今だけでも気付かないふりを


頭が痛い。身体の節々も同じ。胸がムカムカする。喉が痛みを伴いながら酷く渇いている。とにかく苦しくて願わくばもう暫く気を失いたかったが腕の辺りに違和感を感じて眠気が遠のいていく。固まった目蓋を開けるとグレー調の天井が高い部屋、ああここはウッドロウの部屋・・・。

曖昧にしか動かない思考が、それでも一番ここにいてはいけないということをはじき出す。どうせ倒れるなら城を出た後だと堅く誓っていたのに、何たる不覚。せめてこの部屋以外のどこかに出なければ、と寝かされているベッドから起き上がろうと腕に力を入れたが、左腕に異物感を感じて毛布をめくりその方を見るとチューブがとめられている。そのチューブを辿ると頭上をやや外して点滴のボトルがぶら下げられていた。
え、こんなもん打つまで重症なの俺?と施されている処置に軽く退く。だったら余計にこの部屋風邪菌まみれじゃないかと自分の犯した失態に血の気が引いていく。
そんな、過ちを自覚したジョニーにとっては最悪のタイミングでこの部屋の主が中に入ってきてしまった。
「ジョニーさ・・・何起き上がってるんですか!」
身を起こしかけているジョニーの姿を見て開口一番、ウッドロウは血相を変えて叱りつけた。手に持っていたものをベッドに至る途中のテーブルにドンと置いて、ジョニーのそばへ足早に近寄り、上体を半ば押さえつけるように倒し、手早く毛布をかけ直す。あまりにも恐ろしい勢いだったので、ジョニーは一言も発せないまま寝かされていた状態に戻された。ああもう、と漏らした独り言は、どんな言葉で叱りつけようか苛立ちを隠せない様子だ。こんなウッドロウを見るのは初めてなのでジョニーは真面目にびびった。とにかく謝ったほうがいいのは明白なのだが、いざ考えると何に対して謝るべきなのかわからない。いや恐らく複数のことが重なっているだろうことはわかっているのだが、一番最初に何を主題にして謝ればいいのかが不明だ。仕方が無いのでシンプルに一言だけ言うことにする。
「・・・ゴメン」
ジョニーの内では、こんな人に伝染しかねない状態で城にやって来た事と、それでぶっ倒れて迷惑をかけていることに対しての謝罪だったが、ウッドロウが告げたことは別だった。
「肺炎を起こしかけているのだから身体を冷やさないで下さい。ああ、よりによって目覚められた時に席を外してしまったなんて!」
どちらかと言えば自分の手落ちに対しての怒りで、表情には悲壮感すら漂っていた。ジョニーはどうコメントすればいいのかわからなかったから、もう一度ゴメンを繰り返した。
それを聞いてウッドロウはふうと一つため息をついて、ますます辛そうな顔つきになる。
「報告を受けていた時にあなたと会っておくべきだった。こんなになるまで無理をしていただなんて」
「報告?」
ウッドロウの口から出た、ひっかかる単語をジョニーは鸚鵡返しする。その内容を聞く為に。
「あなたと仕事をしていた者たちからあなたの具合が少し悪そうだと聞いていた」
「ああ・・・それでか」
「何がです?」
「俺と会ってすぐに、熱出しているのがバレたの」
「仮にも国の主なんでね。すぐに報告は届きます。あなたの係わった案件なら尚更だ」
「悔しいな。バレずに出国するつもりだったのに」
本気でこの人は隠し通すつもりだったのかと、ウッドロウは深いため息をつく。確かに臣下からの事前報告が無ければ出会ってすぐには見抜けなかったかも知れない。だがウッドロウには明らかに顔色も呼吸の数も姿勢も普段とは違うように見えたのだから数分も経てばジョニーに起こっている異変に気づくだろう。
「報告がなくとも見抜いてみせます。大体、予め面会時間の短縮を、人を使って伝えてくるなんてあなたらしくない」
ウッドロウの指摘にジョニーは苦笑するしかなかった。
「熱のせいで思考が狂ってしまってた、か。確かにそうだな。普段ならこんな手段使うわけないのに。ああ、全部裏目に出てしまった。ただ俺はお前に風邪を伝染したくないだけだってのに」
「気にすることは無い」
情けなくも哀しい表情を浮かべるジョニーを見て、自分の身よりウッドロウの身を案じている気持ちが痛いほど伝わってくる。気にするなと言われても苦しい吐息を出しつつ自分の失態を許せないジョニーは首を横にふるしかできない。
「今更遅いかもしれないが、俺をこの部屋から出すか、俺に近づかないでくれ」
「本当にあなたって人は・・・余計な心配はしなくていい。お願いだから、どうかゆっくり休んで」
こんな時こそ人に甘えることをしてくれないのか、とウッドロウの方も哀しくなる。普段調子のいい事を耳元で囁いては凭れかかってくる人間のくせに、本当に苦しい時は平気なふりをして感情に蓋をするものだから性質が悪い。
「そうしたいんだが・・・はあ・・・暫く眠れそうに無い。仕事、途中なんだろ?行ってこいよ」
「だから余計な心配は無用です。眠れそうにないのなら話して下さい。何故です、こんな無理をして。間一日でも休めばこんなに酷くならなかったでしょう?」
「そんなことをしたらお前さんとの約束した日が潰れるじゃないか。最悪俺の予定はどうにでもなるが、やっと空けてくれた日を不意にしたくなかったんだ、どうしても」
熱をはらんだ息と共に紡がれた真意にウッドロウの心が痛む。しかし予定はどうにでもなると言っているのに何故こんな身体を壊すまで切羽詰ってスケジュールをこなさねばならなかったのか、矛盾している。
「だったら余計に・・・内政干渉にあたるかもしれないがご容赦を。例えば今回あなたが持ち込んだ案件の内の10件程は特に急務ではなくて、半年後でも支障の無い業務のはずだ。それらを次回まわしにすることで休息する日を確保できたのでは?」
「・・・そうだな。今までの俺ならそういう風にしていたと思う」
「だったら何故?」
「今回はな、特別だったんだ。今後こういうスケジュールは目の前に1億ガルド詰まれてもしないがな」
「特別な、理由って?」
「もっとお前のそばにいたくなったからだ」
「え?もっと、って?」
「時期がきたら教えるさ・・・・・・待てよ、無理かも知れないな」
「話が見えない。一から説明を」
と、言いかけたウッドロウだったが、「時期がきたら教える」と口にする時のジョニーは大抵真意を教えてくれない。極稀に、ジョニーにとって本当に笑い話に昇華した時や差支えが無くなった場合は教えてくれるようにはなったがまだまだ隠していることの方が多い。自分のことを信頼していないからだとしたら哀しいのだが、多分そういう理由だけではない。ジョニーは自分が思うよりはるかに大人で意地っ張りなのだと思う。一言で言えば不言実行を地で行く人間で時折見せる甘えや弱みは全て計算ずく。決定的なボロは決して見せない。
今回のこのことは稀有過ぎるケースで、だからこそウッドロウはここまで彼を追い詰めた事象とは一体何なのか本気で知りたくなった。しかし今はこれ以上自分が尋問しても無意味だ。ただ――今回ばかりは上手く話を誘導すれば熱のせいで普段の彼とは違う言を得られるかも知れない。
「さぞ、辛かったでしょうに。勿論、今も」
話を切り替えるように、ジョニーの額に浮かんだ汗をウッドロウは指で拭ってやる。指先から伝わる冷感がジョニーには心地よかった。
「お前とこの後、ヘタすりゃ半年以上会えない方が辛いさ、きっと」
「ご冗談を」
「冗談なんか言わないさ」
一旦ファンダリア(に限らず他国へ出向いた場合も含め)に訪れれば、次は内政に関する用事をこなすのが常なので少なくとも2ヶ月〜半年ぐらいは自国に篭らざるを得ない。ジョニーの言葉は真剣だった。むしろ冗談で言える頻度で逢瀬を重ねられるならこんな苦労などしていない。好きな時にファンダリアに行けて、自由にウッドロウと愛し合えるのなら。
「念の為聞くが・・・俺は一体どのくらい眠っていたんだ?」
「丸1日ぐらいは」
ウッドロウの回答を聞いて、ジョニーはウッドロウから視線を外して深い深いため息をつき希望を無くした表情を浮かべた。
「・・・完璧、アウトだな」
「何がです?」
「期限切れだ」
「だから、何の?」
「約束の、だ」
「約束?」
「こっちの話だ。気にするな」
「そんな言い方されては気になります」
主語が全くない返答はジョニーの常套手段。今でこそ大分ウッドロウも慣れたものだが、本心を明かさないその癖に幾度苛立ちを覚えたことか。しかし断片的にでも話すということは、自分の気持ちを少しでも拾って欲しいというジョニーの甘えの様なものなのかもしれない、とウッドロウは近頃勝手に解釈している。そう考えればジョニーの言動の辻褄が合うような気がするし、真意がわかれば彼の心にもっと寄り添うことができるような気がする。互いの何もかもが知りたくて独占したいと願うのはウッドロウとて同じ、いやむしろ今となってはジョニー以上かもしれない。隠し事が苦手なウッドロウの心の内をジョニーは易々と手に入れることができたが、ウッドロウはジョニーのそれの大半を未だに手に入れることが出来ていないと思っている。
自分の全てをさらけ出すことは滑稽で格好が悪くて、それがきっかけで哀れみをかけられることが嫌で、違う接し方をされるのが怖い。そうウッドロウに話したことがある。その言が真実で、述語しか言わない断片的な会話がジョニーの出すSOSだというのなら――気づいてやらなければ、ジョニーは一生孤独を抱えた人生を送ってしまうことになる。
「ジョニーさん」
「眠く、なってきた」
「・・・起きたら、続き、聞かせて下さい」
「・・・」
いよいよこの人らしくない、とウッドロウは思った。普通ならあの手この手の言い訳を続行していつの間にか話をはぐらかしてしまうのに、眠くなったといってこんな強制的にフェードダウンするようなことは初めてだ。
目を閉じたジョニーの顔は安らかなものとは言えない。眠っているふりをしているだけなので目元に余分な力が入っているように見える。ウッドロウはテーブルの上に放置していた冷水の入った桶からタオルを取り出してそれを絞り、ジョニーの額に置いてやる。ジョニーはわずかに身じろいだが、目は開けなかった。

それから暫くウッドロウはジョニーのそばについていたが、臣下から案件の処理を頼まれたのをきっかけにジョニーのことは部屋の近くに控える侍女達に任せて自室を後にした。部屋を出る前に触れるか触れないかのキスをジョニーの頬に贈ったが、ジョニーは目覚めなかった。だからウッドロウは本当にジョニーが寝入ったものだと思ったのである。

***

2時間ほどしてウッドロウは今日の職務を終えて自室に戻って来た。まだ眠っているかもしれないとそっと部屋に進入したウッドロウは、程なく異変に気づく。
ベッドの上の毛布が不自然に盛り上がっている。
「ジョニーさん?」
そしてバルコニーに続く出入口が開いている。
「ジョニーさん!?」
大またでベッドに近づくもそこはもぬけの殻で、引き抜かれた点滴の針から滴が漏れて絨毯に染みを作っていた。ベッドのそばのサイドボードにはジョニーの身に着けていたものが置いてあったが貴重品と靴と防寒具が無くなっている。ウッドロウはその足でバルコニーへ出る。雪が降り積もった上に足跡が残され、バルコニーから飛び降りた形跡があった。着地点と思われる場所には同じように跡形が出来ている。そこから足跡は城の外へと向かっているようだ。
ウッドロウはすぐに人を使って探させようとしたが、少し思いとどまった。まずはジョニーの行きそうな場所を絞るべきだと考えたのである。
まずどのくらい前にジョニーはこの部屋から出て行ったのか。雪の上の足跡はくっきり深々とついているが、今日は珍しくほとんど雪が降っていないので足跡からは時間を特定できない。ベッドに戻りシーツを探るが毛布のかかっている足元までジョニーの体温は残っていない。となれば、少なくとも30分以上前にはすでに無人で、恐らく城内にはもういないだろう。もし自分が部屋を出て間もなく抜け出したのだとしたら、距離的にはハイデルベルグ街内にいるかどうかも怪しい。
そう、ハイデルベルグ内で要事があるのなら探すよりも帰ってくるのを待っていた方が早い。街は広いがメインストリートを除いてほとんど住宅なのだからジョニーが立ち寄る場所は限られている。しかしあんな身体をおしてまでハイデルベルグで行きたい場所なんてどこにも無いはずである。
ならば街外では何かあるというのか。サイリルは、今回の彼の仕事にも一つとして案件が無かった。ハイデルベルグ以上に可能性はないだろう。とすれば残るはスノーフリア。
「間違い、ないだろう・・・」
少しの独り言を漏らし、ウッドロウは部屋を後にして手近の臣下に手早く指示を与える。10分後には数人の護衛を従えて一路ハイデルベルグからスノーフリアへ向かった。

今回のジョニーはウッドロウと逢うことは勿論だったが、それ以上に任務を完璧に終えて期日通りに帰国することに重きを置いていたように思う。医者に見せず体調不良をおして仕事をしていたのは恐らく過剰な休息を取らされるから。自分との面会をすぐに切り上げたかったのは病気がばれて引き止められるのを恐れたから。
そこまで、期日を守らなければならない理由とは一体?期限切れを嘆いたのは何故?
『今回は特別だったんだ。』
『もっとお前のそばにいたくなったからだ。』
多分、ジョニーの言ったこれらの言葉が答えなのは間違いない。しかしこの時のウッドロウにはまだこの二つの回答がどう繋がっているのかわからなかった。
スノーフリア入りする直前にそちら側からやってきた兵士から、やはりジョニーらしき人物が乗船チケットを買ってすでに船へと乗り込んでいるとの連絡が入る。まずはその報にウッドロウは安堵した。天地大戦以来モンスターの数が増加傾向にあり一人旅は危険極まりないからである。
間もなくスノーフリアに到着したウッドロウは該当の船の出港をストップするように要請をかけ、休憩すること無く船の停泊している港へ直行する。ここからアクアヴェイルに戻るのは約1日かかる。今彼に長旅をさせてしまえば、悪化するどころか、最悪生死を問う病状になりかねない。そしてここで彼を手放してしまったら――二度と、彼に逢えない。そんな胸騒ぎを抑えることができないのだ。
2等船室のA-30号。ジョニーは出航時刻間際にチケットを買い求めたとのことで、販売員が部屋番号を覚えていた。本来ならジョニーのような国賓に当たる人間はしかるべき窓口へ行けば顔パスで乗降することができる。わざわざ面が割れていない一般窓口から乗ったということは、やはり引き止められることを避ける為だろう。
どうして。何故、ひたすらに隠そうとして茨の道を行こうとする?あなたは簡単に私の孤独をさらい、愛を注いでくれているというのに、何故私に同じ事をさせてくれないのだ?あなたの独りよがりはもうたくさんだ――
ノックもせずにその部屋の扉を勢いよく開ける。
ウッドロウの視界の右側、簡素なベッドの上にはコートも脱がずに突っ伏しているジョニーの身体があった。突然のドアの開閉音にジョニーがびくりと身体を震わせて上体を捻りこちら側を向いたその瞬間から、ジョニーの顔は凍りついた。
「ウッド、ロウ」
駆け込んできたウッドロウの肩は大きく上下していて、寝そべっているジョニーを半ば睨み付けているような目つきをしている。ウッドロウの息が整う少しの間だけ沈黙が流れ、その間がジョニーの居心地をますます悪くさせた。
「船から降りて頂きます」
有無を言わせぬ口調だった。しかしジョニーも抵抗を試みる。
「嫌、だと言えば?」
「永遠にこの船は動きませんよ。国王命令なんでね」
ここまでウッドロウが来てはジョニーに勝ち目は無い。だがジョニーにとってはこの船に乗って帰るのが一縷の望みなのだ。
「俺は大丈夫さ。もう平気だ。この通り、ピンピンしてる」
「ジョニーさん」
「大体平気じゃなけりゃ、スノーフリアに来るまでに行き倒れている。これ以上迷惑をかけるわけもいかないし、な」
「・・・」
「頼む。まだ今なら間に合うかもしれないんだ。なあ・・・頼、む」
ベッドからふらりと起き上がって、ウッドロウにすがりつくジョニー。その手が熱い。顔も目も赤くて吐き出される吐息が熱っぽい。声までもかすれ震えている。
「そんなにも・・・死にたいのか」
対するウッドロウの声も若干震える。大丈夫なはずがない。早く安静にしないと本当に取り返しがつかなくなるというのに、未だ任務の遂行にこだわっている目の前の世界一愛しい人。その先にある正体不明の事情が憎らしくてたまらない。
「あなたは、いつもそうやって私の知らないところで勝手にもがいて、苦しんで・・・そんな姿が可哀想で、でも手出しが出来なくて悔しくて・・・だけど、今回ばかりは私も私の勝手にさせていただく」
言うや否や、ウッドロウはジョニーの身体を捕まえて抱え、部屋の外へと引っ張り出そうとした。
「やめてくれ、今回で、今回が終われば全てが上手くいくんだっ・・・ファンダリアに・・・お前のそばに・・・うう・・・ガハッゴホッ」
「ジョニーさん!?」
抵抗しようとしたジョニーは気管を詰まらせ激しく咳き込み、溢れた唾液を制御することができず口の端から滴らせた。呼吸をする度にゼロゼロと異音が発生する。
「ファン、ダリア、に・・・いられる、んだ・・・お前の、そばに・・・」
「ファンダリアに・・・?」
「全部済んだら・・・話すから・・・話すから・・・頼む・・・」
そこまで言って、ジョニーの身体から力が抜ける。ウッドロウはギョっとしてジョニーの身体を抱き直す。そのまま急いで船外へと出て、とりあえずはスノーフリアの宿と医者を確保することにした。

***

熱が下がるまで今度こそ絶対安静に、と医者から言われ、敢えて窓の無い部屋を選んで宿泊することになった。つきっきりで看病を、と言いたかったが、国王である身分上政務を放棄するわけにもいかない。そこで半日ずつスノーフリアとハイデルベルグを往復するスケジュールをダーゼンに伝えたところ、火急の用事があった場合のみ連絡を入れるからそのままスノーフリアに滞在するよう勧められたので、そのままそうすることにしたのである。ウッドロウにとってジョニーがどういう存在であるのか理解してくれているが故の配慮に(心の底からとはいい難いだろうことは承知している)感謝した。
体温計は40度を計測。そう簡単にこの熱は下がりそうに無いだろう。
自分の職責云々はこの際どうでもいい。大国の国王としてどうでもいいことではないことは百も承知だが一人の人間として戻ることが出来るのであればそれが本音だ。早く治って欲しいと、苦しそうな寝顔を見て切実に願う。しかしこうも思う。この人を独占できる時間が一分一秒でも長引びけばいい、と。
そんな邪な想いが心を占領し、ため息をついて頭を振る。不謹慎過ぎる。自由の利かない今の立場が恨めしくて仕方が無い。そしてそれはジョニーも同じ。ウッドロウほどではないかもしれないが道楽者を装い続けたこの人ですら今や国の一代表として、最近は独楽鼠のように働きまくっているという。それだけ戦争で疲弊した世界がますます力を失いつつあるから、支える為に誰もが必死になっている。しかしそれは戦争前でも同じような状況だったし、アクアヴェイル内で言えば国政は今よりも不安定だったはず。それなのにジョニーは長らく道化者を演じ表面上無関心を貫いてきた。過剰なまでに動く理由とは一体何なのか。
自分の身体を抱きしめて「痩せた」と嘆いた人が、気絶するまで身体を酷使し今こんなにも苦しんでいる。可哀想で仕方が無かったし、理由はどうあれ本国の人間を恨みたかった。だが、一番責めたいのは自分のこの立場とジョニーの立場の重さを今頃になって痛感している鈍い自分だ。それこそ死に物狂いで自分との時間を確保してくれようとしたジョニーに比べて、自分はそんな努力をしていただろうか。「していないことは無い」程度なのではと反省する。
『今回は特別だったんだ。』
『もっとお前のそばにいたくなったからだ。』
頭から離れないジョニーの言葉。そして気を失う前に言ったこのこと。
『今回が終われば全てが上手くいくんだっ・・・ファンダリアに・・・お前のそばに』
ファンダリアで暮らす、というのか。
まさか、とすぐに否定する。アクアヴェイルにとって今やジョニーは中核を担う人間の一人だ。大王のフェイト氏の右腕とも称される程なのにあり得ないだろう。立場を放り出してファンダリアに来るなんて、ジョニーがどう希望しようが、国が許すはずが無い。だが、それを敢えて希望したとしたら?
『今回は特別だったんだ。』
今回の仕事の無茶振りはその判断材料だというのか。
いや、それをクリアしたとすればアクアヴェイルにとってますます手放し難い人材になるのではないか。仮にジョニーの要求がファンダリアで暮らしたいというものであれば、個人的理由が通って要人を放出するはずがない。ならば個人的でない理由でファンダリアに滞在する、つまりアクアヴェイルの要人としてファンダリアで仕事をする為に。
『もっとお前のそばにいたくなったからだ。』
ある事を思い出した。来年の秋からファンダリアとアクアヴェイルは正式国交を開始することになっているのだが、まだ駐留大使が決まっていないのだ。
『今回が終われば全てが上手くいくんだっ・・・ファンダリアに・・・お前のそばに』
もしかしたらそうなのかという思いと、そんな都合のいい話あるかという思いが交差する。

今回与えられた仕事をこなせば、ファンダリアの駐留大使の任をまわすように約束した。今後は仕事であれプライベートであれ、確実にお前と一緒に過ごせる時間が増えるんだ。

今は眠るばかりの目の前の人が、そう語った、気がした。いや、実際に語ったわけでなないのだからウッドロウの都合のいい解釈に過ぎない。しかし一旦こうではないかと思い始めると、本人の口から否定されない限り最早覆すことなど不可能だ。
本人の口から真意が聞きたい。だけど決して語りはしないだろう。仮に推測が正しかったとして、それをサラリと何の苦労もしなかったかのようにやり遂げ相手を最大限に驚かすのがジョニーのやり方だからである。そして報われなかった場合は決して他人に明かすことなく簡単に積み重ねた努力を記憶の彼方へと葬り去る。かつて手に入れたかったものを諦め、見守ることすら途中で絶たれた男の、哀しいプライドの守り方だ。
ジョニーの額の上の濡れタオルを交換し、首筋を流れる汗を拭ってやる。苦しそうに歪む目元にキスを贈った。それに気づいたのか――いや、はっきりと気づいているわけではないだろう、寝言の範囲でウッドロウとジョニーが呟く。
「ここに、いますとも」
ジョニーの耳元で囁いて、もう一度キスを贈った。そうすると少しだけ呼吸が穏やかなものに変わったようである。この人には私が必要で、そして私もまたこの人を必要だ。その事実が覆らなければジョニーが何を成し遂げたかったのか今はわからなくてもいい。推測が正しかったとしても彼のプライドを壊さないように気づかないふりをしていればいい。だけどもうこれ以上この人が私の知らぬところで傷ついていくのはたくさんだと、ウッドロウは強く思ったのである。
毛布の上から負担にならぬ程度の強さで、ウッドロウはジョニーの身体を抱きしめた。今だけでも安らかに眠れるようにありったけの愛をこめて祈りながら。


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誤魔化されてはくれない 】 【 たゆたうまどろみ 】 【 小説置き場へ

タイトル配布元 : 空飛ぶ青い何か。
続風邪ひきネタ・・・じゃない次元まで。D2の事情はしらないと言い張ります。捏造しすぎだとも自覚しております。
しかし展開がベタだ。

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