you're forever to me >> 12-3 | |
次の日、朝10時頃、前の日に約束した通り、悠は花村と携帯電話を購入する為に、市内にある携帯電話会社の店舗へ向かった。店舗の営業開始時刻から間もない頃に訪れたが、小さな店内にはすでにそれなりに他の客がいて、順番が来るまで暫く待った。契約と購入を済ませて店舗を出た時には早いお昼の時間帯となっていた。 ともあれ、無事携帯電話が手に入り、悠と花村は昼食を取る為ジュネスのフードコートへ寄った。 休日ということもあって、ジュネス店内は家族連れを中心に賑わいを見せていたが、昼食を取るにはまだ少し早い時刻だったのでフードコートも若干の空きがあり、二人がけの席を確保することができた。 「やー、念願のケータイゲットだな。しかも最新機種!あーいいなあ…俺も欲しいぜ」 「今の携帯電話に不満があるのか?」 「いんや。けどこう、機械モンの新しいヤツって見ててすっげワクワクすんだよ。な、ちょっと早速触ってみよーぜ」 店舗で店員から携帯電話を渡された後、悠はそれを上着のポケットに収めていた。花村は悠の胸元を指差して未知の機械を出して欲しいとせがんだ。 「うーん…試験終わるまで、このまま置いておくつもりなんだけど」 花村は悠が難色を示すとは微塵も思っていなかったようで、悠のやんわりとした否定に仰け反る勢いでびっくりした。 「え、ウッソ!マジで!?お前どんだけ辛抱強いんだよ!?目の前にニンジンぶら下げられてる馬と同じ状況なのに!」 「ようするに、腹ペコ?」 「今腹の虫が鳴いた…じゃなくてっ!いや腹も減ったけど!今のはケータイの話だっつの。買ったモンにすぐ手を出さないなんて俺には考えらんねえ」 「まだ無いものと考えたらいいんだ」 「目の前に存在してんのに、ムリ!」 「そうかなあ」 力説する花村とマイペースを崩さない悠。180度程違う主張の着地点は見事に見当たらない。悠としては手に入った物はいつでも好きな時に触れられるので、別に今すぐでなくてもいいという考えであったが、誰もがそういう考えをするものでは無いらしい。 「ゴメン、禁句なのわかってっけど、今回ばかりは本気でお前は変わってるって思った」 「え、そう?」 「いくらテストが明日っつっても、ちっとぐらいは触ってみたいと思わねえか?我慢強過ぎるっていうか…ホントはそんなに欲しくなかったとか?」 他の天使よりもずっと好奇心が強い悠である、人間界の利器に興味を持たないはずがない。ただ学業に専念すべき学生として人間界に潜り込んでいるのだから、そちらを全うするのが最優先事項である以上は、自分の欲求は後回しにして然るべきだ。 それに加えて、悠がなんとなく先送りにしていた理由はもう一つあった。 「それは無いけど。ただ」 「ただ、なんだ?」 「調べ物するのには便利そうだけど、別に無くても図書館へ行けば大体間に合うし、そうなると…後は誰かに連絡するのに使うだけ、だよな。そう考えたら今すぐ使う用事は思い当たらないし…俺にそんな、連絡する相手っていないなあと思って」 「あのー鳴上さん、目の前の俺はスルーされるのですか?」 「え?」 飄々とした声とは裏腹に、目と眉が情けなく下げられつつある目の前の花村。ついでに過剰に身体をまるめてテーブルに顎を置く。こんな顔つきの動物をどこかで見たような気がすると、記憶を辿るとすぐに目的地に着いた。堂島家の前を散歩コースにしているという主婦に連れられている飼い犬だ。何故か見る度その犬は元気無さそうに上目遣いでこちらを見、しっぽは振られているものの地面に垂れ下がっている状態だ。理由は悠の知るところではない。 「俺には連絡してくれないんですか?俺はお前に連絡する気満々なんですが!」 終いには悲壮感すら漂う花村の訴えに、悠は少しばかり動揺する。誰を差し置いても花村だけは最初から頭数に入っている前提だから、わざわざ言うまでもないと思っていたからだ。反対に、昨日の愛想を尽かされたくない告白に続き、何故自分に対してそこまで必死になるのかが理解できなかったし、なんだか申し訳ない。自分は花村に好かれるような大した事は何一つしていないのに、と。 「あ、うん…それは勿論。だってそもそも、花村と連絡し合いたい為に買ったんだし」 「へ?」 きっかけは花村と遊びに行くのに都合のいい日を、携帯電話のメール機能で教えて欲しいと言われたからだ。それをそのまま素直に口にすると、花村の動きが固まる。 「どうかしたか?」 「ああ、いやその、まさか俺が発端でケータイ買うとは考えもよらなくてさ、ちっとびっくりして…ああいや、別にそういうわけじゃなかったっけか。そーいや前に欲しいとは言ってたよな」 「うん。でも是非とも欲しいわけじゃなかったから。花村から言われるまでは」 興味はあったし、必要に迫られたから手に入れたいと希望するようになったが、人間界で過ごす為に不要な物は手元に置いていても任務遂行の妨害となるだけだ。それは即ち神の御心に背く行為となる。 人との繋がりを大切にせよ――マーガレットの言葉が蘇る。人の社会に単身放り出されている身の自分に、何かと構ってくれる花村は、いつの間にか大切にすべき対象となっているのだろう。 「そーだったんスか…あーなんかなーもー…」 「なんでそんな笑顔なんだ?」 今度は嬉しそうに目と眉が下げられている花村の顔を見て、悠は首をかしげる。 「え、俺そんなにやけてる!?」 「うん」 肯定すると、花村はしどろもどろゴニョゴニョと言い訳を口にしていたようだが、それらは悠には聞こえなかった。にやけ顔が焦り顔に変貌している。本当に表情がよく動く人だ。 「なんでもねーし!あ、ホラそろそろ混みだしてきた!とりあえずメシでも食うかっ」 話を逸らそうとして、しょげた時から今までテーブル辺りまで下げていた頭を上げた途端だった。甲高い声が二人の耳を直撃した。 「あ、いたいた、花村!」 先程から悠の視界に入っていた派手な二人組。花村を見つけ、仏頂面を貼り付けてズカズカと近づいてきた。花村が先程から姿勢が低かったのは、悠と同様、密かにこの二人組を見つけ、目立たないようにしていた為かもしれないと、悠はなんとなく理解する。 花村はやれやれといった表情で立ち上がり、やって来た女子二人組に会釈した。 「お疲れさまっす。今日はどうしたんすか、先輩」 悠も学校内で何度か見たことがある二人組だ。見る度周りを威圧するかのような大声でおしゃべりをしている。ジュネスでアルバイトをしているようで、わざわざ花村を探していたところ、何か話があるのだろう。毎度お馴染みといった花村の出迎え方はこなれているようにも見える。 「あのバカチーフに何とか言ってよ!土日出れないって言ってんのに。人足りねーから来いってうるさいし、出ないとクビとか言うんだけど!」 「そういうのって、ナントカ法違反とかじゃないの?」 「…や、でも先輩ら、面接ん時は土日も出れるって言ったんすよね?」 少し考えてから花村は淡々と二人の労働条件を問い質した。一瞬だけ二人組は気まずそうにしたが、早々に開き直ってがなり立てた。 「だって、じゃなきゃ採用されないじゃん!」 「そーだよ、面接で落とされたら意味ないし!」 「……分かった、分かりました。俺ちょっと話してみますよ…けど、先輩らもクビになったら困るっすよね?できれば何日かは出てもらえると俺も交渉しやすいっつーか…」 先程よりも時間をかけて考えてから、花村はあくまで冷静に言葉を選んで妥協案を提示する。相談する先と二人組の希望とを丁度半々に叶えるような、一介の高校生がすぐ考え付くにしては見事な案と言える。 「…考えとく」 「頼むかんね、マジで」 一応自分たちの希望が通りそうなのに納得したのか、最後までブスリとしたままではあったものの、用事が済むと二人組はさっさとこの場を去って行った。 花村が息を吸って思い切りため息を吐こうとしたその直前、今度はねっとりとした中年女性の声が横から飛んできた。 「あら、陽介くん。ちょうどよかったわ〜」 「あー…ども」 「ちょっと、聞いてちょうだいよ!この間のクレームの件なんだけど精肉部長に…」 「あ、はいはいはい。その話なら、向こうで聞くんで」 この女性もジュネスの従業員らしい。花村は店長の息子で、バイトと正社員の間で板ばさみになっているのは、先に花村の精神世界で見てきたが、これは想像以上だと悠は呆れにも似た感情を抱く。無論、花村にあれこれふっかけてくる従業員に対して、だ。 「わり、鳴上、先に何か食ってて。後で戻ってくるから」 花村は従業員の話を聞く為、フードコートの隅にある関係者専用の扉の奥へ消えて行った。 20分ぐらいが経過した頃だろうか。お昼時のフードコートはすっかり満席状態だ。花村がすっかり元気を無くして悠の座る席へと戻ってきた。 「うあー、疲れた…俺は苦情係かっつの…」 ストンと席に腰掛けて花村は今度こそ盛大にため息を吐いた。 「俺だって単なるバイトだっての。なんでこうもギャーギャー言われんだよ…」 「単なるバイトなのか?」 「正社員なワケあるか。第一まだ高校生だし。親父が店長ってだけでさ…それでなんか勘違いされてんのか、俺に言やあ希望が通るって思われて。何の権限もねーし、勝手に期待されてもお門違いだっての」 「でも、両方の希望を最大限に通るように頑張ってる。偉いよ」 「ばっ…そんなんじゃねえよ」 「違うのか?」 「…無視したら無視したで、どんなことやらかされるか、わかったモンじゃねーし。自分の身、守ってるだけだ。あの人らの為にやってるワケじゃねーよ、断じて」 軽薄そうに花村は呟いたが、それでも悠の目には、先程従業員たちを相手にした花村の態度はどこまでも誠実に映った。自分自身を善く見せないのは何故なのか、花村の心を直に覗いた悠にもまだまだ知り得ない部分が多いようだ。 「あ、ひょっとしてメシ食うの待っててくれた?悪い!お前、先に買ってこいよ。席見てるからさ」 テーブルの上が未だ空いたままなのを見て、花村は悠に促した。 「あ、うん」 席を立って悠は売店へ向かおうとして、一旦立ち止まった。花村が不思議そうに席から悠を見上げる。 「どした?」 「これ、触ってていいよ」 悠は上着から携帯電話を取り出して花村に渡した。 「え、ちょ」 「売店、大分並んでるみたいだから暫くかかりそうだし」 「いや、ダメだろ。お前のモンなんだから、一番にお前が触んないと」 「指紋認証する機種じゃないだろ?」 「そういう問題じゃなくてだな」 「俺が触るより、慣れてる花村の方が変なことはしないだろ?試験終わったら触り方教えて欲しいし予習してて」 そう言って悠は笑みを浮かべ、そのまま売店へ向かった。花村は惚けた表情のまま悠の後姿を見送る。 俺、今確実にアイツに頼られたんだよな、懇切丁寧に勉強を教えて貰ったアイツに――託された携帯電話を見て、花村は顔の筋肉が緩むのを止められなかった。 「お待たせ」 「おう。ハイこれ。大体感じは掴めた。返すな」 「そうか…ん?」 携帯電話の画面に視線を落とすと、トップ画面とは異なったものが映し出されていた。見るとそこには、“花村陽介”と電話番号と英字の羅列が記載されている。 「この画面って?」 「よくぞ聞いてくれた!それ、俺のケーバンとメールのアドレスな」 花村は得意げに笑って、更に付け加える。 「へへ、お前のケータイのメモリ番号の000に埋まってやったぜ」 「メモリの、000?」 「ようするに通し番号つったらいいの?俺の苗字、花村だから結構ア行から離れてるだろ。今は俺一人分だけだから最初に出てるけど、50音順だと、ハ行以前の誰かの名前を登録したら、もう電話帳で一番最初に表示されることはないじゃん?その点、メモリ番号の000は何が何でも最初だ。まあ…普通はフリガナ検索で呼び出すんだろーけどさ、お前のケータイに一番乗りしたのは俺って証拠兼ねて、な」 満足そうな花村に水を差すのは悪いと思いつつ、悠は一点だけ引っ掛かりができてしまった。自分で花村に携帯電話を託したのだからその時点で何をされてもいいと思っていたものの、一番やりたかった事を取られてしまったとは。 「どうせなら」 「へ?」 黙っているつもりが、ついポロリと本音を投げ出してしまう。 「俺の手で花村の情報は登録したかった」 「え、なんで!?」 「だって、記念すべき最初の登録だったから」 「ええ!?ご、ゴメン!じゃ、じゃあ、それ消して、もっかい登録し直せば」 「それもなんか嫌だ。せっかく入れてくれた花村の情報消してしまうなんて」 「どっちなんだよ、もー…」 いじけ出すと止まらない。あれ、なんで俺こんな無茶苦茶を言って、花村を困らせてるんだろうと、悠自身も何故か不思議な気分になる。花村が弱り果てているのだから早く謝らなければと思う反面、どこか妥協点を探ってくれるのではないかと期待している自分がいて――花村なら何とかしてくれると希望を抱いている。これでは先程の従業員たちとまるで同じではないか。 「あ、だったら…っていうのもなんだけど」 「?」 「俺のケータイにお前の情報入れてくれたらいい。ちっと待って。メモリの000番空けるから」 「え、その000番消していいのか?」 「当時何を思ったんだか定かじゃないけど、家デンの番号を登録しちゃったんだよな。しかも確かコレ、まだ前に住んでた家の電話番号だ…もう使われてないか別の人んちのに変わってるだろ。というわけで削除っと。んで、ここにお前の番号埋める」 しゃべりながら携帯電話を操作して、花村はメモリ番号の000番を空けたようだ。 「赤外線でデータ飛ばして…あ、ここをこうして…そうそう」 花村の説明を聞きつつ、悠はたどたどしい手つきで携帯電話を操作し、花村の携帯電話に自分の電話情報を送った。 「来た来た。ま…メアドの変更は試験明けでもいっか。おし、これでお互い000番登録な」 悠にニカっと笑いかけた花村だったが、すぐに顔を曇らせて悠にもう一度謝罪した。 「ゴメンな。勝手しちまって…俺ほんっと余計なことばっかやらかすんだよ」 「ううん。俺の方こそごめん。自分から渡しておいて後から文句を言うのはどう考えても卑怯だった。反省する」 「いやいやいや、お前が謝んなって。俺が悪いんだから」 「花村は悪くない。早速登録して貰って嬉しかったし、それに花村のメモリの000番に登録したから満足した」 これ以上謝り合いは無意味だ。始まりの番号を空けて貰えたのだから、悠としては申し分がない。 「それならよかった…焦るわ」 いつになくニコニコ顔の悠を見て、花村も悠が気を使っているわけではないのを悟ったのだろう。ほっと胸をなでおろす。 「さって、昼飯買ってくるわ。あ、冷めるから先に食べとけよ。あー、なんか色々あってむちゃんこ腹減ったな。うっし、レジの人のサービス期待して、ウルトラヤングセットに挑戦してみっかな!」 上機嫌で花村は財布片手に売店の方へ走って行った。 売店の方へ向かう後姿を見ながら、花村は気遣いが非常に巧みだと悠は思った。それは花村が自ら進んでではなく、数多の悪意を受け流す為に付いてきたものかもしれない。だけど元から思いやりが欠ける人なら身につかないだろう。悠ですらついうっかり、無意識内であったはずの願望を突き破って花村に要求してしまったのだ。ジュネスの店長の息子であろうがなんだろうが、花村の調和力に気づいた人なら付け入ってしまうような気がする。 力になるどころか花村を困らせてどうする。悠は大いに内省し、今後はこんなうっかりをしでかすまいと心に誓った。誓ったが、絶対とは言い切れない部分が心の何処かに残っている。それは悠には自覚できない“無意識”の内の話である―― |
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