you're forever to me >> 10-1


【 四月末の喜憂模様 】



「冷蔵庫がギューギューになったよ!」
 夕方、普段よりも仕事から早く帰ってきた堂島と一緒に、ジュネスへ買い物に行ってきた菜々子が、買ってきたものを冷蔵庫に仕舞い込んだ後、嬉々とした声で悠へ報告した。悠は冷蔵庫を開けてみた。
「わ、本当だ」
 今朝何の気なしに開けてみた冷蔵庫の様子とは一変している。スカスカの状態だったそこが今はみっちりと食材や出来合い物、飲み物などが詰め込まれていた。
「えへへ、冷蔵庫がいっぱいだとなんだかうれしくなるね」
「確かに」
 悠が物を食べるようになって暫く、小腹が空くとつい冷蔵庫を覗いてしまうくせがついてしまった。しかし堂島家の冷蔵庫は悲しいかな今まで碌な物が残っていた例が無かった。この家にやって来た初日に食べ残しと思われる冷凍食品のチャーハンに遭遇した以来、大当たりが無い。この家庭は必要最低限しか買わないのだろうかと思っていたがそうでもないらしい。これだけあれば暫くは冷蔵庫を覗く楽しみが続くだろう。
 それにしても、本当にたくさん買ってきたものだ。中には明らかに調理の必要な食材もある。堂島も一応は食事を作るのだろうか…と思いを巡らせていると、その本人からこう言われた。
「やれやれ…ちょっと買い過ぎたか。今日は適当に肉とか野菜も買ってきたから好きに使っていいぞ。どうせ俺は料理ができないからな。惣菜は今日と明日の分ぐらいはある。つまみ類だけは残しておいてくれ」
「え…叔父さんが料理するのに買ってきたんじゃないんですか?」
 悠が今考えていたことを口にすると、堂島は苦笑いした。
「肉を焼くぐらいなもんだ。最悪、お前が使わんのなら焼肉するぐらいの予定ではいるが…まあ俺もいつ仕事が入るかわからんからな。腐らす前に使ったらいい。自炊の練習のつもりで作ってみたらどうだ?」
「はあ…やってみます」
「そこに料理本も何冊かあるはずだ。活用するといい」
 こんなに大量の食材、もし自分が料理に興味の欠片も持っていなかったらどうするつもりだったんだろうと、悠は堂島に対して思わずにはいられなかったが、折角機会を与えられたのでこの際取り組んでみようかと、料理本が置いてあるという戸棚に目を走らせた。
「お父さん、もうごはんの用意していい?」
「少し早いが…まあいいか。今日はどのおかずを食べたいんだ?」
「んとねー…カレイのにつけとホウレン草のおひたし、あとおみそしる!」
「わかった。んじゃ、米を研ぐか」
 堂島と菜々子が夕食の準備に取り掛かる横で、悠は台所の戸棚にあった“今日の晩ご飯”と題された料理本を手にとってその中身を見た。おいしそうな出来上がりのおかずの写真が掲載され、その隣のページには写真のおかずを作るのに必要な材料と作り方が書かれている。説明文は簡潔に分かり易く書かれているので、これなら料理超初心者の悠でも作れるかも、と思わせるのには成功している。
「飯が炊けるまで暫くかかるし晩酌するか…」
 米を研いで炊飯器にセットした堂島が、冷蔵庫から缶ビールとおつまみを取り出し、それらを持って居間へ移動した。インスタントの味噌汁を用意していた菜々子はそれが済むと、風呂場に行ってお風呂の準備をしている。台所に残った悠は再び冷蔵庫の中を覗いた。調理が必要な食材は、豚肉、玉ねぎ、キャベツ、じゃがいも…等々。サラダとして使えそうな生野菜もいくつかある。
「ん?」
 悠は今しがた見ていた料理本をもう一度持って、パラパラとページをめくる。目的のページに当たり、そのページのレシピを見直した。
 これならここにあるもので作れるかもと、悠の目に留まったのは豚のしょうが焼きの作り方。豚肉と玉ねぎさえあれば料理本と同じものが作れるようだ。問題は生姜だったが、さすがに生姜そのものは今日の買い物には無く、代わりに既製品のチューブ生姜でも代用可と書かれているので、それが冷蔵庫のポケットに入ってある。醤油とみりんと、料理酒までちゃんとある。料理をしない家庭なのにやたら物が揃い過ぎている気がしてならないが、とりあえず今は純粋にありがたく思う。
「叔父さん…早速だけど、ちょっと料理に挑戦してみる」
 気がついたら悠はそう宣言してしまっていた。
「おう、そうか。やってみろ」
 言ってからちょっと早まったかもと思ったが、堂島から後押しされてしまってはもう引っ込みがつかなくなった。やるしかない。
「で、何作るんだ?」
「豚の、生姜焼きを」
「ほう、期待してるぞ」
「プレッシャーかけないで下さい。この間目玉焼き作ろうとして失敗したぐらいだから」
「ははは、そりゃ菜々子以下だな。まあ気楽にやれ」
 恥ずかしい体験談を盾にして失敗した場合の免罪符を得ようとすると、案の定堂島に笑われてしまった。しかしこれで自分の料理レベルの程を知って貰ったんだし、と悠は開き直ることにした。
 本に掲載されているレシピは4人前の量で少々オーバー気味だが、豚肉の重さも足りていることだし、本通りに作ることにした。天界の訓練の時にも言われたが、慣れない内はレシピ以外の事は一切するなというのが鉄則らしい。
 醤油、みりん、酒、生姜を本に書かれている通りきっちり計ってボールに入れて合わせ、それに切れ目を入れた豚肉を漬けタレをもみ込む。暫く置く間に玉ねぎを適当な大きさに…悠には適当な大きさがどれぐらいを差すのかわからなかったので本当に適当にザクザク切ってそれもタレに漬けた。
 あとはそれらをフライパンで炒めるだけとなり、フライパンを温めて炒め始めた。本によれば“食材に火が通って煮汁が煮詰まったら完成”とあるが、火が通るとは一体どれくらいの焼き加減なんだ――そんな疑問がわいた。確か豚肉は牛肉よりしっかり火を通さなくてはならない、と記憶しているが、どの程度なのか悠には見当がつかない。しっかり焼いた方がいいのか、いやしかし焼き過ぎたら食べにくくなってしまうし…と、炒めながらあれこれ考えた挙句、料理本の写真と比べればいいんだと思い当たり、本を見ると――時、すでに遅し。
 慌てて火を止めるも、写真よりも明らかに焦げ茶色化が進んだ豚の生姜焼きが完成してしまった。
「……」
 これは、できれば堂島親子には見せたくない。しかし間の悪いことに、丁度ご飯の炊き上がりを知らせる音が居間まで届いてしまった。
「お、飯が炊けたな。そっちも丁度できあがったようだし、食うか」
 堂島が台所にやって来て、大皿に盛った豚の生姜焼きを目にした。
「ちょっとばかし…焦がしちまったか」
「…かなりだと思います」
「はは、原因が分かってるならいいじゃないか。見た目はともかく…さっきから凄く美味そうな匂いがしててな、もう菜々子が待ちきれない様子だぞ」
 悠が作っている様子を何度も見に来たがった菜々子を、出来上がるまで何とか堂島とテレビアニメが引き止めていたが、その頼みの綱のテレビも終わったようだ。台所へトコトコやって来た菜々子が堂島と同じように大皿を覗き見た。
「ごはん、できたの?わ、すごーいいっぱい!いい匂いー!」
「菜々子、味噌汁のお湯を入れてくれ」
「はーい」
 ジュネスで買った惣菜、インスタントの味噌汁、白ご飯、そして豚の生姜焼きが居間へと運ばれ、夕食が始まった。
「いただきます!」
 菜々子が、そして堂島も最初に手をつけたのが、悠の作った豚の生姜焼きだ。正直悠は勘弁して欲しいと俯いてしまったが、程なく二人からもたらされた感想に耳を疑う。
「おいしい!」
「うん、美味いな。こりゃ飯が進む」
「え…本当に?」
 悠は二人からの感想を信じられない気持ちで聞き返した。
「嘘言ってどうする?」
「だって…明らかにまずそうな見た目だし」
 どう見ても焦げ過ぎた肉だ。全く自信無く呟くと、堂島が皿を悠の座る方へ押し進めた。
「お前も食ってみればわかる」
「そうだよ、おいしいよ」
 半信半疑のまま豚の生姜焼きを箸でつまんで食べてみた。
「……」
 見た目に反して味は普通だ。いや見た目がコレだけに、想像以上に美味しく出来上がった…気がする。
「…キセキだ」
 思わずそう呟いていた。自分は天使であって人じゃないけれども、これは奇跡と呼べるのではないか。何度も言うようだが見た目がコレなのに、美味しいと思えるぐらいなのだから、結構凄いことが起こったのではないだろうか。
「玉ねぎ入れたのが良かったんじゃないか。甘味がある」
「うん、玉ねぎもおいしい!あまいね」
「なるほど」
 食材そのものに味がある。それが時に調味料を凌駕する味付けとなるのを悠は初めて知った。砂糖は甘い、塩は辛いなど、調味料については一通り学んできたが、食材にどのような味が秘められているのかまだまだ無知だ。料理というのはとんでもなく甚深だと理解した。

 意外にも好評を得た豚の生姜焼きだったが、さすがに大人一人と小さな子ども一人では4人前の量を全部食べきれず、余った分は明日悠の弁当として持って行くことにした。メインのおかずは豚の生姜焼きとして、ご飯は今日炊いた残りがあるし、後は今日の買い物にあった、特に調理の不要なレタスとプチトマトとキュウリでも入れるか――弁当の中身の予定は立ったものの、悠ははたと気づいた。
 弁当と言えば弁当箱が必要である。何か適当な入れ物は無いかと食器棚を物色していると、小判型の木で出来た、一見すると古風な入れ物が出てきた。しかも二段重ねである。木の表面は何かが塗られているようでツルリと艶が出ている。弁当箱として大きさ的に丁度いいのではないか、頑丈そうだし…と蓋を開けて中まで確認していると、風呂上りの堂島がバスタオルで髪を拭きながら台所に立つ悠の所へやって来て、悠が手にしている物を見て少し驚いた。
「おう、それ久しぶりに見たな」
「戸棚の奥の方にあったのを見つけたんですけど」
「ああ、俺が前にしまい込んだんだ。もう不要だと思ってな。そりゃ弁当箱だ。以前俺が使っていた」
「叔父さんのですか」
「千里…菜々子の母親がいた頃、弁当を作って貰って職場へ持って行ってたんだ」
「そうだったんですか…」
 少しだけ表情を陰らせて、堂島は事情を説明した。思い出の品と思われる物を偶然にしろ引っ張り出してしまい、まずいことをしてしまったかもしれないと悠は困惑した。
「まあな。ところでお前、何か探しているんだろ?」
「あ、はい。弁当箱にできそうな器を」
「なら、それを使えばいいじゃないか?」
「え、いいんですか、使って?」
 奥の方にしまい込まれていた弁当箱。目に入れるのが辛いからだろうと容易に想像されるが、堂島は逆に明るい表情で促した。
「ああ、弁当箱も使ってやる方が嬉しいだろ。お前がそれで良ければ俺は構わん」
「じゃあ、使わせて貰います」
「最後に使ってから結構経ってるはずだから一度きれいに洗えよ。それ、なかなかいいものらしくてな。表面に漆が塗ってあって、飯が美味そうに見えるんだ。毎日飯時が楽しみだったな」
 楽しそうに、そして最後の方は少し寂しそうに弁当箱の思い出を語ってくれた堂島。大切に使おうと悠は心に決めた。


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2014/03/22

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