you're forever to me >> 9-2


「鳴上、今日これからヒマか?」
 授業が終わり放課後、悠がトイレから出ると、その近くにある掲示板の前で花村が立っていた。花村は掲示板の内容にざっと目を通しているように見えたので、悠は特に声をかけることなく手をハンカチで拭き拭き教室へ引き返すつもりだったが、花村が丁度悠の方へ振り返った。開口一番、悠の放課後の予定の伺いからして、花村はどうやら掲示板ではなく悠が目的だったらしい。
「ああ、うん。特に予定は無いけど」
「そっか。なら、ちょっとだけ寄り道しないか?つっても行き先は商店街だけど」
「ああ、別に構わないけど」
「おっしゃ、じゃ行こうぜ。あ、その前に教室に鞄取りに行かなきゃだな」
 二人で教室まで戻り、席に置いてあった鞄を持ってそのまま学校から出た。

 中央通り商店街北側に店を構える惣菜大学。花村に連れられてやって来た。
「この間は里中がついてきたせいで肉食いそびれたし、仕切り直しってことで。ほらよ、俺のおごり」
 花村からうっすら湯気の立ち昇る紙包みを渡された。中からコロッケらしきものが覗いている。
「見た目コロッケだけど、一応肉も入ってっから」
 苦笑しながら花村が手渡したものについて補足する。普通のコロッケではないのかなと悠は漠然と思った。
「ありがとう。いただきます」
「おう」
 店の前に設置してあるベンチに花村と向かい合わせで腰掛ける。熱々の、見た目はコロッケと変わらないそれを一口頬張った。
 コロッケは天界の食事訓練の時に食べた事がある。その時のコロッケとは全然食感が違う。どうして大半が芋で構成されているはずのコロッケに、こんな歯を押し戻すような弾力があるのか。かじった部分を見てみると、潰した芋の他に、何か芋とは別の塊が混じっている。
 口をモゴモゴ動かしながら、悠は店のメニューの張り出しを確認した。コロッケと名のついたメニューは特製コロッケとビフテキコロッケの二つ。特製コロッケの方には売り切れの張り紙がしてあるので、恐らく花村から貰ったこれはビフテキコロッケの方なのだろう。さて“ビフテキ”とは何ぞやと、今日のリサーチ対象ができた時、花村が口の中の物をごっくんと飲み込み、悠に話しかけた。
「相変わらずのスジ張り様だな…ここのコロッケ。ビフテキをコロッケに入れちゃうとこが何とも田舎だよな…豪快というか、大雑把?」
 悠の方はまだ口の中を忙しく動かしている最中で、何か言おうにも言えない。知らずの内に複雑そうな表情を浮かべていた悠を見て花村はクスリと笑った。お前の言いたい事は大体わかるという風に。
「まあ、ウマイけど…硬いよな。里中のヤツ、これが“柔らかジューシー”とか言ってたぜ…どんな歯してんだっつの」
 肉なら何でもいいんかよ、と突っ込みつつ、花村は残りのビフテキコロッケを口へと運んだ。否応無く暫く無言タイムが発生する。一口目をやっと胃に収めた悠は、今度は口の中に入れる量を加減してコロッケをかじる。少しずつならもう少し早く咀嚼できそうだ。そしてビフテキの正体も分かった気がした。恐らく牛の肉だろう。さっき花村も肉と言ったので多分間違い無い。一応家に帰ったら辞書を引いてみるが。
「はー、なんか久しぶりにゆっくりしてる気がするな、放課後。昨日一昨日は天城探してたし、金曜から先週末にかけてはバイトだったし。お前は週末何してた?」
 問われて、悠は頭の中を整理する。花村に言ってもいい事まずい事が見事に混在している。大半は言えない事に分類される。
「土曜は学校帰って、家にいたな。日曜日は…適当に家の近所を散策していた」
 両日とも行動については、間違ってはいないはず。内容までは言えない。
「意外と普通だな。ってまあ、そっか。ここら辺あんま遊べる場所なんて無いもんな。沖奈まで出りゃそれなりに時間潰せるとこあるけど」
「沖奈?」
「ああ、ここから一番近所にあって、遊べる所がそれなりにある町だぜ。映画に喫茶店にショップに…まあ都会程の規模じゃねえけど、興味あるんなら近い内に行ってみるか?」
「ああ、うん。案内してくれるなら」
「よっしゃわかった。実は俺もそろそろ何か合服見に行きたかったんだ。また都合のいい日教えてくれ。ああ、そういや連絡先聞いてなかったな。メールアドレス教えて」
 花村がポケットから携帯電話を取り出してすぐさま操作し始める。それを見て悠は固まった。
「…ない」
「え?」
「携帯電話、俺持ってない」
「んええ、マジかよっ!?」
 悠は頷いた。マジで、という言葉を添えて。携帯電話が何であるかは知っている。ここ15年ぐらいの内に人の間で爆発的に広まった、携帯できる連絡用端末だ。天使である自分一人とクマが任務を遂行する為だけに人間界に来ているのだから、明確に使用するタイミングが来るのかどうか、その可能性を見出せない物は不要だろう…と、天界から支給されようとしていたのを断ったのを、たった今後悔するはめになった。
「ウッソだろ?今時珍し過ぎる。あ…いや、バカにしてるわけじゃなくて、俺の知り合いで持ってないってヤツ、今まで遭遇したことなかったからびっくりしたっつーか」
「ゴメン」
「あーいやいや、お前んちの都合ってのもあるんだろうしな。こっちこそ無神経で悪かった。まあ、学校で会うんだし、いつでも遊びに行く打ち合わせなんてできるって」
 人同士、特に若者同士が最も手軽に使うコミュニケーションツールである携帯電話。悠も興味が無いわけではない。逆に言えば、それに費やされる時間を考えると持たずにいた方がより任務に時間をかけることができるから廃した…真面目な悠であるが故の落とし穴だった。
「いや…持ってみたいとは思うし、交渉するだけはしてみる」
 一度いらないと断ったものを頼むのは正直借りを作るようで気が進まないが、こうして自分の相手をしてくれる人ができたのだから応えたい…これもまた真面目な悠ならではの思考というべきか。
「おう、その意気だ。保護者の許可さえ出りゃ、あとはバイトすりゃケータイ代ぐらいは余裕で稼げるだろ。ここの隣にある掲示板…そうそう、お前の背後にあるその掲示板だ。そこへ時々アルバイトの募集が貼り出されるからチェックするといいぜ」
「なるほど」
 天界に頼らずとも、悠自身が人間界の携帯電話を手に入れる機会はありそうだ。未成年である鳴上悠が勝手に新規で携帯電話の使用契約はできないが、保護者である堂島の許可が出ればオーケイのようだ。お金はバイトで手に入れればいいともアドバイスされたので、早速この後行動に移すとして――バイトで悠は思い出した。花村のバイト先のことである。
「花村ってジュネスでバイトしてるんだよな。ジュネスはどうなんだ?」
「あー…俺が言うのもなんだけど、とりあえずやめとけ。人使い粗い割には時給そんなに高くねーし、それに…ま、お前は都会から移り住んできてる身だから大丈夫だろうけど、地元の人間のやっかみってのがさ」
「やっか、み?」
 その時だ。丁度惣菜大学の前を二人組の中年の主婦が通りがかり、二人して花村の方をチラリと見た後、一人の主婦がもう一人に耳打ちし、惣菜大学から少し行き過ぎた所で足を止めてひそひそ話をする。声のボリュームを落としている風を装っているが、会話の内容がぎりぎり悠と花村の座る位置まで聞こえてくる。明らかに“聞こえても構わない”或いは“耳に入ってしまえばいいのに”といった悪意が読み取れた。
「ジュネスの……八高でしょう?」
「佐藤さんの店…潰れて…八高で同級生の…」
「ここの商店街だって危ないって言うのに…」
 最後の方は最早ひそひそ話のレベルではない大きさの声だった。言いたい事を吐き出して気が済んだのか、主婦たちはわざとらしく違う話題に切り替えながらその場を立ち去って行く。
「とまあ…いらねー話、色々聞かされるハメになっちまうからな。ま、今のは俺っつー格好のターゲットがいたからだけど」
「なんで、ターゲット?」
「俺がジュネスの店長の息子ってこと、忘れてませんか?ま、そんぐらいべっつに大したことじゃねーのに、俺の行く先々あんな感じで結構メンドーなんだぜ。親同士のことだし、俺には関係無いし。仕方ねーことなのにさー…」
 花村は肩をすくめている。仕方が無いというのは、住民たちが花村を攻撃しても何の意味も無いことを差しているのか、それとも花村がこの町にいる限り悪意を受け続けるのを花村自身が諦めていることを差しているのか。悠には両方込められているように思えた。
「俺のこと知らない人、多分いないぜ。学校にもこの町にも…ま、そりゃいいんだけど…悪いことできないってのがネックだな」
 花村は明るく笑っている。
 天使である悠が、人が愚かだと思う瞬間。本気で現状を変えたければ当事者、当該事項に挑んでいけばいいのに、自分はさも関係ない風を装い、影で陰湿な罵詈雑言のみを垂れ流す。結局そのことについては、自分たちにとってどうでもいい事項であり、ただの一時的な退屈しのぎに過ぎないのである。そして薄情にも己に火の粉が降りかからない限りは直ちに忘れ去られてしまう。
 傷ついている人がいる一方で、傷つけた方はその事すら意識の片隅にも残していない。悠は花村の本心を知り、心に巣食った数多の悪意を消し去って心の浄化と強化の手助けをしたとはいえ、現実では新たな悪言がいくらでも作られあからさまに耳に入ってくる。辛いことには変わりないはずだ。だけど目の前の花村は、そんな理不尽を笑って受け流している。
「ああ、関係ねー話のせいで、ついつい忘れそうになってたわ。今日わざわざお前に付き合って貰った、本題つーか」
「本題?」
「色々、考えてたんだよ。天城がいなくなった事とマヨナカテレビの事」
 花村の顔から笑顔が消え、代わりに見せたのはシリアスに力を入れた目元と引き締めた口元だ。
「天城が無事見つかったのはホントによかったんだけどさ。しっかしそうなると、マヨナカテレビに映った人が死ぬってのは確定じゃなくなったぽいな。あんなの外れるに越した事はないけどよ」
「…そうだな」
 事の表面上しか知り得ない花村ではこう推理してしまうのは致し方が無いが、実際にはマヨナカテレビは今回の件でも立派な殺人予告ボックスであるといえる。テレビの中に入った人が霧に精神を侵されて死ぬ、天使である悠が天城を救出していなければ、いずれ天城は死んでいたに違いない。
「あ、けど、行方不明になるとこまではまだ一緒か。なんで天城は無事に…あーいや、なんかこの言い方は嫌だな。逆になんで小西先輩と山野アナが死んでしまったのか…」
「そうだな」
 その答えも出ているが、悠の口からしゃべるわけにはいかず相槌を打つぐらいしかできない。しかし花村の着眼点はかなり鋭い。マヨナカテレビは殺人予告をしているわけではなくて、失踪予告装置として機能しているものであると推測を変更すべきかもしれない。
「…って、お前、食いつき悪いな」
「そうかな?」
 悠の生返事のような相槌に、花村は少し不機嫌そうに眉を寄せる。下手にものを言えないのと平行して、事件について頭の中の整理をしているものだから反応が鈍くなってしまっている。実情はそんな感じだが、花村は悠の気の無い返事について別のことを思ったらしく、大真面目な顔で悠に訴えかけた。
「そりゃまあ…人が死んでるし、興味本位であーだのこーだの並べ立てるのってどうかと思うけどさ…けど、また誰かがテレビに映るかもしんねーし、それが見知った誰かだったりしたら嫌だし、死ぬかどうかはともかく行方不明になってしまう可能性はあるだろ?テレビ見れてる俺らならそれ防げんじゃん?って思って」
 興味本位だけで事件を見ているわけではない。予防手段があるのなら、自分にできる事があれば事件を防ぎたい。花村は悠にそう訴えたかったようだ。
「野次馬根性が全く無いことは否定しねーけど。お節介で人が助かるんなら…一応俺なりに真剣に考えてみたわけですよ…やっぱ余計な事はしない方がいいか?」
「いや…余計な事じゃないと思う」
 大切な人を失ったからこその、花村の思慮。
 怪奇現象が絡む事件事故は、できれば関わりたくないと思うのが普通だ。異常な災いが自分に降りかかる危険なんて誰も被りたくない。天城が無事帰ってきて、それで話は自ずとフェードアウトしていくものだと思っていた悠だったが、花村はそれを良しとせず次が起こる可能性を視野に入れて真剣に提案してきた。心を動かされる思いだった。
 事件がこれで終わるとは限らない。人がテレビに吸い込まれて、助けが無ければ霧に侵されて死んでしまう怪現象。テレビの中で特別強烈な場のイレギュラーが複数発生している事も引っかかる。天城一人を助けたとはいえ、どうしてこのような事態になっているのかが全く不明の今、また似たような事が起こる恐れは十分考えられる。
「花村は、偉いな」
「え、いや…そうか?」
 悠からストレートに褒められて、花村は思わず明後日の方向へ視線を彷徨わせた。しかし声色から悠の賞賛を訝しがっている様子が見て取れた。最初は悠が花村の話を真剣に聞いていないと思っていたからだろう。悠は続けた。
「確かに…テレビに映った身近な人がいなくなったから他人事じゃないけれど、それでも普通は警察なんかの公の機関がどうにかするだろうって思うだろ?」
 悠からの指摘を受けて、花村は無意識の内に身構えていた身体の力を抜いた。悠を自分と同調してくれる存在だと認めたのだろう。
「まあそうだろうな。俺もマヨナカテレビが見えないんなら、普通にそう思ってたぜ。けど、前もって知る事ができんのにスルーするって、なんか…一緒になって映った人が行方不明になんのを助長してる気がしてさ…そう考えたら、見てみぬふりをするって十分罪なんじゃないかって」
「うん」
「だからもし、今度雨の日の夜にテレビが映ったとして、何処の誰かがわかったら、身の回り注意しろって…それぐらいのことは言ってやりたいなって。何も起こらないならそれでいい。自己満足かもしんねーけど、やれることはやりたいんだ。それが…せめてもの、先輩への償いになったらな…なんて」
 あの時点ではマヨナカテレビが映った人がどうなるのか知らなかったとはいえ、小西早紀をどうすることもできなかった。後悔してもしきれない花村の自責の念がひしひしと悠に伝わってくる。
「…って、結局これってマジ自己満だよな。ハハ…自分でも思うわ、ウゼーって」
 吐き捨てるかのように付け足された花村自身への自虐。小西にとっては花村の優しさが超過量だったかもしれないが――悠から見れば、あの小西の本心は花村だけに向けられたものではなくて、小西を取り囲っていた全てに対してだったと思う。たまたま一番目に付くところに花村がいただけの話に過ぎないのではないか――“お節介”は他人に対して全く無関心だとできない行動だ。少なくとも自分の時間を犠牲にしなければ成し得ない。
「そんな風に言わなくていい」
「え…」
「自分を貶めるな。お前が、可哀想だろう?」
「いや、でも…ってか可哀想って…なんだそりゃ?」
「花村は十分優しいし、頑張ってる。もっと自覚していい」
「いや、俺のどの辺でそんなこと思ったんだよ?それ実践できてたらもっとモテまくりな人生送ってると思うんですがねー」
 これ以上褒められるのはたまらんとばかりに、花村は完全に茶化しモードへシフトしてしまった。心なしか頬が赤い気がする。そんなにもこの人は褒められ慣れていないのだろうか。追撃してみた方がいいのだろうかと悠は思ったが、花村がまたしゃべり出してしまったので実行できなかった。花村は話題の提供や切り替えがかなり早い。それだけ頭の回転がいいのだろう。
「まあ暫く夜中に雨が降ることもなさそうだし、マヨカナテレビも映らないな。次がもしあるんなら、記憶が薄れない内の方が助かるけど、映るのを願うのもどうかと思うしなー…」
「そうだな」
「あー話し込んだら喉渇いた。なんか飲むか?ついでにもう1個コロッケ食おーっと。ハマるとウマいなこのコロッケ。お前も食うだろ?」
「え、俺はもう」
「遠慮すんなって。ジュース、何がいい?あ、すいませーん。コロッケもう2個下さい!」
 結局その後、花村と胃がもたれるまでコロッケを食べて帰った。当分ここのコロッケは遠慮したいと願う悠だったが、花村が楽しそうだったのでよかったと思っておく。
 帰り間際、ついでにすぐ隣の掲示板を見てみたが、残念ながら現時点では高校生でもできるアルバイトの募集チラシは掲示されていなかった。近日中に追加されるようなお知らせが書かれてあったので、悠は後日改めて見に来ることにした。


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ペルソナ小説置き場へ 】【 9−3へ

2014/03/08

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