少し痩せた君の顔


「王様、ちょっと痩せたんじゃないのか?」

積み上げられた書類を手にとっては黙々と目を通し、判を押す。適当に目を通しているのかと思いきや、極稀に保留と判断した書類を別の仕分け箱に入れているから、きちんと区別をつけていることが見て取れる。
半時間以上前に出されたお茶は一口も飲まれていない。きっと冷めきっていることだろう。
全323件の書類の内、保留の為弾いたのは7件。それらへの修正案をひねり出すのは後にすることにしてとりあえず許可した案件を大臣に渡すか――と、考えを巡らせた時だった。
小1時間前にやって来た異国の客人はソファに座って本を読んでいたが、ウッドロウの仕事が一段落した頃を見計らって声をかけた。雰囲気的に暫く仕事をこなしていたウッドロウの方を見つめていたらしい。
「そうですか?」
自分では全く自覚していなかったが、3週間ぶりにウッドロウを訪ねたジョニーの目にはどうやらそう映ったらしい。
「ああ。しっかり食ってるのかよ?」
「ええ、普通に」
公務に割く時間が大半の為、武道など運動で身体を鍛える機会が減ったから、むしろ体重など増加しているかもしれないとは思うものの、反対のことを言われるとは。
確かに第二次天地戦争前後、世界は危機的状況にさらされ、今も復旧への道のりを模索しながら何とか日々を乗り越えている。比較的被害の少なかったファンダリア国でも例外ではない。国を世界を立て直すトップとしての重責を負う身であるが、城の者をはじめ国民は王としての自分を受け入れ慕ってくれている。先のグレバムの動乱時サイリルで燻ったような大きな混乱が起こるようなことも無く、神経をすり減らして追い詰められているような精神状態では無い。むしろ臣下や友人に助けられることが多いのを日々実感し、王として恵まれていると感謝しているほどだ。
「旅の時は戦闘で動いてた分しっかり補給もしていたが、今は戦いの時程動かない分と仕事に集中してしまう分、ものを口にすることも減るから・・・ってところか」
言われてみるとその通りかも知れない。元々空腹には強い方であるから時間が無ければ食事を飛ばしてしまっても構わない性分だが、今は時間になれば食事を提供してくれる環境にある。しかし近頃お茶の時間は、こうしてジョニーを始めとした客がやって来る時以外は必要ないと省略していた。旅をしている時は周りの仲間たちに食事以外の時間にもいろんな物を食べていた大食漢がいて、そのついでで自分の方にも食べ物や飲み物がよくまわってきていたので当時と今の飲み食い量は倍ぐらいの差があるかもしれない。
「そうかも知れませんが、今はこんなものでしょう。きっとこれ以上は変わりませんよ」
「そうじゃないと、困る」
それ以上痩せられたらこっちが可哀想で辛くて見ていられなくなる、と。ジョニーがウッドロウの座る椅子の背後までやって来て、緩く抱きしめる。
「やっぱり、ちょっとどころじゃない。あの時分から比べたら、大分痩せた」
ここに訪れる度に少しずつ嵩が減る肩。今日など一段と窪みが増した頬を見て、ジョニーは相当ショックを受けた。
「何にも考えなくて済む日があれば、いいのにな」
何も考えずに、好きな時に好きなものを食べて、好きなことをして、好きに寝て。
ジョニーにしても王族としての役割が山ほど積み重なっていて、親兄弟やフェイトの目を盗んでやっとの思いでここにやって来る(だがこなすべき仕事も一緒に持ちこんでのことだ)。そんなジョニーでも、国王であるウッドロウの立場に比べれば足元にも及ばない。
「でも私にも昔、そんな時期があったから」
少年から青年にかけて、ウッドロウにも自由に過ごしていた時期はあった。偶にその時に戻ってみたい気もわくが、そんな時も与えられていたのだからこそ、これからはもう、死ぬまでは。
「約束してくれ。俺だけしかいない時だけは、王であることを一切忘れてくれ。後生だ」
抱きしめる腕に力込められて懇願されると無理だとは言えない。降ってきたキスを肯定の気持ちでもって受け入れた。


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誤魔化されてはくれない 】 【 小説置き場へ 】

タイトル配布元 : 空飛ぶ青い何か。
拍手御礼文に入っていたものでした。

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