you're forever to me >> 8-2 | |
二階への階段を上りきると、またその階の奥の方に同じような階段があり、三階へ着くと四階への階段がある。そうして五階まで上り終えるとようやく部屋の雰囲気が変わった。シャンデリアが格段に大きいせいか他の階より若干明るい。前方を見ると周りより地面がやや高い王座のような部分があり、その前に床の模様とは違う何かが見える。近づいて行くとそれが倒れている人だと判明した。桃色の和服姿の女性だ。悠は数日前に同じ格好をしている人と出会っている。 「天城!」 悠とクマは倒れている人の元へ駆け寄り、傍で膝を折った。やはり天城だった。立ててきた仮説が事実となった瞬間でもあったが、感慨に浸っている場合ではない。 「天城!…気を失っているか」 呼びかけて軽く肩の辺りを揺するも、天城からの反応は無い。外傷等は無い模様だが、場のイレギュラーが発生しているこの場所で意識が無いということは、先日の花村の例を見ても、考えられる状況で一番可能性が高いのは。 「センセイ、ユキちゃんからここと同じ臭いする」 「やはりな。霧が体内に入り込んでいるか」 天城がテレビの中に入ってから3日余りが経過しようとしている。マヨナカテレビに映った時はうろうろ歩き回っていたようだが、その内疲れて寝入ってしまえばその隙にいくらでも霧が体内に侵入してしまう。花村の時も短時間で霧が侵入していた。そこまで考えて、悠は自分の背中の存在に気がつく。 「しまった、ひょっとして里中も…クマ、里中の」 「センセイ、チエちゃんもクマ…」 悠が里中を床に降ろして指示する前に、クマがしょんぼりした顔で里中の状態を報告した。 「…ここまで即効性があるなんて」 花村の場合は肉体が一度死亡して、完全に意識が途絶してしまっている。より容易に霧が体内へと侵入できる環境だったのに対し、里中はこの城のような建物に入る前に一度意識が戻る様子を見せている。天城の探索を優先した為、そこで悠は無理に里中を起こそうとはしなかった。その時点で引き上げていれば、里中は現実世界にて時間経過で目を覚ますことができただろうが、天城がいるであろう建物を目の前にして心が逸ったのもあり、いつでもテレビの外へ戻ることができるおかえりボタンの存在があるが故に油断してしまい、引き際を誤ってしまった。 「やるしかないな」 元々は天城の所在を確認の是非を問わず、里中が目覚めようとする直前に脱出する予定でいた。おかえりボタンは暫く使えなくなるが、緊急事態であるし天界からおかえりボタンのスペアがあれば調達する――スペアがあるかどうかなど聞いてはいないし、無ければ無いで手持ちのおかえりボタンの復帰速度を速める手段等を探るとか、とにかく天城の再捜索の為の時短に手を尽くす心算だった。 見事に想定がご破算となった今、悠がやれる事は一つに絞られた。以前の花村と同じく、里中と天城に入り込んだ霧を体内から追い出す事。但し今回は対象が二人だ。一人の霧を追い出して、その後にもう一人の霧を追い出している間に先の一人が目覚めてしまったら、やはりこの場の異様さから混乱に陥ることは想像に難くない。 「確か…こうすると…二人いっぺんに…」 悠は里中を天城の隣へと降ろし、仰向けになるように寝かせた。うつ伏せの状態の天城も仰向けにして、里中と天城の左手と右手を握らせるように重ね合わせる。 「せ、センセイ、何するクマか?」 悠の行動にクマが息を飲んで見ている。今からやろうとしている事に思い当たる節があるのかな、意外とクマは合間の縫って天界で勉強してきているんだなあと悠は心の内でクマのことを感心した。 「二人の精神に潜り込む。こうやって…手を重ね合わせてと。そうしたら一度に二人の精神体に出会えるはずだ」 「そそそ、それって、めっちゃ難しいことじゃなかったクマか!?」 「まあ、確かに。俺が実際にやるのは初めてだ。かなり前に随行した上級天使が行っていたのを思い出した」 「ま、待つクマ!センセイ…クマ、まだ充分とは言えないけど、もしもの事があった場合の意識の引き上げ方ちゃーんと勉強してきたクマ。だけどソレは潜り込む先が単独の場合だけ。二人以上の場合で何かあったら、まだどうしていいかわからんクマ!」 人の思いとは複雑なもので、一方が良しとしたことでももう一方が拒絶を起こせば失敗となる。一本の糸を解くより二本の糸、二本の糸より三本になると…絡む糸が増えれば解く事がより困難となり、下手すれば最初より雁字搦めになるのと同じ理屈である。 「心配する必要は無いと、思う」 悠は鮫川の東屋で天城と話した日のことを思い出す。 千枝ってね、すごく頼りになるの。私、いつも引っ張ってもらってる。 その言葉が上っ面だけを取り繕ったものではないのは、その時の天城の表情を見たらすぐにわかった。自分以外の他の人の事を嬉しそうに話すのは頻繁にあるようでなかなか無い。男女間だと惚れた腫れたの勢いで惚気る機会はざらにあるだろうが、同性間だと大小差はあれど相手に対して優位性を保ちたい気持ちが邪魔してしまうからだ。それもまた人の一種の生存本能によるものからだろうが――だからこそ悠には、天城が里中のことを話した時の顔が印象に残った。 そして里中の方も、この二日間稲羽市中あちこち駆け回って、時には警察官に食って掛かるまでして、天城のことを思い捜索していた。“友達”の度合いも様々だが、里中と天城が仲良く乗り良くしゃべるだけの友達などではないのは、里中の行動を見るからに明らかだ。 悠は重ね合わせた二人の手の上に自分の手を載せた。二人分の手を軽く握り込む。天使の姿に戻ろうかとも思ったが、この間の花村の時、精神に潜り込むのは実体化のままでも大して差異が無かったので、わざわざ人間界にいると燃費が悪くなる天使の姿に戻る必要がないことが判明した。魂を戻す作業は骨が折れたが。 「じゃあクマ、後は任せた」 「せ、センセイ、ちょちょっちょっと!」 「大丈夫だ。外敵はいないようだし、3人の手が外れないようにだけ気をつけてくれればいい」 「で、でもでもっ!」 「大なり小なりの拗れは起こるかもしれない…だけど、短い間しか見ていないけどお似合いの二人だから乗り切れるんじゃないかなって」 「お似合い?確かにーチエちゃんとユキちゃん、こやって見るとしっくりきてるけど…女の子同士でお似合いって言うクマか?ステディな男と女の間で言うことじゃないクマ?」 「深く考えるな。というか、ステディなんて言葉、どこで知った?」 「チッチッチ、クマも日々色々学習してるんよー!」 「そうか、偉いな。じゃあ行ってくる」 「気をつけてなー…って、ええっ!?センセイ、クマの話まだ終わってないー!」 クマの引き止め空しく、悠はあっという間に流れる気に合わせ、精神世界へと潜り込んでいった。 「おおわっと!」 気を失ったも同然の悠の身体が右へ左へと揺れる。その際に二人に置いた悠の手が外れそうになり、クマが慌てて悠の手の上に自分の手を押し当てて外れないように補助した。 その間も悠の身体はふらりふらりと左右に揺れ、里中と天城の身体どちらかに覆い被さる様相を見せた、が。 「センセイ、ギリギリセクハラ回避クマ。さすが」 最終的には二人の身体の間、繋いだ手の上辺りにうずくまる体勢で落ち着いた。 二人以上の精神世界に迫る場合、まずはより自分の身体と触れている部分が多い人の方の精神世界に入り込む、若しくは意識を失って時間が経過していない方、はたまた意識レベルが高い方へと入り易いらしい。深く意識を閉ざしてしまっていると気の流れが淀み、かえって気の流れが掴みにくいとのこと。以前上級天使からそういう風に聞いた事があったが、悠も実践してみてようやくわかった。今の場合は、入り易い条件が全て里中に集まっているようで(重ね合わせた手も里中の方が上である)悠は里中の精神世界へと侵入した。 そう分かったのは、やはり心の色。緑、黄緑といった、里中が普段から好んで身に着けている色が表層に示されている。緑系といえば目に優しい色の代表格であるが、今見えているものは別に優しくは映らなかった。緑系だけに、赤や橙を土台とした花村の表層部分みたいな痛烈さは無いが、これといった特徴も無い、無難な色合いである。 間もなく悠は表層から深層へと到達し、途端、壁の色がどんよりと夜の森を連想させるような、重たげな緑色一色に変貌した。里中もまた、何かに対して嘆いている。恐らくは天城の事についてだろう。実際には里中と天城は隣り合わせの位置にいるが、里中にとっては未だに天城は行方不明のままの存在だ。このまま天城を失ってしまったらどうしようと嘆き続けている里中の動揺を悠に伝えるかのごとく、壁が風に揺れる木々のようにさざめいている。 「見つけた」 深層の最深部へと至り、そこには膝を抱えてしゃがみ込んでいる里中の精神体が居た。周りにはやはりわらわらと悪意の集合体即ち霧が里中を囲っている。 里中って?ああ、天城の金魚のフンみてーな?ちんちくりんの女だろ?アイツ邪魔なんだよねー、せっかく俺が天城越えしてやろうって思ってんのにいっつも妨害してくるんだよな。 そうそう、なんか番犬気取ってるって感じでさあ、お呼びじゃねえっての。天城にべたべた引っ付いてて鬱陶しいったらありゃしねえ。天城もなんで里中以外としゃべんねえの?あ、もしかして、それも里中に邪魔されてるとか? 里中さんてさ、結構さばけてて話しやすいかなーなんて思った事もあったけど、趣味がかなりトクシュなんだよね。ついていけないっていうか。こっちに合わせる気なんて無いみたい。 グループ割りとかで誘ってみても結局天城さんの傍を離れたがらないからさ、なんなのあれは過保護なの?それとも天城さんの傍にいないと不安なわけ?どっちでもいいけどちょっとあそこまでいくと不気味かも。 悪意たちが里中の周りで囁く。里中が天城のそばにいることを快く思わなかったらしい人からの思念が、恐らくより大袈裟に脚色されて里中を突きまくっている。里中の方もこれ以上黙っていられなかった。しゃがんでいた状態から勢い良く立ち上がるとまとわりついていた霧を振り払うかのごとく、声を張り上げる。 うるさい、うるさいうるさい!あたしが雪子のこと構って何が悪いっての?あんたらなんかにあたしと雪子の何がわかるってのよ?雪子はね、あたしが守らないと、守らないと…! 守らないと、なに? 里中は自問する。答えが出ない。出ないわけではない。出そうとした答えが、明らかに天城を貶める内容だった。それがぶわっとこみ上げてきて里中は絶句してしまったのだ。しかし言い止まったことに対してもう一度考え直してみると、全く正反対の答えがはじき出された。 それって、おかしくない? 雪子は、あたしがいないと何も出来ないっていうの? 嘘だ、だって雪子は何でも立派にこなしてる。勉強だって家の手伝いだって。美人で色白で女らしくて、何一つ不足なんてないじゃん? むしろ、欠けまくっているのはあたしだ。成績もあんまよくない、スタイルだって雪子の隣に立つのが申し訳ない程度でしかないし、女らしいどころかカンフー映画にはまって所構わず足を振り上げてる(だって好きなんだもん仕方ないじゃない!) そんなあたしを頼ってきてくれる雪子。欠陥だらけのあたしを必要としてくれている。だからあたしは自分を保ててるんだ。雪子なしでこの先生きていけるわけ、ない。 悪意たちが囃し立てる。 自分よりもずっとハイスペックの天城に縋られる事から優越感を得ていたくだらない人間。天城は都合のいい“トモダチ”だから大事にしてただけ。天城から見捨てられればお前なんか何の価値も無い。 「やめて…やめてよ…もうわかったから…雪子がいなくなって…あたし、やっとわかったんだから」 雪子以上に自分が弱い人間で、雪子を頼りにしていたのは本当はあたしの方だったのを。 自分が手助けできる範囲の、自分にとって都合のいい雪子が必要なんであって、自分には手出しが出来そうに無い雪子の辛さや悩みに目を向けようとしなかったのを。 その場へと再びへたり込み、ボロボロ涙を零す里中。弱りきった里中目がけて、無数の暗白色の霧が里中を飲み込もうとする。悠はそのタイミングで里中に近づき、霧を追い払い、睨みを利かした。 「里中!」 「え…なるかみ、くん…」 突然現れた転校生の姿に一瞬呆然とした里中だったが、この転校生がいつからここにいたのかを想像した途端、頭が真っ白になった。その手が、足が細かく震え出す。 「どうして…なんでここにいるの…今の…みんな聞いてたの!?あたしが…あたしが…雪子の、ことを…」 都合のいい友達として扱っていたかもしれないことを。 里中は顔を青ざめさせて悠から顔を背ける。この2日間、半ば強制的に花村と共に天城の捜索に付き合わせ、見つからなかった苛立ちをぶつけて困らせてしまったぐらい、天城のことでいっぱいいっぱいな様子をみせつけていたというのに、その理由がお粗末で自分本位によるものだと知られては合わせる顔もない。 「ちが、う…あたし…ちがうの…それだけじゃないの…雪子のこと…本当にっ…心配で…!」 「わかってるよ。その思いは、天城に伝えてあげればいい」 ポンっとひとつ、悠が里中の肩を軽く叩くと、動揺してガタガタ震えていた里中の身体がすんなりと治まった。何に対して恐れていたのかすら記憶から無くなりそうなぐらいの安堵感を得たようだ。 夜の森のような暗さが徐々に瑞々しい早朝の新緑へと塗り替えられていく。それを境に霧の勢いが無くなった。 「お引取り願おうか」 悠から発せられた鮮烈な光が霧を圧倒し、霧はあっという間に消滅した。後に残ったのは、ずっと目にしていたいと思う、キラキラと輝いた艶やかだけど落ち着いた緑色の空間と、その心の持ち主である里中の精神体だけ。 「あ、あの、あたしっ」 里中は悠の方を向いて口を開いた。しかし何かを言わなければいけないと思う反面、実際のところは言いたいことが全然まとまっておらず、里中は目をしばしばさせながら何を言うべきなのか必死になって考えた。悠はそんな里中をただじっと待った。 「ゴメン…ありがとう」 短くない時間が経過して、里中が熟考を重ねたであろう思いは、実にシンプルな二言だった。だけど悠には、とても重たい言葉に聞こえた。 「あたし…本当に自分のことばっかりだった。途中からは雪子を心配する自分に酔っていただけなのかもしれないって…だけど、雪子が、大事なんだよ。失いたくないよ…。雪子は、こんなどうしようもないあたしのそばにずっといてくれて、支えてくれた、世界で一番大好きな友達だもん…!」 深層の最深部で語る里中の紛れも無い本心。真っ直ぐで綺麗で、だけど醜い部分も認めた里中の強い告白が悠の心を打つ。里中はこれから先、もう天城のことで自分を見失わず真っ直ぐに歩いていけるだろう。 「ゴメンね、鳴上君…あたしのエゴに巻き込んでしまって…キミがなんでここにいるのかわかんないけど…まだよく知らないあたしのこと助けてくれて、ありがとう」 里中は話し始めこそ戸惑いを隠せずにいたが、終わりには晴れやかな表情で悠に感謝を伝えた。爽やかな緑色が良く似合う、とてもいい笑顔だった。 「どういたしまして」 「ねえホント、なんで鳴上君がここにいるの?あたし何をしてたんだっけ?」 花村の時同様、里中もまた当然持った疑問だったが、悠は苦笑いを浮かべて話を逸らすことにした。現実悠長にしている暇も無い。 「ゆっくり説明したいところだけど、あんまり時間がないんだ。俺は、このまま天城のところへ行く」 天城の名前を聞いて、里中の表情が変わる。自分がずっと心配している人を、目の前の転校生がその居場所を知っている口ぶりで話したのだから食いつくのは仕方が無い。 「雪子のところへ?雪子、見つかったの?無事なの!?」 「さっきまでの里中と同じような状態のはずなんだ。里中はもう大丈夫だろ?このまま目覚めるといい。俺が天城を目覚めさせてくる」 「ちょっと待って!あたしもいく。雪子を助けたいの!ねえ、連れて行って!」 「えっ?」 里中の思いがけぬ提案と懇願に悠は狼狽した。天使が別の人の精神へと移動するのは何ら問題ない。今回のケースで言えば、里中が天城に対しての拒絶反応が全く無かったので里中の精神の深層から天城の精神の深層へと直接赴く事ができる。しかし人の精神体を他の人の精神へと連れて行くのは、少なくとも悠は前例を聞いた事が無い。 最早里中は悠について行く気満々だ。こうなると説得しようとする時間が無駄に流れた挙句、結局引っくり返せないような気がする。未知の危険性を説いても素直に聞くような雰囲気はなさそうだ。 「まあ…なんとかするか。わかった」 「ホント!?」 天城の精神世界で何かがあったとしても、最悪表で手さえ繋がっていれば里中の精神体を里中の肉体まで引っ張って来られる。不完全かもしれないとはいえ、意識を引っ張りあげる術を習得したクマも傍にいる。 「危険だと判断したら直ちに元の場所へ戻ってもらう。それでいいな?」 「ウン!わかった」 「上着の端でも握ってて。離すなよ。行くぞ」 里中が悠の上着の裾を握ったのを確認して、悠はゆっくりと里中の深層の最深部の中へと迫り、次第に速度を上げて壁を突破した。輝かしい緑の世界を後にして、少しの間トンネルのような暗闇を潜り抜けると天城の精神へと繋がるトンネルの出口――いや入口と言った方が適切か。 鮮烈な紅色が、悠と里中の二人を出迎えた。 |
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