いっそ殺されたいと願うほど恋していいですか? 1


「いくぞ!」
いつものようにスタンが勢い良く敵陣へ切り込んでいく。その背中を任されているのはウッドロウ、危険な敵の足止めはフィリアが、そして回復と後方からの援護がジョニー。これが現在の布陣だった。
状態異常攻撃を頻繁にしかけてくる敵が続いていた先ほどまでとは違い、注意すべき攻撃を繰り出す敵はただ一種、それに登場の頻度も極めて少なくレベル差もついた。暫く過酷な連戦の続いた回復役のルーティ、状態異常を完全防御できる装備着用で敵陣へ真っ先に躍り出ていたマリー、盾役として踏ん張っていたコングマン、援護射撃に走り回っていたチェルシーは控えに回り、前述の4名が続きのエリア突破を引き継ぐことになったのである。

順調に、特に危なげなく攻略は進み、そろそろ脱出ポイントにも辿り着く頃合だった。丸1日戦闘と移動しているのでそれなりに疲れてはいたが予想していた以上のものではない。だから今度現れた敵にも瞬時に臨戦態勢をとり、各自それぞれの役目を果たすべく力を振るった。
慢心があったわけではなく、観察力が酷く低下していたわけではない。一種注意すべき敵――魅了攻撃を仕掛けてくる最後列にいる「ヤツの存在」もしっかりと把握していた。しかし、戦闘には運というものも存在する。敵のラッキーを退ける戦闘力は充分備わっているにせよ、この魅了というのは状態異常の中でも特殊な位置にある。敵の虜となり、味方に対してその刃を向ける。自分達の力量が高ければ高いほど、跳ね返ってくるダメージがとんでもないものになる危険性を秘めた、一番恐ろしい状態異常と言える。
まず最初にその攻撃にはまってしまったのは最前線で戦っていたスタンだった。しかしすぐスタンの異常に気づいたウッドロウがすかさずパナシーアボトルを使って解除し、事なきを得る。
ところがその直後、今度はウッドロウ自身が魅了攻撃にあてられ、敵に対しての攻撃を止め味方側へ視線を飛ばし、一番近くにいたスタンを標的に定めた。
「ウッドロウさん!?うわあっ!」
豹変したウッドロウに対して一瞬呆気にとられたスタンがその鋭い剣戟に、後陣のジョニーとフィリアがいる方まで吹っ飛ばされた。
「スタン!?」
「スタンさん!」
”スタン、しっかりしろ、パナシーアボトルだ”
ディムロスからの助言に慌てて道具入れを探るも、気づいた事実にスタンが青ざめる。
「まずい、パナシーアボトルがないぞ!」
「私も持ってないです」
「俺もだ。まずいな」
最近はルーティの細やかなフォローがあった為、状態異常になってもパナシーアボトルを使う場面に久しく遭遇しておらず、補充どころか二束三文で売ってしまっているのが常だ。こうなっては魅了状態のウッドロウをすぐに戻す手立ては残っていない。
前方に正気を奪われたままのウッドロウが剣を構えなおし、今にもこちらへ切り込んできそうな状況だ。勿論他の残党も体勢を整えてこちらにジリジリと迫り、中には術の詠唱に入っている者もいる。
「とりあえず、だ。ソニックレイヴ!くるくるまわれ!」
ジョニーがその場をしのぐ為、ソニックレイヴで近辺に迫っていた敵を吹き飛ばし、防御壁代わりにまわれロンドを発動させる。
「手短に言うぜ。スタン、お前さんは問題のヤツを叩け。フィリアは残った敵を殲滅しつつスタンの援護だ。俺はウッドロウの足止めをする。上手く行けば、お前さん方の仕事が片付く頃にはウッドロウも自然回復するはずだ。始めに断っておくが、俺は回復にはまわれないだろうから、各自で体力には気を配れよ」
ウッドロウが相手では余裕などできるはずがない。ジョニーが自ら選んだ役割はとてつもない危険をはらんでいる。だが経験と洞察力と戦闘スタイルどれを取っても3人の中ではジョニーが一番適任だった。いや消去法で考えたとしても残るのはジョニーだろう。
”一つのミスが命取りになるぞい。それぞれの役目をしっかり全うするのじゃ”
”特にスタン、お前の失敗は許されないぞ。心してかかれ!”
「了解!」
「わかりましたわ」
「おし、んじゃボチボチ…はーじめーるぜぇー!♪」
3人を囲うように飛んでいた音壁が消えたと同時、それぞれが一斉に散った。

一番遠くにいる問題のモンスターの所へ駆け抜けようとするスタンの前に、ウッドロウが攻撃をしかけようと迫った。しかし不意に横から不協和音が響きウッドロウの耳に突き刺さる。
その方向を見ればギターをかき鳴らす一人の道化の姿。それを認めた瞬間からターゲティングする優先順位をスタンからジョニーに切り替えたようだ。
「いけスタン!」
「ありがとうございます!」
無事ウッドロウの目標から外れたスタンを送り出したジョニーはウッドロウに悠然と微笑みながら術の威力を下げる和音を奏でた。
「お前の相手はこの俺しかいないだろ?浮気するなよウッドロウ」
戦況は暫く一進一退を繰り返していたが、フィリアが発動したレイが数多の雑魚敵を片付けたのを境にして次第に有利な方向へ傾いていった。
元よりウッドロウを虜にした敵以外は、よりレベルが低く、攻撃を受けても大したダメージを食らわない。とにかく魅了されぬよう最初は防戦一方だったスタンもフィリアからの援護が届くようになってからはそれに合わせるようカウンターに転じ、バックステップを一つ挟んで爪竜連牙斬から灼光拳で握り潰して動きを止めたところへフィリアのホーリーランスが突き刺さり、全ての敵が跡形無く消滅しジエンドとなった。
「よーし、勝ったぜ!」
「やりましたね」
敵を殲滅し、戦闘が終わったと思った二人の目に、信じられない光景が飛び込んできた。
「ジョニーさん!」
視線の先、ジョニーと相対していたウッドロウの姿が一瞬にして消え、次に現れたのはジョニーのはるか頭上。ウッドロウの高速剣技『絶影』
”やめろウッドロウ!”
イクティノスの必死の声も届かず、その刃はジョニーの胸を正確に貫いた。
「そりゃ、ないぜ…ガハァ!」
貫かれた胸と口から大量の血が噴き出し、ジョニーの身体がガクリと脱力する。しかし未だイクティノスが突き刺さったままの身体は地面に臥すことなく、持ち上げられたままだ。ウッドロウはまだ正常な意識が戻っていないのか、焦点の定まらない目をしている。
「ジョニーさん!」
「ジョニー!」
一応敵がいなくなったということで、控えにまわっていた者たちの行動制限が解除され、一同が一斉にジョニーの元へと駆け寄る。
「ジョニー、しっかりするのよ!スタン、ライフボトルを寄越しなさい!チェルシー、念の為ウッドロウにパナシーアボトルを使って!」
「はい!」
ルーティが手早く指示を出し、周りの者たちも素早く従う。ライフボトル使用直後にコングマンがジョニーの身体を支え、マリーが刺さったままのイクティノスを静かに引き抜く。ルーティはさらに回復晶術をジョニーに施し傷口と内臓までの修復を行った。
「ちょっとまずいわね。大事な臓器は外れてたけど、血が出過ぎてる。次の脱出ポイントが見つかったら今日のところは戻りましょ」
「そうだな。ジョニーさんが心配だ」
「ジョニーもそうだけど、あんたたちもね。それと、ウッドロウも」
ジョニー、精一杯加減はしてたけど、結構打ち合ってたのよ、とルーティがため息をつきながら今回の状況をスタンとフィリアに教えてやる。ジョニーはメンバーの中で一番レベルが高く、術攻撃力もフィリアとルーティ程では無いものの秀でていて、その方面の防御力が高くないウッドロウにしてみれば結構こたえているはずだ。
「全く、嫌な戦いだったわ。それを見てるだけしかできなかっただなんて」
せめてあたしが入っていれば、とルーティが声色に悔しさを滲ませる。
「俺が、最初に魅了されていなければ…」
「それを言うのであれば、ここにいる全員の責任だと思います」
「そうだな。私たちがもう少し頑張っていればローテーションに余裕を持たせられたかも知れない」
「ま、起こっちまったもんは仕方ねえ。とっとと脱出ポイントへ行こうぜ」
長居は無用、とばかりにコングマンがジョニーを背負って歩き出そうとした時、チェルシーから悲鳴めいた声が発せられる。
「ウッドロウさま、しっかりして下さい!」
「チェルシー、ウッドロウは?」
「それが、パナシーアボトルを使った後も、正気になられないんです」
チェルシーの報告に一同の表情が固まる。何故そんなバカな。かけられた状態異常は原則戦闘が終われば解除される。唯一例外なのは戦闘不能に陥った場合であり、広義では状態異常の一種ではあるものの、これについては普通状態異常とは区別される。
「チェルシー、そこと場所を代わって」
チェルシーはウッドロウの隣を空け、代わりにルーティがそのスペースへ座り込んでウッドロウの手首を取りながら虚ろに開かれた目を覗き込む。
「どう思う、アトワイト」
”多分あなたの予想していることと同じよ”
「やっぱり」
”どういうことなんだ?”
わけがわからない一同の胸中をディムロスが代弁する。
断定するわけじゃないけど、と断りを入れてルーティが説明する。
「ウッドロウの今の状態、戦闘不能と同じなの」
「え、でも身体の方は何ともないみたいだし」
「確かに外傷はね、ジョニーほどではないわ。けど目を見て…って言っても、あんた達にはわかんないだろうけど、熱毒に侵されてる時の白目部分って赤くなるのよ。よく見ないとわからないけどその余韻が残ってる。つまり、熱毒を食らってギリギリまで体力を削られてんのよ。まったく、ジョニーもとんだ芸当をしでかしてくれたもんだわ。この後どうするつもりだったのかしら」
「そんなあ…酷いです…」
「言うなチェルシー。ジョニーも好きでここまで追い込んだわけじゃない。ウッドロウがそれだけの力量を持っていたからこそだ」
「でもそれにしてはおかしいぜ。状態異常は効果が重複しねえだろうが。何で熱毒なんかにかかってやがったんだ?」
「ジョニーのギターは熱毒効果を付加する武器だが、確かにずっと魅了されていたはずなのにおかしな話だ。一体どういうことなんだ?」
マリーとコングマンの疑問に、スタンが頭をかきながら思ったままを口にする。
「うーん、魅了攻撃って確か他の状態異常で上書きされるから、実は魅了状態は途中で上書きされて熱毒になったとか?」
「その可能性が高そうですけど、でもずっと魅了状態だったから、ウッドロウさんはジョニーさんを傷つけたのでは?」
”いや、絶影が発動された後に意識が戻ったとすればだ、ひとたびあの術技を繰り出せば捕捉したターゲットを外すことはおろか、途中で行動を止めることはできない。そうだろうイクティノス”
”…その通りだ”
”と、いうことは魅了を熱毒で上書きした直後に絶影が発動した。途中でウッドロウの意識は正常レベルに回復していたかもしれんがどうしようもなく、結果的にジョニーを倒してしまった。そういうことかの?”
”正確にどのタイミングで魅了が解けていたのかは俺にもわからない。ただ、ジョニーの身体を貫いた時には、ウッドロウは正気に戻っていたはずだ…この上ない動揺が伝わってきたからな”
ソーディアン達の会話をマリー、コングマン、チェルシーに説明しながら、スタンが一点腑に落ちない疑問を口にする。
「でも何でジョニーさんはギターで攻撃していたんだろう?確かジョニーさん、リュートも三味線も持っていたのに。俺だったら睡眠攻撃のできる三味線を選んでるけどな」
「ウッドロウさま、宝石スリープを装備されています」
「じゃあ封印効果のリュートなら?」
「いや、もう一つは宝石フレアだから封印攻撃なら効く可能性はあったな」
「うーん、なら何でわざわざ熱毒効果のギターなんて…ウッドロウさんの体力を余計に削るだけなのになあ。俺がもしウッドロウさんの立場だったら、熱毒にされるってわかってるなら躍起になって相手を倒そうって考えるだろうし、ジョニーさんにとってもデメリットだと思うんだけど」
スタンの推理に気まずい空気が流れる。スタンに他意は無くとも、ジョニーへの妙な疑念を煽るのに充分な内容だ。ルーティが一つ大きく咳払いをして場の流れを変えた。
「目覚めてから直接本人に聞けばいいことでしょ?さあさあ、先へ進むわよ。あんたがジョニー、コングがウッドロウを頼むわね。戦闘はあたしたちに任せといて」
ルーティに言われたとおり、スタンがジョニーを、コングマンがウッドロウを背負い、女性陣が盾になりながら脱出ポイントを目指す。幸い、道中一度敵に遭遇しただけで程なく目的地に到着し、ひとまず一同はダンジョンを後にした。


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