you're forever to me >> 10-2


 確かに初めて作った割には、ちゃんと“お弁当”になっている。9割方、古風な見た目ながら上品な光沢を誇る弁当箱のおかげだ。少々の失敗は弁当箱によって見事にカバーされていて、豚の生姜焼きの焦げ付いた色は緩和されているように、適当に突っ込んだ生野菜も瑞々しく見える。
 しかし、昨日の出来立ての有様が脳裏に焼きついてしまっている悠は、とてもではないがこのお弁当の中身を人様に見せる気にはなれなかった。
 学校の授業が始まって以来、教室の席が前後で引っ付いている花村とは大体昼食を共にとるようになっていた。最初の2、3日こそ前と後ろに座ったままポツリポツリと言葉を交わす程度だったが、ジュネスで共にテレビの中へ入って以来(尤も花村がその記憶を思い出すことはない)は悠が花村の席の方へ椅子を反転させて、顔をつき合わせつつしゃべりながら食事していた。そこに、天城が欠席中の今は里中も同席している。一対一だと花村に断り無く勝手に席を外すのは失礼だと思うが、幸い里中が一緒だ。自分一人はどこか別の場所で食べようと決め、悠はごく普通に事が運ぶと思い込んでいた。

 4時限目が終了し、昼休みになった。悠は弁当箱の入った包みを持ち、あくまでさり気なく教室から出て行くつもりだった。
「やっとメシだー!あれ、鳴上、どっか行くの?トイレか?」
 授業が終わった途端、足早に教室の後ろ扉側から出て行こうとしていた悠へ、案の定花村から声がかかった。
「ああ、今日は俺、ちょっと違う所で食べようかと思って。それじゃ」
「ええ、ちょっと待てよ!」
 そのまま廊下へ出ようとすると、花村が慌てて悠を追いかけてきた。自分の昼食を持たず、とりあえず悠を引き止める為に。追いつかれて左腕を捉まれたのでそれ以上歩き出せなくなり、教室の出入口付近で立ち止まるはめになった。
「水くせーな、俺らも一緒に行くって!」
「…えっ?」
 思わぬ誤算だった。まさか自分に付いて来ようとするなんて、悠は考えもしなかった。勝手に場所を移動する自分に合わせる必要なんて全く無いのに一体何故だという疑問が頭を占領する。
「里中も来るだろ!」
 教科書を自分の席の机の中に片付けている里中に向かって花村が大きな声で訊く。むしろ同意を求めている言い方だ。
「あ、うん、もち!どこで食べんの?」
 ぐるぐる疑問が頭を回っている内に、花村は里中も誘ってしまった。嫌な素振りを全くせず、当然とばかりに里中は誘いに応じた。
「いや、わざわざ俺に付き合わなくてもいいからっ」
「寂しいこというなよ、俺一人で里中のお守りしろっていうのか?」
 里中には聞こえぬよう、声を低めて花村が悠に詰め寄る。
「そういうわけでは…」
「じゃあなんで一人でどっか行くなんて言うんだよ?あ…他に誰かと待ち合わせでもしてんのか?」
「別に、そうじゃないけど…」
 とっさに嘘が吐けない悠の本領発揮である。今の花村の伺いに頷いていればよかったのに、と返事してしまった後で悔いた。
「あれ、今日お前購買パンじゃないんだな?それ弁当箱か?」
 花村は悠が右手に持つ包みを発見した。一番気づいて欲しくなかった物だ
「あ、ああ、まあ…」
「お弁当持ってきたんだ。めっずらしい、作ってもらったの?」
 里中が自分の弁当箱を持って、二人のもとへやって来て、今の悠にとって追撃のような質問をする。
「いや、その」
「っていうか、どこで食べんのか決まってんの?」
「いや、特には…」
「じゃあ屋上行かない?あたし時々雪子と一緒に屋上で食べるんだ。この時期結構気持ちいいよ」
「あ、ああ」
「おっし、じゃあ決まりだな。っと、俺もメシ持って来なきゃ」
 話がとんとん拍子でまとまり、結局3人で屋上へ行くことになった。花村が教室の中へUターンし、自分の席から買っておいたパン類を持ち出し、再び悠と里中の所まで戻った。
「お待たせ。行こうぜ」
 悠の目論みは完全に外れてしまった。諦めて笑われるか、と心の中でため息を吐いた。

 屋上の一角。せめてあんまり弁当箱の中身を覗かれないようにしようと、腰掛けるのに丁度いい段差の終わり方に腰掛けたつもりだったが、あんまり隅っこ過ぎるのもなんだしと思って、中途半端にスペースを空けたのが間違いだった。女子の里中には丁度いい隙間だったようでそこに腰をかけてしまった。そして反対側の隣には花村が座り、悠が二人に挟まれる図が出来上がった。
 絶対弁当箱が目に入る位置取りだ。主よ、あんまりな試練です――悠、心の談話。
 なんて事の無い風を装い、悠は弁当箱を包んでいた布の結び目を解くと、堂島から借り受けた弁当箱が現れる。それを見て早速里中が興味を持ったようだ。
「うっわ、しっぶいお弁当箱!」
「確かに、高校生の弁当箱って感じじゃねえな」
 花村もまじまじと弁当箱を見ている。
「職人さんが作った手作りのなんとか、みたいな」
「大量生産モノじゃねえよな、絶対」
 弁当箱だけでこんなに食いつかれている。いや中身には案外興味を持たれて無いかも知れない。そう願いつつ蓋を開けようとすると、二人の視線が一向に外れない。思わず悠の手が止まる。
「開けねーの?」
「いや…」
「そうだよ、開けないと食べれないよ」
「開けるけど…なんで二人ともそんなに注目してるんだ?」
「や、だって、そんな弁当箱に入ってるおかずって何だろうなーって思って」
「同じく」
 いい弁当箱だと、中身も期待されるレベルが勝手に上がってしまうのか…と、悠は恐怖した。自分はとんでもないハードルを設定してしまったようだ。こうなることが予測できていたら、この弁当箱を使わなかったのに、と思わずにはいられない。
「入ってるのは、失敗作に等しい…昨日の晩ご飯の残りだ」
 上がったレベルを下げるべく、少しだけ悪あがきを試みたものの、どうせ笑われるのだから、あんまり勿体ぶっても意味が無い。悠は弁当箱の蓋を開けた。
「おお、普通に野菜がキレイ…ん、この右に入ってるのって、肉?」
 里中がいち早く豚の生姜焼きの存在に気づいた。里中の肉センサーの精密さは本物のようである。肉とわかるぐらいには原形を留めているらしいと分かって悠は若干救われた気持ちになる。一方花村は言われてみれば確かに肉だなと後から納得している。
「豚の、生姜焼きだ。昨日、試しに作った」
「え、鳴上君が作ったの?すごっ!へえ、おいしそーじゃん!」
「ちょっと…色が行き過ぎてねえ?黒方面に」
「なーに言ってんの、普通だよ。ウチの生姜焼きに近いもん」
 てんで正反対の感想を言う二人。花村の指摘の方が正しいと悠は思うが、里中の口ぶりも別にこの失敗色を慰めているようではない。どの焼き色が正しいのか段々感覚が分からなくなってきた。
「ねえねえ、一口!一口だけ味見させて!」
「え?」
「肉と聞いたからには食べてみないと気が済まないの!あたしにはわかる…このたまらん香り…きっとこの豚生姜、名作の予感!」
「おまっ…冷めてるモンなのに匂いわかんのかよ?」
「ええ、逆にアンタわかんないの?肉に対して失礼だよ!」
「普通わからんわ!」
 この言い合いを止めるべきか無視するべきか。そもそもなんで今こんなことに悩んでいるのか、自分の悩みはもっと別にあったはずだがもう悩みの在り処が分からない。しかし二人に挟まれた両側から言い合いを続けられては食事ができないので、里中の頼みを呑むことにした。
「味の保証はできないけど、いいよ」
「ホント!?やった、鳴上君ありがとー!」
 里中がうきうきしながら持参の箸を取り出し、悠の弁当箱から豚の生姜焼きを一切れ摘み上げた。
「いっただっきまーす!」
 肉が里中の口の中に入る。少しの咀嚼の後、里中の顔がぱあっと明るくなり、そして幸せそうに緩んだ。
「うんまー!この生姜焼き、あたしの超好きな味っす!」
 嘘や社交辞令などではないのは、里中の顔を見れば一目瞭然で、その反応を見た花村も豚の生姜焼きに興味を持ったようだ。
「え、そんなに美味いの?俺も…味見したくなっちった」
「いいけど、まずくても知らないぞ」
「美味しいって!あたしが保証したげる!」
「あ、しまった、俺箸持ってねーわ」
「これでよかったら」
 悠が自分の箸を花村に差し出した。サンキュと礼を言って花村が箸を受け取り、肉を摘んで口に運んだ。黙ってもぐもぐと口を動かしている間、悠は気が気でなかった。堂島親子と里中で持ち上げられて、花村で落とされる――最後の最後でダメだしされたらへこんでしまうかもしれない。しかし悠の心配は杞憂に終わった。
「ちいと、固め?でもこの味付け、俺もモロ好み!うめーじゃん!うめーよ!」
 口に入れた直後だけ複雑そうではあったものの、咀嚼が進むにつれ花村の顔も最後には完全に綻んだ。
「なーにいってんのよ、めーっちゃやわらかいじゃん!」
「お前の合金でできてるような顎と一緒くたにすんなっつの!」
「うっさい!アンタの顎が軟弱なだけでしょうが!?」
「軟弱いうな!人が気にしてることを!」
 言い合いが再発し、悠は置いてきぼりを食らった気分になる。しかも原因が自分の作った料理ときた。場の状態が実にカオスである。
「花村、もういいなら…箸」
「あ、悪い!ごちそーさん!」
「あーん鳴上君、あたしもう一切れ欲しい!卵焼きあげるから!」
「え、お前ずりー!俺ももうちょい欲しいっつの!鳴上、このパン、思いっきりガブっといっていいから俺にも!」
「あ…うん、好きにして」
 結局、豚の生姜焼きは大半を花村と里中においしくいただかれ、悠も代わりに里中の弁当のおかずや花村の買ったパンを貰いつつ、いつもより大いに盛り上がった昼食が終了した。
「ふー食ったー、ごち!」
「おいしかったー、ごちそうさま!」
「ごちそうさま」
 3人三様の合掌が、平和な学校の屋上に広がった。

+++

「やれやれ、この雨まだ明日も続くのかよ…」
 4月28日。4月も残すところ今日を入れて3日で終わりである。悠、花村、里中の3人は、昼ご飯を食べ終わって、特にやる事も無く教室内で授業が始まるまで時間を潰していた。外は昨日からずっと雨が降り続いていて、天気予報によれば昭和の日で世間が休みである明日もこんな状態らしく、30日にやっと晴れる模様である。
「朝から晩までだもんね。さすがにいい加減にして欲しい…休み明けには晴れるんだよね、コレ」
「の、はずだぜ」
 投げやりそうな問答をしていた花村と里中だったが、里中の表情が急にぱっと明るく動き出した。
「あ、そうそう、休み明けで思い出した!雪子、30日から学校来るんだって!」
 朗報に花村も、そして悠も自然と安堵の笑みが零れた。
「お、そうか」
「それはよかった」
「もうすっかり元気だって言ってたし…ホント、よかった」
 無事でいてくれてよかったと里中は感極まって目を潤ませる。悠が精神世界で見た二人の絆はこれからもずっと色褪せることはないだろう。
「お前のテンパリ様はマジで半端無かったもんな。こっちが冷やっ冷やしたわ」
「あー…その節はゴメン。ま、まあ、それだけびっくりしてびびっちゃったんだよ…雪子がいなくなったこと。これからは何があっても動じないんだから!」
「ったく、調子いいもんだ。もうおいそれと目立つ所で噛み付くんじゃねえぞ。あんな態度すんのは俺らの前だけにしとけ」
 花村の里中に対する忠告は少々きつい言い方だったが、叱っていると同時に許してもいる。里中はその点をちゃんと拾い上げたので反論せず素直に頷いた。
「うん、そうしとく…って、ああそうだ!もう一つ報告!」
「今度はなんだ?」
「マヨナカテレビだよ。電源入ってないテレビが動いたの!見えたの砂嵐だけだけど!」
 里中の報告に花村も悠も驚いた。里中は今までマヨナカテレビを見ることが出来なかったはずだ。
「マジでか!?お前、見えなかったんじゃ…」
「それがさ、昨日DVD見てて寝るのがちょっと遅くなっちゃってさ、テレビの電源切ってから見終わったDVDをケースに片付けてる時に…なんかぼうっと光ったからその方見たら、テレビが光ってたの。電源落としたのにだよ!」
「鳴上、昨日見たか?どう映ってた?」
 花村がすぐさま悠に訊ねた。勿論、悠もマヨナカテレビをチェックしていた。助け出す前テレビに映っていた天城の姿はもう映っていなかった。
「砂嵐だけだった」
「俺もだ…間違いない、里中、お前が見たのはマヨナカテレビだ」
 花村が断言すると、里中のテンションがますます上がった。
「ウッソ、あたしにも、見えるようになった?なんで?」
「俺に訊くなよ…けど、ホントになんでだろうな」
 花村が悠に意見を求めたが、より多くの事情を掴んでいる悠にもさっぱりである。
「わからない」
「それも気になるけどさ…でも今、もっと重要なのはテレビに誰も映らなくなったことじゃないか?」
 花村の指摘は極めて重大だ。夜中に雨が降っているからといって、人が絶対に映るわけではないことが判明した。もし仮に、昨日の時点で天城を救出していなければ、天城が映ったかもしれない。ということは、天城を助け出したからテレビには映らなくなったと推測できる。
「そういや、この間は雪子が映ってたって言ってたよね?それに、小西先輩も」
「そうだ。そんで更に言えば、誰かが映らなくても、雨の降る夜中には電源の入ってないテレビが動くんだ」
「え、どうして?映すものが何も無かったら意味ないじゃん?」
「それだ、マヨナカテレビへ映る為の何か理由があるんだ」
「理由?」
「この3人がなんでテレビに映ったのか、共通点があるんじゃないか?」
 花村の推測に悠の思考が走り出す。
 マヨナカテレビには映し出される何かしらの条件がある。テレビの中に入った人が映るのは恐らく確定事項でいいだろう。しかし天城の場合、悠は目にしなかったものの、花村の証言によれば、映り方が不鮮明ながらも行方不明になる1日前にもマヨナカテレビに映った。そして形はどうあれ、テレビの中に入った人が現実世界に戻って来たら映らなくなる。
 失踪前に映るのは何故か。マヨナカテレビは殺人予告ではなく失踪予告装置と推理したが、失踪する条件が満たされたら映し出される、ということではないか。
「俺には理由も無く、無差別に映ったとは思えねえんだよ…今んところ、勘でしかねーんだけど」
 昼の休憩の終了を知らせるチャイムが鳴ったので会話はそこまでとなった。花村の推測のおかげでかなりマヨナカテレビについて考えがまとまった気がする。
 あとはマヨナカテレビがターゲットとする人の条件が推測できれば、誤ってテレビの中へ入ることを防げるかもしれない。この理屈で言えば、マヨナカテレビに映った人はテレビの中へ入れるようになるから――なら、何故自分はテレビの中へ入ることができるようになったのだろう?考えても答えが出てくるはずが無かったので、悠自身今まで敢えてスルーしていた問題が急に浮上した。自分が、自分だけではなくクマもだが、天使だから偶然何かの波長が合致したのだろうと適当に考えていた。しかし一般天使は人工物を通り抜けられない性質なのでそれもおかしな話である。
 マヨナカテレビに映った人がテレビの中に入り込めるようになるというのなら、悠もクマもマヨナカテレビに映ったからということになる。一連の事件が始まる直前まで天界の住人だった自分が、他の3名と違い人間界に存在していたわけではないのに、マヨナカテレビに映るなんてことはあり得るのだろうか?
 或いは、3人がテレビの中に自力で入ったわけではないのかもしれない。悠と同じような力を持った誰かにテレビの中に入れられた。
 クマはどうなのかともかく、花村と里中は自分と一緒に引きずり込まれた感じでテレビの中に入ってしまった。二人とも悠がテレビの画面に吸い込まれていたのを見て大層驚いていたので、自力でテレビの中に入り込むなんて不可能だったに違いない。ということは、悠のテレビの中へ入る能力は、自分以外の他人も巻き込める。
 被害者がテレビの中へ自力で入り込んだわけではなく、他の誰かによって落とされたかもしれない。あまり考えたくなかった推測の方が自然に思えてきて、悠は消沈した。確かに報道番組では殺人事件として騒がれているが、裏事情を知る悠には単純にそう鵜呑みできなかった。そもそも何の為にこんな事をするのか分からない上は、誰かによる仕業とは安易に思いたくなかった。人なんて所詮修羅ごときものだと蔑む天使も少なくないが、悠はそんな風に人を見たくない。
 悠一人で推理していると泥沼に陥りそうだったのでもう少し3人で話し合いたかったが、残念なことにその日の放課後は花村はバイト、里中も天城の所へ寄ると言ったので昼の会話の続きは出来ずじまいとなった。続きは天城が登校してからしようと口約束し、この日悠はそのまま帰宅した。


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ペルソナ小説置き場へ 】【10−3へ

2014/03/29

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