you're forever to me >> 12-1


【 フレンドシップ・エチュード 】



「あ〜…なんでもう終わりかな、連休…」
 ひたすら長く思えた授業が終わった放課後、帰宅前の談話。連休が続いた後の学校はどうしてこうもダルいのかを力説していた締めに、里中が盛大にため息をつきつつ誰もが思っているであろう心情を代弁した。
「けど、平和で良かったじゃん?ジュネスでバイトしてると、おばちゃん層の噂話聞けるけど、何も起きてないみたいだしさ。誰かが失踪、みたいな話は無し…もしかして、天城で終わりなのか?」
「終わりだったらいいけどな」
 花村から意見を求められて、悠は願望を含ませて答えたが、予知できる能力を与えられている極少数の天使ならばともかく、一般天使ごときが未来を見通せるわけはなく。
「う〜ん…」
「分からない。でも私が誰かに連れ去られたとして、その犯人がまだ捕まってない以上、安心は出来ないと思う」
 天城の行方不明が家出ではないのが確定した今、誘拐犯が存在する。人の目には見えない存在の仕業である場合は天界の出番となるケースもあるが、余程事が重大にならない範囲は基本的にノータッチだ。天界からは未だこの件について何の音沙汰もない。人が起こした事件は人の手で解決しなければならぬ――それが太古から続く神の意思である限り。
「雨が降ったら、また誰かがテレビに映ったりすんのかな?結局ソレ待ちしかできないってワケか」
「こうなると、ジタバタしてもしょーがないじゃん?天気、そろそろ崩れるらしいけど、あたし的には、来週一杯もってくんないかな…来週…中間テストじゃん?」
 里中が憂鬱そうに来週の行事を言うと、花村は里中を上回る憂鬱さをかもし出した。
「あー、言っちゃった…それ、考えたくねぇぇー」
「ハァ、あたしも雪子みたく天から二物を与えられたいよ…ねー、花村もテスト苦労してんでしょ?雪子に色々教わった方がいいんじゃない?」
 里中は天城への羨ましい気持ちのついでに、自分と同じように成績で苦労している花村に対して、成績が優秀な天城に勉強を教わればと思い付きを口にした。
「ん?あー、そう言や天城、学年でトップクラスだもんな。個人レッスンたのんじゃおうかな」
 里中の提案を受けて、花村も軽い気持ちで天城に依頼してみたが、天城は予想外の過剰な反応を示した。
「こっ、個人レッスン!?」
 復唱した天城の声は上擦り、一瞬で頬に朱が差し、その次には花村に向ける目付きが明らかに変わった。
「え?どしたの?」
 天城は隣に居た花村との距離を詰めるや否や、花村の左頬にビンタをお見舞いした。物凄くスナップが利いていたのか、教室中に乾いた、とてもいい音が響いた。
「い、いて…そんな叩くとこですか?勉強、教えてって言っただけなのに…」
「あ、ごめん…勉強か…」
 一体天城は“個人レッスン”を、どう勘違いしたのだろうか。一対一もしくは少人数での学習と言っただけなのに、目くじらを立てた理由が悠にはわからなかった。しかし異性間で一対一というのは相手によっては同性間以上に抵抗を感じるものかもしれない。
 いや、それどころか花村に関して言えば、先日図書館で一緒に勉強した時に、悠がいなかったら勉強する気になどなれないとまで――そこで悠は気づく。今普通に天城へ頼んでいたな…勉強教えてって。
「“オヤジギャグ”なのかなって…最近変なお客さん多いから…」
「ギャグと思ったなら、なおさら流せよ!つか、今のどこにギャグの要素あった!?」
「ごめん、手が勝手に…」
 天城が謝罪したので花村としてはそれ以上追及する気が無くなったらしい。代わりに里中へと矛先が向いた。
「やれやれ…て言うかコレ、里中が勉強教えてもらえとか、要らんコト振ったからじゃね?」
「な、なんで、あたしのせいになんのよ!?あんたが“個人レッスン”とかビミョーな言い方すっからでしょ!フツーに言えっつの!」
「なっ…十割俺かよ!?」
「あ、私、そろそろ帰るね。いい加減勉強時間増やさなきゃ」
 天城は言い争う二人を余所に、マイペースを保ったまま荷物を持って退席した。
「大体そんな言い方、どっから仕入れたら出てくるワケ?どうせロクでもない情報源なんでしょ?」
「るせぇな、得たボキャブラリーは実践しなきゃモノにはなんねーんだよ!」
「だからって実践する神経がわからんわ!そんなんだからアンタはガッカリだってんの!」
「ガッカリって言うな!自分が一番わかってるわ!」
 放っておけば二人の言い合いは延々続きそうだが、悠には止める気力が沸いてこなかった。何となく先程花村が天城に対して、気軽に勉強の頼み事をしたのが頭から離れない。別に花村が教わるのは必ずしも自分でなくとも良かったんだと知ったからだ。自分だけを頼っていたわけではなかったのだと、花村の期待に応えようと張り切っていた部分が呆気なく穴が開いて、悠の気が抜けた。
 そういえば今日は学童保育のバイトができるはずだと、悠はぼんやりと思い出した。もう学校を出ようと、二人に一言声をかけて、この場を立ち去るつもりだった。
「あの、二人とも…俺かえ」
 別に了解は得なくていいだろう、どうせこちらに気づいていないだろうし…言いかけた離脱宣言は途中で遮られた。
「「何!?」」
 言い合い真っ最中の二人が、しかも同時に、悠へと顔を向ける。よもやこちらに意識を向けられるとは思っていなかったので、悠はたじろいで一歩後退した。
「あ、いや…俺帰るから。ごゆっくり」
「「止めろよ!!」」
「えっ?ええっ!?」
 思わぬツッコミに悠は更に仰天した。それにしても花村と里中の見事な声の重なり様だ。
「せめて止めてから帰ってよ!このまんまじゃずっとコイツと言い合い続くじゃん!イヤ過ぎる!」
「んな…そりゃこっちの台詞だっつの!てか鳴上、予定無いなら一緒に帰ろう!なっ?」
「予定が無いわけじゃないけど…途中までなら」
「おっしゃ、すぐ出る準備すっから。あ、里中、お前部活のミーティングあるとか言ってなかったか?」
「ああ、うん…って、ヤッバ、もうこんな時間じゃん!すぐ行かなきゃ!んじゃね鳴上君!」
 里中は鞄を掴んであっという間に教室から出て行ってしまい、挨拶を返す間もなく去られて残った二人は数秒間呆然としてしまった。
「教えてやったのに俺スルーかよ…まいいや。お待たせ、行こうぜ」
 あれ程険悪だった雰囲気がものの数十秒で解消され、教室が平和な空間に戻った。残っているクラスメイトたちもやれやれといった風に、他へと意識を飛ばし始める。大分注目されていたようだ。悠と花村は示し合わせたように大きく息を吐き、共に教室を出た。

「予定って?」
 学校の正門を出てすぐ、花村は悠にこの後の予定を訊ねた。悠は先程思い出した用事をそのまま告げる。
「学童保育のバイト」
「そっか。俺も商店街寄って帰ろっかな。んじゃバス停まで一緒だな」
「用事あるのか、商店街に」
「んー、今作った。せっかく一緒に出てきたんだし、暫くしゃべりながら歩きたかったから」
「そうなのか」
 明日も学校があるのだし、自分たちはしょっちゅう一緒に居る。自分と合わせる為にわざわざ用事を作らなくてもいいのでは、と悠は楽しげな花村を眺めながら不思議に思う。そんな悠の微妙な視線に気づいた花村が少し焦って訊ねた。
「え、もしかして迷惑だった?」
「そんなことはないけど」
「けど?何?」
 花村は不安げな目で悠に続きを促したが、悠はきょとんとした。その続きなんて無いからだ。
「いや、そんなことはない、だけ」
「終わりかよっ!?“けど”で終わられたから、ホントに都合悪いんじゃないかとか思うって」
「ああ、うん」
「なんか、様子おかしくね?」
 何となく歯切れが悪い様子の悠に、花村は悠の顔を心配そうに覗き込んできた。
「俺?」
「ぼんやりしてるっていうか」
「そうかな?」
「そうかなって…あ、考え事でもしてた?もしかして、それで…一緒に帰んのがイヤだったとか?」
 悠の都合を考えずに一緒にくっついて帰ろうとしたのを迷惑に思われたかもしれないと、一旦は過ぎ去った焦りが花村にまた戻った。顔色を変えてしまった花村に、悠は態度が悪かったかもしれないと内省し誤解を解きにかかる。
「嫌じゃない。考え事…ではないと思う。ただ…一日終わって気が抜けただけ、かも」
 実際は先日と先程の花村の言動の不一致について考えていたのだが、本人に向かって言う内容としては不適当な気がしたので誤魔化した。気が抜けていたのは確かであるから嘘ではない。悠の弁解を聞いて、花村の顔から焦りが引いた。
「まあ、連休明けだもんなあ…あー里中のせいでヤなこと思い出したし。あ、そうそう、また勉強教えて欲しいんだけど、お前の都合いい日ある?つっても、もうほとんど日が無えけどさ」
 悠の中の議題であった勉強会の件について、いとも簡単に花村から希望され、悠はいよいよ複雑な気分になってきた。別に都合は悪くないのでとりあえず了解する。
「いつでもいいけど」
 週が変わって月曜日から試験だ。明日と明後日しか無い。花村は2、3秒考えた後、提案した。
「んじゃあ、明日。できたら日曜も…って言いたいところだけど、さすがに休みの日は自分のペースで勉強したいよな。だから明日の放課後、付き合って」
「いいよ。日曜も構わないけど…」
「え、いいの!?」
「けど、二日も続けて俺が相手である必要はないんじゃないのか?」
 思っている疑問を相手に問わずにはいられない。それが悠の長所であり、時に欠点だと釘を差された時もある。胸の中にたまりつつある鬱屈感を自覚しないまま解消したいと願った結果かもしれない。
「へ?」
「当てがあるんなら他の人に頼めばいいんじゃないか?」
 悠の勧めに花村はポカンと口を空け、次には全力で否定してきた。
「当てなんて無い無い!」
 あんまりにも花村が必死だったので悠は一瞬呆気に取られたが、何とか飲み込まれずに先程の教室での会話の内容をなぞってみた。
「でも天城には頼んでいたじゃないか。もう一度頼み直せば意外と了解するかもしれない」
「意外と…ってお前もさり気にグサっとくるね!」
「あ…ゴメン」
 悠に花村を貶める意図は全く無かったが確かに失言だ。丁寧に依頼し直せば聞き入れてくれるのではないかというつもりで持ちかけてみたが、これでは絶対に断られるのが前提と取られてもおかしくない。花村のことだからきっと、悪い方に捉えたのだろう。
「いやいや、別にそんな真面目に謝らなくていいから。俺的につっこんどくポイントなだけだから」
「けど、ちゃんと勉強する気を伝えたら、天城だって応えてくれると思うぞ」
 失言に対するフォローではなく、悠は打開策を誠実に訴えたが、花村は苦笑いを浮かべた。
「頼み直してもムダだって。そもそも俺相手…ってかヤロー相手に、あの天城がマンツーマンで勉強教えるシチュエーション自体があり得ないんだって。天城越えの難度なめんな」
「そうなのか」
「里中がああ振ってきたら、ほっとんど社交辞令で頼んでみただけだって。端っから相手にされると思っちゃいなかったし。万が一でもオッケー貰えたら超ラッキー…むしろ一生分の幸運使い果たす勢いだぜ。普通に断られるどころかビンタまで食らうとは思わなかったけどな…」
 さすが俺、運の無さにかけては天下一!と頬をさすりさすり、花村はヤケクソ気味に嘆いてみせ、短い空笑いが終わったところで真顔に戻った。
「でもま…仮にオッケー貰えたとしても、集中できなくて呆れられて、よくもって2時間てとこだな。天城に限ったことじゃなくて、他の誰かだとしても。んで、二度目は無い」
「なんで、そんな」
 断定するように言い切ってしまえるのだろうか。先日は悠相手で部活動をしていない生徒の最終下校時刻である18時までの約2時間半、物凄く集中して問題を解いていた。
「俺ホラ、見てのとーり落ち着きねーし、大体愛想尽かされるんだわ。まだ都会に居た時に、何人かで集まって何度か勉強会とかやってみたけど無理だった。しまいにゃ言われんの、お前来んなって」
「その話鵜呑みにはできないな。この間はずっと一生懸命だったじゃないか」
 鵜呑みってこんな使い方で合ってるかなと脳内で答え合わせしつつ、悠は過去の事実そのままを口にした。瞬間花村は動揺を見せ、隣を歩く悠にも聞こえるかどうかの小声で理由を零す。
「そりゃその…お前には愛想尽かされたくなかった、から」
「えっ?」
 愛想の意味を思い出す。確か一つ目の意味が“人に接するときの態度。また、人当たりのいい態度”で、“二つ目の意味が人に対する好意、信頼感”だ。今の場合に適応するのは恐らく二つ目の意味だろう。それから派生したと思われる熟語“愛想を尽かす”は、“あきれて好意や親愛の情をなくす。見限る”とあった。
 自分に呆れられたくなかった、そういうことなのか。
「いやいやその前にっ…お前の教え方がすげ、俺に合ってて、俺のやる気スイッチを押してくれたんだ、ウン」
 前言を隠すように、花村は声のボリュームを上げた。だけど教え方がいいから、とはこの前も聞いたから、言われて誇らしい気持ちには変わりないが、悠の中ではインパクトはそれなりだ。やはり今は、愛想を尽かされると言った花村の心境が気になる。
「それじゃあ、たまたま俺と勉強するのが花村には合ってたんだ。俺の教え方がまずかったら、花村の方が俺に愛想を尽かしてたかも知れないな」
「それこそぜってー、無い!」
「え?」
 丁度到着した商店街のバス停で、今日一番の花村の大声に悠は立ち尽くす。教室で里中と言い合いしていた時、険のある怒鳴り方であったが、今のを聞いた後ではまだボリュームは押さえていたように思えた。一方の里中は遠慮の欠片もなく叫んでいたがそれはともかく。
 眉間にしわを寄せた花村の表情は、怒りではなく思い詰めたもののようだ。
「俺さ、ホントめちゃめちゃ浮かれてんだよ…お前の存在に。こっちに来て友達らしい友達っていなかったし、ジュネスって色眼鏡かけずに会話してくれるのって、今んところお前だけなんだよ。そりゃ里中とか何人かは上手くやれてるかもだけど、この町に元から居るヤツらと話してたらやっぱどっかで出てくんだよ…ジュネスと商店街の比較話ってのが。大半は冗談だけど、何も思わないでいられるほど、俺強くねーし」
 言葉を選びながらポツリポツリと紡がれた話の終わり頃、花村は完全に俯いてしまった。精神世界で見聞きした花村の傷ついた心。それは根深い。まだまだこの町に居る限りは現在進行形であり、更に侵食されてしまう恐れだって多分にあり得るのだ。
「あー、重い、重た過ぎる!重い話ムリキライシンドスギ!ハハ、ゴメンな、わけのわっかんねーことばっか言って」
 自分で沈めてしまった雰囲気を自ら力技で持ち上げ、花村は悠に笑いかけた。悠には花村にかけてやるべき上手い言葉が咄嗟に思いつかなかった。自分自身を、そんなに苦しい顔をしながら悲観しなくていい、と。
 程無く学童保育の場所へ行くバスがやって来た。結局悠は花村に何も言えないままバスに乗り込む。
「んじゃあ、とりあえず明日はヨロシクな!」
「わかった、また明日」
 バスのドアが閉まるまでの数秒間、自分は花村に違和感の無い笑顔を作れていただろうか。後半ろくな反応を返さなかったのでひょっとしたら花村に“愛想を尽かしている”と誤解されているかもしれない。一方でそこまでは考え過ぎかとも思う。
 花村は自分を卑下し、比例して他人のいい部分をおだてる傾向にある。それが自分の心を守る為に身につけた処世術というものなのかもしれないが、せめて自分にはそんなことしなくてもいいと悠は花村に伝えたくなった。花村が、悠に対して“愛想を尽かされたくない”と必死に訴えかけてきたように。
 いつの間にか、悠の胸の内に発生していたちっぽけなもやもやは霧散していた。


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2014/05/10

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