場のイレギュラーを目指す道中、景色は目まぐるしく変化していた。10m歩いたらアスファルトの道路から突然砂利道になったり、公園の中を歩いていると思ったらいつの間にかガソリンスタンドに入っていたりする。稲羽市のどこかを模している場所も所々はあったものの、とにかく一言では言い表せないような、つぎはぎだらけで構成されている空間だ。空に当たる部分だけがどこにいても共通して、先日と同じく黒と赤の縞々が延々と続いている。
 そうして辿りついた先には。
「ほええ…」
「…城?」
 白くて大きなお城のような建物。テーマパークならいざしらず、日本の家屋にはこんな建物は無い。ご丁寧にも城門の前には騎兵隊を模した像が左右に3対合計6体並べられていて、荘厳さをかもし出すのに一役買っている。
「クマ、場のイレギュラーの中心はこの建物の中だな?」
「そうクマ。センセイナイスお察し」
「天城は?」
「ちゃんとユキちゃんの臭いもするクマ」
「中に入るぞ」
「アイアイサー」
 城門は城全体の外見に違わず大層立派そうで、果たして開けられるものなのか戸惑ったが、里中を背負ったまま、片方の手で進行方向に力を加えてみると簡単に開いた。
「拍子抜け…って、こんな時に使えばいいのかな?」
 担任の諸岡から借り受けた辞書での単語暗記は「あ」から「お」までと、気分を変えて中程まで飛ばした「は」から「ひ」までが完了している。勿論完璧というわけではないが、目を通した部分については大方理解できているはずだ。後は実践あるのみ。
「うう…ん」
 建物の中に入ろうとしたその時だ、悠に背負われている里中から軽く呻き声がした。
「およ、チエちゃんお目覚めクマか?」
 クマが里中の顔を下から覗き込み、様子を窺う。
「目覚めが近そうなら、ここで引き上げるしかないな。どうだ?」
 天城の捜索は勿論重要だが、里中に自分たちの正体を見られるわけにもいかない。天使と言っても翼さえ露出していなければ外見上は人と変わりは無いが、自分たちが居る場所が現実世界とはかけ離れた異様な所であるから、色々な追究を受けることは間違いないだろう。
「目覚めんクマね」
 結局里中はその後身じろぎ一つすることなく、再び寝入ってしまったようだ。スーっと心地良さそうな寝息が聞こえてきた。
「チエちゃんてば、センセイの背中、よっぽど寝心地いいクマか?」
「さあ?」
「クマもーセンセイの背中に密着してみたいー」
 クマが若干もじもじしながら告白したが、さっきテレビの中へ入る時に抱えたクマの体重を思い、悠は遠い目をしてみせた。
「俺はまだ圧死したくない」
「しどい、ボクはそんなに重たくないクマ、ヨヨヨ」
 とにかく里中の意識はまだ戻って来ないと悠は判断し、開いた建物の扉の向こう側へ行くことにした。
 建物内の風景は、天城が映ったマヨナカテレビで見たものと酷似していた。白く厚い壁に赤いじゅうたん。テレビでは映らなかったがじゅうたんと同じ色の布で覆われた太い柱が等間隔で奥へと並び、天井には大きなシャンデリア。豪奢なようでその他には何も無い、だだっ広いだけの部屋で、進行方向には無駄に幅のある上の階へ続く階段があった。
「ここに天城は…いないようだな」
「上の方から臭うクマ」
「進んでみる他なさそうだな」
 階段の方へ歩み出すと、背後の扉がゆっくりと閉まった。クマが短い悲鳴をあげる。悠も目を見張ったが、別に閉じ込められても問題は無い。ボタン一つ押せば現実世界に戻れる便利アイテムがあるのだ。焦る必要は無い。
 ただ、その落ち着きと余裕が、後の問題を引き起こす一因となったのもまた事実である。


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2014/02/11

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