― いっそ殺されたいと願うほど恋していいですか? 2


見覚えのある天井がぼやけながらも目に映る。ああここは最近よく利用するダリルシェイドの宿屋だと割とすぐに了解した。
「あー…」
良く寝たはずだ、とジョニーは視線を彷徨わせる。窓を見ると外は若干暗め。自分以外の人間は誰もいない様子なので夜明けの暗さではなさそうだ。反対にそうだとしたら隣或いは部屋を隔てた先からスタンとコングマンの豪快ないびきが聞こえてくるはずだからである。
大あくびを一つかまして記憶のプレイバックを始めようとした矢先、スタンとマリーとフィリアが部屋に入ってきた。
「ジョニーさん、気がついたんですね!よかったあ」
「心配したぞ。平気か?」
「ああ、心配かけちまったみたいだな。すまない。ところで今は何時で俺はどれくらい眠っていたんだ?」
「今は夕方ですね。もうすぐ夕食の時間ですわ。昨日の今頃ダンジョンを出たはずですから丸1日が経過したぐらいでしょうか」
「そうか、そりゃ良く寝たもんだ。よっと」
「あ、まだ動いちゃダメですよ。今ルーティ呼んで来ますから」
「私が隣へ行って呼んで来よう」
「いや、いい」
普通に身を起こしてベッドから出ようとするジョニーをスタンたちは制止したが、ジョニーに従う気は無かった。
「なあに、手厚い処置をしてくれたことぐらいは多少記憶に残ってんだぜ。もう大丈夫だ」
立ち上がる時に少しばかり刺された胸の芯が痛んだが歩く程度なら問題は無いとジョニーは自己判断を下した。
「それより、ウッドロウは?」
本当は真っ先に聞きたかった質問を敢えて押し止め、なるべくサラリと自然に流れるように聞く。だが今回ばかりは特殊な事情だ。敵の攻撃が発端とはいえ、仲間が仲間に手をかけた。ある種の遺恨のようなものが全く無いと言いきれない雰囲気が漠然と留まっている。
「ジョニーさん、もしかしてウッドロウさんのこと、怒っているとか…」
「とんでもない。むしろ、逆だ。俺がヘマをしなけりゃ今日の今頃はミクトランの野郎とご対面してるかもしれないってのに、とんだブレーキをかけちまって、申し訳ない」
「あ、いえそうじゃなくて、経過はともかく、最終的にはウッドロウさんがジョニーさんを倒してしまったことになりましたから、その」
適切な言葉が出て来ないフィリアがスタンに助けを求めるように視線を送る。
「ジョニーさん、聞きたいことがあります」
「なんだい?」
「どうしてジョニーさんは、あの時ギターで攻撃していたんですか?」
あの時したかった質問を、スタンはそのままジョニーにぶつけてみる。
「あの時、ジョニーさんはリュートも持っていた。状態異常の上書きを試みるなら熱毒攻撃のギターより封印攻撃のリュートの方が妥当だと思います。なのにどうしてギターを使っていたんですか?色々考えました。ジョニーさん、ウッドロウさんに攻撃されて頭に血が上っちゃったんじゃないかとか、持ち替える暇がなかったから、とか、なんか本当に色々と」
「今お前さんが言った…単に持ち替える余裕が無かったから…が正解だと言ったら、信じてくれるかい?」
「ジョニーさんがそれを本当だと言うんなら、俺は信じます」
「やれやれ、お前さんに白を切るのは、どうも苦手だ」
ジョニーが肩をすくめて首を振る。
「真面目に答えてくれジョニー。これでも私たちは私たちで心配しているのだ」
「すまないな。悪いが、返事は保留させてくれ。昔話になったら俺の方から話すさ。ただこれだけは言っておく。俺はウッドロウを返り討ちにする為にギターを持っていたわけじゃない。俺の計算ずくだったということだ。それと、少しばかり度が過ぎた俺の我がままの結果だ」
話が見えない。ジョニーの言ったことを頭の中で整理して問いかけようと口を開いたと同時、ジョニーが同じく口を開く。
「釈然としないのは承知している。だが今はこの説明で勘弁してくれないか」
マリーは何か言いたそうだったが、その前にスタンがわかりましたと返事をしてしまった為、話題が終了してしまった。
「ウッドロウは、隣の部屋か?」
ジョニーは完全にベッドから出て立ち上がり、3人の横を通過し部屋の出入口に向かって幾分ふらつきながら歩いていく。
「ええそうですわ。ですが、多分まだ眠ってらっしゃるかと」
「なんだと…?」
フィリアの口から現況を聞いた途端、呻くように低く呟いた後、ジョニーは大またで歩いて隣の部屋へ向かう。誰かが入った直後なのか、半開きの隣の部屋の扉を押し開ける。そこにはコングマン(一番扉寄りにいたので恐らく最近に入ったのは彼だ)とベッドのそばにルーティとチェルシーがいた。その奥にあるベッドに横たわっているのがウッドロウであり、今のジョニーのいる位置からだとウッドロウの透けるような銀髪だけが見える。
「ジョニーじゃねえか、お前もう具合は…いいから、動いてこっちへ来てんだな」
「ちょっと、あたしが許可するまで動かすなって、スタンに言っておいたのに!」
「スタンを責めないでくれ。俺が勝手に判断したことだ。ところで、ウッドロウは?」
「見ての通り、未だ眠り姫状態だ」
「そんなに、悪いのか」
「いいえ、少なくともジョニーよりは先に目覚めると思っていた程度よ。外傷はあんた程じゃなかったし、熱毒なんて今まで誰もが何度も瀕死レベルまで食らっているけど、こんな後遺症なんか残ったこと無かったしね」
でも現状はこの通り、とルーティはため息をつき、同じくウッドロウの傍らにいるチェルシーがか細い声でウッドロウさまと呟く。
「予想される原因は何だか、思い当たるか」
それをあんたが聞くわけ?…と、口には出さなかったものの、ルーティはそんな視線をジョニーに寄越し、次いでチラリとチェルシーの方向を見て一寸考えた後、もう一度軽く息を吐いて話し出す。
「アトワイトと推測したけれど、心理的ショック、ってところね。ま、これ以上は実際に剣を受けた時、ウッドロウの表情を間近で見たあんたが一番よくわかるんじゃない?」
「…ああ、そうかも、な」
ルーティの回答を聞いて、ジョニーは部屋を出て行こうと背を向ける。
「どこに行くつもりですか!?」
チェルシーが信じられないといった表情でジョニーの行動に口を挟んだ。
「ちょっと、言っとくけど外出は禁止よ。表面は元気でも外面はあんたの方がずっと重傷なんだからね」
ルーティが治療役として当然の命令を付け加えてジョニーに釘を刺す。
「散歩に…と思ったが、先に言われちゃ敵わねえな。暫く部屋で大人しくしてるぜ」
「ジョニーさん!」
「ん、どうしたチェルシー?」
「何故、ですか?ウッドロウさまのそばに、いたくないんですか!何出て行こうとしてるんですか!」
「チェルシー…」
「ウッドロウさまがお目覚めにならないのはきっと…ジョニーさんのこと…後悔…うっうう…えぐっ」
チェルシーの瞳からポロポロと涙が零れる。その素直さがジョニーには羨ましかった。
「お前さんの気が済んだら、交代してくれ」
そう言い残し、ジョニーは部屋を出た。

程なく戻ってきたジョニーを意外そうな顔で出迎えたスタン、マリー、フィリアの3人。
「俺よりずっと長い時間、心配している姫さんを差し置いて、今俺がどうこうするのは適切じゃないと思ってな。一旦引き上げてきた。俺はのん気に寝てるだけの身分だったし」
「今の余裕を含んだ言葉とさっきの慌てっぷりがまるでかみ合ってないぞ。どっちが本当なんだ?」
マリーの問いに、ジョニーは首をかしげ、ため息をつく。
「さあな。俺にもどうだか」
「ジョニーさん、辛く、ありませんか?」
スタンが遠慮がちに、だけど明確な意思をもってジョニーに訊ねる。
「ん、何がだ?」
「いやその、ジョニーさんを見ていて思ったんです。本音を隠し続けるのって、俺にはできないなって。俺は頼れる人がいたらすぐに頼ってしまうし、反対に頼ってきてくれたら大歓迎で一緒に乗り越えようって思うから」
「それは遠回しにぶっちゃけろっていうお誘いだな」
「いえ、そういうわけでは…」
「ありがとよ。でも悪いな。俺が本音を出すのは俺自身だけだ。俺の本音なんて、いつだって世界一格好がつかないから、これだけは一人だけで墓場まで持っていくと決めているんでな」
「ジョニーさん…」
「ただ、本音以上の感情があるとしたら…俺自身にも見えなくてわからない、無意識に出る『飢え』の部分ってのかな、コイツのことは世界中で一人だけが知っている。俺以外、のな」
「それがジョニーさんにとってのウッドロウさん、ですか」
「ス、スタンさん…!」
「こら、直球過ぎるぞ、スタン」
「あ…」
「はは、ま、適当に作った話だ。真に受けるなよ?さてと、そろそろ夕食に行ってきたらどうだ。俺はもう暫くゴロゴロさせてもらうぜ」
事実上、話の打ち切りを言い渡された3人は部屋を出て行き、部屋にはジョニー一人が残る。メインの明かりを消し、豆灯のみになった室内が薄暗くなる。ベッドへ横たわったジョニーは両手を頭の後ろで組み目を閉じる。さっきまで熟睡していたので勿論眠気は訪れるはずもなく、迎えるつもりもさらさら無かった。ただ時間が過ぎていくのを静かな心で感じ取ることに努めた。


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