you're forever to me >> 12-2 | |
「っはああああー…さすがに頭ん中が飽和状態…」 土曜日は午前中で授業が終わるので、悠と花村の二人は午後から規定の最終下校時刻まで、みっちりと図書館で試験勉強をしていた。下校を促すアナウンスが流れ、ひそやかな緊張感が保たれていた図書館内にもざわめきが発生する。花村の盛大なため息もそのざわめきに合流した。 「途中トイレ休憩一回挟んだだけで、こんなに勉強したの高校受験以来…いや、受験ん時でもここまではしなかったわー…一時間毎にマンガ休憩してたもんな」 「それが本当なら、今日の花村は別人のようだな」 教科書類やノートを鞄に入れながら悠は花村に率直な感想を述べた。 「や…わかる勉強ってこんなに面白いモンだって、初めて知ったっつーか。だから集中力今まで持ったんだよ。教え方上手いお前のおかげ。ホント助かった」 ニヘっと嬉しそうに笑って花村は悠に感謝の意を示した。人から感謝の意を伝えられるととても嬉しいし、そこに偽りの無い表情が伴っているともっと見てみたいと思う。 下駄箱から正門へ、その途中は水浸しだ。日中、激しい雷雨に見舞われていたせいである。夕刻をまわった今、傘は必要であるものの大分小降りになっている。 「そういえば、なんで勉強しようって気になったんだ?」 学校を出て帰り道、悠はなんで今まで気にならなかったのか不思議に思えるぐらいの、花村の勉強の動機について根本的な疑問が浮かんだ。 今まで日々の会話で勉強嫌いを公言していた割りに、今回の試験勉強は非常に頑張っているようだ。過去の花村の試験勉強における態度がどの程度なのかは知らないが、授業中の様子を知る限りは全く熱心ではない。しばしば居眠りをしているのか、授業が終わった後にノートを見せてくれと頼まれること早二桁に乗る回数。 「いやだから、今回は勉強教えて貰えそうなお前がいたから…」 「それは聞いた。でもそれ以前に成績をどうにかしたいと思ったからだろ?その辺の理由」 「あー、それ。それ訊いちゃいますか」 花村はわざとらしく明後日の方向を向いてみせた。 「どうした?」 「自分の時間割いて俺に教えてくれるお前に聞かせるには…動機が不純過ぎて。ぜってー、呆れられる」 だから言えない…と結んだ花村は、本気でびくついてるようだ。そんな風に黙秘されてば尚更訊きたくなるのが好奇心というものだ。どんな理由がそこに存在するにせよ、花村はよく頑張っているのだから胸を張ればいいと思うのだが、恐らく悠に対しての申し訳ない気持ちの方が先に立ってしまっているのだろう。 では自分が悪者になれば、花村は理由を言わざるを得なくなる。悠は一計をめぐらせた。 「なら、時間を割いて教えてる俺が訊く権利はあるかな」 「おまっ…その言い方、なんかヒキョーだ」 「ふふ」 効果はてきめんだ。花村は苦々しく唇を尖らせた。こちらの優位を押し付ける言い方に少し罪悪感はあるが、悠だって頑張る花村の内面を知りたいのだから仕方が無い、と開き直る。 「お前、段々遠慮が無くなってきたな!いやそれはそれでいい傾向だけど!」 「っ?」 遠慮が無くなることがいい傾向とは一体…と考える前に、花村が話を戻してしまったので悠もひとまずそちらに意識を向ける。 「でも正直スルーして欲しかったぜ…もうホント、モノに釣られてやってるだけかよって話だし」 「何か欲しい物があるのか」 悠が柔らかく訊くと、花村は悠の方をチラリと見た。そこに嘲笑や侮蔑といったものは存在していない。それに花村は安心半分、反面すまなさも沸いてくる。 「バイクがさ、欲しいんだよ」 暫く逡巡した後、ようやく花村は観念したように理由を言い始めた。 「バイク?」 「今日からチャリ乗ってきてねーだろ、俺。田舎だからってついつい飛ばし過ぎるから、直しても直してもガタくんの異様に早くて…もうマジでオシャカ寸前でさ」 言われてみれば昨日登校途中で出会った時、自転車から発せられる異音が凄まじかったのを記憶している。乗っている最中に分解してしまうのではないかと変な心配をしてしまう程に。 「バイト代貯めて、バイク買おうって決めて。んで、一応そのことを親に言ったんだよ。いくら自分で稼いだ金で買うっつっても、黙って買うのはどうかと思ったからさ…したら、成績上げろって」 そこまで言って、花村は暗くため息を吐いた。自業自得なんだけどさーと、付け加えた反省は、分かってはいるものの納得はしかねるといった口調だ。 「1年の学年末テストが散々だったんだ…マジでギリッギリ進級できたレベルで。普段そんなにうっさくはねーんだけど、さすがに親もブチ切れてさ。本当は春休み中に免許取るつもりだったんだけど、バカに取らす運転免許なんてあるかーって全力で却下されたワケ。新学期始まってチャリも本格的にぶっ壊れてきたし、ダメ元で今回の中間試験を判断材料にしてくれって掛け合って、それをなんとか聞き入れて貰い…今に至る」 「なるほどな」 親の意向を無視しないのはいい心がけだと思う。昨今、天使は任務上親に善く従う子供たちよりも親不孝な子供たちの方が接触する機会も多い。“死”という結果を迎えた子供たちの魂を誘導するからである。自分の子供を御せない大人にこそ問題があるのかもしれないが、思い上がり過ぎた者には相応の罰が直接本人にくだるものである――神の意思による淘汰のひとつの形として。 以前面倒臭そうに親は関係ないと花村は言っていたが、それはあくまでジュネス絡みの件だけであり、きちんと親に従える普通の高校生だ。 「なんつーか…ゴメン」 「なんで謝るんだ?」 「いやだって、呆れたろ?目先の利益ん為丸出しで、挙句お前の勉強邪魔するように泣きついてんだから」 自分で言っててマジ情けねえ、と花村は頭を垂れる。悠から、というよりも誰かから勉強を教わること自体を後悔しているようにも見えた。 「理由がどうあれ、成績上げる為に頑張っているんならそれでいいじゃないか。頑張らないで諦めるより余程いい」 「でも…」 「俺も一人で勉強するより、そばに誰かがいた方が張り合い?が出た。人に教えながらだとより深く復習できたし、花村のおかげで俺の為になったよ」 「フハハ、暫くぶりに出た、お前の語尾上げ!」 「あ…い、いちいち言わなくていい」 使いどころが合っているかどうか迷う単語を言う時、疑問系になってしまうのは相変わらずだ。花村に茶化されて悠は恥ずかしくなり、少しむくれ調子になってしまった。 「とにかく、頑張ってる花村を呆れなんてしないし、努力をしないのとは比べ物にならないんだから謝らなくていい」 「そっか。ウン、そうだよな。頑張ってんのは確かだし…そう思うことにする。ありがとな」 丁度、分かれ道に差し掛かって立ち止まり、花村は悠に向かって破顔し、悠も釣られて微笑んだ。いい笑顔は伝播するものだ。 「ところで、明日は?」 花村が希望するなら明日の予定も決めておかなければならない。ただひとつ、悠は明日中にしておきたい事があった。 「え、いいの?」 「午後からなら。明日朝は携帯電話買いに行くつもりでいるから」 買いに行く暇があまり作れなかったのと、暇があってもそれ自体を失念してしまう日を量産してしまっていた。今度思い出した時が暇なら買いに行こうと決めていたものの、思い出したのが中間試験直前の今日の話。試験問題がどのようなものなのか見当がつかないが、正直現代文と古典以外の教科については天界で学んでいたおかげもあってわからない部分が無く、いい意味でこれ以上勉強しても無駄な状態に達している。国語教科についても教科書の範囲ならすでに万全だ。 半日を勉強以外に当てても問題は無いだろうと判断して、決意通り携帯電話を買いに行く予定にしたのだ。 「お、いよいよ買うのか!それ、俺もついて行きたい!」 「勉強はいいのか?」 花村が自分のことのように目を輝かせて悠のお供を志願したが、悠としては花村の勉強を阻害しているようで気が咎める。 「今日こんだけやったんだ。息抜きにゃ丁度いいぜ。そん代わり、今日の晩もうちょっと暗記モンの勉強しとくかな。あ、ついて行ったら邪魔?」 これまでの雑談でどの機種がいいか、花村にはあれこれ相談に乗って貰っていたし、手慣れていそうだ。正直、人間界のルールについて疎い天使一人では、契約内容を理解できない場面に遭遇する恐れもありそうなので、素直に同行をお願いすることにした。 「ううん。むしろ歓迎。手続きとかやったことないから、フォローしてくれたら助かる」 「おっし、決まりだな。んじゃあ、俺と同じキャリアだから、沖奈まで行かなくても市内に店舗あるしそこ行けばいいな。朝10時にここ待ち合わせで、昼はどっかで食べてその後は…お前んちで勉強ってのはどう?」 「ウチ?」 どこで勉強するかまでは悠の頭には無かった。明日は日曜日で学校は閉鎖している為図書館は使えない。市内に図書館施設は無く、手っ取り早く静かな場所が確保できそうなのは互いの家となる。 「迷惑かな?明日親父が珍しく来客あるってんで、俺んちだと落ち着かねーんじゃないかと思って」 「ウチは別に構わないと思う。菜々子はいると思うけど邪魔するような子じゃないし、叔父さんは基本的に日曜日は出勤してるから」 「よっしゃ、それでいこう。あ…勝手に決めて悪い。なんか都合悪い点あったら」 明日の話がとんとん拍子にまとまったが、花村が一旦ブレーキをかける。悠の都合なのに自分が仕切ってしまった点を気にしてしまったようだ。しかし悠に異存など無かった。 「大丈夫。それでいい」 「サンキュ。んじゃ、また明日な」 「ああ、よろしく」 明日も花村と一日の大半を過ごすことが決まった。堂島家の人以外に、こんなにも人と関わるなんて、任務開始当初は思いもしなかったなと、悠は感慨深く、去っていく花村の後姿を見送った。 |
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