you're forever to me >> 13-3 | |
例のテレビが映るかもしれない、雨の降る深夜が間もなくやって来る。悠はクマと並んでテレビ前に待機し、その時に備えた。 午前0時を過ぎた。待っていましたと言わんばかりに、テレビが光る。 「始まった…!」 起こらなければいいと願っていた失踪予告が当然のように始まって失望しつつ、しかしながら得られる情報を見逃すまいと食い入るように画面を見る。毎度の砂嵐映像の後、人影が映った。若い男のようだ。髪が短く、体格がかなりいい。但し不鮮明な映像なので服の色や人相などは一切分からない。 「クマ、人の臭いはするか?」 「ムムム…いんや、しない。けど、前に嗅いだことがある臭いが発生してるクマ」 「前に嗅いだ臭い?」 「うーんと…えっとー…コニシって人が映った時の」 「え、それはどういう話だ?小西先輩の時と同じ臭いが発生してるのか?」 亡くなった人と同じ場のイレギュラーが発生している――と解釈しかけた悠に、クマが間髪いれずに説明を加えた。 「いやいやー、そうじゃない。正確に言えばー、コニシ先輩がテレビに入る前の臭い?中に人が入る前にも、人がテレビに映るって、センセイ推測してるんでしょ?だからコニシ先輩が入る前の臭いと同じ臭いっちゅーのが発生してるクマ」 以前、小西早紀がテレビに入る前に映った時も、クマは山野真由美とは異なった場のイレギュラーを嗅ぎ取っていた。そして次の日確かクマは、“新しい臭い”がすると言った。その新しい臭いとは、小西が“テレビに入る以前と以後両方のもの”を指していると思っていたが、実際はテレビに入る以前と以後では場のイレギュラーが変異しているらしい。 テレビに誰かが映った時点で前段階の共通の場のイレギュラーが発生し、そこへ人が加わって新しい場のイレギュラーと変化する。こういう流れだろうか。 「言うなれば、今はまだ準備段階の場のイレギュラーが発生しているってことだな」 「そうそう。んで、もし誰かがテレビの中に入ったら新しい臭いになるんだと思うクマ」 「なるほどな…その誰かが分かって、テレビに入らずに済むのが一番なんだけど」 クマと話をしている間も映像は続いたが、不鮮明さがそれ以上改善されることなく、そのままマヨナカテレビは終了した。 「結局、誰かは分からないな…」 クラスメイト3人も今の映像を見ていたはずだ。誰か映像の人物に心当たりは無いだろうか。誰かと話せればいいのにと、悠はやきもきし始める。室内に視線を彷徨わせ、ローテーブルの上にあるものに目を留めた。先日購入した携帯電話だ。 こういう時の電話じゃないかとひらめき、素早い動作で携帯電話を手にした。そんな悠の様子をクマが目を丸くして見ている。 今のところただ一件だけの登録先である花村へ電話をかけてみようとわたわたしてる間に、携帯電話が鳴った。画面を見ると、丁度今思った相手の名前が表示されている。通話ボタンはどれだったかともたもたしている間にコール数が無駄に増えていく。電話に出たいのに出れないもどかしさを乗り越え、何とか7コール目の途中で出ることが出来た。 『もしもし、鳴上?テレビ見たか?』 「うん、見た」 興奮している様子の花村は早口で語りかけてくる。 『な、どう思う?映ってたの、男だよな?』 「ああ、多分そうだと思う。どこの誰かとか、心当たりは?」 『全くねえな。映り方がアレだったし人相がはっきりしないようじゃ…見当のつけようも何もな。こっち、人影程度しか見えなかったんだけど、そっちは?』 「同じような感じかな」 『そっか。明日集まらないか?みんなで詳しい事話してみようぜ』 「そうだな。是非」 『んじゃ、午前中、都合のいい時間にジュネスへ集合な。里中には俺から連絡いれとく。天城へは…俺天城の連絡先しらねーんだよな。まあ里中に頼めばいいな』 「よろしく」 明日の予定が決まった。得られた手がかりは乏しいが、話し合えば新たな何かが見えるかもしれない。不可解な動作が続けられるテレビについて、悠は色々な意見を聞いてみたいと思っていたのでありがたい提案だ。 『あ、そういやこれ、お前と初通話だな』 花村のテンションが少し変化した。高いままではあるが、尖ったものから少し柔らかいものへとシフトした感じだ。 「そうだな。初めて携帯電話使った。どうやって出たらいいのかわからなくて焦った」 『え、その次元から!?マジでケータイ初体験かよ…ってか並びだけなら家デンの子機とほぼ変わんねーだろ?』 「それを途中で思い出して、なんとか出られた」 先日堂島と通話して、その終了時にそれとは逆の機能を果たす受話器の置かれたボタンなら押している。そのボタンの下に“切る”と書かれていたのでそのボタンが通話を終了させるボタンなのだと理解したのだ。ならば1の数字の上にある、受話器が外れたボタンは通話を開始させる機能に違いない――半ばそうであって欲しい願望で親指を動かした結果が成功に至った。 『ありえねー…天然記念物クラスの希少人種だわ』 「俺…けなされているのか?」 希少とは数が少なくて珍しいこと。数が少ないことは大多数の普通から漏れる存在。人間界でも天界でも普通を基準にして優れていれば誉めそやしの、劣っていれば貶めの対象として認識される。人間界では誰もが当たり前のように扱える携帯電話の操作方法を全く知らないのは、見下げられても仕方が無い。 悠は冷静にそう解釈したが、花村は全力でそうじゃないと改めて自分が悠に対して思ったことを伝えてきた。 『いやいやいや、ビックリしてるだけだから!自分の近くにケータイの出方も分からなかったピュアっ子がいるなんて!新鮮過ぎて、もう!』 別に悠を馬鹿にしている様子ではないが、何故花村はこんなにはしゃいでいるのか、悠の言動のどの辺に興奮しているのか理解不能だ。時々花村の思考についていけなくなる。 今の内に、悠にとってはこの微妙な雰囲気を切り上げる案を手繰り寄せなければ、と思いついたのが、試験前の為棚上げにした件についてだ。 「あのー…」 『んあ?ああ、ゴメン。なんだ?』 「いや、思い出したから頼もうかなって思って。携帯電話の操作方法教えてって」 この先誰かと番号を交換する機会があるかどうかわからないが、せめて仮の家族である叔父の連絡先ぐらいは加えるべきだろう。許可は貰っているから支障はないはずだが、実はまだ堂島には携帯電話を購入したことを伝えてない。登録の仕方が分からないからだ。花村に一度やってみせてもらったが、覚えきれていない。 相手の都合のいい時に見て貰えるメールという文字送信情報手段も知っておきたい。 『あ、そっか。試験終わったし、今度こそお触り解禁だよなっ』 「お触り?ああ、うん」 花村の妙な言い方に戸惑ったが、きっと日本語としては間違ってはいないのだろう、多分。 『そうかー…もう俺はりきって教えちゃうよ、色々。メルアドも分かり易いのに変えないとな。うん任せとけ。手取り足取りレクチャーすっから』 足は関係ないんじゃないかと悠は思ったが、ひょっとしたら慣用句の類かもしれないと指摘を止めた。後で辞書で意味を調べて余計なツッコミを入れなくて正解だったと胸を撫で下ろすこととなる。 『おっと、夜遅いってのに話長引かせて悪い。んじゃ、明日な』 「うん、おやすみ」 『おやすみ』 通話が終了し、悠は携帯電話の画面を閉じた。それまで悠の様子をじっと見ていたクマが、携帯電話と悠の顔を交互に見てその感想を言った。 「センセイ、楽しそうだったクマ」 「ん、そうか?」 「口の端っこがずっと上がってた。クマの知ってるセンセイ、たまーにしか上がらない」 「…そうなのか」 ちょっぴりいじけたようにクマがそうクマと駄目を押す。 「センセイ、クマにももっと笑った顔見せるクマ。笑った顔のセンセイみたら、ボクも嬉しくなるクマよ」 「そうか。わかった」 クマの頭に軽くポンと手を乗せると、クマはセンセイの手あったかクマーと笑顔ではしゃぐ。任務以外を差し引いても、クマと会話するのは悠にとっては十分楽しいものだ。しかしクマ曰く、それが表情には出ておらず、あまり伝えきれていなかったのだなと反省した。 |
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