you're forever to me >> 11-3


「あ、おはよ」
 ゴールデンウィーク初日。朝、身なりを整えて悠が居間へ行くと、菜々子は今日もテレビを見ている。
「おはよう」
 とりあえずパンでも食べておこうかなと悠が台所へ移動しようとした時、来訪者を知らせるチャイムが鳴った。誰かが来たようだ。
 扉を開けて出迎えると、そこにいたのは里中だった。
「おー、よかった、居るじゃん」
 そう言えば休み前、雑談中にゴールデンウィークの予定を訊かれて、1日目なら家に居ると伝えていた。それで様子を見に来たというわけか。
「ね、今日ヒマなら遊び行かない?雪子も来るし」
「ああ、うん…」
 誘われたものの、4日と5日の旅行がキャンセルになったのは昨日の今日だ。堂島から頼まれているのもあるし、意気消沈している菜々子と一緒に居るつもりの悠は即答できなかった。ところが次の里中の提案に悠は救われることになる。
「菜々子ちゃんも一緒に行く?」
「え、えっと…」
 菜々子は戸惑っている。いきなり見知らぬ女の人から勧誘を受けびっくりしたのと、小さな自分が大きな人たちについて行ってもいいのか。そんな葛藤でどぎまぎしているのだろう。悠は菜々子が決断しやすいように後押しをしてやった。
「一緒に行かないか。それとも、テレビの方がいい?」
「う、ううん、行く!」
「オッケー。すぐ、出れる?」
 菜々子を連れて、悠は里中たちと遊びに行くことにした。

 集まった先はジュネスのフードコートだ。バイト中の花村や、家の手伝いを切り上げて来た天城らと合流した。
「ゴールデンウィークだってのに、こんな店でじゃ菜々子ちゃん可哀想だろ」
 目新しくない上にいつでも来れるじゃねーかとぼやく花村に、里中が仕方が無いだろうと言わんばかりにむくれる。
「だって気軽に集まれそうなトコ、市内は他無いじゃん。沖奈まで出るの面倒だし、混んでる電車乗るまででヤになりそーだもん」
「ジュネス、だいすき」
「な、菜々子ちゃん…!」
 満面の笑みを湛えて菜々子がジュネス愛を口にすると、関係者の花村のみならず、この場に居る全員の表情が思い切り緩んだ。間違いなく菜々子から発生しているだだ漏れの良いオーラに当てられている。負の感情を緩和するだけに終わらず、人の心を幸せにするオーラだ。
「でもほんとは、どこかりょこうに行くはずだったんだ。おべんとう作って」
 そう言って少し寂しそうする菜々子。悠が叔父の仕事の都合でそれが流れた事を補足する。友人たちは口々に残念だねと菜々子に慰めの言葉をかけた。
「お弁当、菜々子ちゃん作れるの?」
 天城が問うと菜々子は首を振って、悠の方を見た。全員の視線が悠に集まる。
「へー、家族のお弁当係?すごいじゃん、“お兄ちゃん”」
 里中は特に深く考えず悠を茶化したが、菜々子は里中の言葉に目を大きくした。
「お兄…ちゃん」
 呟いた菜々子と目が合う。心なしか菜々子の頬が段々紅潮していっているように見える。
「へー、お前、こないだのアレ以外にも料理できんだ。確かに器用そうな感じあるけどさ」
 この間のアレとは、悠が学校へ持参した弁当に入れた豚の生姜焼きのことである。あれから料理は作っていないので、まだ調理したのはそれ一品だけだが、何故か自分は料理が出来ると話が膨らんでいっている。
「あ、あたしも何気に上手いけどね、多分。お弁当ぐらいなら、言ってくれれば作ってあげたのに、うん」
 自信があるのか無いのか、里中の不明瞭な申し出に、花村が即座に突っ込む。
「いっやー…無いわ、それは。お前って見栄っ張りだったの?」
「なんでムリって決め付けんの!?んじゃあ、勝負しようじゃん」
「ムキんなる時点でバレてるっつの…てか勝負って、俺作れるなんて言ってねーよ?あ、けど、不思議とお前には勝てそうな気がするな…」
「あはは、それ、分かる」
「ちょ、雪子!?」
 本気半分冗談半分の花村の挑発に、天城が肯定するように笑う。天城は里中の料理の腕前を知っていて反応しているのだろうか。そして里中の、出来ないのに出来る申告をしてしまう心理とは何なのだろうか。
「じゃあ、菜々子ちゃんが審査員かな。この人ら、菜々子ちゃんのママよりウマイの作っちゃうかもよ〜?」
 花村の発言に悠の動きが凍る。菜々子の母はすでに存在しない、その事をこの場で知っているのは菜々子と悠だけだ。日常会話の中で母の弟に当たる人と小学生の従姉妹と暮らしていることは伝えてあったが、その家庭事情までは訊かれなかったので話してはいない。
「お母さん、いないんだ。ジコで死んだって」
 菜々子は母がいないことを淡々と伝えた。今度は全員の動きが止まる。
「ちょっと、花村…」
「そ、そっか…えっと…ごめん、知らなかったからさ…」
 気まずそうに花村は謝った。事実を知らなかった花村に直接的な責任は無いが、どうしても場の雰囲気が沈む。菜々子は暗くなった流れを吹き飛ばすように気丈に振舞った。
「菜々子、へーきだよ。お母さんいなくても、菜々子にはお父さんいるし。…お兄ちゃんもいるし」
 菜々子は嬉しそうに悠の方をチラリと見た。今まで菜々子から面と向かって、何かしらの名称で呼ばれたことは無かった。お兄ちゃん、と菜々子から純粋な笑顔を向けられて、悠は自分の胸が高鳴るのを自覚する。
「今日は、ジュネスに来れたし、すごい、たのしいよ」
「…そ、そっか」
「お姉ちゃんたち、いつでも菜々子ちゃんと遊んであげるからね!」
「うん、遊ぼう」
 すっかり場が和やかさを取り戻し、悠はほっとした。最早オーラがどうこうという問題ではない、キラキラと輝いた菜々子の笑顔の威力は本物である。
「よし、菜々子ちゃん。一緒にジュース買い行くか!」
「うん!」
 花村は菜々子を連れて売店へ向かった。
「小さいのに、えらいね…」
「意外とウチらの方が、ガキんちょだったりして。よしッ、あたしも菜々子ちゃんになんかオゴってあげよ!」
 里中と天城は菜々子に対して心から感心している。二人も売店へ向かった。
「お兄ちゃん、なにかいるー?」
 程なく菜々子がこちらへ戻ってきて、何か欲しいもののリクエストがあるか悠に訊いた。菜々子は屈託の無い笑顔を見せている。一緒に売店へ行く為に悠は席から立ち上がった。
「お兄ちゃん、たこやき、半分こでいー?」
 菜々子が笑顔でいられる為に、今自分が菜々子にしてやれるのは、出来る限り菜々子のそばに居ることである――神から課せられた任務の為ではなく、菜々子自身の為にだ。

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「先頃、稲羽北のATMが重機で壊され持ち去られた事件で、容疑者逮捕です。逮捕されたのは、重機盗難を届けていた会社の元作業員プメナ・スシン容疑者、26歳です。警察の調べによりますとスシン容疑者は…」
 連休が始まる前に起こった事件の続報がニュースから流れてきた。容疑者が逮捕されたらしい。
「ただいまー」
 堂島が帰って来た。いつもより少しだけ帰宅時間が早い。もし、堂島が先のニュースの事件の担当をしていたとして、事件が無事解決したからだろうか。部外者である上に子供の立場である悠が訊いたところで返答が得られるとは思えないので憶測止まりである。
「…ったく、病欠で何日空ける気だ…ほんっと最近の若いのは…」
 愚痴愚痴ボヤきながら堂島が居間へ入ってくる。堂島にしてもせっかくの休みを潰されたのだから気分がいいはずはない。
「おかえりなさい!」
「…菜々子、悪かったな、また約束破っちまって…」
 堂島が済まなさそうに、菜々子に謝ると、菜々子は首を振ってニッコリ笑う。菜々子は悠の方を一旦見て、また堂島の方を向いた。
「あのね、お兄ちゃんたちがあそんでくれた」
「そうか。…ありがとうな」
 菜々子が満面の笑みで報告すると、堂島は悠に礼を言った。菜々子の嬉しそうな顔が、家族旅行に勝る思い出になったのを物語っている。
「大したことは、してないです」
「謙遜しなくていい。菜々子を見りゃわかる。本当にありがとうな」
 菜々子の落胆した姿を想像していた堂島としては、悠の存在が非常にありがたいのだろう。もう一度心から礼を言った。
「あ、ジュネスの袋!なに?」
 菜々子は堂島の持っていた、“JUNES”と印字されている紙袋を目敏く見つけた。
「はは、もう見つかったか。ま、今日は5月5日だからな。菜々子にプレゼント買ってきたんだ」
「やったーっ!!」
 5月5日は端午の節句。現代では子供の日とも言われ、子供の人格を重んじ、子供の幸福をはかる日とされる。菜々子はウキウキした様子で紙袋の中から品物を取り出した。
「あー、服だ」
 菜々子の手によって開けられた袋から出てきたのは、菜々子の体型に合わせたTシャツだった。中央に何かがプリントされている。目がありくちばしのような図柄が印象的だが、悠には何をモチーフにして描かれているのかわからなかった。
「選ぶのにえらい時間くったけどな、ハハ。気に入ったか?」
「なんか、ヘンな絵がかいてあるー。へんなのー、あはは、やったー」
 菜々子にも何なのか分かっていない様子だが、面白さから単純に喜ぶ菜々子の横で、堂島はもう一つ持っていた袋を悠に差し出した。
「それと、お前にもあるんだ。子供扱いってつもりは無いが、まあ公平にな」
「あ、ありがとうございます」
 自分が堂島の子供になった意識が未だ全く無く、てっきり話は終わったと特に何も構えていなかったので、悠は少しびっくりしつつ受け取った。袋から中身を取り出して見てみると、丈が短いズボンが出てきた。いや、普通のズボンとは材質がかなり異なる。
「これは?」
「まあ、とっとけ。そのうち要るだろうと思ってな。海はちっと遠いが、川ならあるからな。そのうち、水遊びの機会でもあるだろ。着て行けよ?」
 堂島の話を推察するに、水遊びする時に着るものらしい。つまり、普段着として着るものではないらしい。うっかり穿いてしまわないように気をつけなければならない。いずれにせよ、膝上辺りまでしか丈の無いそれを穿くには、今まで長ズボンしか穿いた事の無い悠には、まだその感覚に追いつけない。
「さて…じゃ、メシにするか」
「うん!」
 菜々子が冷蔵庫からおかずを取り出し、悠が温めるべきものを電子レンジに入れる。堂島はインスタントの味噌汁に注ぐ為のお湯を沸かした。丁度ご飯が炊き上がったようだ。大分この家庭のリズムが掴めてきたなあと悠は思わずしみじみする。ほとんど何もわからない状態でやってきたが、意外と何とかなるものだ。
 ゴールデンウィーク最終日、楽しい団らんの時を過ごした。


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2014/05/03

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