you're forever to me >> 13-2


 天気予報どおり、朝から一日中雨だ。今日と明日の深夜までずっと雨が降るようである。気候のいい5月に、丸2日降り続く雨というのもなかなかお目にかかれないはずだが、この土地の地形が雨雲を留めやすいのだろうか。
 雨雲の切れ目が全く見当たらない。教室の窓の外は灰色模様だ。午前中で授業の終わる土曜日の放課後、悠、花村、里中、天城の4人は今夜執るべき行動を打ち合わせる。
「見事なまでに雨空だ。映るとしたら今夜だな、例のテレビ」
「何も見えないといいけど…」
「本当はそれが一番だけどな…」
 電源の入っていないテレビが映るなんて怪奇現象以外の何物でもない。おまけに映るのは実在している誰かで、その誰かが何かの仕業によって失踪するのを予告する。そんな不気味な現象など起こらない方がいいと思うのは、それに関わった人ならそう考えるのが普通だ。無責任に面白がるのは自身に災いの粉が降りかからない間だけ。
 しかし不気味であろうが恐ろしく感じようが、テレビの映し出す映像を経て、次に何が起こるのかを知ってしまった。人が失踪するかもしれない可能性。知ってしまったからには、関わったからにはもう見過ごすなんてできない。
「じゃ、今夜は忘れずにテレビチェック!オーライ?」
 勢いづけるような里中の確認に一同が頷いた。
 今夜、一体何が見えるのか。そもそも電源の入らないテレビがまた以前と同じように映るのか。えも言われぬ緊張が悠の中に生まれた。

 土曜日は晴れの日だと学童保育のアルバイトができるが、今日は雨の為不可である。午前中で授業が終了したので、テレビが映るであろう深夜までかなり時間があり、悠は落ち着かなかった。
 そういえば2日ほど前に冷蔵庫がギューギューになった。それ即ち堂島と菜々子がジュネスへ行った際に、出来合い物以外の大量の食材を買い込んだのである。それ以前は赤貧のごとくガラガラだった冷蔵庫が、今は見事満員御礼状態で、買ったペットボトルを差し込むのも苦労するぐらいの密度となっている。なかなか極端から極端に走る家庭だ。
 内容は前回買出しに行った時と同様、調理の必要な肉や野菜類もある。ちなみに前回の分は、豚の生姜焼きを作るのに使った豚肉と玉ねぎ以外、大半はそのまま食べられる生野菜だったので、夕食が野菜不足の日にマヨネーズ若しくはドレッシングの助けを借りながら随時消費していった。その時の食材で今もまともに残っているのはジャガイモだけである。
 時間もあることだし有り余る食材を使って何か作ってみようかと、悠は料理本を手に取ってページをめくる。
「……」
 しかし食材があり過ぎて、料理本に載っているものならなんでも作れそうで、逆に悠には絞れない。なるべくたくさんの食材を使って、かつ前回の買出しから残るジャガイモを使う料理と言えば。
「カレーか、シチューか…肉じゃが?」
 カレーとシチューは天界の食事訓練の時に食べた経験がある。肉じゃがとは一体どんな食べ物か。少し興味を持ったが、自分が知らない食べ物を無責任に作って菜々子に食べさせられない。前に作った豚の生姜焼きも悠自身は食べたことがなかったが、肉に味付けをするだけのシンプルな料理だし、そばにいた堂島がオーケーを出したので思い切って作ってみたが、今日はすでに堂島から帰りが遅くなる連絡があった。
 やっぱり今日は作るのをやめようか、とネガティブ思考へ移行しつつあったそんな時。
「お兄ちゃん、なにか作るの?」
 テレビを見ていた菜々子がいつの間にか料理本を眺める悠の下へやって来て、開いている本を覗き込んだ。
「あ、うん…冷蔵庫が食べ物で一杯だし」
「ホント!?やったー、お兄ちゃんのごはん!」
 キラキラ輝く笑顔で期待されては、悠に料理を作らない選択肢など灰よりも形を崩した塵に等しい。俄然やる気が沸いてくる。
「ねえねえ、なに作るの?」
「んー…前に買ってきてくれたジャガイモが手付かずで余ってるから、ジャガイモを使った料理にしようかなって思うんだけど、菜々子はこの中ならどれがいい?」
 先程ピックアップした3品のページを菜々子に見せると、菜々子は代わる代わる該当ページとにらめっこしながら一生懸命考えだした。
「えっと…ぜんぶ食べてみたいけど…このあいだ給食でカレーとシチューは食べたから…肉じゃが!」
 はい、ピンポイントで俺が気になっていた肉じゃが指定いただきました!…悠は内心菜々子に拍手喝采を送る。ともあれ、菜々子自身が食べたいとリクエストしたのだから作ってみてもいい大義名分ができた。料理本に従ってきちんと作っていけば、まずいものにはならないだろう、多分。
「わかった。初めて作るから上手くいかないかもしれないけど、頑張ってみる」
「うん、頑張れ、お兄ちゃん!」
 菜々子の応援だけでご飯3杯入りそうだ、よし米も多めに炊こう…悠はいつになくテンションが高くなった。それもこれも菜々子マジックによるものだ。
「さて、と」
 作るものは決まった。時間はたっぷりある。上手くできないかもしれないけど菜々子の為にも丁寧に作ろうと誓い、料理本を見つつ下ごしらえから始めた。
 ジャガイモやニンジンの皮むきに悪戦苦闘しながら一口分よりやや大きめに切り、フライパンで肉、玉ねぎを軽く炒めてから残りの具材を入れてこれらも軽く炒め、それから煮汁の材料を入れ沸騰させる。何を思って買ったのかは不明だが、料理本にあれば入れるとよいと書かれていた白滝があったのでそれも入れる。そしておいしく仕上げるポイントとして落し蓋をした。普通の鍋の蓋じゃダメなのかと悠は考え込んだが、初心者には料理本に書かれていることが絶対である。自分でアレンジできない間は素直にそのままする方が良いと、天界で受けた調理訓練の際に口酸っぱく言われた。
 落し蓋をして所定の時間煮込み、途中一度満遍なくかき混ぜ、更に煮込めば完成だ。恐る恐る落し蓋を取って中を見てみると、とりあえず料理本に載っている色合いによく似た出来上がりだった。前回の、焦がし気味の生姜焼きのようにならずに済んで、悠はひとまずほっとする。
 ここまで作っておいて今更だが、悠は味見をしていなかった。作るのに夢中で忘れていたし、つまみ食いは行儀の悪い行為として頭に入っているので、味見とつまみ食いは意図が違うものの、途中で物を食べること自体端から考えていなかったといえる。この間は豚の生姜焼きを作った後、間髪いれずに夕食タイムとなってしまったのでその暇すらなかったが、今日はまだ日も暮れていない時刻だ。今ならまだ修正が利くし味見をしてみようと小さめのジャガイモを選んでつまんでみた。
 料理本の写真の写り方がきっと“おいしそう”であり、実際に“おいしい”仕上がりなのだろう。しかし悠は肉じゃがを食べた経験がない。それどころか写真で見たのも初めてだった。食事訓練の時に出された食べ物は割と形や彩りがきれいな物が多かった。肉じゃがの見た目は悠の目にはあまり整っているように見えず…つまりおいしそうに思えないのだ。(例外的に、カレー等も色形が悠の美的感覚からしてきれいとは思えなかったが、食べてみておいしかったので納得済みではある)
 お惣菜や弁当にちょこちょこ入っているのを日々食べては情報を積み上げているが、肉じゃがのような煮物に分類される食べ物は、元の食材の形から煮崩れを起こして変形しているので尚更、天使である悠から見ればまだまだおいしく仕上がっているものなのかどうか疑わしい食べ物なのである。そんな半信半疑の状態でジャガイモを口の中に入れてみる。
「……あつっ」
 出来立てのジャガイモは思いの他熱を持っていて、その熱さが悠の口内にへばりついて驚き、思わず口に含んだジャガイモを取り落としそうになった。なんとか熱さに耐えてやり過ごし、歯で噛むとジャガイモ内部から第二波の熱に襲われる。
「あっふはっふ…んぐ」
 唾液と混ぜ込みやっとの思いで口内に合った熱さとなったジャガイモを咀嚼する。
「……おいしい、これ」
 少し煮汁の色が濃いかもしれないと思っていたが、丁度いい味だ。少なくとも悠には辛くも味が足らなくも感じない。そして出会った新食感に目を見開く。
 擬態語で表すなら正しく“ホクホク”だ。噛む毎に味が口の中にほんわか穏やかに広がっていく。頬が、緩む。
 これはおいしいものだと思った途端、料理本の肉じゃがの写真がものすごくおいしそうに見えてくる。そして今作ったものもそれに近い仕上がりだし、実際おいしく思えたし、多分自分以外の誰かが見てもおいしそうに見えるはずだ。
 やっと人に見せても恥ずかしくない料理が出来て、悠は満足した。後はこれを菜々子に食べてもらうのみだ。

「いただきます!」
 菜々子と共にする夕食時、居間のテーブルに白ご飯とインスタントの味噌汁とジュネスで買った2、3品お惣菜に加えて悠の作った肉じゃがが並ぶ。菜々子が真っ先に箸を伸ばしたのは勿論悠の作った肉じゃがだ。やや大きめに切ったジャガイモやニンジンは菜々子の口には大きく、菜々子は自分の使用する小皿に取り込んだ後で箸で割り、口に入れる。
 無意識の内に悠はゴクリと息を呑んだ。
「……おいしいっ!」
 ぱあっと顔を輝かせて伝えられた感想に、悠はガッツポーズを決めた。実際にやると行儀が悪いので心の中で、の話。
「おいしい、ジャガイモほくほくしてるね!」
 出来立ては熱過ぎて口の中が火傷しかねなかった為、温め直しの際には火の入れ具合を加減している。程よい熱さの肉じゃがを、菜々子はニコニコしながら次々と口に運ぶ。お肉も野菜も満遍なく。ところが白滝を箸でつまんだ時だ。
「あ、ながーい」
 お鉢から伸びた白滝は終わりが見えない。菜々子は一生懸命小皿に入れようとしているが、引っ張っても引っ張ってもますますビローンと続く一方だ。
「えー、アハハ、ながいよー」
 終には膝立ちになってどうにかしようとする菜々子。悠は慌てて台所にある調理用のはさみを取りにいき、のびのびの白滝をプツプツ切った。
「ごめん、そんなに長いとは思わなかった」
 白滝一袋分をそのままどっさり入れるのは量が多いかなと、小分けにして鍋に投入したまではよかったが、長さまでは全く考えていなかった。無知によるうっかりが発動だ。
「菜々子もびっくりした。しらたきってすごい長いんだね。でもおいしいよ!」
「よかった。ありがとう」
 白滝の切り忘れ以外は成功といえるだろう。成功すると自信になる。自信がついたらまた作ってみたいと思う。作って、それがおいしく出来れば菜々子が笑顔になる。自分が作ったものを嬉しそうに頬張ってくれる姿に、こちらもたまらない気持ちになる。
 また作ろう…我ながら単純だなあと思いつつも、人の喜ぶ顔はあらゆる原動力になるものだと悠は改めて理解したのだった。


+++++

ペルソナ小説置き場へ 】【13−3へ

2014/06/14

+++++