you're forever to me >> 11-1


【 ゴールデンウイーク 】



 今日から5月。特に外へ遊びに出ない、と菜々子が言ったので、悠はこの日クマと一緒にテレビの中へ行くことにした。天気予報によれば、暫く夜間に雨が降らないらしい。今までの例を見て、おかえりボタンの復帰は1週間もあれば十分そうなので、次の雨の夜に誰かがマヨナカテレビに映ったとしてもすぐ使える状態になっているはずである。
 今回の進入口はジュネスの家電売り場、一番大きなテレビ画面だ。天城屋旅館のテレビは、設置場所としては夜間限定で好条件だが、クマが入る度につっかえそうなので敢え無く不適当認定となった。
「およよ、ここ前に来た時と全然違うクマね?」
 前にここから進入した時は稲羽中央通り商店街に模した場所へ到着したはずだが、その時とは周囲の様子が一変していた。
「なんだ、ここ?」
 悠が驚きを隠せないのは無理も無い。前回はそこが室外だったのに対し、テレビ画面からの降下の最中にいつの間にか室内空間へ変貌し、その境で落下速度が緩まった。前回里中と共に落ちた時と同じ感触だ。恐らく翼を広げずとも柔らかく地面へ着地することが出来たに違いない。
 改めて周囲を見渡すと、この空間にははしごや階段があちこちに渡されていて、遠くの方はかすんでよくわからないが、その先は違う場所へ繋がっているように思えた。それらを支えているような鉄骨の柱が垂直水平に、しかし距離や幅は不規則に雑然と組まれている。鉄骨にはあちこちにライトが備わっていて床に向かってライトが照らされて、そして床には奇妙な図柄が描かれている。人が色々なポーズをとっているかのような、人の形をした黒い曲線。しかも一人分ではなく複数ある。これは一体何を意味しているのか。
 悠は何日か前にここの雰囲気と似たような光景を見た。確かテレビ番組だったはず、と記憶を探ったところで、どういう場所だったか思い出した。とあるバラエティ番組を菜々子と一緒に見ていて、出演タレントが番組セットから抜け出して外に出て行くシーンがあり、普段テレビには映らない番組スタッフたちが待機している側が映った。そこが丁度この場所のような飾り気がなく雑然としていた感じだった。悠はもう一つ思い出す。そう言えば生放送だったその番組は、カメラワークのミスなのか、一瞬だけ天井が映ったのだが、無機質な鉄骨や照らされたライト、あちこちから垂れ下がったワイヤー等が、やはりここと同じ風だ。
 とすると、ここはテレビ番組を撮影する為のスタジオを模している空間なのだろうか。テレビの中だけに、そんなジョークでも込められているものなのか。
 眼鏡を外してみるとやはり霧が立ち込めていた。テレビの中は何処も例外なく霧が発生しているようである。
「クマ、ここも場のイレギュラーが発生しているか?」
「いんやー、発生してない。ただ、遠くから今までのヤツが臭ってくる。全部」
「今までの場所とここが繋がっているのか?」
「そうかもー」
 テレビの中の空間は、場所によって外見は様々だが繋がっているようだ。一つの場所が別の空間にあるというわけでは無さそうである。
「なら、辿ってみるか。クマ、まずは最初の場所へ連れて行ってくれ。花村と一緒に落ちた、商店街の所だ」
「オッケークマ。センセイこっち」
 クマの案内で、小西が関わったとされる、中央通り商店街を模した場所へ行くことにした。

「むーん…センセイ、あの建物の中の方からもっときっつい臭いがする」
 前回ここへ落ちた時と同じ場所にやって来て、クマが指差したのはコニシ酒店と看板がかかっている建物だ。二人目の被害者、小西早紀の実家である。前は気を失った花村のそばを離れるわけにはいかなかったので結局探索しなかったが、コニシ酒店の中こそが場のイレギュラーの中心らしい。
「クマ、辛かったら外で待ってていいぞ」
「平気クマ。ここ、この間よりちょっとマシになってる」
「そうか」
 二人で建物の中に入る。薄暗い店内には大きな酒樽が積み上げられ、保冷棚には酒瓶がたくさん詰まっている。床には割れた酒瓶と紙くずが散らかっていた。そう言えば、花村の精神体が攻撃されている時、途中で小西と小西の保護者らしき人物が諍いを起こしていた。もしここがその人物に関係する事象を反映しているのであれば、その名残かもしれない。
「ん?」
 悠はふと、レジスターが置かれている机兼商品ケースを見た。そこに数枚の小さな印刷物がある。
「チケットと…写真?」
 正確には半券が付いたままの映画のチケットと、写真ではなくプリクラ…即席で出来るシール写真だが、悠には何分割もされている小さな写真としか把握できなかった。そんなことよりも目を引いたのは、それに写っている人だ。小西と花村が写っていたのである。悠はそれを手に取ってじっくり見た。分割されている写真には漏れなく花村と小西が映っていたが、一枚一枚二人の顔の表情が同一のものはなく、それぞれ微妙に違うことに気づく。小西の表情はどれも笑顔ではあったが割と一定している。対して花村の方は小西よりもバリエーションが豊富で、焦ったり、困惑していたり、カメラ目線では無かったり…大輪の花を咲かせたような笑顔だったり。
 クマも悠が持つそれを覗き込んだ。
「それ、写真っちゅーヤツね」
「これも…この場所で発生したものなのかな」
「むむむ…いやいやーセンセイ、コレ違う。この写真からコニシって子の臭いがするからその子の持ち物だと思うクマ」
 クマには小西の家にも行かせている。商売をしている家なので営業時間中は出入りが可能だし、人には見えない天使の姿になれば家に上がり込んでも知られる心配は無い。その時に小西の私物を調べて貰っているので、クマにはそれらが小西のものであるかどうかを判別することができる。
「確かなのか?」
「ここでできたモノはみんな霧の臭いがするの。ソレからはしない」
「やっぱりここに落ちたんだな、小西先輩」
 どうしてこれら小西の私物がここに置き去りにされているのかはわからない。ただこれらがここにあったおかげで小西がテレビの中へとやって来た裏づけが取れた。特にこれらやこの場所が血で汚れてもいないので、小西はこの場所で転落死したのではなく、精神を霧に食われて死んだに違いないだろう。
「ん?」
 よく見てみると、写真の一辺が他の辺に比べて一直線になっていない。そしてその辺は他の辺に存在する余白が全く無かった。
「半分…ぐらいに切られてる?」
「センセーイ、それどうするの?持って帰る?」
「うーんそうだな…」
 小西だけではなく花村も写っている写真だし、いずれ花村に渡してもいいかも知れない。どう理由づけて渡すかまでは今のところ全く思いつかないが。
「そのチケットとこの写真、持って帰ろう。何も分からないかもしれないけど、ここに置いたままなのも気になる」
 悠はチケットとプリクラを丁寧に上着のポケットへしまった。
「ここはもう、いいな。一旦元の場所へ戻って、次は旅館のテレビから落ちた先に行ってみよう」
「りょうかーい」

 その後、旅館のテレビから入った小部屋に向かったが、クマ曰くその部屋の場のイレギュラーは強烈な状態のままだった。クマの具合を気遣って早々に退去したが、その部屋に何十枚も貼られていた、顔が破られているポスターの正体が分かった。歌手の柊みすずのポスターだ。ジュネスの家電売り場に、新曲の販促の為に何枚か貼られていたのと同じものである、顔の部分が破られているのを除いて。
 山野真由美が柊みすずの夫と不倫関係にあったことはワイドショーで散々放送されていた。破かれた柊みすずのポスターが所狭しと貼られた部屋は、一人目の被害者である山野に関係している場所である――先程の小西のような物証は得られなかったが、ほぼ間違いないだろう。山野はここに落ちて霧に精神を侵され死亡した。山野が天城を救出した日の悠たちと同じような落ち方をしたのであれば、途中で落下速度が緩み、やはり転落死にはならなかったはずだ。
 そして最後は天城を発見した洋風のお城のような外見の建物へ。先日クマは山野に関係するとされる部屋から直接臭いを辿れたが、この日は全く嗅ぎ取れないと主張した。仕方が無いので一旦今日入った場所へ戻ると、そこからだと嗅ぎ取れるという。
「空間の構成が変わったのか?それとも風向きの問題か?」
「さっぱりわからんクマ」
 ともかく、到着することはできた。建物そのものに変わりはないし、内部構造も同様だ。
「クマ、どうだ?」
「ウン、この前よりももっと臭い、弱まってるクマ」
「そうか。天城を助けたのが大きいのかな」
 このまま場のイレギュラーが弱まれば、人に害を及ぼさないレベルまで落ちてくれるかもしれない。そうなれば誰かがここに迷い込んだとしても霧に殺される心配は無くなる――が、そもそも、どうして人の落ちた所に霧が集まっているのか。いやむしろ反対だ。天城がいなくなった時に旅館のテレビを調べた際、クマは天城屋旅館のテレビから微量の霧を嗅ぎ取った。今思えばそれはそこからテレビの中へ落ちたらしい、山野から発生したものである可能性が高い。霧は霧を呼び、場のイレギュラーを引き起こす。つまり、負の感情を抱いている人が落ちれば霧が呼び寄せられて、そこで場のイレギュラーが発生するという寸法だ。
 人は大なり小なり悩みを持つ生物である。人がここに落ちた時点で、場のイレギュラーが作り出されるのは避けられないのかもしれない。
「センセイ、どうかした?」
「あ、いや、ちょっと考えを整理してた。戻ろうか」
 多くは無いが、新しい推測の材料を拾えたので、元の場所へ戻ることにした。

「ここが、今巡ってきた所の丁度中間地点のようだ」
 各地を一通り回り、元の場所へ戻ってきた悠は所感を述べた。このテレビの撮影スタジオのような場所を基点と考えると、ここからそれぞれの場所への距離感が似ている。
「ココいいクマね。どこに行くのもラクチンだし、いきなしきつい臭い嗅がなくて済むし」
 やって来た人に関係するように、場が構築されている。
 悠にふとそんな考えが過ぎったが、該当半分、非該当も半分だ。山野と小西が落ちたとされる場所にはそれぞれ二人に関係する建物が存在した。そして今日、自分たちがこの世界を探索するにあたって都合のいい場所が存在すればいい…と無意識の内に願っていたとすると、この場所が構築されたのも合点がいく。花村の場合を推測してみると、小西が遺体で発見された日にテレビの中に落ち、頭の中が小西のことで占められていたとすれば、商店街のコニシ酒店前に引き寄せられたのは偶然ではないかもしれない。しかしそう考えると天城の事ばかり考えていた里中の場合はどうなのか。結果的には天城が落ちた近所に到着しているものの、花村の例ほどニアではない。そして天城は、あの洋風の城のような建物とどういった関係があるのか。
 現状では推測するにも限界がある。全て済んでしまった出来事であるし、考えるのは後回しでもいいだろう。
 ジュネスのテレビから来た時は、本当にこのままこの場所がここに固定されれば一番都合がいいんだけどな、と悠は願いつつ、おかえりボタンをポケットの中から取り出す。今日はここまでだ。
 二人は天使の姿になり、現実世界へと帰還した。


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2014/04/19

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