― いっそ殺されたいと願うほど恋していいですか? 3


一人になってから多分1時間も経たない頃、部屋の扉をノックする音がした。
「ジョニーさん」
自分を呼ぶ甲高い声はチェルシーのもの。どうやらお姫様の気が済んだようである。
「ああ、すぐ行く。夕飯、まだなんだろ。戻ってくるまでついてるから、皆とくつろいでくるといい」
「ジョニーさん、一つ答えて下さい」
扉越しに伝わるチェルシーの真剣な声。彼女の甲高いという印象が消えるわけではないが、いつもに比べると少しだけ低く鋭い語調だ。
「なんだい?」
応じるジョニーの声も普段のような友好的な口調ではなく自然と静かで落ち着いたものに変化する。
「ジョニーさんは、ウッドロウさまのことを、どうされるつもりだったんですか」
「それを聞いてどうする気だ」
「返事によってはあなたを・・・排除します。嘘じゃありません。私は今ドアの前であなたに向かって弓を構えています」
「そいつあ、怖いな。俺もそんな殺され方はされたくない」
「私は本気です!」
「ああ――よく、わかるぜ。本気だってことは。愛する者を奪われようとしたかも知れないんだ。俺を殺したくなる気持ちは、わかる」
「じゃあ何故・・・!」
「逆なんだ、チェルシー。俺の方がウッドロウにどうかされたかった。それが本当のところだ」
「え・・・どういう、ことですか?」
チェルシーの声がそれまでとは一変して明らかに困惑したものとなった。
「人生26年も生きてりゃ、魔が差す時だってあるってことだ。きっかけができれば、な」
「私にはわかりません。ジョニーさんが何を言いたいのか、私にわかるように説明して」
下さい、と言葉が続く前に、目の前の扉は開かれた。
「時間切れだ、チェルシー」
ニッコリと笑って一切の表情を誤魔化されては、まだまだ子ども寄りのチェルシーに勝機は無かった。
「腹の音が聞こえてるぜ。さあ、夕飯に行ってこい」
自分の頭の上に手をポンと置かれ、軽く撫でられたその動作と手の優しさが、あまりにもウッドロウのするものと似ていて、チェルシーは泣きそうになった。外見や性格は正反対なのだけど、ちょっとした雰囲気がウッドロウと酷似しているこの男性。だからこそ悔しさはあるのだけれど、二人が寄り添うように談笑している光景を見ても許容しているのかも知れない。(以前なら男女問わず誰かがウッドロウを独占している場面に遭遇すれば我慢することなどできず妨害に走っていた)
実際は弓など構えていなかったチェルシーの頭を撫でた手が肩先に滑らされ、ジョニーはチェルシーに礼を言う。
「殺さないでくれて、ありがとな。悲劇ぶりたいくせに俺は随分と臆病だから、お前さんだけじゃなくて、他の誰からも殺されたくなどないんだ。・・・・・・唯一人を除いて」
「えっ・・・?」
手が離れていく瞬間に呟いた終いの言葉はチェルシーには聞こえなかった。それこそがチェルシーの求めていた答えそのものであったのだが。

ノックをすることもなく部屋に入り、ウッドロウの眠るベッドへと近づく。そばの椅子にはかけず、ベッドの端へ腰掛けると、ジョニーは空間に漂うウッドロウの香りを敏感に嗅ぎ取った。他の人間なら決してわからない雰囲気を貪欲に吸収出来てしまうほどこの男に深く恋している。苦しい笑いが漏れた。
持参したマンドリンを抱え直し、その弦を弾く。チリチリとした連続の音を控えめに奏で、ウッドロウが好きだと言ってくれた桜を題材にした歌を歌う。本来美しく温かな曲なのであるが、キーを二つ下げてわざとかすれ気味の声で歌えば哀愁を感じさせる曲調となる。嘘偽りの無い、今のジョニーの心情を曝け出していると言えばいいのか。
歌詞を歌いきり、間奏に入る。
「ウッドロウ、怒っているのか?」
弦を弾く指を休めることなく、ジョニーは目覚めぬウッドロウに話しかける。
「お前も俺と同じように、俺を殺すぐらいなら殺された方がマシだと、そう言いたいのか」
エレノアの件があってから、ジョニーは己でも呆れるほど性格を一変させた。奇人を演じることで抱え込んだ空しさを誤魔化し、無理矢理毎日を楽しそうに過ごす。本当は苦痛でしか無かったが全ては冥い感情を他人に悟らせない為である。
己の空の部分を埋めてくれた、目の前の恋人。本当の意味で初めて愛し愛される存在を得て、今度こそ失いたくないと思う気持ちは日々膨れるばかりだが――それと同時に自分達の置かれた立場が頭にこびりついて離れない。始まりを妄想するのは困難だったが終わりの予想をするのは酷く簡単で、二人でいる時が過ぎていくのを感じる度に、ジョニーは胸の痛みを覚えていた。
だから。だからこそ。
恋人の手によって人生を今終えることができれば、幸福感に満たされたまま死ねる、と。正に千載一遇のチャンスともいえるシチュエーションに、魅入ってしまったのである。
本気で殺して貰おうと(といっても、全滅にならない限り実際に命を落とすことは決してないのだが)熱毒攻撃をしかけた。魅了状態になっていようがいまいが、自分の身体を苦しめられるバッドステータスになどかかりたくないのだから、その対象を容赦なく倒そうとする自衛本能を最大限に呼び起こす為だ。計算通りだった。絶影発動までいつものように繋ぐコンボさえ予測できた。
最後の最後、唯一の誤算は本当に熱毒に上書きされた後、ジョニーを貫き、驚愕に打ち震えたウッドロウの表情を見てしまったこと。自分こそ己が欲望に取り憑かれ、こうしてウッドロウを追い込んでしまったことに激しく後悔し、それは今に至る。
「なあ、どうしたら、いいか。お前さんの凍りついた心を融かすには、俺は・・・どう償えばいい?お前が未だ目覚めないのが俺のせいだとしたら・・・俺を愛してくれているからだとしたら・・・酷い役回りをさせてしまった。本当にすまない。俺は・・・それ程、お前のことを好きで、愛していて、もう、どうしようもない」
愛しいお前にいっそ殺されたいと切に願うまでに。
一方はシデン家のダメ三男坊、片やファンダリア国の国王。異国の、身分も全く違う、ましてや同性に恋をしてしまった。どう考えても実るはずの無い不毛の恋だ。今までの恋愛より余程上手くいく可能性など無い、0%と言い切っても大袈裟ではない恋だったのにそれに反比例して深く好きになってしまった。だが事もあろうかウッドロウはジョニーを受け入れたのだ。ただ、幸せと同時に苦悩も手に入れることになる。仲が深まるにつれて重く圧し掛かるのは互いの将来。先は最初から見えきっている。ジョニーの方はまだしも、ウッドロウは最早動かしようの無い身分を背負っていて、いずれやって来る多種多様の現実的な障害により、二人が愛し合うことなど不可能な状況になることは間違いない。わかりきっていることなのに、この旅の終わりが近づくにつれて、ジョニーの心は激しく掻き乱されたのである。

マンドリンの弦を弾く指を止め、ウッドロウの顔に手を伸ばす。触れようとした寸前、指は暫く宙を彷徨った。酷い仕打ちをしてしまった自分が軽々しく身体に触れてもいいものかと自戒したからである。しかし結局恋しさに負けて頬にそっと触れた。その冷たい体温に涙がこみ上げた。
俺に、お前をこんなに苦しめる資格などありゃしないのに。
優しくて温かな指先を感じ取ったかどうかは定かではないが、不意にウッドロウの目蓋がピクリと動き、その後緩慢な動きで瞳が開けられた。まだ焦点は定まっていないはずなのに、触れられている指先の感触で目の前にいるのが誰であるのかわかっているのか、迷いの無い調子で名を呼んだ。
「ジョニー、さん」
「ウッドロウ・・・ウッドロウ」
次第にピントが合い、自分の名を呼ぶ愛しい人の目が珍しく赤いことに気づいたウッドロウは、万感の思いを込めてジョニーに言った。
「ごめんなさい」
わたしはあなたを、としゃべりかけたウッドロウに、ジョニーは首を振る。
「何も言うな、ウッドロウ。お前は、何も悪くない。何も悪くないんだ。今回のことは、全部俺が仕組んだ悪夢だったんだ。だから」
「泣かない、で」
頬を伝っていた涙を指摘されて、ジョニーは動揺する。止めようとすればするほど止まらなくなった。
「聞いて、貰えないだろうか。正直に、言いますから」
自分の気持ちを知って欲しいと、静かな表情でウッドロウがポツリポツリと語り始めた。
「あなたの顔を見るのが怖くて、目覚めたくなかった・・・意識が無くなる前、そう思いました。私の命を投げ出してもいいと想うあなたなのに、正反対のことをしてしまって、耐え切れなくて。もし目覚めた時、あなたが万が一生きていないと思うと、もう、このまま死んでしまいたいと本気で願った」
「・・・」
「そして、あなたを殺めた私は、あなたに嫌われても見放されても仕方の無いことをしてしまった、から。それが、本当に、恐ろしくて」
「ウッド、ロウ。もう、いいから。俺がお前を手放すようなバカなこと、してたまるかよ」
「そうだな・・・今のジョニーさんの顔を見て、余計な心配をしたと思いました。疑った私を、どうか許して下さい」
ウッドロウはゆっくりと毛布の中から手を出して、自分の頬に触れているジョニーの手に重ねた。ジョニーの手はウッドロウの手より冷たくて、それが熱の篭った自分の手には心地よくもあり、冷えた部屋で自分が起きるまで待たせてしまったジョニーに可哀想なことをしたとも思った。
「私にとって、あなたは私の全てで、あなたにしか恋しい気持ちはわかないし、他の恋をしたいとも思わない。今までもこれからも、あなたのいない世界は耐えられない。だから、もし今度同じようなことがあれば、お願いだからどうか私を、私のことこそ」
続きの言葉は、重ねられたジョニーの唇によって阻まれ、夜が完全にやって来るまでの短くは無い間、会話は途切れた。

***

「結局、俺は故意に、お前は無意識に、同じ事をしでかしたってところか」
「え?」
「いや、俺の方が物理的には数百倍性質が悪いけど、な」
ジョニーの言葉に、小首をかしげるウッドロウの髪を撫でながら、今回の総括を呟いた。
「俺もお前も、互いが先に死んでしまうことが許せない性分で、現実に叶うかどうかはさておいて・・・死ぬ時は心中でもしなけりゃ気が済まないってことさ」

一緒に人生を終えるなんてこと、実際に叶う可能性など無い望みだからこそ、せめてお前の手で、と今も思う。もう二度と過ちは繰り返さないと誓えど、きっと死ぬまで俺は切望するだろう。

お前と引き裂かれて絶望のまま死ぬよりは、極上の幸福感を味わえるだろうから。


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TODで魅了攻撃なんてあったらマジで悲惨ですが、あったらあったでおいしいだろうなあとは思う。ネタ的には。状態異常関連の捏造が酷過ぎてすみません。上書とかどうとかの辺、間違っている自信は大いにある。08/06/13

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