you're forever to me >> 13-1


【 新たな予兆の訪れ 】



 5月9日から12日まで、八十神高校では中間定期考査が実施された。悠にとっては人間界で受ける初めてのペーパーテストだったが、天界でも似たようなテストは行われていたので、緊張したのは開始直前までだった。用紙に記載された問題を見てみればなんてことない、大半の問題は授業でやったそのままだ。これなら大丈夫だと、悠は次々と問いに対しての解答を頭に浮かべてはペンを解答用紙に走らせていった。
 そうして試験期間の4日があっという間に終わった。

「やーっと終わったなー。うあー、この解放感!これだけは全国共通だな!」
 試験終了後、これで暫く机にかじりつく必要はなくなったと、花村が思い切り伸びをした。精神的に身軽になったおかげかついつい声も大きくなる。
「ちょっと、うっさい!」
 里中は終わったばかりのテストの答え合わせに余念がない。気になった問題の解答を天城に訊いている。天城から答えを訊く度に里中は一喜一憂している。明らかに一喜するより一憂する数の方が多いようであるが。
「あーあー、廊下に結果が張り出されんのが楽しみだよ…ったく…」
 花村の顔も浮かない。あれだけ頑張っていたのに、手ごたえが悪かったのだろうかと悠は少し心配になった。
「聞いた?テレビ局が来てたってよ」
 4人の近くにいるクラスメイトの噂話が耳に入り、何となく答え合わせが中断しそちら側へ視線を飛ばす。
「どーせ、例の“死体がぶら下がってた”事件のだろ?」
「や、違くてさ、幹線道路あんだろ?あそこに走ってる暴走族の取材だってよ。オレのダチで族に顔出してるヤツいてさァ、そいつから聞いたんだよネ」
「おま、友達にゾクいるとか、作んなよ?んな事よりさ、明日の合コン、外待ち合わせでヘーキかな?あさってから本格的に雨なんだろ。明日もヤバそうじゃね?」
 クラスメイトの話が俗っぽい方向へ逸れたところで、4人は視線を戻して互いに向き直った。
「暴走族?」
 そんなのがこの近辺に存在しているのかと言いたげな天城に、里中と花村が自分の住んでいる現状を説明する。
「あー…たまにウルサいんだよね。雪子んちまでは流石に聞こえないか」
「うちなんか、道路沿いだからスゲーよ。週末なんか特にな」
「うちの生徒も居るらしいじゃん?」
「あー確か、去年までスゴかったってヤツがうちの1年に居るとか、たまに聞くな。中学ん時に伝説作ったって、ウチの店員が言ってたっけ。んー、けど…暴走族だっけな?なんか違った気がするな…」
「で、伝説って?」
 天城が何を思ったのか興味津々に伝説の内容について食いついたが、あっさりと里中が否定する。
「あー、たぶん、雪子が考えてるのとは違うと思うけど…」
「え、そうなの?」
「クマを素手で倒したとか、そーゆー類じゃないのは間違いないから」
「…そう。残念」

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「お前、ジュネスはよく行くか?」
 夕食の後、後片付けをしていると堂島から訊ねられた。
「よく行くという程ではないです」
「そうか…実はな、足立のヤローが…この間ウチに連れてきた俺の部下だ。勤務時間中に時々姿をくらましやがる。大方、聞き込みとか言って、サボるのにうってつけなジュネス辺りにいると思うんだが」
「そうなんですか」
「お前が行くような時間に見かけたらおおよそサボってるはずだ。足立を見たら、ガツンと言っちまっていいぞ」
「ガツン、と?」
「聞く耳持たんようなら俺の名前を出していい。どうもアイツは…っと、これ以上はお前に聞かせる内容じゃないな。とにかく頼んだぞ」

 そう、堂島から言われた翌日。早速昨日話題に出た当人、足立と出くわした。場所はジュネスの食品売り場入口。そこで足立は壁に貼られたチラシを眺めていた。悠は暫くその様子を見ていたが、足立が悠に気づき、近づいてきた。
「あれ、君堂島さんとこの…確か、悠君、だっけ?」
「こんにちは。何してるんですか?」
「何ってそりゃ…捜査に決まってんでしょ。君こそ何やってんの?」
「学校の帰り道です」
「ふうん。買い物?」
「いや…」
 悠自身、今日は学童保育のバイトに行こうかと考えていたのだが、昨日の堂島から言われた事を何となく頭に残していたので、それに従ってジュネスを覗いてみただけだ。まさか本当に、足立が堂々とうろついているとは思ってもみなかった。
「じゃあヒマ潰しってとこ?こんな田舎だとやる事ないでしょ。ホント何も無いしさー。まだここ出来ただけマシなんだろうけど、やっぱ都会とは違うよねえ」
「はあ…」
 天界から課された任務の為、ここよりもはるかに都会も田舎も見てきた悠には、どちらの返答もしにくかったので、どっちつかずの生返事が音となって漏れた。そんな様子の悠に、足立は呆れたようだ。
「はあって、気の無い返事するね。いかんねえ、若者がだらけちゃって。ま、気持ちはわからなくもないけどさ。ホントやる事ないもんね」
 先にこの土地に住んでいる先輩風を吹かせるかのごとく、足立の体験談が続く。
「僕なんて、ここ来た時の最初の仕事、猫探しだよ。スーツ泥だらけになってさー…クリーニング代経費で落ちないし。次は夫婦喧嘩の仲裁だっけ。そんなの警察がいちいち出張ってらんないよ」
 愚痴を言い切って、足立は大袈裟にため息を吐いた。田舎暮らしに不満があるようだ。
「でも最近は物騒になったから、ノンビリもしてられないんだけどね。ホラ、例の事件。まだ解決してない訳じゃない?上層部も手ぇこまねいててさ、現場も方針がコロコロ変わっちゃって……あ、ごーめん!不安にさせちゃったかな。君らは安心してていいよ、ウン。ここは僕ら警察が何とかするからさ」
 そうかと思えば急にしゃっきりと背筋まで伸ばして職責を果たすと宣言した。警察官としてどうやら足立なりに気遣ってくれているようだ。真面目には到底見えないが、羽目を外すタイプでもなさそうである。
「さて、と…そろそろ仕事に戻るかな。じゃあ僕は行くから。君も早く帰りなよ。僕がジュネスにいたの、堂島さんには内緒だよ?」
 結局、今日のところは足立が仕事をサボっているのかどうかも判別がつかなかったので、ガツンとはおろか、適当にかわされて終了してしまった。
 最低限、足立を仕事に戻すのは成功したので、悠はとりあえず良しと思っておくことにした。

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 今日の夕方のニュースはいささか物騒な内容だ。最近、市内を我が物顔で疾走している暴走族のリポートである。
「静かな町をおびやかす暴走行為を、誇らしげに見せ付ける少年たち…そのリーダー格の一人が、突然、カメラに向かって襲い掛かった!」
「てめーら、何しに来やがった!」
「この声…」
 テレビから流れた聞き覚えのある怒声に、堂島が読んでいた新聞から目を離してテレビを見た。
「見世モンじゃねーぞ、コラァ!!」
「あいつ、まだやってんのか…」
「お父さん、しりあい?」
 テレビに映っている人物を知っているような堂島の口ぶりに、菜々子が反応して訊ねる。堂島はちょっと考えて、テレビの中の人物について知っていることを話した。
「うーん、まあ、仕事の知り合いだな。“巽完二”…ケンカが得意で、たかだか中3でこの辺の暴走族をシメてた問題児だ。けど確か、高校受かって、今はどっか通ってんじゃなかったか?」
 映っている人物の服装は、髑髏柄がプリントされているTシャツ、その上に羽織っているのは制服のように見える。この辺りにある高校と言えば、悠の通う八十神高校の他は私立高校が1、2校ぐらいである。羽織っている上着は八十神高校のものと似ているような気がする。いや、チラチラ見えるエンブレムや特徴的な白ステッチは八高制服と断定してしまってもいいだろう。
「ふーん」
「あーあー、折角顔にボカシかかってんのに丸分かりだなオイ」
 テレビ画面に大写しになった人物を見て、堂島は苦笑いを浮かべながら、テレビ内容とは異なる事情を付け加えた。
「こいつ、実家が老舗の染物屋でな。確か母親が夜寝られないから、とかで、毎晩走ってた族を一人で潰しちまったんだ。この報道じゃコイツが族のリーダーにされちまってるが、全く逆だ。動機はともかく、暴れ過ぎなんだよ…これじゃ、その母親が頭下げる事んなっちまう」
 堂島なりに、この男子生徒を心配しているようだ。
「あ、あした雨だって。下にお天気でてる。せんたくもの出せないね」
「そうだな。ここ暫くは晴れてたが…2、3日降るようだな。何事も、無なけりゃいいが」
 堂島は顔を曇らせる。雨が降り続く日に事件が起こっているので神経を尖らせるのは無理も無い。
 雨の日の深夜にマヨナカテレビが映り、人がテレビの中に入るとその人物を見せつけるかのごとく画像が鮮明になる。無論その日も雨が降り続いているのだ。
 雨が霧を呼び、人の負の感情と結びついて場のイレギュラーを発生させる。この町に降る雨は単なる気象現象ではなく、作為的なものが含まれているのだろうか。誰が、何の為に――全て悠の憶測に過ぎないが、計り得ない何かが潜んでいるように感じてならなかった。


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2014/05/31

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